罪も許しも罰も救いもまぜこむクリーム

※数年後設定



「──あのね、デュフォー、何か欲しいものとかってある?」
「……オレの、欲しいもの……?」

 ──それは、クリスマスが近付いた冬のある日のこと。今年はデュフォーと恋人同士になってから初めてのクリスマスなので、例年よりもちゃんとしたプレゼントをあげたいな、と私は密かに考えていた。……けれど、そもそもデュフォーは現在拠点らしい場所といえば我が家くらいしか持たないような旅人の生活を続けているので、彼に贈り物をする、というのは少々悩むところでもある。普段はデュフォーに何か贈るとしたら消耗品だとか、旅先で使えそうな便利グッズだとか、あとは我が家に帰ってきたときに使う用のカトラリーや部屋着だとか、そういう実用的なものになってしまいがちだったけれど。今年はもう少し、特別な何か、を彼にあげたくて。……でもやっぱり、余計なものをあげて旅先で邪魔になったのでは私のエゴでしかないよなあ、と。それならば、下手にサプライズなんて考えるよりも、ちゃんとデュフォーから欲しいものを聞き出そうと思って。──その日の夜、デュフォーが電話をかけてきてくれたのをこれ幸いと、直接本人に聞いてみることにしたものの。

「……欲しいもの、と言われてもな……オレが一番欲しかったものは、既にお前から受け取っている」
「え、そうなの? 前にあげたプレゼント? どれのことだろ?」
「イヤ……どれも何も、からの愛だが……?」
「そ、……そういうのじゃなくってさあ……!」
「重要なことだろ? ……オレにとっては大切なものだ」
「そんなの、いくらでもあげるけど……そうじゃなくて、あのね、もうすぐクリスマスだから……」
「……ああ、そうか。もうそんな時期だったな……」
「うん……当日に会えなくても、今年はね、えっと……デュフォーと付き合ってはじめてのクリスマスだし……なにか、ちゃんとプレゼントしたくて……」
「無論、当日は会いに行くが、……そういうことなら、は何が欲しい? オレもお前に何か贈りたい、何でも構わないから好きなものを言え」

 昨年までも、清麿くんたちといっしょにクリスマスパーティーをすることはあったし、クリスマスから年末年始にかけてはデュフォーは毎年、私の家に帰ってきていたので、今年も多分そうなのだろうとは思ったけれど、……確認するまでもなく、当然のように彼がそのつもりでいてくれたらしいことに、ふわふわと心が浮付いて、くすぐったい。──私もデュフォーも、人間界には家族がいないから。共に過ごす相手もいないその期間に何気なく寄り添ってくれたデュフォーのことを、私のほうからも特別な存在として意識するようになったのは、必然だったのかもしれないと、この季節を迎えると尚更にそう思う。──そういうわけで、ともかく、無事に今年のクリスマスもデュフォーと共に過ごせることが確定したことには一旦安堵しつつも、彼から受けた質問を復唱するのだった。

「うーん……わたしの、欲しいもの、かあ……」
「何かしらあるだろ?」
「ううん……? なんだろう……? デュフォーからはいつも、色々貰ってるし……特には……」
「……能力を用いれば、の欲しいものもすぐに分かるが。……こういうのは、それでは意味がないんだろ?」
「うん……あ、そうだ……、あのね!」
「ああ」
「えっと……デュフォーとお揃いのものがなにか、欲しいな、って……」
「……オレと揃いのもの?」
「うん。……あの、ほんとはね、前から思ってたの、でも、旅先で邪魔になったらイヤだから……」
「……なるほど、そういうことか……」
「うん。……でも、デュフォーに選んでもらえれば、自分が持っていて邪魔なものは選ばないでしょ?」
「……それなら、の方でもオレと揃いのプレゼントを選んでくれないか?」
「エ? で、でも……」
「そもそもオレは、お前からの贈り物を邪魔に感じたりはしないが。……だが、そうだな、どうしても気になるのであれば……手のひらに収まる程度の大きさのもの、でどうだ?」
「ええと……その条件で、お互いにプレゼントを探して交換する、ってことで合ってる?」
「それで合っている、理解が早いな。……どうだ? オレとしても、と揃いの私物が欲しいという感情はあるし、そういったものは多いに越したことも無いだろ?」
「わ、わかった……! それじゃあ、お互いに用意して、交換しよっか!」
「……ああ、楽しみにしている」

 ──それから、クリスマスまでの数週間、デュフォーへのプレゼントのことをいつも頭の片隅で考えて、授業の終わった放課後にお店を見て回ったりしながら、吟味を重ねていたものの、……男女でペアのもの、って結構選ぶのむずかしいんだなあ……! と、考えれば考えるほどに、私は何が正解なのかがまるで分からなくなってしまって。──また色々考えたり、恵ちゃんに相談したりもして、最終的に私が選んだのは、レザーで誂えられたお花とうさぎのモチーフが付いたキーリングだった。──デュフォーとお揃いのものが何か欲しいなあ、と言う気持ちは以前から漠然と抱えていて、理由としては、毎日は会えなくても常にいっしょにいる気分になれるようなものがほしい、というのが動機だったから。デュフォーとお揃いのものと言うと、彼に合鍵を渡しているから、現状は我が家の鍵くらいしかなかったけれど、よく考えてみると、鍵なら毎日使うから。其処に付けられるものだったら、毎日目に入って嬉しいかなあ、と思ったのだ。──次はいつ会えるかな? って、鍵を取り出す度にあなたのことを思い出せるのは、何処かすてきだなあと、そう思う。
 キーリングは色違いで、デュフォーにはグレーのもの、私にはピンクのものを選んだ。──流石に、デュフォーに渡すには少し子供っぽいかな? 可愛すぎるかな? とも思ったけれど、「デュフォーさんはちゃんから貰うなら、そういうの気にしないんじゃない?」と恵ちゃんが言ってくれたから、これに決めることにしたのだった。……その際に、家の鍵しかお揃いのものがない、という旨を零したとき恵ちゃんの目が泳いでいたのは、少し気になったけれど。

 ──こうして、無事にデュフォーへのクリスマスプレゼントを購入して、あとは、イヴの当日にデュフォーが帰ってくるのでその日は自宅でふたりで過ごすから、当日に向けてご馳走の準備やメニューの考案を頑張りつつ、プレゼント選びの際には恵ちゃんに当日の服も選んでもらったから、おしゃれの準備もばっちりだ。翌日にはふたりでお出かけする予定だし、休暇中はしばらくデュフォーといっしょに居られるので、その間のことも考えて結構色々と服を買ってしまって、我ながら浮かれてるなあ、なんて苦笑する。
 ──さて、私の方はプレゼントを用意し終わった訳だけれど、デュフォーの方では何を選んでくれたのだろう? デュフォーが何をくれるのかは、正直に言ってまるで分からなかったものの、文房具とかじゃないかな? という想像が、実は少しだけ過ぎっていた。何故かというと、私が学校で使えて、デュフォーも旅先で使えるものだから、プレゼントは万年筆とかそういうものでもいいのかな? と、私も少し考えていたのだ。けれど、それではデュフォーと被るような気がしたのもあって、結局私は違うものを選んだ。
 ──そうして迎えたクリスマス・イヴの当日。ケーキはデュフォーが買ってきてくれるというので私はご馳走作りに専念して、今年はローストターキーにも挑戦して、準備万端で出迎えた私がおめかししているのを見るなり、デュフォーは可愛いと褒めてくれたし、ターキーも美味しく出来たし、買ってきてくれたケーキも美味しいし、──ふたりで過ごすその夜は、特に何事もなく、平穏なクリスマスだったものの。

「──、約束していたプレゼントだ。受け取ってくれるか」
「ありがとう……! これ、私からね」
「ああ。……開けても構わないか?」
「うん! 私も開けるね!」
「ああ」

 ディナーを終えた後で、デュフォーから小さな包みを受け取って、私も彼へのプレゼントを手渡す。リビングのソファーに並んで腰掛けながら一斉に包み紙をがさがさと開いて、なんだかこういうの楽しいね、……なんて笑っていられたのは、その瞬間まで、だった。

「……エ?」

 ──ラッピングを開くと、中には小さな箱が入っていて、……まるで、アクセサリーケースみたいなそれに、なんだか少し不安になりながらも、ぱかりと蓋を開けると、……やはりと言うべきか、中には品の良さそうな指輪と、それに色を合わせた華奢なチェーンが入っていた。──アレ、なんだかこれ、何処かで見た覚えがある、と。混乱した頭で今日のデュフォーとのやり取りを思い出して、──そうだ、彼が訪ねてきた際に玄関先で、「今日は随分と可愛い服装なんだな? 似合ってる」と、前髪にそっとキスを落とされて、すこし照れくさくて視線を彷徨わせていたら、そのときに、デュフォーが珍しく首元にネックレスをしているのが見えて。「デュフォーも珍しいの着けてる、かっこいいね」と言ったら満足げだった彼が、……この指輪と同じデザインのそれを、首から提げていたのを、私は確かに見ていたのだ。思わずばっ、と顔を上げて彼の首元を確認すると、やっぱりそれは記憶違いではなかったらしく、──私の手の中できらきらと輝いているそれとは対照的に、酷く子供っぽいキーリングを満足げに眺めるデュフォーに、──ぶわ、と思わず顔が熱くなってしまう。

「……キーリングか。丁度良いな、の家の鍵に着けておくか」
「……あの、デュフォー……? これって……」
「? 揃いのものが欲しいと言っただろ? ペアリングだが、学校には着けていけないだろうからな……ネックレスにすれば、制服の下に着けられるだろ?」
「えっと、あの……な、なんかごめんね……!」
「? 何を謝る必要がある?」
「だ、だって……! デュフォーはこんなに素敵なものをくれたのに、なんか、わたし、……子供みたいなプレゼント、選んじゃった……」

 ──恋人同士で揃いのものを、という意図以上に深い意味などはきっと含んではいないのだと、そうは分かっていても。……なんだか、一等特別なプレゼントに見えてしまうそれに対して、私は。……もうちょっと、デュフォーの好みだとか、何が嬉しいかだとか、考えてみたらよかったのに。てっきりデュフォーからも同じように、雑貨や日用品を贈られるものだとばかり思っていたとはいえ、それにしたって! ……さすがに、子供っぽすぎたのかもしれない、だとか。──いつもはあまり意識していないけれど、平然とペアのアクセサリーなんて贈ってくるあたり、デュフォーはやっぱり年上のおとこのひとなのだと今更ながらに実感して、……私って、彼に比べてかなり子供っぽいのでは? なんて、そんな風に思ってしまって、なんだかもう、情けないやら寂しいやらで、……ああもう、せっかくの日に、何で私って、いつも、こうなのかな。

「……このプレゼントが子供じみているかどうかは、……まあ、オレにはよく分からんが……」
「……?」
「だとしても、それでいいんじゃないか? ……寧ろ、以前のは子供らしくなさすぎたからな」
「……それは、そうなのかもしれないけれど……」
「お前がそれを気にしたとしても、オレは別に、そういうところも可愛いな、としか思わないしな……」
「……ほんとに?」
「ああ。……それよりも、の方こそオレのプレゼントに何も思わないのか?」
「? 素敵だなって……こんなの、ほんとに貰っていいのかな? とか、学校にも着けて行きたいけれど、やっぱり校則とか、だめなんじゃないかなあ、とか思ったりはしたけれど……」
「……ああ」
「でも、嬉しいよ……? デュフォーとお揃いだし、あなたにもよく似合ってるし……」
「オレも同じだ。……も同じキーリングを持ってるんだろ? お前のは桜色か?」
「そうなの! ふたりの本の色といっしょだったから、これがいい! と思って……」
「それなら、それが“答え”なんじゃないのか? ……お互いに嬉しいのなら、それでいいだろ」
「……そうかも?」
「そうだろ?」
「……うん、ありがとう、デュフォー……」

 デュフォーがこう言ってくれている以上は、これ以上私が気にしても、かえってデュフォーの気持ちを蔑ろにしてしまうことになる。だから、そう言ってくれるのなら素直に受け取ろうとは思う。だってデュフォーは、嘘が付けないひとだとよく知っているもの。──でも、てのひらできらきらひかるこれを、本当に受け取っても良いのかな? と、悩んで手に取れないままでいると、横から伸びてきたデュフォーの手が箱の中身を摘まみ上げ、チェーンへとリングを通して、「……後ろ髪、少し持ち上げてくれ」と掛けられた声に大人しく従うと、……デュフォーの手で、彼からのプレゼントが私の首元へと納められていた。それを満足げにじいっと見つめるデュフォーは少し目を細めて、「似合ってる」──って、本当に、嬉しそうな声色で囁くように零すものだから、このひとは、ほんとうにずるいよ。……だって、そんな顔をされたら、受け取らないなんて選択肢は、何処にもなくなってしまう。──或いはそれがデュフォーには予め分かっていて、もしも、彼のすべてが確信犯なのだとしても、きっと私は、デュフォーに勝てないのだろうと彼の瞳の温度に何度でも思い知らされてしまうのだ。

「……選ぶとき、恵ちゃんにも相談してね」
「……恵と選んだのか?」
「ううん、変じゃないかな? って相談したけれど、これに決めたのは私だよ」
「……そうか。……オレも、清麿には少し話したんだが……」
「そうなの?」
「ああ。……だが、揃いのアクセサリーを贈ろうと思う、と言ったら、重い、と言われた……」
「……もしかして、少し気にしてた?」
「…………」
「……ふふ、大丈夫だよ。重いなんて、思ってないから」
「そうか……が良いなら、気にする必要もないな」
「うん、あなたはそれでいいよ」
「ああ。……ありがとう、

 ──あなたとの色々なことで、私はこれからも自分の幼さだとか、あなたに比べて余裕がないことだとか、そういうことに悩み続けるのかもしれないけれど。その度にデュフォーは自分にないものを持っているのだと再確認して、あなたのそういうところを、やっぱり好きだなあ、と思うのだろうな、きっと。──それに、デュフォーが私に注いでくれている想いのひとつひとつを、決して“重い”なんて私は感じていないし、嫌だと思ったりもしていないけれど、彼自身には指摘されれば心当たりが浮かぶ程度には、その自覚もあるみたいだし、多少は気にしたりしているのかもしれないし。──気にしてないし、大丈夫だよ、好きにしてくれて良いんだよ、って。説得力を伴って伝えるためにも、デュフォーが容認してくれているそれについて、私もくよくよしすぎないようにしようと、そう思った。──クリスマス・イヴの今夜は、おうちでゆっくり過ごそうね、と予め約束していたけれど、明日はデュフォーが街をエスコートしてくれるつもりらしい。お揃い、どっちも着けて出かけるの楽しみだね、と私が言ったら、デュフォーはやっぱり私の大好きなあの微笑みで、──私のことがとっても大切なのだというやさしさに満ちた笑い方で、オレも楽しみだ、とそう言ってくれたから。……わたし、もう少しだけ、あなたの前では、子供で居ようかな。だって私、あなたがそれを許してくれることを、どうしようもなくしあわせだって、そう想ってしまうもの。 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system