リボンも星座もことごとくシロップね

「……あのさ、。こう言っちゃなんなんだけど」
「うん……」
「……そういうの、あんまり他人に話すべきじゃないんじゃない? いくら、女同士って言ってもさ……」
「わ、分かってるよそんなの……!」

 いよいよバレンタインシーズンも本格化する今日この頃、街は色めき立ち、惚れた腫れたの話題とチョコレートを買い求める乙女たちで溢れ返り、……私はと言うと、元同僚のゼタをカフェに呼び出して、彼女へと泣きついている最中だった。何を喚いているのかと言えば、このシーズン、というか最近の私にとっての悩み事なんて、カシウスとのことに決まっていて、私から話を聞かされたゼタは呆れたと言わんばかりの顔で、冒頭の言葉を投げかけてきたのだった。……まあ、確かにゼタの言うことは尤もで、私も彼女以外にこんなこと、絶対に言えるはずもない。

「ていうかアンタとカシウス、案外爛れてたのねー。もっとプラトニックな感じなんだと思ってたわ」
「爛れ……!? ち、ちがうよ! そんなことは……」
「いやだって、キスしたんでしょ? それも結構えげつないヤツ」
「う……」
「で、それ以上もやっちゃいそうな空気になったけど、カシウスが本当にそれを望んでるのかが、アンタには分からなくて、それを理由に断ったって」
「……そ、それはそう、だけれど……」
「それってさ、要するには、カシウスの望みならそれ以上のコトをシてもよかった、ってことでしょ。やっぱり好きなんじゃん、カシウスのこと」
「う、ううううう……! やっぱり、そういうことに、なっちゃうよねぇ……!?」
「なっちゃうわね」

 ゼタの言い分は正論で、私は正直、何も言い返せない。──カシウスとキスを、してしまったこと。実際問題、私は嫌だなんてこれっぽっちも思っていないし、寧ろカシウスもその行為に嫌悪を示すどころか、恐らくは好いと思ってくれたらしいことに関して言えば、少し嬉しかったくらいで、……でも、“私への気持ちを確かめるため”にキスをしてみたいと申し出てきた彼は、……その行動に至る前に、許可を得る前に、……私から、交際の許可を得ようとは考えもしないのだものな、なんて思うと、……やっぱり、分からないのだ、私には。実際にはその行為を本当に望んでいなかった場合、後からカシウスが傷付くかもしれない、なんてそれらしいことを言ったけれど、本当は私は自分が傷付くのが嫌だっただけ。私との恋人同士の行為に対して、カシウスが嫌悪感を示したなら、やはり気のせいだった、思い違いだったと言われてしまったのなら、……正直言って私は、かなり傷付くと思うし、……そう考えてしまっている時点で、カシウスのことが私は大好きで、彼に恋をしているのだという自覚くらい、私にもちゃんと出来ていて。

「てか、こういうのは私よりも、イルザさんとかのほうが相談役に向いてるんじゃないの?」
「……ゼタ、イルザさんにこのことがばれたらどうなると思う?」
「……オモチャにされるわね……」
「そうでしょ。……ベアもなあ、箱入りなところあるから、こんな話聞かせられないし……」
「なんだ、やっぱり爛れてる自覚あるんじゃん」
「や、やめてってば! ……グウィンとかは、まだこういうの話せるような歳じゃないから論外だし、そもそもいくら同性でもこんな話……」
「……そこまで自覚できていて、なぜ俺に相談しようとする……?」
「え? だってそれは、男目線の意見も聞きたかったから……?」
「……ハァ……」

 街角のカフェ、窓際のテーブル席にて。ゼタに相談を重ねる私の隣には、ユーステスも相席していた。ずっと眉間に皺を寄せたままで私たちの会話を聞いていたユーステスだったものの、さすがに聞くに堪えなくなったのか、居心地の悪さが臨界点に達したのか、何故自分をこの密談に巻き込んだのかとユーステスは意を唱えるものの、……でも、なんだかんだでこの話し合いにユーステスも付き合ってくれてはいるので、彼も変わったのだなあ、なんてしみじみ思う。以前だったらこういうとき、勝手に帰ってしまっていたし、そもそも呼んでも出席なんてしてくれなかったから。……分かりづらいけれど、一応、ユーステスとしても気に掛けてくれているのだと思うのは、自惚れではないのだろう、私のことも、カシウスのことも。先日だって、カシウスが激太りしたことをユーステスもかなり心配していたように見えたし、酒場通いにも付き合ってくれたと聞いたし。

「……俺よりも、アイザックの方が適任だろう」
「ううん……まあ、アイザックの方がカシウスのこと見てると思うんだけれど……こういうの流石に聞きづらいでしょ、でも、ユーステスとは付き合い長いし、ユーステスならまあ、いいかなあって……」
「ハァ……一体、俺から何を聞こうとしている……?」
「あの、その……えーっと、男のひとって、さあ」
「……ああ」
「……やっぱり、好きじゃなくても反応とかはするし、その、えっちとかも、出来るものなの……?」
「……帰る」
「えっ、ちょっと! 帰らないでよ! 私は真剣に聞いてるのに!」
「あっはっはっはっは! 、サイッコー! 今のユーステスのしかめっ面ヤバ! 見た!?」
「やはり帰らせてもらう」
「待って待ってユーステス! ゼタも笑わないで! 私は真剣なの!」

 席を立とうとするユーステスの腕にしがみついて、どうにか引き留めて、再度思いっきりため息を吐いてから、渋々といった様子で椅子に座り直したユーステスの機嫌を取ろうと、テーブルに置いてあったメニューを慌てて開いて「何か注文しようか? ユーステスの好きなのある?」と尋ねたら、今度は、「……それで宥められるのはカシウスだけだ」なんて言われてしまって、ゼタからも「あんた、本当に何事もカシウスが中心になったのねー」なんて感心するように笑われてしまって、……本当にもう、返す言葉もない、というか。

「ハァ……それだけカシウスを熟知しているのなら、お前が一番奴の気持ちに敏感だろうに……」
「それはそうかも、しれないけれど……」
「そこは否定しないのね」
「まあ……相棒だから。……でも、カシウスにとっては相棒でしかないのかもしれないから……ほら、カシウスは、空の世界にひとりきりで降りてきたでしょ?」
「ああ」
「それって、雛鳥が最初に見た相手を親だと思うのと同じなのかな、って……だから、私のことを好きだって勘違いしてるだけなんじゃないかな、カシウスは……」
「それは、流石にないと思うけど」
「……少なくとも、俺には」
「ユーステス?」
「真意はどうあれ、カシウスが徒に他人の気持ちを弄んだりするようには思えない。それは、お前もそうだろう」
「それは、そうでしょ。月と空の価値観は乖離してるかもしれないけれど……それでも、カシウスは酷いことをするようなひとでは、ないよ」
「その通りだ。ならば、そう不安がる必要もないだろう……無知とはいえ、お前を傷付けたり軽んじたりするか、カシウスが。俺からこういったことを聞くのも憚られるが……迫られたと言ったが、奴はお前の意向を無視したのか?」
「……し、てない……私は、カシウスがすることでは傷付かないよ、っていったから……それで……」
「はぁ!? そんなのもう答え出てるじゃん!? どう考えても、カシウスだってが好きでしょ!」
「で、でも……」
「ハァ……まあ、そういった知識や感情の機微に、まだまだカシウスが疎いのは事実だ。……恐らくカシウスは、曖昧な言葉では納得しないだろう。正確な知識を与える必要がある。……しかし、こういった話題ならあいつの方が適任ではないのか?」
「あいつ?」
の元相方、……ネセサリアのことだ」
「あー、確かにあのひとなら女心も男心も詳しそうね、あたしはあんまり話したことないけど」
「うーん……それは私もそう思うけれど、ネスとは、今は連絡取れないから……」

 組織が解散になる以前に長期任務に就いていたネスとは、現在も連絡が取れなくて。──まさかとは思うけれど、別の空域にいるネスは、組織の解散自体を知らないんじゃ? なんて懸念もあるものの、任務の詳細を知らない以上は、ネスの邪魔になるようなことはしたくないから、無茶な接触も極力は避けたい。……ネスと久々に会いたいし、カシウスとのことをネスに話したい、相談したいとは思う。それに、ネスとのコンビ解消後の私を心配してくれていた彼──彼女に、カシウスという最高の相棒を紹介して、安心してもらいたいという気持ちも、私にはあって。

「……まあ、お前が思い悩むようなことはない、と俺は思う。カシウスの気持ちはお前の……空の世界の人間のそれとは、すべてが同じではなくとも、全く別の感情ではないように見える。……要するに、お前の好意と相違ないように俺には思えるが」
「……」
「……どうした」
「……いや、ユーステス、ほんとに丸くなったなって思って……やっぱりグランやルリアの影響?」
「それ、あたしも思った。本当に付き合い良くなったわよねー、見違えたわ、ユーステス……」
「……そうでもない、今も辟易している」
「いや、それは誤りだ、ユーステス。事実お前は、以前に比べて非常に穏やかになった。環境がお前を変えたのだろう、俺も、同じような実感がある」
「……何?」
「……え、か、カシウス!? ど、どうしたのこんなところで……」
「買出しに出てきたところ、店内にとユーステスを見つけたため、確認に来た次第だ。……特定の人物のコイビト、には一人の人間しかなれないと聞いた。がユーステスとカップル、になるのは困る」
「……え」
「おーい、ちょっとカシウス、あたしもいるの、見えてる? ユーステスとのふたりっきりじゃないから、これデートじゃないわよ」
「む……なるほど、俺の早合点だったか。それは安心した」

 ゼタの言葉を聞いて納得したように頷いてから、「ならば、慌ててを艇に連れて帰る必要もない、俺も相席しよう」なんて言いながらカシウスは、それでもちゃっかりと、ユーステスと私の間に椅子を引いてきてテーブルに着くと、私が手元に広げていたメニューを上機嫌に覗き込む。買い出しの最中だったみたいだけれど、ちょうどお腹が空いてきたころだったのか、メニューに書かれた文字をいくつも眺めながら、されど空腹の誘惑から目が滑るのか、カシウスは注文を決めあぐねている様子で、……なんだかその姿が可愛らしくて、私はちいさく笑ってしまった。

「……ふふ、カシウス、こっちのページに好きそうなのがあったよ」
「何? ……何処だ」
「ここ、……ほら、パスタのね、ミートソースとナポリタンのハーフ&ハーフだって」
「ほう……ハーフ&ハーフは先日学習した、甘美な響きだ。それにしよう」
「あとね、こっちのパフェもカシウスが好きそうだよ、ピスタチオとチョコレートと、ラズベリーの……」
「これは、も好きそうだ。既に注文したのか」
「ううん、私にはちょっと、量が多そうだったから……」
「ならば、こちらは二人でシェア、をするとしよう。それならばも食べられる」
「え、いいの?」
「ああ。お前とシェア、をするのは嬉しい。……店員、注文を」
「はーい! ただいま!」
「…………」
「……ユーステス、多分あたしたち今同じこと考えてない?」
「……ああ……」
「? どうしたの、ふたりとも……」
「いや……」
「時間の無駄だったわ、と思っただけよ」
「…………?」
「ミートソースとナポリタンのハーフ&ハーフのスパゲッティ、それから、ピスタチオとチョコレートとラズベリーのパフェを頼む。こちらはスプーンを二本だ」
「はーい! かしこまりました!」 inserted by FC2 system


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