夜が長持ちする方法を教えてください

 ──デュフォーの旅に同行する、という決断を実行することは、決して楽ではなかった。私はまだ義務教育の身の上で、ましてや進学先も既に決まっている立場である以上は、“家庭の事情で卒業式までの残り期間、三ヶ月ほど欠席する”という言い分を、学校側に通すこと自体は、……まあ、実現は不可能ではなかったのだけれど、実際のところ。とはいえ、私は保護者を持たない身の上なので、「家庭の事情とは何か説明しろ」と問われてしまうと、言い淀んでしまうところではあって、それを見越したデュフォーが用意してくれた、もっともらしい口実を学校側には押し通した、というのが事のあらましだったのだけれど、……この三年間、教師や級友に嘘を吐いたことなんて、それこそ魔本関係の問題が生じたときくらいのものだったから。……やっぱり、どうしたって慌ててしまって、悪いことをしているという意識が私から拭いきれていない以上は、それはクラスメイト──高嶺くんにも手に取るように分かる、ということ。というかそもそも、高嶺くんはあらかじめデュフォーから事情を聴いていただろう、とも思っていたのだけれど、……どうやら案外、そうでもなかったらしい。

「……あのね、高嶺くん。私、デュフォーの旅に着いてくことにしたの、卒業までの三ヶ月だけの間、だけれど……」
「エ!? ……そ、それはどうなんだ……? 流石に……その、二人旅ってことになるだろ……? デュフォーはほら、に、色々と……」
「……私ね、今のうちに視野を広げてみたいの、高校に上がったらなかなか出来ることじゃないし……世界を見て回って、今よりも大人になりたいんだ、私……」
……」
「デュフォーがそのきっかけをくれた……と、私は思ってるの。だから……」
「……分かった! 正直に言えば、心配だけどさ……まあ、デュフォーは良い奴だしな。……気を付けて行ってこいよ、!」
「高嶺くん……! ありがとう! 旅の途中でぜったい、絵葉書とか買って、おてがみ! 出すね!」
「おう! 楽しみに待ってるな!」

 デュフォーと旅に出るから、──という欠席理由を正直に説明しては止められるし許可も降りなくなる、と。デュフォーから強めに念を押されていたので学校側には隠していたし、クラスメイトも私の事情は当然知らない。イギリスにいる遠方の親戚に会いに行く、と学校側には説明しているものの、……高嶺くんにまで同じ嘘を吐く理由は何処にもなくて、高嶺くんやガッシュ、華さんには本当の理由を話すことにした。華さんは少し心配そうな顔をしながらも、「でも、きっとデュフォーくんなら大丈夫よね、旅先では気を付けるのよ、ちゃん」と優しく背を押してくれて、……高嶺くんも、華さんとそっくりの反応をしてきたのが少しだけ可笑しくて、……「デュフォーとふたりで大丈夫なのか?」って、高嶺くんが心配していた理由だって、ちゃんと分かってはいたけれど。その点に関しては、きっと大丈夫なのだろうという確信めいたものがあった。
 デュフォーが私に好意を寄せてくれているらしい、ということは私も高嶺くんも知るところで、当の本人はその気持ちを隠す素振りもない。けれど、こうして旅に連れ出そうとしてくれるくらいには、私を特別気に掛けてくれているデュフォーを疑う理由など、私にはまるで無かったのだ。

 そうして、冬の終わりに始まったデュフォーとの旅は、春が訪れるまでの数ヶ月もの間に渡って、続くこととなった。
 幼くして両親を亡くしている私は、幼少期に訪れたイギリス以外、旅行らしい旅行をしたことがない。それこそ、魔本を巡る戦いの日々では海外に足を運ぶことも度々あったけれど、あれを観光目的の旅行にカウントしてしまうのは何かが違う気がするし。……だから、本当に、当て所もない旅をしたのは、これが初めてだったのだ。──青々とした山脈も、白銀の降り積もる雪原も、空気の澄み切った星空も、白い砂浜とコバルトブルーの海も、遠くまで広がる黄昏の空も、極彩色に広がる一面の花畑も、知らない国の街並みも、きれいに敷き詰められた石畳も、荒れ果てたけものみちも、ぜんぶ、ぜんぶ。──それらが存在する場所に、明確な目的を持たずに訪れたのは、私にとって初めての経験だった。

「──デュフォー! あれ、なんだろう!? あそこにある、あの、きれいで、ぴかぴかしていて……」
「落ち着け、。走ると転ぶし、逸れるぞ」
「あ、……ご、ごめんね……」
「気にするな。……ほら、手を繋いでやるから離れるなよ」
「あ、ありがとう……」

 ──例えば、子ども扱いしないでよ、だなんて。……私の口から、そんな風に可愛くない言葉が転げ出る隙すら、このひとは奪い去ってしまう。……ずっと、ずっと、保護者としてしっかりしなきゃいけないとばかり、思っていた。ヤエのお姉さん役を担うと決めた日から、人間界におけるあの子の家族であることを願った日から、私は姉で、母で、その役目からはすっかり降りられなくなっていたし、降りようと思ったことさえもなかった。今でも、その役割が嫌だったとは思わないし、戻れることならあの日々に戻りたい。──けれど、デュフォーは。いつも背伸びしすぎてしまう私の手を捕まえて、年相応にはしゃいで振舞うことを、赦してくれるんだね。……あなたがどうして、私にこんなにも優しいのか、正直私にはよくわからない、けれど。あなたのことを見ていると、優しくしたくなるから、もしかするとあなたも同じなのかもしれないね。

 そうして、デュフォーと旅をして、各国を見て回って、私にとってその日々はとても楽しいものだったけれど、何かと私を気遣ってくれたデュフォーの側にとっては、きっと、大変だったことも幾らでもあったと思う。
 例えば私は、幼少期に旅客機事故で両親を亡くした関係で、高い所が苦手なのだけれど、──魔本の戦いの間は、そんなことを言っていられない場面も多かったから、そのことはずっと周りには黙っていて、必死に我慢していた。ファウードに向かう飛行機の中でも、高嶺くんに倣って空元気で皆を励ましていたあのときも、本当は足が震えそうなのを必死で堪えてきたその恐怖だって、デュフォーには幼少期に彼と別れた後の話をした際に、看破されてしまっていたから。隠すことも許されずに暴かれた私の生乾きの傷跡を、……デュフォーは決して、忘れていなかったようで。

「──目的地までは飛行機が一番早いな」
「そ、……うだね、次の便は、ええと、何時かな……」

 当初、デュフォーがぽつりと零したその言葉に、私は一瞬びくり、と肩が震えたのを誤魔化しながら、時刻表を開いてデュフォーの注意を逸らしたつもりだった。けれど、私のその態度にムッとしたような表情を浮かべてから、彼はあっさりと先の言葉を撤回して。

「……やはり船にするか」
「え……あの、飛行機の方が早いのでしょ? だったら……」
「早く目的地に着く必要もないだろ、戦いに行くわけでもない」
「でも」
、この旅の目的は誰かの為にあるんじゃない、お前のために旅をしている」
「……あ」
「だからオレには我儘くらい言え。……此方も、試して悪かったな」
「……ううん……わかった……」

 私は飛行機もそうだけれど、タワーだとかそういう高い場所も怖い。でも、それを伝えてしまえば、きっとデュフォーは面倒だろうしファウードのこととかも考えさせてしまうかも、と思って。黙って平気なふりしてみたところで、アンサートーカーの能力の前では、結局はあっさりと見破られてしまう訳で。きっと、私に負担かけない為にそれらを汲み取ろうとしてくれている彼のやさしさは、私がヤエに傾け続けたきもちに似ていた。まあるくて、棘のひとつもないすべらかな優しさを向け続けた私は、誰かからその穏やかさを注がれることのくすぐったさと心地よさとを、きっと、彼のお陰で初めて知って。ルート変更を余儀なくされても、想定外の足止めを食らって宿探しをすることになっても、デュフォーは決して怒らなかったから、こんな風に予想外の出来事や上手く行かない、ままらない気持ちも全てひっくるめて、……それを、“旅”と呼ぶのかもしれないと、私は思ったのだ。

 その日、飛行機に乗ることを断念した都合で、次の街に移動する前に道中の街に一泊することになって。宿を探すにも小さな町だから、狭い安宿の部屋をようやくひとつだけ抑えるので精一杯で、「同室になるが……がイヤなら、オレは野宿でもするから好きに使え」なんて、デュフォーは言っていたけれど、どうにか空いている宿を探し当ててくれた彼に、そんな仕打ちを強いるわけにもいかない。そもそも、デュフォーは私の自宅に泊まっていったことだって何度でもあるのに、あのときと今とで何が違って、何故デュフォーが今になって、こんな場面でまで私に気遣いを見せたのかはよく分からなかったけれど、宿に着いて順番にシャワーを浴びて、先に使えと促された私が砂埃を流して、次にシャワールームに入ったデュフォーを待ちながら髪を乾かしている間に、やっぱり少しだけそれが気になって、──夜、寝る前に直接彼に尋ねてみると、帰ってきたのは意外な答えだった。

「……清麿と華に釘を刺された」
「え?」
がオレに頼るしかない旅先で、ヤエも居ない状況を利用するなと」
「……? え、っと……?」
「端的に言えば、お前に手を出すなと言われた」
「そ、……そう、なんだ……!?」
「ああ」
「そ、そう……うん? ……でも、それと同じ部屋に泊まるのはよくない、という話、関係あるの……?」
「は? 関係あるだろ? オレがお前に手を出さないとは限らない」
「そ、そんなことないよ……だってデュフォー、私がイヤなことはしないって、言ってくれたし……」
「それは、そのつもりだが。……密室で、同じベッドに並びながらこんな質問をしてくるような奴相手に、オレが躍起にならない保証もないだろ」
「あ、……あ、あの」
「分かったならもう寝ろ」
「う、うん……ごめんね……」
「……謝るな、次からは念頭に置いてくれれば、それでいい」

 辛うじて抑えられた客室は、一人用の部屋だったから。当然ながら部屋にはベッドもひとつしかなくて、相談した結果、半分ずつ使ってふたりでいっしょに寝台で眠ることにしたのだけれど。……デュフォー的には少し、私がその提案をしてきたことに思うところがあった、ということらしかった。……別に、デュフォーのことを意識していないとか、そういうことではないのだ。彼は、私にとって初恋のひとで、再会がずっと叶わなかった間に、私の中でその気持ちは思い出に昇華されてしまっていたけれど、それでもずっと、あの日助けてくれた彼の姿が、私にとっての星導とも呼べるものだった。そんな彼が、今になって私を好きだというものだから、私は彼の気持ちに対して正直なところ、困惑していて、魔本の戦いが終わるまではそういうことは考えられない、と断ってあったけれど、……それも終わった今、彼の気持ちにちゃんと向き合わないといけないのだとは、思う。──あこがれ、という感情は、私も知っている。かつてのデュフォーと、そして、あの戦いの日々で高嶺くんに、私はそういう気持ちを確かに抱いていた。けれど、それが恋と同義のものなのか? そうなのだとすれば、今の私は今のデュフォーをどう思っているのか? それだけの簡単なことが、私にはまだ分からなくて、……以前、朝、目が覚めたときに、デュフォーが勝手に私のベッドに潜り込んで眠っていたことがあったけれど、あのときは確かに驚いたし、寝起きに悲鳴を上げて飛びのいたりもしたものの、今は全然、デュフォーの隣で眠るのが嫌ではなくて、……むしろこの状況にひどく安心しているのは、私が彼を好きだからなのか、そうではないからなのか、……一体、どっちなのだろう。

「……デュフォー、昼間話してくれたこと、覚えてる?」
「……ヤエの話か」
「うん、そう……あのね、私、デュフォーがああ言ってくれたのが、本当に嬉しかったの……ちゃんとお礼、言えなかったから、言っておきたくて……」

 ベッドに潜ってから、目を閉じると昼間、デュフォーとした会話が脳裏をよぎって、もう寝ているかな、邪魔をしてしまうかな、と思いつつも、言葉は口から滑り落ちてしまっていた。──今日の昼、レストランに入ってご飯を食べていたときに、初めて食べたこの国の料理がとっても美味しくて、どうやって作るんだろう? だとか、これは隠し味に何が入っているのかな? なんてふたりで話しながら食べた料理が、本当においしかったから、……そのとき、私には思わず、考えてしまったことがあって。

『……ヤエにも、食べさせてあげたかったなあ』

 ──それは、旅先のどの場所を訪れても、どうしたって願ってしまっていたこと。きれいな景色を見せてあげたかったなあ、だとか、美味しい料理をもっと色々食べさせてあげたかったなあ、だとか。別れの際にいくつも浮かんだ後悔の数々は、今でも私の中に留まって渦を描き続けている。心の中の奥深くに停滞したその気持ちの行き場は、きっと何処にも在りはしないのだろうに。考えても仕方のないことで、私の独りよがりでしかないのだと、ちゃんと、分かっている、……分かっているのだ、本当は。でも、どうしても、……もっとヤエにしてあげられることがあったんじゃないかと思ってしまって、あの子にしてあげたいことならたくさん、幾らでもあったはずなのに、……どうして、全部終わってから気付くのだろうと、ぐるぐると後悔は淀み続けるのだ。

『ヤエをもっと色んな場所に連れて行きたかった、綺麗な景色とか、美味しいものとか……、いつも家で、私の作ったご飯ばっかりじゃなくて……』
『……それは、ヤエがそう望んだのか?』
『それ、は……私が、してあげたかっただけ、かもしれないけれど……』
『少なくとも、ヤエはお前の家でお前と食事をすることを喜んでいた。……の手作りの弁当を、オレも何度も自慢されたしな』
『ヤエが、そんなことを……?』
『ああ……ガッシュに教わった、モチノキ町で一番景色の綺麗な丘で、お前の弁当を食べるのだと、楽しそうに話していたな』
『……そっか、そうだったんだ……?』
『つまりは、それが答えだ。……お前が後悔する理由はない、
『そう、だね……』
『……まあ、オレも、ゼオンに見せてやりたかった景色は多いが。そう言って立ち止まっていては、ゼオンが怒りそうだ……』
『ふふ、そうだね、きっと、ヤエもそうだと思う……』
『まあ……またいつか、ゼオンとヤエを連れて、ここに来れば良いだろ』
『……うん』

 ──きっと、私がこの旅に出たのは、デュフォーが私を連れ出してくれたのは、私が、私だけの“答え”を得たかったからなのだろうと、それは、今だからこそ分かること。私は自分が歩いてきた道のりは、あの子の手を引いて駆け抜けた今日までは、本当に正しい結末なのかどうかを私は知りたかったのだ。光に向かって一心不乱に走り続けたこの日々は、誰に否定されたって私にとっては宝物で、……でも、ヤエにとってもそうだったのか、別れ際に余りにも後悔ばかりがこみ上げてきてしまったから、急に自信が無くなってしまって、……だから私は、空っぽのあの家から立ち上がれなくなってしまっていた。

「……ありがとう、デュフォー……私、もう大丈夫だと思う」
「……そうか」
「うん……もう、いつも通りに笑って過ごせる。何も不安じゃないの」
「……日本に、帰るのか?」
「……うん、名残惜しいけれど。……あのね、わたし、旅に出るときにガッシュのこと、泣かせちゃったんだ」
「ガッシュを……?」
「ガッシュね、私はあと少しだけなのにデュフォーがを独り占めするのはズルいのだー! 私とも遊んで欲しいのだー! ……って」
「……っふ、ふは、……そうだな、そういえばオレにも似たようなことを喚いていたな……」
「ね? だから、もうほんの少しだけれど、モチノキ町に帰って、ガッシュの傍で過ごそうかなって……それに、」
「……それに?」
「“お姉さん”をはじめたのは、私だから。ちゃんと最後まで、あの子たちの前ではお姉さんでいたいの。……デュフォーにはもう、あんなの背伸びだってバレてるとは思うけれど……」
「……イヤ、がそうしたいなら否定しない。それは、お前が望むお前の在り方なんだろ?」
「……うん、そうだったみたい」

 ──ファウードで対峙したときも、それ以前に、一度戦闘になったときにも。私とデュフォーは旧知とは言えども決して穏やかな間柄ではなくて、それもやがて、クリア・ノートとの戦いを控えたあの頃に、私とデュフォーの間にあった確執は取り除かれていたけれど、それでも。……もういちど、私と彼が友達になれたのは、この旅の中でしかなかったのだろう。クリア・ノートとの戦いまでの日々、十ヶ月近くもの間を共に過ごして、その中で彼の人となりを改めて知って、あなたが笑えるようになって、そうして今では、二人旅に出るくらいにまで、ふたりきりの寝台の上で私だけに笑顔を見せてくれるくらいに、あなたともう一度仲良くなっている。三ヶ月の間、デュフォーといっしょに世界中を歩いて、走って、立ち止まって。知らないものを見て、もう魔本も持たない私たちは、旅先でのトラブルやそれなりのピンチも経験したけれど、二人で機転を利かせて掻い潜ったり、あなたが私を庇って、護ってくれたり、手を引いてくれたりして、あまりにも私が頼りないものだから、喧嘩したり泣いたりしたことだってあったけれど、あなたはちゃんと仲直りをしてくれたよね。そんな風に毎日共に過ごして、色々あったけれど、それでも私は、あなたといっしょにいることをいつだって楽しいなと思えたのだ。──それこそ、ヤエも此処に居てくれたなら、なんて願ってしまうくらいに。それは、素敵な日々だった。彼の傍は、私にとって他の何処よりも心落ち着ける場所だから、この旅は幸福だった。

「……すぐに戻るか?」
「うーん……デュフォーがこの街を出るのといっしょに、私も日本に戻ろうかな」
「そうか。……だったら、日本まで送って行く」
「エ!? い、いいよ、遠いし……?」
「そうは言うが、帰りはどうしたって飛行機だろ? オレが居た方が良いんじゃないのか?」
「で、でも……」
「…………」
「……えっと、いいの?」
「構わない。……その方が、とふたりで居られるだろ」

 そう言って、寝具の中で緩やかに繋がれた指先は、少しだけ冷たくて、熱の中ではひどく心地良い。……私があなたに向ける、この感情が一体、どういった類のものかはまだ分からないけれど。……わたし、たしかに、このひとのことが好きだなあ、と思って胸が苦しくなってしまう、……そんな夜だった。

「……日本に帰って、また旅に出ても、連絡くれる? ……また会える?」
「会いに行く。手紙も送る、……昔は送れなかったが、今は誰に制限されることもないしな……お前が旅先で清麿とガッシュに絵葉書を出していただろ、オレも、旅先で絵葉書を買って、に送る」
「電話も、してね? メールも、私も送るから……」
「ああ。……安心しろ、お前が思っているよりもオレは、いつでもに会いたい」



「──ーっ! 帰ってきたのだな!? 今日からは私と遊んでくれるのだな!?」
「おいガッシュ! はまだ疲れてんだぞ!? 困らせるんじゃねえ!」
「ウヌウ!? ひ、酷いではないか!? 私はずっと我慢してきたのだぞーっ!?」

 ──モチノキ町に帰ってきたのは、卒業式の少し手前の春の訪れが近付いた日のこと。ガッシュと、……それに、もうすぐ卒業でばらばらになるクラスメイトのみんなと過ごす時間のことだって、やっぱり大切にしたいから。気持ちの整理も済んで、日本に戻った私は、みんなといっしょに過ごす日々を楽しんでいる。……もうじき桜が咲くころに、この学び舎で過ごした日常は終わりを迎えるけれど、私の心に眠る本と同じ花のいろは、花弁が散っても、きっと、私の行く道を照らしてくれるのだろう。……それに、その先にはデュフォーが、高嶺くんが、みんながいるから。私はこれからもまた、迷わずに歩いて行ける。私が信じて、あの子が選んだ、光輝く夢の日々へと向かって、まだまだ旅は続くのだ。

「ウヌウ……それにしても、なんだか雰囲気が変わったのだ! 格好良くなったのだ!」
「ふふ、そうでしょ?」
「ウヌ! 何か特別な特訓をしたのかの?」
「ふふ、あのね、……デュフォーにね、大人にしてもらったの」
「へ、……は、はあ!?」
「ウヌ!? ど、どうしたというのだ清麿……?」
「た、高嶺くん……?」
「イヤ、待っ、その、それは、つまり、その……」
「……?」
「イヤ、……なんでもない……」

 ──デュフォーが私を連れ出して、知らない世界を沢山見せてくれたから、私は前より大人になれたんだよ、って。……そういうつもりで放った言葉が高嶺くんを動揺させていた理由に気付くのも、その誤解が解けるのも、それからずっと先のことで、……それでも、幾らか図太くなった私は、それだけ彼らとの付き合いも長くなったのだなあ、なんて。その日、なんだか嬉しくて可笑しくて、笑ってしまったのだ。 inserted by FC2 system


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