かつての棲み処も春は来ますか

※ver.4.2時点での執筆。五百年前のカーンルイアに関する捏造、個人的な考察と解釈を多大に含みます。



 ──土地は農具で耕すものではない、鉄と血で争奪するものだ。
 そのような国是を掲げていたカーンルイアが如何なる国であったのか、──七国から見れば我々は、紛れもなく侵略者だったのだろう。
 テイワット大陸は、虚しいほどに神々の支配を受けている。最高位に座する神の下に各国を統治する七神がおり、その下に七神の眷属、そして、神の目を持つ者たち──テイワットでは神がすべてのヒエラルキーを断じているというのに、神に背を向けたカーンルイア人は、──虹色の元素による加護を受けることのない我々は、如何様にしてその運命に立ち向かうべきなのか。
 ──故に、神が与えないというのならば、せめて奴らの土地を鉄と血で争奪するのみである。
 ──それこそが、背神の道を選んだカーンルイアの総意だった。
 今にして思えば、カーンルイア人は簒奪への抵抗をあまりにも持ち合わせていなさすぎたのだろう。──故に、アビス教団へと道を違えるものが出たことも、その国是を思えば無理もない話なのかもしれない。……とはいえ、そのような蛮行が易々と認められるべきでもないが。

 白鵠騎士団に身を置いていた俺は、その国是に従い領土を広げる、尖兵のひとりだった。
 あちこちの国に侵略戦争を仕掛けて、俺はその戦渦の最中で数多の人間を殺した。神の寵愛を受ける者たちの命を軽んじて、カーンルイアの王と民、そして国の為にと敵対するものを斬って斬って斬り伏せて、──俺という剣は、ひとたび鞘から抜かれたのならば最後、すべての命から生き血を浴びて吸い上げるまで、立ち止まることを知らなかった。──俺にとっての護国とは、ずっとずっと、そのようなものだったのだ。

 ──はじめに、俺のそのような価値観に影響を与えたのは、きっと、だったのだろう。
 たち──宮廷魔術師の面々もまた白鵠騎士と同じように、カーンルイアの国土を広げるための侵略戦争に尽力していた。
 彼らの中には耕運機を編み出した者、七元素を扱えない我々が七国の民と対等に戦うための術を生み出した者、■■■元素を操る術を研究していた者、それらを兵士に広めた者、──と、彼らの中にも様々な術者が居たが、はその中でも些か異端だった。
 彼女は、文字通りの“国防”のため、カーンルイア全土に防護の障壁を張り巡らせる研究を執り行っていたのである。
 ──いつしか、カーンルイアが神の怒りを受けることになっても、国を守れるように。
 ──いつしか、七国に攻め入られたとしても、国を守れるように。
 鉄血を掲げていたカーンルイア、引いては黒日王朝にとって、の施策は極めて消極的と言えた。当時、カーンルイアは七国からの襲撃などを受けた試しはなかったし、神をも恐れぬ我々に対して打って出るような愚か者は、信心深い七国には居なかったのだろう。
 
 故に、の研究が多大な評価を受けることも無かったが、──神に従う命を切り伏せることで生き永らえようと考える我々の中では、という人間は実に変わり物に見えて、──そして、侵略戦争で身をすり減らす兵士にとって、彼女のような人間が物珍しかったのと同時に、彼女はまるで、この地底で只の一度も触れたことのない光のように見えていたのも確かだった。
 ──地下深くのカーンルイアにおいて、は不思議と、星の瞬きのようにも思えた。
 それでも、俺は相変わらず、国是への疑問などは持ち合わせずに、殺しを生業とした日々を送って居たが、──いつしか、俺も彼女の研究内容に興味を持ち始め、彼女との接点が増えてきて、やがて、騎士団での功績を認められた俺は宮廷親衛隊に配属されたことを機に、領土の拡大よりも宮廷での書類仕事や王侯貴族たちの護衛といった仕事も増え、──そうして、戦渦から少しばかり離れた頃には、彼女の理想を幾らか理解できるようになっていたのだろう。
 ──武力で敵を制することなく、民を守るための力としてのみ、術を行使する。
 の掲げていた理想は実際、非常に甘く、──結果として、彼女の存護は内から破られて、神の呪いを跳ね退けることも叶わなかった。
 の施策は上から否定されなかった代わりに、余り多くの人員や予算が割かれることもなく、それでも彼女は身を粉にして働き防御壁を実現させはしたが、その程度ではの理想には程遠い強度であったのだろう。
 彼女の理想を内から砕いたのは、──誰よりもの想いを理解しているとそう思っていた、彼女の師・レインドットだった。
 黄金の産物として溢れ出たアビスの呪いは瞬く間に国を満たして地獄を生み、よりにもよって、彼女一人の力では到底、破壊を防げるはずもない術者の凶行により、内から破られた障壁は神の呪いをも容易く許して、──結局、彼女は、五百年前にはなにひとつ、自身の理想を遂げることは叶わなかったのだろう。
 
 只、それでも、──俺の心には、彼女の残した光が残った。
 我々は決して、神から零れ落ちた不要な残滓などではない。我々は尊厳ある人間だ、誇りを持って生きている人間なのだ。だが、それでも、──決して、それらを簒奪や凶行の道に落ちる理由にしては、ならなかった。
 奪い広げるだけでは、真に国を守ることなどは叶わんのだと、俺は五百年前にようやく気付いた。──その答えを俺に与えてくれたのは、他でもない貴様が紡いだ理想の光だったのだ、
 土地は農具で耕すものではない、鉄と血で争奪するものだと、確かに俺はそのように信じて従ってきた。──されど、鉄と血は最後には、暗闇しか生まない。
 深淵を抜けて光り射す場所へと帰るために、そうして俺はを探しながら、小さな理想を遂げることにした。
 例えこの道が、星を数うるが如くとも、俺は貴様と共に家に帰るその日まで、決して立ち止まることはない。


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