薔薇を育てる茨の男

 パルデア地方ポケモンリーグ──トップチャンピオン・オモダカさんの元で秘書として勤める私は、有無を言わせないあの笑顔に気圧されてどうにも面倒な仕事を言い渡されがちである。オモダカさんのよく通る声で「あなたにしか頼めない仕事なのですよ、」と微笑み掛けられると、いつも、どうしても断れなくなってしまって、──まあ、そもそも断る権利は部下の私には、存在してすらいないので。本日も、私や四天王のアオキさん、チリさんたちは、オモダカさんの無茶振りに応えるしかないという光景が、リーグ本部の日常でもあるのだった。
 そんな、オモダカさんの秘書としての日々の中で、多忙なオモダカさんに代わって各ジムを視察に回ることも、私には度々ある。流石に監査官としてのバトルを私に任せるほどまではパルデアリーグも緩くはないものの、普段の運営に関しては基本的に各ジムの方針に委ねていることもあって、軽い監査役として私がオモダカさんの代わりに度々出向いているのだった。パルデアのジムリーダーは誰も彼も個性的な人ばかりだから、なかなかにこの業務も骨が折れるものの、……その中でも私にとって、とびきり難儀しているひとがひとり、いらっしゃって。

「──ハーッハッハッハ! 来たか! !」
「……どうも、お疲れ様ですコルサさん……」

 ──それが、ボウルタウンのジムリーダーであるこのひと、コルサさんだった。
 コルサさんのジムリーダーとしての在任期間も、それから、私がパルデアリーグの職員になってからも、それなりに日が長いので、当然ながらコルサさんとは数年来の付き合いで、ある程度は互いに人となりも知れた間柄、……に、なっていてもいい程度の付き合いの深さが彼と私との間にはあるはずなのだけれど、……そのはずなのだよなあ、本当ならば。けれど、私は未だにコルサさんと言うひとのことが、ぜんぜん、全く、まるで、心底、……分からないし理解出来ていない、と言うのが現状だった。

「……オモダカさんの使いで、書類を届けに来ました。私はそれだけですので、これで……」
「まあそう言うな! 先程に仕上がったばかりのワタシの新作を見ていくと良い! 運が良いな! 幸運ついでに、作品のモデルもやっていくか!?」
「いえ、業務時間中ですので……」
「キサマを見ているとなんとも創作意欲に掻き立てられる! ゆっくりして行くがいい! 良いな!」
「いえ、ですからコルサさん……」

 オモダカさんはどうにも、妙なところでアナログな考え方をするところがあって、チャンピオンクラスの試験もチリさんがひとりひとり面接を担当しているし、アカデミーの書物庫も「この古めかしさと重々しさが良いのです」なんて言って、電子化するつもりはまるでなさそうだし、リーグのデータベースに関しても些か脆弱性が心配だと思っていたら、つい最近に学生からのハッキングを受けて、システム全般を見直すことにもなったし、……書類のやり取りだってメールと電子署名で済ませてしまえばいいものを、「随時ジムリーダーたちの様子を見に行くことが、より良いパルデアリーグの運営に繋がるのですよ、」なんて、あのひとは尤もらしいことを言っていて、……結局、それで現場に出向くのは私な訳で、その度にコルサさんに振り回されている訳なのだけれど、オモダカさんは決して、その部分をフォローしてくれる訳でもないのだった。
 ──私がコルサさんを苦手に思うのは、このひとが些か強引で人の話を聞いてくれないからで、……それだけならまあ、身近に似たような心当たりがないわけでもないので、まだ我慢出来るの、だけれど。

「謙遜するな、、キサマは華のように美しい。只座ってモデルを務めればそれでいい、キサマは太陽を向いて凛と咲いていれば、それで良いのだ」
「……はあ、そうですか……」

 ──でも、このひとは、たぶん、私のことを人間扱いすらしていないらしくて、私はそれが苦手なのだ。……コルサさんには、昔から気に入った草ポケモンを作品のモデル役として誘い、口説く癖がある、と。四天王のハッサクさんからそのように聞かされたときには、私なりに結構ショックだった。だって以前からずっと、コルサさんは私に会うたびに、まるで口説き落とすみたいに容姿だとか、ひととなりだとかを褒めてくれるものだから、「キサマという女は美しい」と重ね重ね唱えては、私の目を覗き込むあのひとのことを、……私、勝手に意識してしまっていたのだろう。でも実際、コルサさんはそんなつもりで私を見つめているんじゃなくて、多分あのひとは、ポケモンと同じ感覚で私を珍しがっているだけ、私はあのひとの作品作りのきっかけに利用されているだけ。……だから、私はコルサさんのことが、得意じゃなかった。あのぎらぎらとした瞳に熱が込められているような錯覚をどうしても覚えてしまうから、……思い上がってしまいそうで、私はあのひとのことが、ずっと前から苦手なのだ。


 ──という女は、非常に美しい女だった。

 トップの秘書として務める彼女を初めて見かけたその日、ワタシの中に衝撃の稲妻が駆け抜け、溢れ出した創作意欲をどうにも止められなくなり、その日から暫くの間は寝食も忘れて創作に没頭し、アトリエに籠りきりになったワタシの元へと、暫くした頃にがトップの使いとして訪ねてきたことがあった。熱中のあまりに意識も朦朧とする中、アトリエの床に倒れこむワタシを見つけたはぎょっとした顔で私へと駆け寄って、「大丈夫ですか、コルサさん!?」と慌てた様子でワタシが起き上がるのに手を貸して、……それから、セルクルジムで買ってきたのだという焼き菓子を私に分け与えてくれた。「本当はトップに頼まれていたお土産なんですけど、コルサさんの方が今は優先です、召し上がってください」と言ってワタシをソファへと座らせた彼女は、「少しキッチン、お借りしますね」と言い残し、そのまま備え付けの簡易な水場で湯を沸かして茶まで淹れてくれて、そうして、ワタシの呼吸が整うまで、彼女は打ち合わせもそこそこにワタシの傍に居てくれて、……そんなを、ああ、心根までもが美しい女なのかと感じたからこそ、ワタシは。と言う人間を美しいと感じ、彼女に愛と言う熱情を抱いている。ならばこそ、この想いは本人に伝えてこそ花開くであろうと考え、今日も彼女に熱心なアプローチを重ねている訳なのだが、……何故だか、手応えはどうにも薄いのであった。

「……何故だ? ハッさん……」
「ううむ、何故なんでしょう……? さんも、決してコルさんを嫌いなわけではないと思うんですが……」

 ──ワタシは彼女に会うたびに彼女を褒めちぎって、美しい愛らしい可憐だと、言葉の限りを尽くした上で、をモチーフにした作品も創作しているというのに、何故だか、鈍感な彼女にはワタシの好意が伝わっていないらしいのだ。ワタシはそれが心底に不思議で腑に落ちずにいるわけなのだが、……たまにはワタシの方からに会いに行くかと出向いたポケモンリーグ本部、運悪く彼女が留守だったために、ハッさんと話し込んでいたワタシを見たトップは何が可笑しいのか笑っていて、……結局、この日も戻ってきたはワタシの姿を見つけた途端にトップの後ろへと隠れてしまい逃げられて話すらも儘ならずに、ままならんものだとワタシは頭を抱えて、……翌日になっても、どうにも創作すらも捗らないものだから、……恋は病とはよく言ったものだなと、そう思ったのだった。 inserted by FC2 system


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