孤独を売るファストフード

「──二宮くん! しばらく泊めて!」
「……駄目だ、帰れ」

 ──突然押しかけてきた私に対して、そうは言いながらも、「チッ、……上がれよ、」と言って、二宮くんは舌打ち混じりながらも、ちゃんと家には入れてくれたので、やっぱりこのひと優しいよなあ、なんて思う。──これで終わりにしようと、そう思って。蒼也くんと暮らしていた家を出てきたまで良いものの、即日で住む家が見つかるわけでもなく、仕方がないから当面はホテル住まいかなあと考えて、けれどもう夜遅くで、宿が見つかるかどうかさえも怪しい。それに、今後は家賃も嵩むと思うと、ホテル代という、いつまで続くかも分からない出費は極力避けたいという気持ちもある。
 これは私の一存で決めたことだから、蒼也くんが何を言おうが、家賃は今後も私が半分出す。一応、私もA級でちゃんとお給料を貰っているし、十分に払える額だ。直接渡したのでは受け取ってくれないと思ったから、大家さんに相談して直接振り込む形にしてもらおうと思っている。新居と合わせたら、一人暮らしの頃と比べてもそれなりに掛かるだろうけれど仕方ない。ボーダーに入隊した日に私はひとりで生きていくと決めて、その癖に今まで、蒼也くんを頼って生きてきてしまった。だから、これは、そのツケを支払っているだけ。
 ──とは言え、一旦の目処が立つまでどうするかを決めないといけなかったから、私は二宮くんの家を訪ねてきていた。二宮くんも最近一人暮らしを始めて、新居には何度か遊びに行ったこともあるから住所は知っていたし、彼ならきっと口では文句を言っても追い返されることはないと踏んで、此処まできた訳だったのだけれど。「滞在中の光熱費は払うし、毎日ご飯を作るので、しばらく泊めてください!」と二宮くんに頼み込む私を前に、家主は盛大な溜息を吐くのだった。

「事情は分かったが、何故俺なんだ……加古の家は?」
「加古ちゃんは、実家住みだし……ご家族にまで迷惑かけたくないから……」
「俺には迷惑かけていいとでも思ってんのか?」
「そ、そうじゃないけれど! ……二宮くんなら、許してくれるかな、って……」
「……玉狛は? お前、玉狛の奴等と仲良かっただろ。空き部屋くらい借りられるんじゃねえのか?」
「そうかもしれないけれど……林藤さんが……」
「……ああ、苦手なんだったか」
「に、苦手とかじゃないよ! ……そうじゃないけれど、林藤さんは進に……蒼也くんのお兄さんのことで、私にも責任、感じてるみたいだから……あんまり、頼るのは……」
「弱みに付け込んでやれば良いだろうが……」
「……そういうの、やだ。それに、玉狛にはレイジさんもいるから……気を遣わせちゃうよ……」
「俺は、お前に気を遣わないとでも?」
「……二宮くん、気遣いとかできないでしょ?」
「そうか……それが、頼みごとをする奴の言い草か?」
「ご、ごめん……あの、贅沢言わないから! ソファを貸してもらえたら其処で寝るし、洗濯とかもします! 今夜の晩御飯の材料も買ってきたから! 今度、焼肉も奢ります!」

 二宮くん宅のテーブルに向かい合って腰掛けながら、そう言ってスーパーの袋を広げて見せる私を前に、家主は再度、溜息を零す。二宮くんの好物である焼肉──は自宅でやるにはちょっと、ホットプレートを出すにしても、後処理を含めて家主の二宮くんに掛かる手間の方が多いと思ったから、レイジさん直伝の肉肉肉野菜炒めを作ろうと思い、豚バラ肉と野菜を買ってきたのだ。重かったけれど、二宮くんのお気に入りのちょっとお高いジンジャーエールもある。ずい、と袋の中身を見せつける私に、二宮くんは難しい顔をして眉間に皺を刻みながら、再度大きな溜息を漏らすと、「言いたいことはそれだけか?」と、……厳しい声でそんな風に言うものだから。

「部屋が見つかるまでで良いから……!」
「本部にでも寝泊まりすりゃいいだろうが」
「こんな大荷物を作戦室に置いておいたら、部下が不安になるし……」
「俺は良いのかよ」
「? 二宮くんは別に私の心配とかしないでしょ」
「…………」
「二宮くん?」
「……本当に、そう思ってんのか?」
「え?」
「俺がお前の心配をしてないとでも思ってんのか、何度も、家まで送ってやったのにな……」
「そ、れは……そう、だね……心配してくれてたんだよね……」
「ようやく分かったか?」
「……はい……」

 其処を突かれると、確かにちょっと言い返せない。そもそも、二宮くんを頼ろうと考えて彼を訪ねてきている時点で、本当は私、二宮くんなら私を心配して泊めてくれる、と思ってるんじゃないか。……私、こんなにずるいやつ、だったんだなあ、と肩を落としていると、追い打ちのように、二宮くんからの追及が飛んでくるものだから、どんどんと私はちいさく縮こまってしまう。

「……大体、こんな時間に男の家に上がり込んで、どういうつもりだ」
「男、って……」
「俺を男だと思ってねえのか」
「そ、そうは言うけどさあ! に、二宮くんだって、私のことなんて、別に女だと思ってないでしょ!?」
「……思ってる、と言ったら?」
「え……や、やだな二宮くん、怖い顔して、なに急に……」
「正確には思っていた、だがな……仕方ないから教えてやるよ、。俺は高校の頃、魔が差してた時期があった」
「……?」
「俺は昔、お前のことが好きだった、って言ってんだよ」
「え……は? な、なにいって……?」

 ──二宮くんが、何を言っているのかぜんぜん、分からなかった。……だって、私と二宮くんは、私が星輪から六頴館に転入した頃からずっと、仲良しの友達で、クラスメイトで。ボーダーに入隊したのは私の方が一年くらい早くて先輩だったけれど、東さんの元で同じ部隊に属していた時期もあった。私はすぐに隊を抜けて独立したから、私の後に入った三輪くんの方が、旧東隊のメンバーという認識がみんなの中では強いと思うし、私だってそうだけれど、その分、私は学校で二宮くんと同じクラスの隣の席で三年間を過ごしたし、私が射手だった頃は、射手の個人ランク首位を奪い合うライバルでもあって、私が万能手になって、二宮隊がB級降格したことで最近はめっきり二宮くんと鎬を削る機会もなくなってしまったけれど、先日手合わせした際は不調の中でも楽しかったし、……私にとってずっとずっと、二宮くんは大切で特別な友達だった。彼だって、それは同じだと信じていた。──態度は乱暴ながらも嫌がらずに私の相手をしてくれる彼に、私という戦友への特別な友情を感じて、いた。

「──顔、性格、才能、……何処を取っても、お前は割と俺の好みなんだよ、。……まあ、今は女として惚れてる訳じゃねえから、普段は安心していて良いが……俺はお前相手なら、妙な気を起こさないとも限らない」
「……にの、みや、くん」
「俺はなら余裕で抱ける、って言ってんだよ。……それでも、お前は俺の家に泊まりたいか?」
「あ、のう……冗談? とかでは……」
「んなわけねえだろ。こんな趣味の悪い冗談、俺は言わない」
「……ごめん……そうだね、二宮くん、そういうひとだよね……」

 ──なんて言ったらいいのか、分からなくて。……きっと、これは愛の告白とかそういうのじゃないと分かっている。二宮くんも、過去のこととして語っているし、今は私を友人としてしか認識していないらしい。でも、他人から、異性から好意を告げられた経験など、私には一度だってなかったから、自分が身近な男性──二宮くんにとってそういう対象になり得るのだと考えたこともなかったし、どういう反応をするのが正解なのかが分からなかったのだ。……深刻に受け止めずに、笑って流せばそれでいいのかな、……でも、二宮くんは茶化されるのが嫌いなひとだし、……きっと、今彼がわざわざ私にこんな話をしてくれているのは、私を心配してくれるからなのだ、ということも分かり切っていたから、私は碌に言葉を挟むことも出来ずに、独白めいた二宮くんの言葉を、静かに聞いていた。

「……何故、俺がお前に迫ったりせずに、何事もなかったことに出来たか分かるか?」
「……ごめん、わかんないや……どうして?」
「……風間さんが居たからだ」
「……蒼也くんが?」
「あの人が、……お前のことを大切そうに見ていたから。お前も、風間さんのことを大切そうに見ていたから。元からそういう関係なんだろうと思って、俺もそれ以上はに執着したりしなかった。したところで、無意味だと思ったからな」
「そういう関係って、どういうこと……?」
「知るか。風間さんにでも、直接聞け」
「そ、そう言われても……もう……」
「ともかく、襲われたくなければ帰れ。……だが飯は作っていけ、それを此処で食って、少し休憩する程度の滞在は許してやる。それまでに、今夜どうするか考えとけ。良いな?」
「……、了解……」
「よし、台所は好きに使え、片付けまでお前がやれよ」
「はい……」

 ──とりあえず、夕飯を作って食べていくだけの余地は与えて貰ったものの。当面の宿探しという問題に関しては、振り出しに戻ってしまった。……二宮くんなら大丈夫だと高を括ってしまっていたけれど、確かに私のそれは、“二宮くんが私を友人としか思っていないこと”が大前提だったわけで、……まあ、どう考えても私の方が考え無しだったのだろう。きっと、今後も彼との関係が変わることはないけれど、下手をすれば悪い方向に転ぶ可能性はあるから、うちには泊められない、と。……要するに、二宮くんが言っているのは、そういうことだった。私の為に、彼はそう言ってくれていて、でもきっと、二宮くんって、こんな風に言葉足らずなのを誤解されることも少なくないのだろうなあ、と思ったところで。……そういえば、蒼也くんも昔からそうだったな、と思い出した。彼は思ったことをはっきりと言葉にするし、下手に取り繕わない誠実なところが大いにあるので、……蒼也くんは、昔からそれが裏目に出て、相手に真意が上手く伝わらずに揉めることが時々あって。……ああ、そうだ。私に対しても、そんなことが幾らでもあったのかもしれない。二宮くんとはお互いに気遣いのない間柄だからこそ、そういう真意もちゃんと読み取れるのに、私は蒼也くんのことが大切なあまりに、いつの間にか彼の真意も読み取れなくなっていたから、こんなことになってしまったのだ。「……もっと、蒼也くんと話をしておけばよかったな」って。お肉と野菜をじゅうじゅう炒める音に掻き消されてしまうと思ったからこそ、私がぽつりと零した弱音を、残念ながら二宮くんはしっかりと拾っていたようで、「……お前、もう少し自分が周りに好かれていることを自覚しろ、」って、彼は呆れた声でそう零していた。 inserted by FC2 system


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