花の重みで消える幸福

※ver.4.2時点での執筆。五百年前のカーンルイアに関する捏造、個人的な考察と解釈を多大に含みます。レインドットの人格が捏造されている。



 黒日王朝にて王宮専属の魔術師として仕えていた私は、錬金術師・レインドットの弟子という肩書を背負っていた。
 とは言えども、所詮は弟子だったから、私は決してお師さんに比類するような術者としての腕前を誇っていた訳ではなかったけれど、──それでも、彼女の元で学んだ期間は、私に宮廷魔術師として生きていくための地盤を形作ってくれたのだと、今でもずっと、そんな風に思っている。
 我が師・レインドットはカーンルイア王朝の為にと自ら挙手して宮廷魔術師となる道を選んだ私とは違って、錬金術師の本懐を遂げるためにと、黄金を生み出す研究に生涯、没頭していた。
 ──彼女の指し示す黄金とやらは文字通りのそれや、泥人形に命を与える行為などには留まらずに、“人工的に降臨者を生み出し、神座を揺るがす行為”を指し示しているなどという想像が出来なかったからこそ、結局のところ、私は彼女の共犯者には選ばれない落伍者の弟子に過ぎなかったのだろうし、──同時に、私が彼女とは違って真っ当な人間だったからこそ、私はダインと結ばれるに至ったのだろうとも、……今でこそ、そんな風に思うのだけれど。

「──、白鵠騎士の恋人とは最近どうなの?」
「……? ああ、ダインのことでしょうか? 特に何も問題はないと思いますが……」
「順調なのね?」
「ええ、まあ……彼も少し前に末光の剣の一員になりましたし……お陰で、最近はいっしょに過ごす時間も増えたので……」
「そうなのね! ……ところで、私の工房なんだけどね、大きな研究のために部屋数を増やしたくて……」
「……? はあ……」
、──あなた、私の工房を出て恋人と暮らしなさいな。私の研究の手伝いをするときにはまた、此処に戻ればいいでしょう? 最近は、王宮での仕事が多いのだし……」
「……え? は……お、お師さん? いったい、急に何を言って……」

 ──師匠・レインドットは、一度言い出したら決して他人の意見などは聞き入れないひとだった。
 ──だからこそ、カーンルイアはあんなことになったのだとすら言えるだろうし、この点に関して私の見解に異論のある者など、祖国には誰一人としていないことだろうと、そう思う。

 そうして、──お師さんから突然、そのようなことを言い渡されたその日の夜に、私は何の前触れもなく、お師さんの自宅を追い出されたのだった。
 それまでの私はずっと、お師さんの自宅兼工房の管理を任されて、彼女の邸宅に間借りして暮らしながら、彼女の世話を焼いているも同然の生活を送っていたから、──正直に言って、私が傍に居なければ彼女の生活などは立ち行かないだろうし、お師さんだって私が居なくなればすぐに不便に気付いて、私を呼び戻すはずだと、そう思っていたのだ。
 或いは、お師さんの我儘などに付き合わされるのもすっかり慣れっこだったのも、あるのかもしれない。
 ──ともかく、私は、すぐに呼び戻されるものとばかり思っていたから、お師さんに摘まみだされたその足で荷物を抱えて王宮へと戻り、研究用に割り当てられた私室で今夜を明かそうと、そう考えていた。
 ──その道中で、勤務時間を終えて帰路に付くダインと顔を合わせるまでは、本気でそう思っていたのだ。

……? 何をしている? こんな遅い時間に、女一人で……領内とはいえども、関心せんな」
「あ、……ええと、その……お師さんが急に、家を出て行けって言い出して……」
「……何だと?」
「あの、特に理由があった訳じゃないとは思うのよ? 多分、純粋に研究に使うスペースが足りなくなっただけで……気が済めば、呼び戻されると思うし……」

 夜道で遭遇したダインは仕事終わりで疲れているのだろうに、きっと今夜だっていつものように、その足で家に帰るわけではなく酒場に向かうところだったのだろうに、彼は私を見つけるなり顔色を変えて私の傍まで駆け寄って、事情を聴いている間、彼はずっと神妙な顔をしていた。
 ──それはもしかすると、私が何らかの事情を彼には伏せて説明していることに気付かれていたから、なのかもしれないけれど。
 ……それでも、どのみち私には、お師さんの意向をダインにそのまま伝える気はなかった。
 だって、ダインは生真面目ないいひと、だったから。……きっと、お師さんが“ダインを頼ればいい”という根拠で私を追い出したのだと知れば、それを受けて彼がどう思ったのかなどは無視して、彼は私を受け入れてしまうのだろうと、そう思うもの。
 ──恋人として、ダインの傍で過ごすようになってからもう既に日も短くはないし、ダインのそのくらいの思考の癖は、私にも分かるよ。
 その上で、忙しない日々を過ごすダインに私のことまで背負って欲しくはないと考えていたからこそ、「すぐに呼び戻されるはずだ」と、──彼女が一度言い出したことは二度と曲げない性格だと知っていながら、そんな風に取り繕って、私は彼の質問に答えた訳、だったのだけれど。

「ふむ……ならば、俺の家に来るといい」
「……えっ?」
「……何か問題があるか? 俺とは恋人同士だからな……同居するとしても、特に支障はないだろう。……尤も、貴様が嫌だというのであれば、話は変わってくるが……」
「い、……やじゃない、けど……でも、ダインだって、仕事の後くらいは、ひとりで過ごしたいんじゃ……?」
「無論、それは否定しないが……貴様が相手ならば、一人よりも快適だろう」
「……そ、っか……」
「ああ」

 私がダインと恋仲にまで発展したのは、職場の同僚だったからで、──同時に彼が私の研究内容に、幾らか興味を示してくれたことがきっかけ、だった。
 ……恋人同士になってからも、正直なところ、彼から私に向けられた関心などはその程度なのだろうと、そう思っていたの、かもなあ。
 けれど、実際の彼は私が思うよりも余程、私に関心を示してくれていて、私のことを好意的に思ってくれていて、……ダインは、私が傍に居る時間に安らぎを覚えてくれているのだと、──そう、彼との同居生活は言葉よりも雄弁にダインの心内を語ってくれていたから。
 確かにきっかけは、なし崩しだったのかもしれないけれど、共に暮らすようになってから加速度的に私はダインの素敵なところを垣間見るようになって、それ以前と比べると遥かに彼と親しくなって行ったのだろうと、そう思う。
 きっと、──私がダインに対してそんな風に思ったのと同じくらいに、彼も私のことを、今まで知っていたよりもずっと愛おしく思ってくれたのだと、今でも私はそう信じている。
 
 そうして、ふたりで暮らすようになってから暫くして、私はダインと婚約に至った。
 彼との婚姻の日にはエルミン王でさえも病床から駆け付けると約束してくれて、流石にそのような負担を王に強いる訳には行かないから、婚姻の儀の際には私とダインで王へと謁見することを約束をして、あまりにも、皆が私とダインを祝福してくれるものだから、──私はてっきり、王侯貴族や白鵠騎士の面々や王宮魔術師たちと同じように、お師さんもその日を待ち望んでくれているのだろうなあと、そう思っていた。
 ──或いは。ダインとの生活を勧められたあの頃から、お師さんは私がダインと一緒になることを望んでくれていたのかな? ……だなんて、暢気にもそんな風にさえ思っていたのだ、私は。
 ──ダインという非術者と過ごすうちに私は、魔導の道に生きる一般的な学者の人間性と言うものを、忘れてしまっていたのだろうか。
 ともかく、思っても見なかったのだ、──お師さんにとっては本当に、非人道的な研究を始めた彼女に決して賛同しないであろう私のことが邪魔だっただけで、カーンルイアを滅亡に至らしめた黄金──“人の手で降臨者を作り出す研究”には、真っ当な神経と“空という降臨者の友人”を持つ私が不要だっただけで、……私を遠ざけた意義には、私に幸せになってほしかったからだとか、そんなにも真っ当な理由があるわけじゃなくて、──ただ私は、不要なものとして彼女に処分されただけだったのだと、──すべてを知ったのは、カーンルイアが真っ赤な炎に包まれたそのときのこと、だった。
 ──だから今でも、私はあの日の景色を摩耗の中ですら、それらの真実だけを、忘れられない。私には幸福になる資格などはなく、──私には、彼女と共に地獄に堕ちるべき明確な理由があるのだ。


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