きみがくれた悪夢を三晩かけて食べるよ

※夢主が教団側に着いているif。
※ver.4.3時点での執筆。五百年前のカーンルイアに関する捏造、個人的な考察と解釈を多大に含みます。



 彼女がダインにとって掛け替えのないひとであることは、よく知っていた。
 ──だって、カーンルイアが焼け落ちた後、あの旅路の中で必死にを探して回るダインを一番傍で見ていたのは、他でもない俺だったから。

 神の居ない国に人の手で神を作り出すことで、天空の神座を揺るがし天理に反旗を翻す。──そんな目的の元、五百年以上前に俺と蛍はカーンルイアに降臨者として召喚された。
 召喚されてから比較的に早い段階で目を覚ました俺とは違い、蛍は一向に目を覚まさなくて、俺は蛍のことが心配で堪らなかったけれど、……そんな当時、王宮魔術師として黒日王朝に務める女性──が、何かと俺や蛍に世話を焼いてくれたのだった。
 優秀な錬金術師で技術者でもあったは、もちろん、俺と蛍の降臨の儀にも参加している。とはいえ、儀式の主導権は彼女にはなく、の師匠である黄金──レインドットその人や、或いは王族たちにこそ権限のすべてがあったのだろうし、彼女は上に言われた作業をこなしただけに過ぎなかった筈だ。
 けれどは、俺達の都合を無視してカーンルイアの利の為に降臨者として呼び出した行為に、責任を感じてもいたらしい。「何か困ったことや待遇への不満があれば、私から上に進言するから……ごめんね」と困った風にそう言って、はいつでも俺の力になろうとしてくれたし、眠り続ける蛍の身の回りの世話も、ずっとが焼いてくれていた。
 思えば、──俺が、カーンルイアという国を嫌いになれなかったのは、──彼女やダインのような人々が其処に生きていたから、だったのだろうな。
 単純に考えれば、俺達を勝手に呼び出して神に成れだなんて言い出して、蛍が眠りに着いたままの原因を作り出したような国も世界も、俺が好きになる理由なんて何処にもなかったことだろう。──けれど、俺は知ってしまった。彼らには彼らの営みがあって、血と鉄で土地を耕す戦乱の国カーンルイアは、──何時しか、俺にとって、大切な場所と大切なひとたちになってしまったのだ。

 当時、俺が一番親しくしていたのは白鵠騎士団の宮廷親衛隊“末光の剣”隊長、ダインだった。
 俺も剣の腕には覚えがあったし、数多の世界を冒険してきた俺は当然ながら、カーンルイアでも戦いに参加して、自然と背を預け合ううちに親しい友となったのがダインだったのだ。
 彼は実直で仕事人間、ストイックな武人気質で、悪く言うと融通が利かなくて、良く言えばまっすぐな信頼できる人柄で、──だからこそ、ダインがを目で追っていることに気付いたときは、驚いたな。
 俺には妹の蛍がいるから、女の子を可愛いと思う気持ちもそれは当然持っているけれど、……ああ、ダインもそうなんだなと気付いた途端に、なんだか妙にダインが身近な存在に思えて、……可笑しくて堪らなかったのを、俺は何故だか未だに忘れられないんだ。
 ダインも、それにも、俺にとって信頼に足る大切な友人で、仲間だった。彼らが共にカーンルイアの国と国民を守ることに心血を注いでいることだって良く知っているからこそ、俺だけじゃなくて周囲の誰も彼もが、ふたりがいっしょになることを望んでいたと、俺もそう思うよ。

 ──それはきっと、今でも変わらないんだろうな。
 黒蛇騎士と成り果てた彼らだって、層岩巨淵の奥深くで彼女に付き従っているのは、何もが錬金術の行使で彼らとヒルチャール達を護ってくれる存在だからという、それだけの理由なんかじゃない筈だ。──きっと、彼らは只、親愛なる隊長が愛した存在を、彼の代わりに守り抜いて、彼の元へといつか必ず送り届けようと、……そう、思い願っていたのだろう。
 ──可哀想に、君たちはもう、理から外れてしまったと言うのに。
 それでも尚、彼らは道を違えた彼のことを、──今でも慕っていたのだ。
 ──それは、彼女と同じように。

「──、俺と一緒に来て」
「……そ、ら……」

 暗い暗い深淵の洞で、俺を見上げる瞳はまっくらで、絶望と恐怖の只中にあった。──五百年もの間、彼女が護ろうと足掻き続けた者たちは、今しがた俺達の──アビス教団の手で、輪廻へと戻されて、彼女だけがこの場に取り残されてしまったから、だ。
 ヒルチャールや黒蛇騎士が居なくなってしまったのならば、が生きる意味はもう何も残っていない。──少なくとも彼女は、そう思っていることだろう。──だって、は層岩巨淵の外の世界で何が起きているかを知らない。テイワットにはまだかつて彼女の国民であったヒルチャールが残っていて、──それに、ダインが生きていることだって、は知らないのだ。

 層岩巨淵に、黒鎧を連れた女の亡霊が出るらしい。
 ──その噂を耳にしたとき、俺は真っ先にの顔を思い出した。何も、本当に彼女が其処に居るという確証が得られた訳ではなかったけれど、それでも、──もしも、黒鎧と言うのがアビスの呪いを受けたカーンルイアの騎士たちのことだとしたら、きっとその傍に居るのはに決まっていると、俺はそう思ったのだ。
 だって、彼女は国のことが、国民のことが、恋人を支える部下たちのことが、──ダインのことが大好きだったから、なんて。……根拠としては些か弱くて、そんな夢想を信じてしまいたくなった俺は、未だ幾らかの甘さを捨てきれていないのかもしれないな。

「俺は今、アビス教団を率いてるんだ。……彼らはかつての、カーンルイアの民たちだよ」
「……う、あ……」
「黒蛇騎士たちのことは残念だった。……でも、まだが護りたい人たちは此処にいるよ」
「……空、でも、わたし……」
、俺と行こう。……俺と共に、カーンルイア復興を成し遂げるんだ」

 ──それが、の責任だろう? って、……俺がそんな言葉を彼女に投げ掛けたことを、もしも彼が知ったのなら、……怒られるだけでは済まなくなるのだろうな、きっと、俺とダインは有無を言わさずに殺し合いになる筈だ。
 黒蛇騎士やヒルチャール達が塵となって輪廻に戻されたその時、──は知らないだろうけれど、層岩巨淵にはダインと蛍が来ていた。
 すぐ其処に居るはずの彼に先を越されたのならば、俺がを引き入れるチャンスはきっと二度と巡ってこなくなると、それが分かっていたからこそ、俺は一刻も早くこの場から彼女を連れ出してしまおうと些か必死で、……確かに、彼女に対して酷い言葉を言ってしまった自覚は、俺にもあるよ。

 そうして、アビス教団に身を寄せて、教団所属の魔術師──俺の片腕として活動するようになってからのは、あの頃の面影も無いくらいに真っ暗な目をして日々を過ごしている。現在の彼女の目を見る度に、何時だったかにダインが自慢げに零していた「の瞳には星が瞬いていて、綺麗なんだ」という惚気を思い出すから、──俺は酷く、悲しくなるんだ。
 毎日碌に眠らずカーンルイア復興のため奔走し、アビスの魔術師たちに叡智を授け、彼らに強化魔術を施し、俺達の拠点を防衛する。
 そんな風に、身と心をすり減らすような日々を送る彼女は、今にも潰れてしまいそうだった。──力尽きたように時折机に伏して眠るとき、「ダイン、ゆるして……」と寝言を漏らしていることも、涙の跡が頬に残っていることだって、俺はちゃんと知っているよ。……君を楽にしてあげる方法があることも知っていて、俺はそれでもその事実を──ダインが生きてを今でも探し続けていることを、彼女に黙っている。
 ──でも、まだ俺は、を許してあげられない。だって、俺を降臨させたのは確かに君の責任だと、君がそう言ったんだから、──ちゃんと最後のそのときまで、俺が神座に至るそのときまで、責任を全うして貰わないと困るんだ、……ごめんね、。ダインが生きていることも、君を探していることだって、俺はそのすべて知っていながら、君を欺いている。──きっと俺は、自らが天上の神に至らない限りは、いつか彼らからの罰を受けることだろう。



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