たぶん、日記に残すまでもないこと

※学生時代


 ───別に、元から仲が良かっただとか、クラスでも気になる相手だったとか、そんなことはなくて。只、偶然、その日に学外で、すれ違っただけだった。同じクラスの優等生、……名前は、覚えていないが、名字は多分、、だっただろうか、なんて。その程度の興味、認識でしかなかったあいつに、俺はその日偶然、学外ですれ違っただけなのだ。本当に、それだけのこと、だったというのに、な。
 ……なんて顔で、俺を見るんだ、と。そう、思ったのだ。
 スケートに乗った俺が通り過ぎる、その一瞬に、……優等生は、きらきらした目で俺を見つめていた。頬を赤らめて、酷く高揚した様子で、……まるで、恋にでも落ちたような目で、俺を見つめたりするものだから。

「……薫? どうした?」
「……う、うるせえ! 黙ってろゴリラ! このボケナスが!」
「ってえな! なんだよ!?」

 ……嫌でも、気にかかってしまったのだ、あんな目で、彼女に見つめられてしまったこと。そして、俺は思ってしまった、……まさか、あの瞬間、あの優等生は、

「……桜屋敷くん! ちょっといい、かな……!?」

 ……俺に、恋をしてしまったのか、と。……そう、思って、しまった。

「……あ、ああ……どうかしたのか?」

 だから、翌日、教室内で声を掛けられた際にも、……俺は正直、どこかで期待をしていたように、思う。何も、別に、俺も前から好きだった、なんて宣うつもりもないが、……あんな目で見つめられたら、何も感じない、という方が無理で、正直、悪い気はしていなかったのだ。俺もまだ若造で、当時はまだ、女に心乱される程度の可愛げはあって、

「あの……わ、私、昨日、桜屋敷くんを、見かけてね……」
「あ、ああ……」
「すっごく、綺麗だな、って……」
「きゅ……急にそう言われても、だな、いや、迷惑ではないが、俺はまだ、お前のことを何も……」
「……スケボーって、すごくきれいなんだね!?」
「……は?」
「桜屋敷くん、いつも放課後スケボーしてるの? わたし、すっごく興味あって!」
「……は、あ……?」
「今日も滑りに行くの!? 見に行っても良い!?」
「お、おい……ちょっと待て……! 優等生!」
、です!」
「……
「見に行っても良い? やっぱり、迷惑かな……」
「……別に、迷惑じゃない、好きにしろ……
「やったあ! ありがとう、桜屋敷くん!」
「……ああ……」

 一目惚れ、なんていう自惚れは、本当に杞憂だった……と、放課後、本当に俺に着いてきて、ひとしきり見学していったを見て、嫌でもその言葉の真意は理解できた。は俺のクラスの優等生で、きっと、スケートなんてものとは縁遠い世界で生きてきたのだろうに、……偶然、見つけてしまったのだ、昨日。そうして、一気にその魔力に引き込まれて、は、きらきらした目で、俺の滑りを見つめているのだ。きれいだ、かっこいい、と。称賛を繰り返して、

「……優等生、お前、見ているだけで満足なのか?」
「……え?」
「……教えてやっても良い、ぞ。本当に、興味があるのなら、だが……」
「……ほんとう!?」
「あ、ああ……やる気があるのならな」
「やってみたいです! うれしい……よろしくおねがいします、桜屋敷先生!」
「……っはは、お前、案外大袈裟な奴なんだな?」
「そ、そうかな……?」
「ああ……少なくとも、教室でのイメージとは違った。……思っていたより、面白い奴だ、……
「! ……ありがと! 桜屋敷くん!」

 思えば、あの日からだった。こんなにも長い付き合いになるとは、当時は思わなかっただろうが……今となっては、本当に長く、大切な縁になったものだと思う。そりゃあ、思いもしないだろうよ。あの頃、話したこともなかったクラスの優等生が、俺を初めて先生、と呼んだ存在で、……だからこそきっと、今日の俺があって、……今日も隣にがいるなんてことは。当時は、想像さえもしていなかったんだ、本当にな。 inserted by FC2 system


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