きんいろの残響、寝返り

 アルベールさんから想いを告げられて間もなく、私はアルベールさんと男女交際をすることになった。初めてのデート、と改まって仕切られたその逢瀬は、いつものように上手く話すことも出来なくて、お互いにカチコチに固まってしまったものだけれど、お互いに好意が向いている──と、告白された私だけが知っているのはどうにもフェアじゃないような気がして、というか、……彼の想いを知った以上、アルベールさんにも知っていて欲しかった、のだと思う。「私も、アルベールさんが好きです」と、振り絞って告げたひとことに、彼は眩いまでの微笑みでぱあっと笑ってこの上なく喜んでくれて、……うれしかった、なあ。律儀に頭を下げて、「改めて宜しく頼む、責任と節度を持ってあなたに向き合うつもりだ」……なんて、あなたが大真面目な顔で仰るものだから。

「……あの、責任と節度を持った交際って、どのような?」
「え」
「アルベールさんの中では、もしかして、具体的なプランがあるのかな? と思ったのですが……」
「それは、その……まあ、ありはする、が……と、ともかくだな、あなたのことを、俺は最大限に大切にするし、泣かせるような真似は絶対にしない。全身全霊を掛けて、を俺が護ろう」
「……は、い……」
「……そういうことだから、改めてよろしく頼むよ、
「は、はい。私こそ、よろしくお願いします。……ふふ、なんだか夢みたい……」
「む、夢などではないぞ。夢であってなるものか、それでは俺が困る」
「ふふ、そうなのですよね?」
「ああ、そうだとも」

 思わず、ちょっぴりの意地悪のつもりで口にした言葉にも律儀に返答をくれるあなたのこと、わたし、やっぱりとってもだいすきなのだな、って。──そう、思えたからこそ、それからの日々はこれまでにも増して楽しかった。騎士団長として真面目に勤め上げてきたアルベールさんと、妹たちのサポートに徹さんとするばかりに異性との交流が少なかった私とでは、恋人同士の進展らしい一歩を踏みしめるのにも、常に探り探りで、関係性に名前が付いたからと言って、日頃のお互いへの接し方が大きく変わった──なんてことも、特にはなかったけれど。あたたかなやさしさで見つめてくれるアルベールさんの緋色の瞳が、私を射るときにだけ熱を帯びるように変わったことには私も気付いていたし、愛おしげな目で見つめられて、剣の研鑽で分厚く鍛え抜かれた大きなてのひらで、そうっと壊れ物に触れるような所作で手を伸ばされるときも、繋いだ手から彼のぬくもりが流れ込んでくるときも、私はこの上ない幸福を感じていたので、それ以上のことはそこまで望んでいなかった、のかもしれない。
 かと言ってそれは、今までの関係と余り変化がない、という訳でもなく、アルベールさんは終業後や休日には私をよくお出かけに誘ってくれるようになったし、最初の頃はあれこれと理由を付けてどうにか約束を取り付けようとしてきた彼が、只もう少し傍に居て欲しいから、というだけの理由で逢瀬に誘ってくれるようになったことだって、痺れるような熱に胸がくるまれるような心地で、そんな日々が私は本当に大切で。──ユリウスさんが無事にレヴィオンに帰ってきてくれて、オードリック陛下やヴィクトル殿下の仲も修復されて、私の愛するレヴィオンという国が以前よりもずっと素敵な場所になったことも、マイムちゃん、ミイムちゃん、メイムちゃん──私の大切な妹たちが、今のレヴィオンで日々を笑って過ごして、私やアルベールさんの傍に無病息災で居てくれることも、本当に本当に、大切だったから。私はこの日々が、現状が、いつまでも続いてくれたならそれだけでいい、これ以上多くのものはもう望まない、と。──わたしは、本気で、そう思っていたの。


「──グラン達には世話になっているから、黙っているのは忍びないなと思っていたんだ。だが、前回……温泉街を訪れてくれた際には、俺の方が立て込んでいたし、騒動もあったから上手く時間が取れなくてな……今日、レヴィオンに立ち寄ってくれて本当に良かった」

 その日、久々にグランサイファーの団長さん──グランさんが、レヴィオンを訪れていて、私も彼と軽い面識はあるし、どうやらマイムちゃんが団長さんに思慕を寄せているらしいから、妹たちからも団長さんの話を聞く機会は多くて、お互いに見知った仲ではある。一時期、団長さんの旅路に同行していたこともあるアルベールさんは、団長さんを非常に信頼していて、アルベールさんが認めるほどの剣の腕を持ち、若くして騎空団の団長を務めあげる彼は、私にとって少し雲の上のような存在でもある。そんなグランさんに話したいことがあるから、私にも同席して欲しいとアルベールさんに言われて、妹たちが世話になっていることについて改めてお礼を伝えたかったこともあり、私は特に断る理由もなく、──王都の一角、カフェの店内にて、グランさんとの席に同席したのだけれど。

「実はだな、ユリウスが帰ってきて暫く経った頃から……その、と交際することになって……」
「ああ、うん。もしかして、そうなのかな? って。前回にふたりを見たときに、ルリアと話してたんだ。やっぱりそうだったんだ?」
「そ、そんなに分かりやすかったか!?」
「そ、そんなことはないと思いますよ……!?」
「え? いや、そうじゃないけど……多分ふたりは好き同士なんだろうなあ、って……前からアルベールと、それに、マイムやユリウスたちの反応を見ても、そう思ってたし……」
「は……そ、そうなのか? 団長……」
「そうだよ? 多分、気付いてなかったのはふたりだけじゃないかな?」

 団長さんからの言葉に、思わず一瞬、言葉を失ってしまって、私とアルベールさんはその場で静かに見つめ合う。多分、アルベールさんも団長さんの言葉にはひどく驚いているらしくて、ぽかんとした表情でお互いを見つめる私たちを見てグランさんが小さく笑うものだから、ハッとした顔でアルベールさんは再度彼に向き直ると、こほん、とちいさく咳払いをして、話を仕切り直したのだった。

「と、ともかく。グランに話したかったのはこのことだ。……俺にとって、大切なことだからな、団長には教えておきたかったんだ」
「……うん、おめでとうアルベール。ずっと、のこと好きだったもんね?」
「グラン、それはそうだが、そういうことは、の前では……」
「僕の旅に同行してた頃も、肌身離さずに、の写真を持ち歩いてたし……」
「グラン! やめないか! ともかくだな、俺はと、結婚を前提に真剣な交際をしていて……!」
「えっ」
「ん? どうしたんだ、?」
「け、けっこんを……? ぜんていに……? ですか……?」
「うん? 俺は何かおかしなことを言ったか?」
「え、あ、あの、……それ、今初めて聞きました……」

 おふたりの会話を隣で聞いていたら、ん? と気に掛かる話題がその手前にもひとつ挙がっていたけれど、それすらもが吹き飛んでしまうような単語が聞こえたことで、一瞬、私は雷に打たれたみたいに頭の中が真っ白になってしまった。ティーカップの取っ手を掴む指先は動揺で震えて、割ってしまわないように慌ててソーサーにかちゃん、とカップを戻したけれど、それでもやはり手は震えている。そんな私を見て心配そうに覗き込むアルベールさんの緋色は、相変わらず真摯過ぎるまでのまっすぐさでこちらを見つめていて、──思わず、思った通りの言葉が滑り落ちてしまった。このひとの目を見つめていると、どうしても、嘘が吐けなくて、取り繕うことへの罪悪感が勝ってしまって、吐き出した言葉は些か乱暴だったかもしれない、けれど、でも、……わたし、ほんとうに、そんなの、聞いていなかったもの!

「な……、あなたは俺との結婚を考えてくれていなかったのか!?」
「そ、うじゃないですけれど……! だってそんな、わ、わたし、恋人として傍に置いてもらえるだけで、幸せだったから……」
「お、俺は責任をt持った交際をすると言っただろう……!?」
「言いましたけれど! だ、だからって、アルベールさんがそこまで考えてくれているとは、知らなくて……!」
「あー……あの、僕ちょっと席を外すけど……アルベールと、ふたりだけだとほんとに話が進展しなさそうだね。ユリウスとか、呼んでこようか?」
「い、良い! 大丈夫だ! これは、俺が俺の言葉で伝えないと意味がないだろう!?」
「アルベールさん……、もう、それ、今、言っちゃってる……」
「な……!?」
「了解、話が済んだらまた呼んでよ。僕は騎士団の本部に顔出してくるからさ」
「あ、ああ……すまない、グラン……」
「気にしないでいいよ」

 ──私よりもよほどしっかり者の年下である彼に気遣われて、隣に座ったアルベールさんの顔を、うまく、見れない。……どうしよう、私の察しが悪かった? 無神経な言葉と振る舞いで、アルベールさんのこと、傷付けた? ……でも、だって、ほんとうに、ほんとうに、わたし、そんなこと、……そんなにも、しあわせなことが、あるなんて、思わなくて。

「……、すまない。……顔を上げてもらえるか?」

 ……そんなにも、光栄で恵まれたこと。……このひとに、護られ続ける唯一になること。……私が受けて良い栄誉だと思っていなかった、幾許かのことが、本当はもうとっくに私のものだっただなんて、……わたし、そんなこと、とても、考えた試しもなかったの。

「は、い……」
「……俺が言葉足らずだったな、ひとりで先走ってしまっていた」
「そ、そんなこと、ないです、……でも、わたし、」
「ああ」
「今、毎日が楽しくて、幸せで……アルベールさんの恋人にしてもらえてから、きらきらって、世界が輝いているみたいでね?」
「……うん」
「雷の光だけじゃなくて、あなたのことがいつも眩しくて……だから、これよりも上があるなんて、思っていなくて、えっと、その……」
「それは、俺も同じだよ、。……おれにとってあなたは、いつだって眩しくて暖かで、太陽のような存在だ。……だからこそ、離れるなんてもう考えられない」
「アルベール、さん……」
「順番があべこべになってしまったが……国の復興も進んで日々が落ち着いた今、俺としてはいつでも、今すぐにでも、あなたともう一歩進んだ関係性になりたいと思っている。……、」
「……はい」
「俺と結婚、してもらえるだろうか? ……俺は出来た男ではないし、あなたに苦労を掛けることもあるかもしれない。だが……」
「……うん」
「それでも、……俺が一番、あなたを幸せにする。絶対に、他の誰にも負けない。……その、駄目、だろうか……?」
「だめなわけ、ないです。……ふふ、どうしよう、グランさんに、恋人になったことを報告するはず、だったのにね」
「? ああ」
「……結婚の報告に、なっちゃいましたね」
「! あ、ああ……! よし! 早速グランにも知らせよう! 親友殿やマイム達にも教えてやらないと……! さあ、行こう! !」
「……はい、アルベールさん!」

 ぱあっと眩しいその笑顔で、あなたの輪郭は金色に、淡く光る。あなたのそれはきっと雷電の色なのに、どうしてそんなにもそのひかりはあたたかいのだろう、あなたに手を引かれると、どうして私はこんなにも安堵してしまうのだろう。こうしてあなたに手を引かれて、見慣れた大通りを胸弾ませて歩くこのときだって、私はこの上なく幸福で堪らないのに、あなたは今よりもっと私をしあわせにしてくれるのだと言う。あまりにもひたむきな言葉とまなざしでそんなことを伝えられたなら、……もう、私で本当にいいのかな、なんて気持ちは嵐と共に何処か遠くへ吹き飛んでしまって、──石畳を蹴り、大切なひとたちの待つ場所に向かうこのときが永遠になればいいのに、なんて。思わずそんなことを思ってから、それではあなたのお嫁さんになれなくなってしまうから、困るなあ、なんて思って。……私もよくばりになってしまったものだと、なんだか可笑しくてたまらなかった。 inserted by FC2 system


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