決められた光の筋をたどる仕組み

※数年後


 大学生活も終わりに差し掛かり、いよいよ就活の時期が到来する。──高校時代、中学生の頃に奮闘した魔本を巡る戦いを経て私は、人を助けられる職に就きたいと考えるようになった。それから、かつて私のパートナーやガッシュとゼオン、……デュフォーのように、大人に虐げられる子供をたくさん見たからこそ、子供たちの助けとなるような存在に、そういう大人になりたい、というのも私の夢のひとつで、……だから、私が大人になった今、小児科医という道を目指して歩いているのも、あの頃の気持ちを思えば自分でも納得だし、周囲からも「によく似合っていると思うよ」なんて言ってもらえているし、就職を控えた今でも、やっぱり私の目指す道は依然変わりなく医療の道だけで、……医師になるためには、医学部を卒業した後に研修医として務めあげる必要があり、私にとっての就職、という言葉の指し示す定義としては、研修医としての所属先となる病院を探す、というのがひとまずのゴールになる訳なのだけれど、現在、日本を離れてイギリスの大学で勉学に打ち込む私には、選択肢がいくつかあった。
 まずは、このままイギリスに残るか、日本に戻るかという問題がある。私が通う大学は清太郎さん──清麿くんのお父さんが教鞭を執るキャンパスで、高校で進路が分かれた清麿くんとは偶然にもこうして再び同じ学び舎に通うこととなり、私もイギリスでの生活にも結構慣れたし、清麿くんはどうするつもりなのかまだ聞いていないけれど、清麿くんをはじめとして見知った人たちも多くなってきたこのイギリスを離れるのは、少し寂しくもあるし、此方に残って医師を目指すのもそれはそれで良いな、と思う。日本は祖国だしあちらには自宅もあるから、もうひとつの選択肢は当然ながら、日本に帰国して研修医になること。……それから、第三の選択肢としては、アメリカに渡る、というものもあった。私が医学の道を目指す上で、最もお世話になったナゾナゾ博士から、「くんにその気があればいつでもアメリカに来なさい。アメリカ中の病院から一番キミのやりたいことを叶えてくれそうな病院へと、私が斡旋しよう」とまで言ってくれていて、……ただし、これはナゾナゾ博士のコネクションを利用させてもらうことになる以上は、ちょっとズルのような気もしてしまうから、これに関しては、どうしても決まらなかった際の奥の手、という風に考えてはいる。……でも、ナゾナゾ博士が近くにいてくれたら、相談や質問もしやすくなるし、アメリカに渡ること自体は選択肢のひとつのようにも思う。……ただ、デュフォーがあんまりアメリカには良い思い入れがないんじゃないかな? という懸念があって、もしも、私がアメリカに移住したら、デュフォーがあまり会いに来てもらえなくなってしまった、なんてことになるのは絶対に嫌だから、その選択肢については一度彼にも相談してみる必要があるかもしれない、なあ。

 ──そんな訳で、最近は考えることもやるべきことも多くて慌ただしい日々を過ごしているものの、今日は久々にデュフォーが帰ってくる日で、私はキャンパス内でも一日中そわそわと落ち着きなく過ごしていた。きっと、清麿くんもデュフォーに会いたいだろうと思って、彼のことも夕飯の席に誘ってみたけれど、「オレは今夜は親父に呼ばれてるから、明日にでもの家まで顔を出しに行くよ。デュフォーに宜しく伝えておいてくれるか?」と言われてしまったので、今夜はデュフォーと私のふたりきり。……現在、私はデュフォーと恋人関係にあるので、多分清麿くんには気を遣わせてしまったのだろうなあ、と思うと、寂しいような申し訳ないような気持ちがあって、いつまでも三人で楽しく過ごしていたいという風にも、思ってしまう。でも、久々に会えるデュフォーには、人目を気にせずに甘えたい気持ちも正直あって、……其処まで“答え”が見えているからこそ清麿くんはあの対応だったのかなあ、なんて。……やっぱり、とっても気恥ずかしく、居た堪れなくなってしまったのだった。

 ──そうして、その夜、お土産をたくさん抱えて私の自宅を訪ねてきたデュフォーを出迎えて、手料理でおもてなしして、ワインを開けたり、デュフォーが買ってきてくれたお菓子やおつまみをいただいたりもしながら、旅先での話やお互いの近況報告をして、ダイニングのテーブルからソファに移って隣同士に腰掛けながら色々と話し込んでいると、次第に部屋に立ち込めた空気は淡く色付いて、なんとなくふたりの間の雰囲気が甘くなってきた。……久々に会えたわけだし、もう少しくっ付いて甘えたいなあ、なんて思いながら、ゆるゆるとした手つきで、軽く私の指先を絡め取ったり握ったりと弄ぶデュフォーの指の所作をじいっと見つめる。……あの手で、頭を撫でて欲しいな、そのくらいなら、強請っても変じゃないかな。……こういうの、まだ慣れないから。私がどんな風におねだりしたらデュフォーは嬉しいのかな、……なんて、そんなことをぐるぐると考えているうちに、私は何処か、会話がおざなりになっていたらしい。

「……そうだ。、お前に伝えておくことがある」
「うん……」
「卒業までには荷物をまとめておいてくれ」
「うん……うん? どうして? 確かに就職先によっては引っ越すかもしれないけれど、まだ、デュフォーにはその相談してなかったよね?」
「ああ、引っ越し先はヨーロッパ圏にする予定だ。お互いに比較的、馴染みも深いだろ」
「うん……? あの……つまり、どういう?」
「引っ越しまでにオレが家を探しておくから、行きたい病院が決まったら相談しろ」
「えっあの、だからどうして? なぜ、デュフォーが私の家を探してくれるの……?」
「……? 卒業したら一緒に暮らすだろ?」
「……そ、そうなの……?」
「ああ。だから、日本に帰国するつもりだったのなら悪いが、就職先は此方で探してくれないか?」
「そうなんだ……」
「……そうだが?」

 ──突然告げられた提案、というよりも一方的な決定に、先ほどまでの穏やかで灰甘い思考などは遠く彼方へと吹き飛んでしまって、呆然と固まる私の気持ちなど知ってか知らずか、何事もなかったかのような顔でデュフォーは私の手にするり、と頬擦りをして、私がびくり、と肩を震わせていると、「……風呂、いっしょに入るか?」なんて、彼は我関せずに言い放つものだから、私は何を言われたのか一瞬よく分からずに、反射的に頷いてしまって、……それが、ひとつ前の議題を利用した彼の巧みな交渉術だったのだと私が気付いたのは、残念ながら翌朝、私の寝台の上で、時差ボケと諸々の疲労からか、すやすやと寝息を立てて眠るデュフォーの寝顔をぼんやりと見つめていたときのことだった。


 ──大学卒業までは、しっかりと勉学に集中させたい、というのは、の恋人になった当初から考えていたことだった。仮に、そういった仲に進展しなかったとしても、その点に関するオレの意向は変わらなかったことだろう。……まあ、オレとしてはを逃がしてやるつもりなどはなかったし、何年かかってでもいずれは、このポジションを必ず手に入れるつもりで、計画的に事を推し進めてきたわけだったのだが。
 大学に進学する際に、が進学先としてイギリスを選んだことも、オレにとっては、海外での生活に慣れてもらう、という意味でも好都合だった。日本がダメという訳でもないが、ゼオンと過ごしたヨーロッパ圏には望郷にも似た思い入れがあり、いずれまたあの場所で暮らしてみたいという気持ちがオレには幾らかあって、結果的には、偶然にも、の事情や意向からもあまりかけ離れていない、お互いが納得できる中間点としてヨーロッパへの居住に了承させることにも成功したわけだ。……まあ、オレが必然を仕組んだのだろうと問われれば、否定もしないが。

 知識や頭脳というものは、人間が生きるための手段のひとつだが、自らの力を正しく扱えるだけの知恵と力を持たなければ、それらは第三者の手によって簡単に悪用されてしまう。オレが付いている以上、は決してそんなことにはならないが、それでも、その苦しみを知っている以上、のことだけは少しでもそのリスクから遠ざけてやりたかったし、万が一には自分で身を護る術を身に付けさせておきたかった。だから、学生期間を終えるまでは、オレの一存でを何処かへと連れていくことはしないし、進学先も好きに決めたらいい。が決めた場所がどこであれオレは其処まで会いに行くし、もしも、その場所にきな臭さを覚えたのならその際には別の道を探してやろうとも思っていて、……まあ、結果的にはその危険性を回避して、彼女にとって良い環境で過ごせた学生生活をもうじき終える段階までやってきている。その日を待ち望んでいたオレは当然ながら、の卒業後は旅をやめて傍に居るつもりでいたし、彼女と一緒になるのが当然だと考えていたが、の方はそうでも無かったらしい。それが面白くなくて、引っ掛けじみた意地悪を仕掛けてしまったのは、……まあ、仕置きということで勘弁して欲しいところだが。その後、落ち着いたところでもう一度話し合って、もオレの意向を飲む姿勢を見せたので、ヨーロッパ圏内でが興味を示した病院を、事前にオレも付き添って下見することになったのだった。

「……そういうわけで、もしかしたらシェリーともご近所さんになるかもしれないから、そのときは……」
「……! アナタ、嫌なことは嫌だとちゃんと言いなさい!」
「……よろしく、ね……?」

 今日はと共にフランスを訪れており、此方に向かう前にシェリーに連絡をしておいたというに従って、オレはシェリーの屋敷へと足を運んでいる。ついでに街を見て回りながら観光でもして、に何か買ってやろうと考えて、の好きそうな店をチェックして宿も抑えていたところを、シェリーとの茶会に時間を潰されている現状は、オレとしてはさっさと此処から撤収したいところなのだが、当のが楽しげにシェリーと話しているので、まあ少しくらいならを貸してやっても構わないかとも思っていた。……が、……来春からの予定を聞いた途端にシェリーは血相を変えてオレを指すと、「デュフォー! アナタ本当に何を考えているのよ!?」……等と、唐突な説教を始めたので、前言は早々に撤回だ。

「何を考えて……? ……そうだな、が正式に嫁に来るのが、楽しみだとは思うが……」
「でゅ、デュフォーってば……もう……」
「そういうことを聞いてるんじゃないわ! ! アナタもね、もう、じゃないのよ!」
「ハ、ハイ!?」
「日本を離れることに対して、何か思うところがあったはずでしょう!?」
「そ、れは、まあ……進学したときもそうだし……?」
「それでも、卒業後は日本に戻るという考えだってあったのでしょう?」
「無いわけではないけれど……でも、デュフォーと一緒にいられるのは嬉しいし……」
「それは、別に日本でもいいじゃない!?」
「デュフォーがヨーロッパに思い入れがあるのは分かってるから……それに、それは私も一緒だし……」
「……いいかしら? ?」
「う、うん?」
「そうやってアナタが甘やかすから、この男はいつまで経ってもこうなのよ!?」
「こう、とは何だ?」
「そうね、鏡を見てきたらどう!? きっと厚顔無恥な男が映っているはずよ、爺やに手洗い場まで案内させるわ、は私とお茶をしているから暫く戻ってこなくていいわよ!」
「シェ、シェリー! やめようよ! デュフォーだって悪気はないんだから、意地悪言わないであげて……!」
「私は、アナタが意地悪されてるから代わりに言ってるのよ!」
「さ、されてないよお……!」

 ──そういえば。以前にも、──クリア・ノート打倒の為に結託していたあの頃も、シェリーやティオ、それからヤエにも、「を虐めるな」と散々言われていたのをふと思い出す。あの頃は特に気に掛からなかったその言葉だが、今言われてみるとどうにもムッとするもので、「……イヤ、オレはには常に甘いが?」と思わずオレがそう反論してみると、シェリーは火に油といった様子で激昂していたが、が照れ臭そうに何度も頷いていたので、……それなら、まあ、つまり答えはそういうことだろ? 何か問題でも、あるのか? と、そう言うとシェリーはますます怒るので、本当に頭が悪いな……。 inserted by FC2 system


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