サニーシロップ モーニング

 夢を見たんですよ。夢の中の僕にはね、帰る家があったんです。
 僕がジムチャレンジに旅立つ日、ジムリーダーからの推薦状と一緒に、大きなランチボックスに詰まったお弁当を手渡す貴女に、自分でも驚くくらい、素直に笑って、僕はこう言うんです。

「全く、姉さんは大袈裟なんですから」

 ──なんて人達だろう、と。そう、思っていた、だから、その夢が僕の願望の表れだなんて、認めたくなかったのだ。それなのに、その夢は怖いくらいに現実と同じなんです。只、ひとつだけ現実と違うのは、僕に家族がいたということ、只のそれだけ。あなた達と僕が、血を別けた家族だった、というそれだけ。

「──ビートくん!」

 別に、血の繋がりなんて、さほど重要ではないんですよ、僕には、家族なんていません。委員長は決して、僕の家族代わりではありませんでしたし、家族になりたいなんて、望んだこともありませんでした。十分だったのですよ、僕を掬い上げてくれたという、それだけで。それ以上は高望みだし、そもそも、僕は、そんな発想を抱けるほど、心が豊かではなかったから。委員長には、名前を呼んでもらったことだって、殆ど無かったけれど、それで僕は、良かったんだ。

「──ビート、聞いてるのかい」
「どうしたの? ビートくん、もしかして具合悪いの?」

 僕は、出会ったその日に、誰かに名前を覚えて貰ったのなんて、貴女達が初めてだったんですよ。当たり前のように、名前を呼ばれたことすらも、僕には初めてだったんです。

「私はビートくんの姉弟子だから、そうね、お姉ちゃんだと思ってくれていいからね!」

 ──なんて、軽々しく。そんなにも、平然と。僕には一生、手に入らない筈だったものを、差し出されることが。本当に、本当に、嫌でした。だって、そうでしょう? そんなことを言ったところで、貴女は、ずっと、僕の姉で居てくれる訳じゃないじゃないか。──僕の夢の中で貴女は、アラベスクタウンのジムリーダーでした。僕達は姉弟で、いつだって会えたけれど、──現実はそう甘くはない、じゃないか。貴女は、ジムリーダーにはならなかったから、街には滅多に帰ってこない。偶に、ふらりとジムを訪ねてくるけれど、いつも側にいてくれる訳じゃない。──それに、貴女にはもう別に、帰る家があって、その家には、貴女を姉と慕う彼女が居て。──本当は、僕の家族になってくれる気なんて無いくせに、って。──そう、突き放せたなら。貴女に、そう言えたなら良かったのに、決して、そんなこともないのだから、タチが悪いよ、貴女は。

「──ビートくんと食べようと思って作ってきたの」
「あのね、ビートくんに会いたくてね」
「これ、ビートくんに、」

 最初は、口実だと思っていたんです、ポプラさんと疎遠になっている貴女は、素直に師匠を訪ねていくことが出来ないから、アラベスクタウンを訪れる為の口実に、僕を使っているだけだと、そう、思っていた。ずっと、そう思っていられたなら良かったのに。そうではないのだと、言葉より心で、理解できてしまって。──そんな、僕の心を、作り上げたのは、他でもない、あなた達だったから。

「──スコーンには紅茶の葉を練り込んであってね、こっちのジャムはモモンの実と、あまーいりんごなの。ビートくん、甘いの好きでしょ? それでね、こっちのクロテッドクリームはね、シュートにあるお店で買ってきたやつなんだけれどね、たっぷり付けて食べると美味しいから。……特訓は休憩にして、一緒にお茶にしよう?」

 ──どうして貴女が、僕を見て、僕を気にかける理由があるんだろう。そう、思っていた頃が、今となっては只々懐かしいよ。

 ねえ、さん。知ってますか、いえ、貴女みたいな人は、こんなこと、知らないし、想像すらしないのでしょうね。僕はね、誰かの手作りのお菓子なんて、此処に来て、初めて食べたんですよ。誰も僕にそんなもの、作ってはくれなかったから。ポプラさんと貴女が現れるまで、僕には、僕の為に、何かをしてくれる人は、居なかったから。──狡いよ、貴女もポプラさんも。だって、ずっと僕の側に、居てくれるわけじゃないじゃないか、貴女達は。貴女には、他に帰る場所があるし、ポプラさんだって、きっと、いつかは僕を、置いて行ってしまう。いつかは必ず、僕はこの広いジムに、僕の街に、ひとりぼっちになってしまうのに。──あなたと、あなた達と、もっと早く出会えたなら、或いは、もしも僕達が、本当の家族だったなら、もっと側にいられたのかな、なんて、そう思ってしまった自分が、僕は少し嫌いで、でも、きっと皆は口を揃えて、今の僕の方がずっといい、と、そう、言うのでしょうね。だからきっと、その夢は、僕の願望、だったのですよね。──僕達はね、アラベスクタウンに生まれた姉弟で、ポプラさんは僕達の祖母で、同時に育ての親でね。揺り籠のような心地の良い家の中で、姉さんの焼くケーキの香りと、僕の淹れた紅茶の香りが揺蕩って、お祖母さんは、僕達を見つめながら、とても嬉しそうに笑うんだ。──そうだよ、貴女達の所為だ。僕は、そんなものとは無縁だった筈なのに。
 いつか、貴女達に置いて行かれる日が来ることが寂しい、と思ってしまったんだ、全部、全部、これは貴女の所為だ。だから僕は貴女を、

「姉さん」

 ──なんて、呼ばないよ、絶対に。


「なあに、ビートくん」

 ──ほらね、だから嫌いなんです、僕は、貴女のことなんか、絶対に、好きになんてなりませんよ。決して、ね。 inserted by FC2 system


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