満開の光に生かされていたのね

「わ! これかわいい、ねえデュフォー、見て見て!」

 ──は、何かにつけては“可愛い”という表現を多用する癖がある。恐らくは彼女にとっての誉め言葉であるらしいそれが意味するところは、オレには正直に言って全くピンと来ていなかった。もちろん、その言葉が定義としてどのような意味を持つかは、オレも理解しているつもりだ。──“可愛い”という表現は、対象に心惹かれたり、愛らしい、守ってやりたいと言った庇護欲を覚えた際に用いる形容詞だ。幼くて邪気のない穢れないものだとか、小さな子供や動物に対して抱く場合もあるらしい。無邪気で可愛いだとか、小さくて可愛いだとか、……それは、そう言った意味を持つ言葉であるはず、なのだが。

「……可愛いのか? これが……?」
「かわいいよ! ……そっか、あんまりデュフォーの好みじゃないのかな……?」
「イヤ……オレはイマイチ、そう言った感性はピンと来なくてな……」

 ──その日、と街を歩いている際に通りがかった雑貨店の前で足を止めた彼女に、「中を覗いていくか?」と問いかけると、こくこくと頷いて目を輝かせて、はアクセサリーが並べられたディスプレイを覗き込む。ビーズやガラスの髪飾りやブローチが照明によってきらきらと輝いて、店内のあちらこちらからの瞳の中に集約するように光が吸い込まれて、瞬きを繰り返すたびにその瞳は流星を降らせながら、きらめいている。そんな彼女を見ているだけでオレはどうにも飽きなくて、店の品物には然程興味も湧かないものの、が嬉しそうだとオレも、少しばかり楽しいような気がした。そうして、彼女の様子をしばらく眺めていると、いくつもの商品の中からがひとつの髪飾りを指差して、オレを見上げて問いかけてくる。桜色のリボンにスワロフスキーの刺繍が施されたバレッタをそうっと手に取って、「これ、かわいいよね?」と、彼女はオレに同意を求めてくるが、……オレはどうにも、その感性が腑に落ちず、の言葉に同意してやれなくて。……この髪飾りは、可愛い、という言葉の定義に当てはまるものなのか? と、……どうにも、彼女の言わんとする意味を理解は出来なかった。

「そっか……そろそろ出よっか」
「? 買わなくていいのか?」
「うん。……違ったみたいだし、これはいいの」
「……? そうか、お前がそう言うなら、もう行くか」
「……うん」

 ──あのバレッタを手に取って眺めているは何処か高揚した様子で、頬を少し赤らめて、きっと、彼女はそれが欲しいのだろうなと思った。だが、オレの言葉を聞くや否や幾らか肩を落として商品を棚に戻すに、オレは思わず首を傾げる。──に何かしてやりたくて、欲しいものがあれば買ってやろうと思ったからこそ、どれが好みなのかと言う“答え”を探して能力を用いたオレには、確かにはあの髪飾りを欲しがっていた、ということは分かっている。だからこそ、これが欲しい、と彼女の口から直接聞きたくて、リボンを手に取ったの話を聞いていたと言うのに。……なぜ、欲しいと手に取ったものを、彼女は手放したのか? オレにはそれが理解しがたく、……まあ、もしも購入を迷っているのなら、確保しておくに越したことはないだろう、と。

「……、ペンを買いたかったのを思い出した。この店に置いているか?」
「あ、うん。そっちにステーショナリーのコーナーがあるみたいだよ」
「ああ……これで良いか。少し会計をしてくるから、待っていてくれ」
「うん、気に入ったのがあって良かったね、デュフォー」
「……ああ」

 ──そう言って、適当に取って付けた口実でを誤魔化して、オレは密かに、が見ていたバレッタを購入したのだった。


「──ねえ! これかわいい! 見て見て!」
「……可愛い? この洋菓子がか……?」
「かわいいよね? このマカロン、色の取り合わせが水色とピンクで、すっごくかわいい!」
「……分からん、菓子に愛らしさは必要なのか……?」
「必要……かどうかは分からないけれど、見た目がきれいだとこれ食べたいなー! って思ったりもするし、そういうのはあるんじゃないかな……?」
「……その理屈で言えば、青は食欲減退色だが。何故青の色素を使うのか、何故それが好ましいのか、どうにも腑に落ちないな……」
「う、ううーん……そういうことじゃなくて……イヤ、確かにそれはそうなのかもしれないけれど……ちょっと違くって……!」

 それから暫くした頃に、またと外出していたオレは、彼女と共に喫茶店へと立ち寄っていた。店内のショーケースに並んだ焼き菓子を見て、可愛い、を連呼するを前に、オレはやはり首を傾げる。──あの日に購入した髪飾りは結局、未だにに渡さずにジャケットの内側にしまい込んだままになっており、オレはの言う「可愛い」を、相変わらずイマイチ理解しきれていない。……生き物だとか衣服、身に付けるものならまだしも、それは菓子に対して用いる表現なのか? と考え込むオレを見上げながらは少し困った顔をして、やがてショーケースから離れて、通された席にふたり腰掛けて注文を終えてからも、オレはどうしても腑に落ちずに、へと再度の説明を求めたのだった。

「正直に言う。……、お前の言う“可愛い”という表現がオレにはまるで分からない。……それは、どういう感情だ?」
「エ。……うーん、そうだなあ……そのままの意味だよ?」
「そのままと言うと……、対象を愛らしいと感じるだとか、心惹かれるだとか、そう言った感情か」
「そんな感じ、かな? 小さくて可愛いなとか、きらきら、ふわふわしてたりとか、手に取ってよく見てみたくなったり、手元に置いておきたくなったり……」
「……手元に?」
「あ、あとヤエとかも! ……私にとっては、“かわいい”、かなあ……かわいくって大切にしたくなるの、優しくしたくなるの、私はそういう風に感じるものを、かわいいな、って思って、そう言っているけれど……デュフォーにとっては妙な表現だったのかもね?」
「……イヤ……それは、要するに……」
「うん?」

 ──にそう言われて、ようやくオレは、気が付いた。……きらきらして、眩くて、壊れそうだから大切にしたくて、優しく触れてみたくなるもの。手元に置いて、傍に在って欲しいと願うもの。護りたいと思うもの、……ああ、そうか、お前の言う可愛い、と言う感情は、オレにとっても、身に覚えがあるものだった。

「……つまり、オレがに抱いている感情か」
「……エ!?」
「そう言うことだろう? なるほど……確かに、言葉の定義にも当て嵌まるな」
「イヤ、あの、そういうことじゃ……!?」
「? 違うのか? 現に、そのマカロン単体では理解できないが、それを頬張るは可愛いと、オレもそう思うが……」
「ああ、あの、えっと……そ、そういうことに、なるのかなあ……!?」
「そうだろう? ……ああ、これで確認すればいいのか」
「? デュフォー?」
「髪、……少し触れるぞ」
「え、あの……」

 ──話し込んでいるうちに運ばれてきていた注文の品、二人用のアフタヌーンティーセットのマカロンを頬張るは確かに愛らしく、ティーカップをソーサーに戻してから、オレは、懐に仕舞い込んでいた包みを取り出す。包装のリボンを解いて、かさり、と包み紙を広げるオレをは不思議そうに見つめていて、中から取り出したものを見定めた瞬間「! それって……!」と、──彼女の瞳はきらきらと眩いて、丸いガラス玉に星が降るそのさまにオレは、……何故だか、心臓の奥が締め付けられたような気がして。一度、席を立ち彼女の背後に回ると、のまとめ髪を手櫛で直してやりながら、ぱちり、と髪に留めたバレッタを鏡で見てみるように伝える。すると、は慌ててバッグから手鏡を取り出し、子供のようなはしゃぎようでにこにこと嬉しそうに笑うものだから、椅子に座り直しながらも、オレは思わず、彼女の微笑みに目を奪われてしまっていた。

「これ……! この間、私が欲しいと思ってたやつだ……! デュフォー、買っておいてくれたの!?」
「ああ……。欲しいように見えたが、何故買わないのかと不思議でな……ひとまず、確保だけはしておいたんだが、……あのとき、何故、買わなかったんだ? 金額も其処まで値が張る訳でもなかっただろう」
「うん……それは、そうなんだけどね……デュフォーに……」
「? オレがどうした?」
「……せっかくなら、デュフォーに可愛い、って思ってもらえるのが、ほしくて……」
「……オレに?」
「そ、そうなの……いっしょにお店に立ち寄れたから、どうせなら、と思ったのだけれどね? デュフォー、あんまり気に入ってないみたいだったから……」
「…………」
「あの、デュフォー? ……わ、私、気に障ること言っちゃった?」
「……可愛いな、
「……ハイ!?」
「可愛い、か……。……なるほど、が元から可愛いだけではなく、その髪飾りを着けていると、ますます可愛いように感じるな……そのバレッタはお前をよく引き立てている。そうか、これがお前の言う可愛いという感情か……」
「そ、そうなのかなあ……?」
「そうだろう? ……ああ、そうだな、オレはどうにも、世俗に疎いのだろうが……」
「? デュフォー?」
「……一度、を経由することで、理解の及ばない感情でも読解できることがあるようだ。今後もよろしく頼む、
「……うん、ありがとう、デュフォー……」
「? 例を言うのはオレの方だろう?」
「ふふ、これは髪飾りのお礼です!」
「そうか」

 ──が呪文のように唱える「可愛い」と言う言葉の意味は、一度読み解いてしまえばなかなかどうして単純で、……それは、オレがに向けている感情と、何ら変わりのないものだった。……ああ、そうか。つまり、オレがに向けているこの情動は、が彼女の身の回りにあるものに、彼女が大切に扱っているものに向けている柔らかな気持ちと、同質のもの、だったのか。……ならばきっと、この衝動は決して彼女を傷付けはしないのだろう、な。……これは決して、愛故の破壊衝動などではないのだろうと、オレはそっと胸を撫で下ろし、は首を傾げながらそんなオレを見つめている。髪に飾られたリボンは、雑貨店で見たときには他の髪飾りと大差がないように思えたと言うのに、の髪に留まっているだけで、輝きを増して色鮮やかに見えるのだから不思議なものだ。──こんなにも得難いと、手に入れたいと、供に在って欲しいと思い願ったのは、オレにとっては彼女だけだった。そんなに対して自分が傾けているものが、果たして、彼女を傷付けないと保証出来る感情なのかどうかすらも、……かつて、怒りと破壊しか知らなかったオレには、分からなくて。……だが、オレはこの想いに胸を張っていいのだと、ようやくそう思えたように思う。……オレは、憎さからを傷付けたい訳では無い。愛しさ故に、……可愛くて堪らない彼女を、守りたいと願っているのだ、オレは。この感情は、紛れもなく愛なのだと、そう理解できた。

 ──それから、を経由することで、理解の及ばない物事を読解できるらしい、と伝えてからというもの、「あのね、これはこういうことだよ!」「デュフォーだったら、こんな感じになるかなあ」と言いながら、は以前にも増して身振り手振りで懸命に、オレの問いに答えようとしてくれる。その度にオレは、真剣な表情のを可愛いなと思うし、それを正直に言葉に出すと彼女は照れて頬を赤く染めるものだから、ますます可愛かった。今までのオレならば、が「かわいい」と称するものに対して理解を示せずに「何処が可愛いんだ?」と突っぱねて彼女を落胆させてしまっていたが、オレはどうやらのことが可愛くて堪らないらしい、と自覚してからは、が手に持っているだけで何でも可愛く見える、というよりも何を持っていても、何を身に付けていても、何を食べていても、は大層に可愛いので、それもやはり、オレがそのまま伝えるとは、「何か食い違ってる気がするけれど、ありがとう……?」と言って目を泳がせるので、やはり彼女は可愛い。

「──これ、かわいい!」
「──、本当に可愛いもの好きだよなあ……」
「ふふ、だってかわいいもの! あ、私はデュフォーと高嶺くんもかわいいと思ってるよ?」
「……は?」
「イヤ……!? オレたちは何か違くないか!? なあデュフォー?」
「……? 可愛いのはだろ」
「こ、こいつ……しれっと言いやがって……!」

 それは可笑しいだろう、と。オレと清麿に対して可愛い、と彼女の放ったその言葉を一度は否定しようとして、──彼女にとっての、“可愛い”の言葉の定義を思い出して、オレは思わず頬が緩む。そうして、言おうとした言葉などは、するりと解けて消えてしまった。

「……可愛いな、
「……ありがと、デュフォー」

 どうしようもなく大切で、優しく触れたくなって、傍に居て欲しい、……そんな感情の幾許かが彼女からオレだけに注がれる日を願いながらも、は彼女にとってのきらきらしい宝物に囲まれているときが一番、きれいで、可愛いのだと。……そう気付いてから、世界は大きなセロファンで包み込んだように白く眩くて、一度は人間界を破壊しようとしておきながらオレは、……それらごと彼女を護れる存在になれたのならと、らしくもないことを願ってしまっている。けれど、はそんなオレを否定しない。……だからこそ、オレは彼女の傍でなら、正しく人間で在れるような気がしているのだった。 inserted by FC2 system


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