託してほしかったオーロラのひかり

「……クーラ! 最適なポジショニングは?」
「その場から半歩後ろです、マスター。およそ5分後に雲が晴れ、シャッターチャンスが訪れます」
「オーケー、クーラ! ありがと!」

 海岸沿いでカメラを構えて、相棒のAI搭載ボードであるクーラと話しながら、雲の切れ目を見上げて。……ストリートカメラマンだとか、AIカメラマンだとか、色々な呼ばれ方をしているけれど、こんな風に写真を生業にするに至ったのは、薫の影響が大きかったように思う。……元を辿れば、学生時代、薫と出会った日も、私は放課後の学外で、被写体を探して回っていた。昔から、写真を撮るのが好きで、けれど昔、薫に揶揄されていたように、かつての私は“優等生”だったから。素直に大人の言うことを聞いて、模範的に過ごしていた頃、私は心から撮りたいと思える被写体をなかなか見つけられなかったのだ。と、いうよりも、……知らなかったのだろうな、私は。私の世界は本当に狭くて、心の底から撮りたいと願える被写体には、なかなか出会えなくて、……そんな私が見つけたのが、スケートだった。薫のスケートは本当に綺麗で、一瞬で目を奪われてしまって。それで、最初は写真に収めたい、そのためにもっと近くで見てみたい、というだけの好奇心だったはずのものが、いつのまにか大きく膨らんで、それから、もうずっと、私はスケートにのめり込んでいる。カメラマンという道を選んだ今でも、機材を背負って移動にはクーラを用いているし、薫と二人で滑りに行くことも多々あって、……そして、エスにも私は顔を出しているけれど、……エスの舞台でビーフをしたことは、一度もない。と、いうよりも、……私には、たった一度の例外を除いて、ビーフの経験がないのだ。

「……お、なんだ、じゃねえか」
「……虎次郎くん!」
「撮影か?」
「うん、今一息ついたところ」
「それなら、ウチで飯食ってったらどうだ? ちょうど昼時だろ」
「いいの?」
「おう、今日は休業日なんだ。これから試作するから、試食していってくれよ」
「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな……!」

 買い物袋を抱えて、ボードに乗る虎次郎くんは、買い出しの帰りだったらしく、私は機材をリュックに纏めて背負うと、クーラに乗って、虎次郎くんのお店までご一緒させてもらうことにしたのだった。

「……ん! おいしーい!」
「お、ほんとかい? そりゃよかった」
「美味しいよ! 特にこのパスタ、トマトベースでシンプルに見えるのに、隠し味に何か入ってるよね? なんだろう、これ……?」
「はは、そりゃ企業秘密だな」
「うーん、薫にも作ってあげたかったんだけどな……」
「だったら、薫とふたりで食いに来ることだ」
「虎次郎くん、厳しいよ……」
「そりゃあ、プロだからな? 俺は」

 CLOSEの札が掛けられていた、虎次郎くんのお店のカウンターに座り、彼が出してくれたパスタといくつかの皿料理に、ふたりで舌鼓を打ちながら、これはどうだ、こっちはどうだ、という虎次郎くんに、私なりの感想を並べていく。虎次郎くんは、プロなのだからまあ当然ではあるものの、本当に料理上手で、私も家でイタリアン、作ったりもするけれど、なかなかこの味は出せないのだよなあ。コツを訊ねてみたりもするけれど、「それを教えてちまったら、お前らは俺の店に来なくなるだろ?」と言われてしまえば、私には返す言葉もないのである。……何も、薫と虎次郎くんは不仲なわけではなくて、喧嘩するほど仲が良いだけなのだと、ちゃんと、分かっている。……でも、やっぱり昔のようには、一緒に居なくなったし、……私にも、その理由くらいは、理解できているのだ。

「……なあ、
「ん? なあに?」
「薫……相変わらずなのか?」
「相変わらず?」
「お前とのことだよ、
「私と? ……いつもどおり、仲良しだよ?」
「そういうこと聞いてんじゃねえよ、……相変わらず束縛されてんのか? って聞いてんだよ、俺は」
「……ああ、別に、そんなのじゃないんだよ……?」

 薫と私は、学生時代からの付き合いで、恋人同士。いっしょに暮らしていて、私は彼の専属カメラマン。私のボード、クーラには、カーラと同型のAIが搭載されていて、それは薫が改造を施したもの。薫は、私が他の人とスケートをするのを、酷く嫌がる。……でも、それは元はと言えば、私が薫との約束を破って、昔、愛抱夢とビーフをしてしまったからだ。……だから、薫はなにも、可笑しくないんだよ。可笑しいのは、約束を守れなかった私の方で、薫は何も悪くない。束縛しすぎだ、って、虎次郎くんや、周りの人たちはみんなそう言うし、……薫と虎次郎くんの現在の関係性には、薫の私への接し方が影響していることも、分かっていた。虎次郎くんは、私を心配して、何度も薫に意義を申し立てていて、その度に薫は、首を突っ込むな、と虎次郎くんの意見を突っぱねて、そうしてまた、二人は衝突して。

「だが……今の薫はいくらなんでも……」
「あのね、虎次郎くん。私、ほんとうに気にしてないの、むしろ、薫が心配してくれるのが、嬉しいんだ」
「……
「……どっちかっていうと、薫に不自由な思いをさせちゃってるなあ……って、そう思ってる」
「……薫がぁ? いや、不自由なのはお前さんの方だろ……?」
「ううん。……私がもっとしっかりしてたら、薫はこんなに私中心にならなくてもよかったのかも、って……」

 それはやりすぎだ、って皆は言うけれど。……実際問題、やりすぎなくらいじゃないと、護れないと思ったから薫はそうしていて、確かに私は、彼の落ち度ではなく、私の過失で、一度彼の手から零れ落ちたのだ。……学生時代、薫もまだヤンチャだったし、それなりに危険性の高いトリックも多用する滑り方を好んでいたけれど、……気付けば、安全第一、効率最重視、のスタイルに落ち着いたのは、きっと、愛抱夢のスケートを否定しようとしているからで、……同時に、薫が私の先生だから、なのだと思う。

「……お前さん、そりゃ惚気かあ?」
「えへ、そうかも?」
「あのなあ……」

 私をもう、危ない目に遭わせたくない。その気持ちから来る庇護こそが、みんなの言う束縛だというのなら、……私は、薫の気持ちに応えないといけない。只、もう大丈夫だ、と、……そう思ってもらえる私に、なりたかった。薫は私の、初めてのあこがれで、誰よりも大切で、大好きで、……笑っていてほしい、ひとなのだ。フレーム越しの薫はいつだってきれいで、……私、ファインダー越しじゃなくても、薫にあんな風に穏やかに、私を見つめてもらえる私に、なりたかったのだ。……もう、薫に心配なんて、させたくない。不安そうな眼で、見つめられないようになりたい。だから、薫は悪くないの。悪いのは、……私、なんだよ。 inserted by FC2 system


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