おいしくなりたい

「──それで、風間さんとは上手く行ったのね?」
「うん!」
「そうなのね。ちゃんが嬉しそうで良かったわ」

 ──本当は、蒼也くんと恋人になったことを、加古ちゃんにはもっと早く報告したかったのだけれど。最近はボーダーも色々と慌ただしくて隊長職同士の加古ちゃんとは、ふたりでお出かけする時間もなかなか取れなくて。春の陽気も強まってきた本日、ようやく加古ちゃんとカフェでお茶をすることになり、念願叶って蒼也くんとの交際の報告に至ったのだった。
 ──あれから、ときどき顔を出すようになった個人ランク戦では、二宮くんと太刀川くんと話す機会はあったので、結局、加古ちゃんよりも先にふたりへと同じ報告をすることになってしまった。……まあ、二宮くんには人一倍世話を掛けてしまったので、丸く収まりました、という報告は必要だったと思うし。……とは言え、私の報告を聞いた二宮くんは「遅えんだよ……」と悪態をついて私の頬をつねったし、太刀川くんは「いや、それ今更言ってんの!? ウケるんだけど!」とお腹を抱えて笑っていたというのに、……それに比べて加古ちゃんは、にこにこと穏やかな微笑みで私の話を聞いてくれるものだから、ほう、と思わず彼女の綺麗な微笑みに見惚れもしてしまう。──来馬くんと堤くんには私からは話せていないけれど、多分蒼也くん経由で、堤くんは既に諏訪さんから話を聞いているんじゃないかとは思う。……別段、ボーダーは組織内の恋愛禁止という訳でもないけれど、私としては、一応は組織の風紀や規律とかを気にして隠しておいた方が良いのかなあ? なんて、少し思ったりもしたのだけれど、蒼也くんにはその気が全く無かったようで、「……の恋人になったことを諏訪たちに自慢したかったんだが、嫌なのか……?」と眉を下げて聞いてくる彼に、……結局は私が根負けしてしまった。
 蒼也くんはというと、元気にあちこちで自慢して歩いているようなので、恐らくは今に周知の事実となるのだろうし、鈴鳴支部まで噂が聞こえてくるのも時間の問題なのだろう。……それにしても加古ちゃん、本当に優しいし、対応が大人だなあ。そういうところも、私が彼女を友人として好きな理由のひとつだ。加古ちゃんの、同い年とは思えないほどの大人の余裕を見ていると、私も見習わないといけないな、とは少し焦る気持ちもあるけれど。

「……それで、風間さんと進展したのはいつの話なの?」
「結構最近だよ? でもほら、ガロプラの件とか、ランク戦とか、遠征選抜とか、色々あったから……加古ちゃんにはもっと早く話したかったのだけどね?」
「まあそれはそうね、ちゃんも長いこと、体調を崩していたし……」
「……うん。倒れてから一週間くらいした頃かな……冬の終わりに、色々あったのだけれどね」
「ええ」
「蒼也くんと、ちゃんと話せて……あの、ええと……」
「ふふ、なあに?」
「蒼也くんに……好きだって、言ってもらえて……!」
「うふふふ、……ちゃんが風間さんに落ち着いてくれて本当によかったわ。……他の男だったら、私きっと邪魔してたもの」
「加古ちゃん……? ……あのね、それでね、この間ね、蒼也くんとお花見に行ったんだよ! ほら! 見て見て!」
「……あら、楽しそうね。このお弁当、ちゃんが作ったの?」
「ううん、蒼也くんとふたりで作ったの!」
「……あの、ちゃん? 風間さんって、お料理できるのかしら……?」
「ううん、全然。……だからね、この焦げた卵焼きが蒼也くんの作ったやつでね……でもね、蒼也くんもおにぎりは結構上手になったんだよ! これとか! ふわっとしてて美味しかったの!」
「そう……ちゃんが風間さんにお料理、教えてあげてるのね」
「そうなの!」

 そう言って携帯端末に保存したお弁当やお花見の様子の写真を加古ちゃんに見せると、加古ちゃんは微笑ましげに目を細めて「素敵ね」と言ってくれた。私はそれがどうにも嬉しくて、くすぐったくて、「……本当は、これは独り占めにしたかったんだけど、加古ちゃんには見せるね」と言って、照れくさそうにお弁当箱を両手に抱えてこちらへと見せてくれている蒼也くんの写真を見せると、加古ちゃんは、「……風間さんったら、ちゃんといっしょで嬉しそうね」……だって! 加古ちゃんの言葉にますます頬が緩んでだらしない表情を抑えきれずにいたら、注文していたケーキと紅茶が運ばれてきて、流石に私も、はっとして表情を正す。A級部隊の隊長として、時々メディアに出ることもあるし、あまり一般市民の前で妙な姿は見せられないからだ。──そうして、赤い苺がたくさん乗ったタルトにフォークを入れながらも、加古ちゃんとのお喋りは続く。お花見をしたときの写真を端末の壁紙に設定しているのを部下たちに見られて、お陰でうちの部隊と風間隊のみんなが羨ましがっているので、今度は部下も連れてみんなでピクニックに行こうと計画していることだとか、それまでにもう少しお弁当作りを練習しようと話していることだとか、……色々と落ち着いて調子を取り戻したからか、最近の私は部隊としてもランク戦で勝ち星を伸ばせていて、今期はもしかすると、A級3位──風間隊に並べるところまで行けるかもしれないこと、だとか。

「……そういえば、ご両親……というか、お父さんとのことは、どうするの?」
「……うん。父さんは、……ええと、私の両親は、今海外に居る、って前に話したよね?」
「ええ。……経緯を聞くに、風間さんとのことも、報告する必要があるのでしょう? きっと」
「うん……父さん、夏以降に一度、三門市に戻ってくるつもり、らしくて」
「ええ」
「私も大規模遠征があるし、今すぐに海外に行くのは無理だから……遠征から帰ってきて、そのときにかな、……ちゃんと、話すつもりなの」
「……そうなのね」
「うん。……私がボーダー隊員をしていることも、きっと、父さんは良く思っていないから……和解できるとは限らないけれど、……でも」
「ええ」
「蒼也くんとのことだけは、……決して、父さんの手柄じゃないからね! って、念を押して、認めさせないと気が済まないから! それだけは釘刺しておかなきゃ、って! ……其処だけは、どうしても譲りたくないから……」
「……ええ、そうね。私も、そうするべきだと思うわ。ちゃんと風間さんとで、決めたことだもの」
「……うん!」

 蒼也くんと正式に恋人関係になった後で、まず真っ先に解決しなきゃいけないね、とふたりで話したのは、私の父とのこと、だった。──今すぐにとはいかないけれど、ちゃんと父には話すつもりで、けれどちょっぴりの反抗心からか、私が真っ先に報告することを決めた相手は、父ではなく進兄で。……進兄の、風間家、蒼也くんのおうちのお墓にふたりで出向いて、やっと恋人になれたんだよ、って、誰よりも最初に伝えたのだ。「……進兄も喜んでくれるといいな……」と私が言ったら、「喜ぶに決まっているだろう? 兄さんは、昔から俺がを好きなのを知っていたから」と彼は笑っていた。──それから、お墓参りの後で、蒼也くんのご両親にも既に報告は済ませている。幼い頃から面識のあるふたりは、親元を離れて暮らしている私のこと、自分の子供のように思ってくれているみたいで、……蒼也くんの報告を聞いて、とっても喜んでくれたから、……私、ほんとうに嬉しくて。……それでようやく、思えたのだ。ちゃんと、父さんと話をしよう、と。家族だからって必ず分かり合えるわけじゃないし、どうなるかは分からない、……でも、ちゃんと決着を付けようと、そう思った。どんな形に転んでも、私には蒼也くんたちがいて、決してひとりじゃないから、背を向け続けた父と向き合うことだって怖くないと、……そう、思えたのだ。
 ──加古ちゃんとのお喋りは楽しくて、ついつい熱中してしまうものの、夕方には解散することにして、──というか、蒼也くんと待ち合わせをしていたので、加古ちゃんに手を振ってカフェの前で別れると、私はそちらへと急いで向かうことにした。……その前に、此処のケーキがとっても美味しかったから、帰ってから蒼也くんとも食べたいな、って。お店を出る前に、シンプルなショートケーキ、ザッハトルテ、モンブラン、フルーツタルト、……思わず色々買ってしまったけれど、ふたりで分けたら、食べきれるかなあ、と思って。ケーキの入った白いボックスを揺らさないように大切に抱えながら、私は蒼也くんと待ち合わせをしているスーパーに向かうのだった。

「──蒼也くん! お待たせ!」
、……その袋は?」
「これね、ケーキ買ってきたの! 映画見ながら食べよう!」
「そうか、……だとすると、俺が持つよりに任せたほうがいいな? 俺では崩しかねないからな……」
「ふふ、そうだね。蒼也くんは、カートの方を押してくれる?」
「了解した」

 ──今日は土曜日、ボーダーの方も非番で大学の授業も無く、昼間は加古ちゃんとの約束があったから、その分、夜からは蒼也くんとの時間ということに決めていた。今夜は家でちょっと手の込んだご飯を作って、映画を見ながら食べよう、という約束をしている。……少し前に私が見たい映画があったのだけれど、私は映画館が得意ではなくて諦めていたら、サブスクのサービスで独占配信が始まったことを先日、荒船くんが教えてくれて、今日は蒼也くんといっしょにその映画を見る約束なのだ。

「今日は、何を作る予定なんだ?」
「んー……映画のお供に、アボカドのディップと、サーモンのカルパッチョと……トマトとバジルをオリーブオイルで和えて、バゲットに乗せたのと……」
「ほう、美味そうだな」
「そうでしょ? それにね、どれも火を使わないので、なんと蒼也くんもいっしょに作れます!」
「……それは、たまには良いところを見せられるように、頑張らないとな?」
「ふふ、期待してます! あとは、まだ寒いし、湯葉でグラタンとか作ろうかな……蒼也くん、お肉も欲しいよね? カツレツとかはどう?」
「良いな。……映画を見るなら、フライドポテトとかもいいんじゃないか? 俺が食いたいだけだが……」
「じゃあ、お芋も揚げよっか! ……あ、あと……」
「? どうした?」
「……あの、ポップコーンとかあったら、いいかなって……思ったのだけれど……て、手抜きっぽいかな……?」
「まさか。……寧ろ、そのくらいは既製品を買おう。作らなくとも、菓子売り場に幾らでもあるだろう?」
「で、でも、今日はご馳走作ろうって……」
「いいじゃないか、……その分、とゆっくり過ごす時間が増えるし、俺は嬉しいぞ?」
「……うん……」
「よし、そうと決まればまずは菓子売り場だな……」
「待って待って! さいしょにお菓子見に行ったら、私、余計なもの買っちゃいそうだから……!」
「そのくらい、買ってやるのに……」
「だめなの! ご飯食べられなくなっちゃうもの!」

 ──あれがいい、これがいい、やっぱりこっちが良さそうだから、メニューを一部変更であれにしないか、だとか。──色々と相談しながらふたりでスーパーを見て回るようになったの、……以前なら蒼也くんは荷物持ちで食材選びは全部、私の仕事だったから、今でも少し新鮮で、なんとも言えずに、この感覚はこそばゆくて、幸せだと思う。たったこれだけのことでも、蒼也くんと共有しているのだなあ、と思わされると、私はたまらなく嬉しい気持ちになれるから。
 何も、蒼也くんは私みたいにお料理が趣味になったわけじゃないし、こうして買出しや炊事の協力に積極的なのも、単純に、私だけに負担を掛けないためだということは知っている。……それと、もうひとつ。「ひとりに任せておくと、いつまでも台所から戻ってきてくれないから、同じ家で暮らしているのに手のひとつも繋げないだろう」……って、蒼也くんは以前に、少し拗ねた顔でピーラーを握りながらそう言っていたものだから。私はそれが可笑しくて、嬉しくて、……ああ、ほんとうに、蒼也くん、私のことを大切に思って、好きでいてくれるんだなあ、って。……嬉しかった、なあ。──だから今でも、ちょっぴり意地悪をして、時々、長々とキッチンに立ってみたくなるのだと、……あなたに言ったなら、怒られてしまうのかな。それとも、私のすることだからと「こら」って、優しい声で窘めるだけで、許してくれるのだろうか。

 ──スーパーで会計を済ませて家に帰って、ふたりでキッチンに立って、蒼也くんにお手伝いをお願いできる部分までの調理は終わったから、あとは私がするから先にお風呂に入ってきていいよ、と彼に言ったら、……蒼也くんが、何か言いたげな顔でこちらを見てくるものだから、私は彼に向かって言葉を掛ける。

「……なに? どうしたの、蒼也くん?」
「……いや……」
「……言いたいことはちゃんと言う、って約束したでしょ?」
「……怒らないか?」
「? どうして? 怒らないよ、別に」
「そうか。……それなら言うが、……今日は風呂、一緒に入らないか?」
「え」
「昼間は、加古にを取られていたからな……風呂の時間も、離れるのが惜しい」
「と、取られて、って……」
「……嫌か?」
「……もー! しょうがないなあ! グラタン、オーブンに入れてからね!」
「! 良いのか」
「いいけど、蒼也くんも手伝うの! ホワイトソース、焦がしたらいっしょに入ってあげないんだから!」
「……任せろ、完璧に仕上げてみせる」
「もー……こんなときばっかりやる気出してー……」
「仕方ないだろう? そういうものだからな」
「そうかなあ……」
「そうだとも」

 ──カツレツを揚げ焼きして、オーブンでグラタンを焼いている間に、蒼也くんといっしょにお風呂に入って、「……これ以上長風呂すると、グラタンが冷めちゃうからだめ!」と、……どうにか押し切ってお風呂を出て部屋着に着替えると、スキンケアを済ませて髪をタオルで纏め急いでキッチンに戻り、グラタンの出来を確認したり、お皿に盛り付けたりをしている間に、ドライヤーを持った蒼也くんがキッチンに入ってきて、私の髪を乾かす係をしてくれた。「ごはん、運んでからでも良いのに……」と言ったものの、「風邪を引くし、時間が勿体ないから駄目だ」と言って聞かない蒼也くんは一度言い出したら譲らないので、もう好きにさせておく。──なんでも、ドライヤーを掛けている間は音がうるさくて会話が出来ないし、私の髪に触るのが好きだから、どうにかして、隙間の時間に一挙両得で片付けてしまいたいということらしい。合理的なのか何なのかは、最早よく分からないけれど、蒼也くんが嬉しそうなので、……まあ、それなら良いかと私は今日も押し負けて、そうして、お風呂場での私の努力と、上がってからの蒼也くんの努力とで、どうにか最短コースで映画鑑賞に漕ぎ着けることに成功したのだった。
 私も蒼也くんも理詰めで考えるところが大いにあるので、こうして何かと時短重視、効率最優先になりがちなのだけれど、……多分、傍目から見たらこういうのって、ちょっと情緒が足りてないんだろうなあ、なんて思う。……でもまあ、私も蒼也くんも、そんなのはどうでもよくて、相手の隣で過ごす時間を確保するのが最優先なので、結局はお互いの理に適っているのだった。……だから私たちはこれでいいと、私はそう思う。

 ──そうして、わくわくしながら料理を並べてソファに隣同士で腰かけて、ワインを開け、満を持して始めた、映画鑑賞会だったけれど、……なんというか、これは、思ったのとは、ちょっと……。

「……、本当にこの映画が見たかったのか……?」
「……予告は、面白そうだったんだよ……? えー……荒船くんが微妙な顔してたの、こういうことかあ……」
「……最後まで見るか?」
「……うーん……一応は……」
「そうか」
「……あの、でも、一応ね、見られたなら、それでいいかなあ……というか……」
「? どうした?」
「……ごはん、食べ終わったらね」
「ああ」
「映画は流し見で……その、ええと、……いちゃいちゃするのはどうでしょう……? せっかく、明日もおやすみだし……?」
「……それは、名案だな?」
「……そうでしょう?」
「しかし、が作った夕飯を適当にかっ込みたくはないからな……その提案は、食事が済んでから言って欲しかったな……」

 蒼也くんが大真面目な顔でそんなことを言うものだから、私は思わず、笑ってしまって、わざとらしくゆっくりとご飯を食べて、お互いにお酒に弱いから一杯だけね、と注いだワインもこれみよがしにゆったりと飲んでいたら、「……また焦らすのか?」なんて彼が言うから、また私は笑ってしまった。そうして、のんびりとご飯を食べてから、ケーキも食べよう、と言ったら蒼也くんは露骨にがっかりした顔をするので、「……蒼也くんの好きなケーキもあるよ?」と言うと、今度は急に目を輝かせるものだから、「……私、ケーキ以下なの?」って、また意地悪を言ってみたら、蒼也くんは私の機嫌を損ねたんじゃないかと慌てたのか、ショートケーキの上に乗っていた大きな苺をフォークに刺して、私にプレゼントしてくれた。──こんなもので私の機嫌が治ると思っている彼も大概だけれど、上機嫌で口を開ける私も私で。──そんな風にケーキを分け合ったり食べさせ合ったりしてから、同じようにポップコーンも分けっこしようと袋を開けて、蒼也くんの口元にひとつ、差し出すと、……ぱくり、と。彼は、私の指ごと食べてしまった。

「……なあ、いちゃいちゃするんじゃなかったのか?」
「……今も、してるでしょ?」
「俺は、もっと、そういうことがしたいんだが……」
「……蒼也くん、わがままだなあ……」
「お前にだけだ、……これは、また明日で良いだろう?」

 ──そうして、そんな風に乱暴に放り出されたポップコーンは袋の口を閉じていなかったものだから、翌日の昼過ぎに私と蒼也くんがのろのろと起きだしてきた頃には、とっくに湿気てしまっていた。昨夜のご飯は、夜のうちに蒼也くんがすっかり平らげてしまったから、今朝は適当に買ってきておいたパンを焼いて、卵は目玉焼きにしようと思ったら、「蒼也くん、卵割ってくれる?」と頼んだ彼が卵を潰してしまったので、予定を変更してスクランブルエッグを作る。……それから、湿気たポップコーンと、欲張って買いすぎたから昨夜は食べきれなくて生地がしなしなになったフルーツタルト、それに、蒼也くんが淹れてくれた熱い珈琲。……なんだかとってもだらしない朝ご飯だけれど、卵の殻が混ざったじゃりじゃりのスクランブルエッグは、不思議と幸せの味がする。

「……困るなあ」
「? 何がだ?」
「私、蒼也くんといっしょに食べると、いつもよりいっぱい食べられちゃうんだよね……太っちゃったらどうしよう……」
「……は、もう少し肉付きが良いくらいが丁度いいんじゃないか?」
「……ねえ、その言い方いやなんだけど! 女の子になんてこと言うの、やめてよ! あなたの可愛い恋人なんですけど!」
「可愛い恋人だから、そう言っているんだろう? ……だったら、一緒に走り込みでもするか? 俺も、といっしょだと食いすぎる気がしてな……トレーニング量を増やしたほうがいいかもしれない、と思っていたところだ」
「えー……蒼也くんのトレーニングメニューなんて、私にできる……?」
「其処は調節してやるから、安心しろ」
「安心できないよー……」
「何を言うんだ、……俺は、には甘いんだから安心していい、お前に無茶はさせない」
「……お手柔らかにね?」
「ああ、任せておけ」

 ──多分、きっとね、この先も。……インスタントの珈琲も、柔らかくなったタルト生地も、焦げたトーストも、ケチャップの味しかしないスクランブルエッグも、湿気たポップコーンも。──特別な日のご馳走も、だらしない朝ご飯も、みんなで食べるお弁当も、食堂の定食も、お店で食べるカレーライスも。……全部全部、あなたといっしょに食べると、なんだって美味しくて、そのすべてが私にとって、いちばんのごちそうになるから。……あなたにとっても、そうだったならいいな、って。あなたも、そう思ってくれたらいいな、って。私がそう言ったなら、あなたはくしゃりとはにかんで言うのだ。「……俺にとっては、ずっと昔からと食う飯が一番美味い」って。それは私にとって極上の殺し文句で、きっと明日も、この食卓には柔らかな朝陽が満ちているのだろう。 inserted by FC2 system


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