うつくしくないかたちでもよかった

 サカキさまがいなくなってしまわれてからというもの、アポロという男はすっかり変わってしまった。変化とひとえに言っても、良いものと悪いものとがあるだろうけれど、アポロのそれが一体どちらだったのか、私にはよく、分からない。

「アポロさんって、落ち着いてますよね」
「……そう?」
「ええ。物腰も穏やかですし、我々の指導者としてはやはり、彼が一番適任だったのでは? まあ、飽くまでサカキさまを除けば、ですが」

 三年前、未だしたっぱだったランスは、昔のアポロのことを私ほどは知らないからこそ、彼はアポロをそんな風に評する。ランスは、知らないのだ。ランスも未だ少し余裕がないと言うか、無理に平静を繕っている節があるけれど、かつてのアポロは、今の彼よりも余程気性が荒かった。思い通りに行かなければ、感情を顕にして怒ったし、その癖、サカキさまの前では完璧であろうと必死で、そんなアポロのフォローに駆け回って、私も当時は結構、苦労していたように思う。でも、まあ、私の苦労など、アポロのそれと比べれば赤子同然の悩みだった、ということだ。……アポロは、変わってしまった。良くも悪くも、彼は変わった。最高指導者にならなければいけなかったから、サカキさまの居場所を守りたかったから、サカキさまに賛同した、他の何処にも行けない部下たちを守ろうとしたから、あの子供への激情も怒りも敗北も全て飲み込んで糧として、静かな表情の下で、ごうごうと業火を燃やしながら、あの男は潰れた肺でひゅうひゅうと、必死に息をしている。この地獄で、たったひとりで、どんなに苦しくても、彼はもう、表情をひとつも変えることがない。

「……そう、ね」

 サカキさまのため、組織のため、部下のためを思う彼の力になりたいのなら、アポロのための何かをしよう、何かになろう、なんて考えは、きっと間違っている。サカキさまの補佐役の補佐、No.3から只の繰り上げで手に入れた、現ロケット団No.2の座。今までどおりにアポロの補佐をしているだけでは駄目だ、と思ったから、自分で考え、自分で動いた。アポロの手が届かない部分を、私が補おうと思ったからこその行動だった。思えば、私が、ロケット団を護ろうと思ったのも全部、全部、きっと、アポロの為だったように思う。もしかしたら、私は、もう、ロケット団の再興なんて夢見ていなかった、そんなのきっと無理だと思っていたのかも、しれない。けれど、アポロが願っているなら、現実に変えてみせようと、耐えて、足掻いて、奔走して、誰にも苦悩は、見せないで。

「……おまえは、変わりましたね」
「……は? 急に何言っているの、アポロ」
「いえ、只思っただけです。……いつの間にかおまえは、部下からも頼られるように、なってしまって……」
「……?」
「時折、おまえにも置いていかれるのではないかと、私は思うのですよ、……

 ……何を言っているんだ、この男は。私を置いていったのは、あなたでしょう、アポロ。けれど、それは当たり前のことなのだと、アポロは変わらざるを得なかったから変わっただけなのだと、ならば、私も変わらなければと、そう、思ったから、私は、こうなってしまったに過ぎないのに。

「サカキさまがいなくなり、組織が変わり、私も変わらざるを得なくなりましたが、……おまえだけが変わらないのが、私にとっては、救いだったのですよ」
「……そう、なの」
「ええ、そうです」
「……それは、残念だったわね」
「ええ、残念です。……本当に、残念だ」

 それ以上、私は何も言えなくて、アポロも、何も言おうとしなかったけれど、私は本当は、きっと、組織がどうという話以前に、アポロ個人を、私個人として、好きだったから、彼の夢に何処までもついて行けていたのだと思う。もしも、あの日に、アポロにそれを伝えられていたなら、……もしも、アポロも同じ風に思っていてくれたなら、結末は、違ったのだろうか。それはもう、定かではないことだけれど。

「……さらばです」

 夢だった何かの瓦礫の山、その上で、私は今も思うのだ。夢だと知っていたなら、どうして。覚める前に、何も言えなかったのだろう、と。その問いだけを、何度も繰り返している。 inserted by FC2 system


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