国王陛下のお気に召すまま

『勝者! チャレンジャー・! 新たなチャンピオンは、選手に決まりました!』

 ───流れ星のようなひとだ、と思った。無名のジムチャレンジャーから駆け上がり、セミファイナル、ファイナルと勝ち進み、遂にはチャンピオンカップの頂点へと立った少女、。オレと歳も変わらないその少女の戴冠式を見て、オレは彼女を倒すことに決めた。彼女は、あの日からずっと、オレの目標だった。と戦うために旅に出て、彼女の戦術や手持ちをよく研究して、来たるべき日のために、旅を続けて。一年後、ようやく辿り着いたチャンピオンカップで、彼女はインテレオンで有利を取れたにも関わらずにオレに負けた、最弱の女王、期待外れ、王の器足り得ない者だったと、散々にこき卸されたが、観客もメディアも、何も分かっていない。確かキョダイマックスしたインテレオンとリザードンでは、彼女に分があったかもしれない。だが、それ以外の五体は、全てオレが彼女に有利を取れる編成だった。相性有利を常に取りながら、更に交代読みの上で、後続のポケモンに有利を取れる技構成、一手でも先手を取れるようにと、彼女の手持ちを確実に速さで抜けるように調整したオレの手持ち。絶対に彼女を倒すと決めていたのだから、彼女に勝つための準備を整えていくなんて、当然のことなのだ。には勝ち目など、端から存在していなかった。オレがその可能性の芽を、事前に摘み取ったのだから。それでも、インテレオンは極力温存して、不利を取られても機転でどうにか受け流し、反撃して、彼女は、女王に相応しい戦いを見せてくれた、と。オレはそう、思っている。───だからこそ、退屈な十年間、彼女を忘れた日は一日もなくて。何度もトーナメント戦への招待状を認めて、彼女に郵送するように関係者に頼んだが、あの試合以降、は行方知れずで、最早ガラルに居るのかさえ誰にも分からないと言われて、送った手紙は全て戻されてしまった。きっと、誰も本気で彼女の行方を追っていないのだ、ということには気が付いていた。敗れ去ったものを探すよりもやるべきことがオレにはある、と。委員長に肩を叩かれ、彼女を探すことよりも、簒奪した玉座を護ること、王の責務を果たすことにのみ、注力してきたものの。多分、彼女は国外には出ていない、ガラルに居るはずだ、と。只の勘だが、そう思っていた。オレの前から逃げ出すような真似を、彼女が自分自身に対して許すとは思えなかったのだ。オレが彼女を玉座から引きずり下ろし、断頭台へと追いやった、あの日。最後のインテレオンが倒され、愕然としつつも彼女は、ギッ、と強いまなざしで、オレを睨み付けていたのだ。敵愾心に満ちて、強い殺意に彩られた眼に射抜かれて、ぞわり、と背筋が震えた。剣を突きつけ首を跳ねて尚も、彼女はあんな眼をしたのに。逃げられるはずがないだろう、オレと彼女はいずれまた、必ず殺し合う運命になる筈だ。きみがオレの元まで来てくれないのなら、……いつか、オレが、首を跳ねられた時に。もう何もしがらみなど無くなったその時に、きみを二度殺したいと思ったんだ、

 ようやく見つけ出した彼女は、アラベスクタウンの片田舎で、スクールの講師をしていた。個人塾程度の規模で、教師は自分一人だけ、という環境で。元より、ポケモンの育成もバトルも得手であった彼女は、教育者にも向いていたのだと思う。が元チャンピオンであることを知っている者も、中にはいたが、十年も経てば忘れてしまった者も、面影程度では他人の空似だと思っている者も多く、また、指摘することで片田舎から優秀な教育者を失うことを恐れた者も、居たのだろう。結果、十年もの間彼女はパパラッチに取り沙汰されることもなく、静かに暮らしていたらしい。彼女に会いに行った日、の自宅兼職場、教卓の上には、綺麗に磨かれたハイパーボールが六つ、並んでいた。

「……私は、もう、バトルはしていないから」

 その言葉が真実だったなら、もうこれっきりで終わり、だったのかもしれない。だが、それは嘘だ。只この十年間、彼女は戦う機会が無かっただけ。表舞台に戻り、オレの首を獲ることを放棄しながら、剣だけは研ぎ続けていた、盾は磨き続けていたのだと、語られなくとも、ボールを見れば理解できた。……そうだ、きみはあんなところで終わる人間じゃない、オレが殺した程度で、壊れる相手じゃないはずだぜ、。オレの最初の憧れ、目指した背中は、何度突き刺されたって、挫けない眼の色をしていた筈だ。

「……こんなものか! 、正直落胆したぜ! 十年間、この日を待ち望んでいたのにな……オレは、キミの実力を見誤っていたようだ」

 そうだ、もっとオレを見てくれ、憎悪に滾る瞳でオレを睨み付けろ、オレへの殺意を怒りの燃料で燃やして、燃やして、スタジアムを燃やし尽くそう、。オレはそうやって、一生、キミと戦っていたいんだ、キミに見詰められていたいんだ。そしてどうか、この狂おしいまでの執念を、キミへの憧憬なんだと知ってくれ、その上で、この傾倒さえも薙ぎ払って、オレの喉元に刃を突き付けてくれ。そのときこそ、キミは、オレに殺される価値のある人間になるのだから。

「……っ、次は、私が勝つ! 首を洗って待っていなさい、ダンデ!」

 ――ああ、オレはその一言が欲しかったんだ。嬉しいよ、。キミを三度も殺せるなんて、実に光栄だ。殺し殺され刺し穿ち、第二幕と行こうじゃないか、女王陛下。 inserted by FC2 system


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