献身は星々の過程により

「はじめまして、アルベール様。、と申します。妹たちが、いつもお世話になっております」

 殿と初めて出会ったのは、もうずっと前のこと。マイム、ミイム、メイムの姉妹が騎士団で頭角を現し……マイムが、副団長に就任した頃、だっただろうか。その頃には、彼女らの三姉妹は既に騎士団ではなくてはならない存在になっていて、そんなある日に、彼女たちから一度会って欲しい人がいる、と。そう、言われて紹介されたのが、彼女、……殿、だった。三姉妹の下にはまだ妹が後二人いる、と聞いたこともあったが、上に姉がいる、ということも、事前に聞き及んでいて、彼女たちが長女である殿を、深く敬愛していることもまた、俺は聞かされていたから、一体、どんな御仁なのだろうか、と。そう、思っていた。腕の立つ剣士なのだろうか、だとか、或いは高名な魔導師か? ……なんて、考えていた俺の予想は、あっさりと裏切られることになる。殿は、何処にでも在る平凡な微笑みで、柔らかなまなじりを下げる、穏やかな女性で、……彼女が普通の女性、だったからこそ、騎士団で武名を轟かす妹たちを支える彼女が、決して普通などではないことも、俺にはすぐに分かった。平凡でありながら、非凡に寄り添えるものは、そうそう居るものじゃない。……なんと、あたたかな女性だろう、と。そう、思ったんだ。雷鳴と嵐の轟くこのレヴィオンにおいて、彼女の周りだけが、いつだって日向のように暖かく、……俺は、そんな殿の傍を、……好ましい、と。そう、感じた。

「……お噂はかねがね、マイム達から聞き及んでいます。お会い出来て光栄だ」
「まあ……! お恥ずかしいです、アルベール様に聞いていただくようなことは、なにも……」
「様、などと……畏まらないでください。……俺は、あまり、形式張ったのは得意ではなくて……」
「……そうですか? では、アルベールさん……とお呼びしても、よろしいですか……?」
「……ああ、是非そう呼んでくれ。さん」
「ふふ、……ありがとう、アルベールさん」

 そうして彼女と出会ったのは、もうずっと前のこと。さん……と、呼んでいた彼女を、いつからか俺は、、と呼ぶようになって、騎士団の一員ではない彼女ではあったが、妹たちが世話になっているから、と度々差し入れに来てくれたりもして、騎士団の中でも、すっかり見慣れた存在になっていた。それに、レヴィオンの観光施策だとか、そういったことに対しても、彼女は一般の民の視点から、なかなか鋭い意見を聞かせてくれることが多々あって、何かと彼女の意見を求めに行くことが増えたことで、ある時期からは、騎士団のご意見番として、週に何度か執務を手伝ってもらったり、観光施策のためのアウギュステ視察にも同行してもらったし、……特に、ユリウスが居なくなってからは、俺が彼女にどれだけ助けられたことか、分かったものではない。

『……アルベールさん、無理しないでね。……私では、ユリウスさんの代わりになんてなれないけれど……私があなたを案じているってことだけは、忘れないで欲しいの……』

 大した役には立てないけれど、と。そう言いながら、眉を下げて微笑んで、は俺が塞ぎ込んでいると、毎日、温かなハーブティーを入れてくれた。少しでも食べて欲しい、と彼女がいつも差し入れてくれたサンドイッチ、それを口にするたびに、俺が胸をつまらせていた理由など、彼女は知る由もないことだろう、それでも。……救われて、いたのだ。……部下の手前では、どうしても強がってしまった。皆を不安にさせまいと、己を繕ってしまっていた。俺に演技の才などあるはずもなく、不器用に取り繕っては、きっと皆を余計に、不安にさせてしまっていたことだろう。……だが、そんなときに、が寄り添ってくれたから。しん、と静まり返る執務室に、きみが、居てくれたから。真っ暗闇にひと筋の光を、運んでくれたから。……だからきっと、俺は今日まで、辛うじてでも、折れずに、歩いて来られたのだ。

「……それでな、ユリウス。そのときに、が……」
「……きみは本当に、殿の話ばかりだね、親友殿?」
「……? そ、そうだったか……? 親友殿……」

 ……だからこそ、ユリウスが帰ってきてからというもの、俺がユリウスに、の話ばかりを聞かせてしまっているのだとしても、……それは、まあ、致し方ないことだろう……? と、俺はそう、思っていたわけなんだが。

「そうだよ、親友殿には国の話、騎士団の話、騎士道の話、それから殿の話しか、話題が無いんだねえ……」
「ほ、他にもあるだろう!?」
「何があるんだい?」
「……剣の話、はどうだ……?」
「それも騎士道の話に含まれているよ、親友殿」
「む……」
「……全く、そこまでご執心なんだ。もうとっくに、求愛のひとつも済ませていると思っていたよ……私に良い知らせを聞かせてはくれなかったね、きみという男は、本当に不器用で困る」
「きゅ、求愛……!? な、何を言っているんだ、親友殿……! 彼女とは、そんな関係では……!」
「だが、きみの彼女への好意は、そういった類のものだろう?」
「……そん、な、ものでは……」

 ……考えたことも、なかった。確かに俺は、彼女と過ごすのが好きだったし、彼女の笑った顔が、好きだった。雷光の路を行く俺を照らしてくれる、唯一の日輪のような彼女のことを、得難く思っていた。と初めて話した日の、あの眩しい微笑みを忘れられない。俺の執務室を彼女が訪ねてくる日が楽しみで、いつしかその一時が、俺にとっての救いで、慰めだった。彼女と話していると心が洗われた、視察に出向いたアウギュステ、あの夜にと見上げた光華の美しさを、……彼女のまあるく澄んだ瞳に映り込み、きらきらと輝きを放っていた、花の光の色を、忘れられない。

「……そういった類のもの、だったのか……? 親友殿……?」
「やれやれ……本当に鈍い男だね、きみは……」
「ぐ、ぬ……だ、だが……!」
「だが、ではないよ親友殿。私が何のために、きみのアウギュステ視察に、殿を同行させたと思っているんだい?」
「あ、あれは……の意見が参考になるだろうと……」
「そんなもの、建前に決まっているだろう? きみが彼女と進展できるように計らってあげたんだよ、鈍感にもほどがある」
「な……!?」
「……全く、私はてっきり、帰ってきたならきみたちから、結婚の報告でも聞けるかと思っていたのだがね? まあ、アウギュステの浮いた雰囲気の中ですら、一歩も進展しなかったきみには、無理な話だったか……」
「け、結婚!? な、何を言うんだユリウス……! そんなもの、俺の一存で決めることではないだろう!」
「おや、つまりきみの希望するところではある、ということになるね? 親友殿」
「……っ、茶化さないでくれないか、親友殿……!」
「茶化してなどいないさ、……しかし、そうだね……殿も苦労をする……」
「……? が、苦労……? 何かあったのか……?」
「……本当に、そういうところだよ、親友殿」
「どういうところだというんだ!?」

 ……ああ、そうだ、確かに。俺は、彼女を好いているのかも、しれないな。……女性として、そうか、女性として、か……。

「……な、なあユリウス、俺はどうすればいいと思う……?」
「……全く、俊雷の貴公子が聞いて呆れるね……」
「か、からかうなよ!」

 ……生憎だが、あまり、腫れた惚れたの話には疎くて、浮いた話も、ろくになかった俺だ。……今までは、深く考えてこなかったが、……親友殿にこうも察され、気を配られるほどに、俺は分かりやすかったのか……? ……ならば、まさか。彼女への好意も、顔や態度に出てしまっていたのだろうか、と慌てる俺に、ユリウスは言う。

「……それで、殿が気付いていたのならば、私も彼女たちも、苦労してはいないよ、親友殿……」
「……苦労……? 彼女たち……?」
「……おっと、これは今言うべきではないか。まあ、頑張りたまえよ、親友殿。……無神経で無鉄砲なきみに寄り添える女性など、殿くらいだろう」
「お前……! それは彼女に失礼だろう!」
「……やれやれ……本当にきみという男は……」
「な、なんだと言うんだ……?」

 ユリウスの言い分は、いまいち分からなかったが。それよりも俺には、気掛かりなことがあった。……ユリウスに筒抜けになっていた程度には分かりやすく単純な俺という男が、こうして、好意を自覚してしまった今、……明日から、普通にと話せるのか? という、……そんな杞憂で、その晩は何時にも増して、ユリウスに出された葡萄酒の味も、分からなかった。 inserted by FC2 system


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