背骨をたどるような一本道の森

 “お前はあいつに過保護過ぎる”……それも、もう、飽きるほどに言われ続けてきた言葉だった。は、俺の専属をさせているフリーのカメラマンである、……まあ、専属というのは、半ば無理矢理で。俺がAI書道家としての名も売れてきた頃、俺のアシスタント兼マネージャーとして働かないか、という俺からの打診を「カーラが居るでしょ?」の一言で退けてしまったあいつに、どうにかこうにか交渉を重ねて、俺はと、AI書道家と専属カメラマン、という契約を結んだ、……まあ、かなり強引に、だが。おかげで、常に一緒に、というわけには行かないが、あいつが他の仕事に出払っていない限りは、俺の自宅兼職場に、は身を寄せている。それも、散々周囲、というか主にあのゴリラから、束縛のしすぎだ、と注意されてはいたが、……それも、仕方がないだろう。もう長いもので、学生時代からの付き合いになるのだ、とは。俺の滑りを見たが、教室で俺に話しかけてきて、俺は成り行きで、にスケートを教えるようになって、……そうして、いつの間にか、は俺にとって掛け替えのない相手になっていって、そんな矢先に、……愛抱夢の手で、はスケーターとして潰された。それでも、はスケートを辞めなかったものの、……やはり今でも、あのときの恐怖は根付いているのだろう。俺が何を言わずとも、は危険なトリックには挑戦しなくなって、ビーフがしてみたい、とも、それっきり二度と言わなくなった。親しい人間、信用していた、好きな相手、……からの裏切りは、あの仕打ちは、の心を深く、抉ったはずなのだ。……それからだ、俺が、束縛が激しすぎる、なんて非難されるほどに、に対して益々過保護になってしまったのは。元々、あいつに好意的だった俺は、女だから、ということもあって、そこそこに、あいつに過保護だったというのに。……あのとき、俺は、愛抱夢にを壊されるかもしれない、という恐怖と同時に「が僕の運命のイヴかもしれないんだ」という愛抱夢の言葉に、……ぞっ、とした。あいつは、確かに、……を、奪おうとしたのだ、俺から。当時はまだ、俺のものですらもなかったのかもしれない、それでも。……俺の行動をエスカレートさせる動機として、あの事件は十分すぎたから。

「……クーラ、今日の天気は?」
「午前中の降水確率は0%、午後の降水確率は10%です、マスター」
「んー……それじゃ、ポートフォリオ用の写真、撮りに行こうかな。……薫ー!」
「……なんだ、朝から騒々しい……」
「私、今日ちょっと外に出てくるけれど、大丈夫?」
「好きにしろ。いつもの約束は、ちゃんと守れ」
「わかってる! じゃあ、ご飯の用意しちゃうね」
「ああ」

 腕に抱えた、のボード、「これ、ペンギンさんの絵だから、名前はクーラにしようかな! クール、クーラー、クーレスト……クーラ! みたいなかんじで! それに、カーラとおそろいみたいで可愛いでしょ」……そう、言われた当時は、馬鹿なことを考えるものだと思ったが、気付けば俺が散々改造を施したせいで、カーラと大差がない性能になった、そのボードのAIアシストと会話をしながら、楽しげに笑って、は我が家の厨房へとぱたぱたと駆けていく。……束縛が激しすぎる、過保護が過ぎるなんて、そんなことは俺にだって分かってる。……やりすぎだ、こんなものは。いつもの約束、と称して、他のスケーターと勝手に滑らない、ビーフは絶対にしない、危ない真似はしない、と固く誓わせて、……その上、夫婦でもないのに、只の同棲だ、それに仕事の契約上傍にいたほうが良いだのと、それらしい理屈を並べ立てて、傍に置いて。AIアシストが付いていたほうが、何かと便利だ、なんて言い訳を付けて、勝手にボードを改造して、何があっても、クーラからカーラを経由して、の位置情報を、俺が把握できるようにしてある。……はっきり言って、異常だ。愛抱夢がこいつに向けていた執着ですらも、馬鹿にできないようなことを、俺はにしている。恋人だから、昔なじみだから、……お前が心配で、大切だから、なんて理由で誤魔化してはいけない感情に昇華されつつあることには、俺だって気付いていたさ。

「……薫ー! ごはんできたよ!」
「……ああ、今行く」
「今日は白菜のお味噌汁にしたの、薫、すきでしょ?」
「……ああ、好きだよ、心底な……」
「ふふ、大袈裟だなあ、薫ってば……」

 ……それでも、もう、どうしようもないんだ。どうにもできないんだ。誰に奪われることも、傷付けられることだって、許せない。……は、俺のものだ。俺が、守る。……イヴになんて、させないと、あの日にそう誓ったのだ、俺は。 inserted by FC2 system


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