眩む檸檬のふりした十字架

※学生時代


 俺との付き合いが増えるにつれて、が虎次郎と接する機会が増えていることには気付いていた。……まあ、それは、虎次郎に限った話ではなく、チームの他の連中や、愛抱夢にも同じことが言えたから、そこまでは、気にしていなかったのだ。だが、それも、……俺が一番、と親しい、と。……そんな、幼い自負が、あったからこそのもので。

「あ、虎次郎くん!」
「おう、どうした? ?」
「……ハァ!?」

 ……虎次郎、と。そう、気安く呼ばれた名前を聞いたとき、思わず声が裏返ったし、動揺もした。おい、待て、……いつの間に、そうも親しくなったんだ、お前らは。そりゃあ、虎次郎とだって、クラスメイトで、距離感なら俺と同じだろう、……だが、お前は、俺と親しくなってから、スケートの世界に足を踏み入れたんだろう? と、思った、……それは、幼い独占欲、だったのか。

「オイ、なんだその呼び方……?」
「え? 虎次郎くんにそう呼んでいいって言われたから……」
「ほら、南城じゃ長いし、呼びづらいだろ?」
「ああ!? 却って文字数増えてんだろうが、脳筋ゴリラが! ……大体、桜屋敷の方が長いし呼びづらいだろ!」
「……それはそうだね?」

 思わず、口をついて出た本音に、素直に頷かれてしまうと何も反論が出来なくなるから、……こいつは本当に、扱いに困る。誤魔化せなく、なるのだ。の前では、誤魔化してしまっては何も伝わらない、正直に伝えるしか無いのだ、と。……そう、分かりきっていたから。

「……薫でいい!」
「! いいの?」
「ああ……呼びづらいだろ、桜屋敷ではな……」
「……ありがとう、薫くん! うれしい!」
「……そうか」
「最初からそう言えよ薫〜?」
「うるせえ!」


「……ああ、そうか、彼女は、チェリーのことも、ジョーのことも、理解し、受け入れてくれるんだね……」

 ……そんな俺達の様子を、あいつが見つめていたことにも、幼い俺達は、気付けなかった。

「……きみなら、僕のイヴになれるのかもしれない……」

 ……その事実を、生涯後悔することも、あの時の俺達は、まだ、知らなかったのだ。 inserted by FC2 system


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