いつまでもあどけない凍りを帯びていて

 ──再会することなど、二度とないものだとばかりと思っていた。自分の意志で、最早彼女を探すまいと決めたのは、身を焼く憎しみと怒りの劫火が、憧憬などを焼き尽くしてしまっていたからなのか、それとも、……オレは、無意識のうちに、を。オレにとって唯一の“ずっと変わらないもの”として仕舞い込んでおきたかったからなのか。もうこれ以上は無惨な現実を受け入れる余裕がオレの中に存在していなかったからなのか。……その答えは未だ、能力を持ってしても見つからない。

『──ホウ? 人間の方が戦うつもりか? 無謀だな』
『……違う! 私は話がしたいだけ! あなた! この子のパートナーでしょ!?』
『…………』
『私たちを狙うのには何か意味があるの!? 答えて!』

 そうして仕舞い込んでいた幾許かの穏やかな記憶は、ある時、唐突に封を解かれた。ゼオンが追っていた魔物のパートナーが、偶然にも、お前だったんだ。──偶然、などと。こんな風に言ったところで、きっと誰も信じないだろうな、だがオレも本当に知らなかった、それでも一目見た瞬間にすぐお前だと気付いた。本当は不安で仕方がないのに、オレに冷たい視線で射貫かれて怯えているはずなのに、きゅっと唇を結んで気丈に振舞う姿が、幼い頃のにそっくりだったから。ゼオンを前にして、すっかり戦意を失った己のパートナーを庇うように、オレから直接本を奪おうと無謀に突っ込んでくるお前と何度も目が合って、……オレは、その瞳の中に星が降る様を見て、どうにも。──この因果をここで断ち切るのは惜しいと、そう思ってしまったのだ。心が微かに震えることに些か困惑していたオレとは違い、こうして偶然再会しても、の方はオレがあの日に出会った相手なのだとは、まるで気付いてなさそうなことに関しても、どうしてかオレの中で幾らかの感情が揺らいでいた。もう長らく怒り以外の感情など、思い出せた試しがなかったというのに。俺の中には最早、復讐の焔しかないものだと、それ以外の心などとうに焼べられてしまったものだとばかり思っていたのに。オレは殆ど無意識のうちに、オレに背を向けて逃げ出す彼女の後姿に向かって、「……ゼオン、このまま奴らを見逃したい」「ホウ? ……デュフォーがそんなことを言い出すとは珍しいな……まあ良い」なんてことまで口にして。──今、思えば。オレが初めて、この地獄の銀世界で他の景色を見られたのは、と再会を果たしたあの日、だったのだろう。

 その後、ファウードでの戦いを経てとはそれきりになっていたが、クリア・ノートとの戦いに瀕してオレはガッシュ達にコーチ役として手を貸す運びになった。それもオレが自分の意志で決めたことで、オレは魔界のゼオンに死んで欲しくないからこそ、奴らに力を貸すことに決めている。──オレがそんな風に少し変わったことを、ゼオンにも教えたかった。ゼオンに、今のオレを見て欲しかったが、最早それは叶わないことだ。だから、ゼオンはオレの家族だったのだと気付かせてくれたガッシュ達に、オレに愛を与えてくれた彼らに協力する、という流れになった際に、……当然ながら、その輪の中にも居た。パートナーと共にオレのコーチングを受けるは、一対一で邂逅した際にもファウードの内部でもオレから手酷い目に遭っているにも関わらず、何ら気にしていない様子でオレの指導に耳を傾け、真剣に修行に取り組んでいる。……その姿を見ていたら、やはり彼女にはすべてを打ち明けようと思った。が覚えていなかったとしても、覚えていたとしても、あの日ファウードでオレがからも愛を受けたことも、再会したあの日に幾許かの光を見ていたことも、決して変え難い。だからこそ、からの返答は不問であったはずなのだが、……正直なところ、があの日の出会いをしっかりと覚えてたことには、ホッとしていたし、自分でもそんな自分の心の機微に驚いていた。あの日出会ったのがオレだとは、は言われるまで気付いていなかったようだが、……それに対しては些かの苛立ちを覚えたのは、何だったのだろうか。

 こうして、改めて再会を果たして、それからオレが清麿の家に暫く居候することに決まったのもあって、とは何度も顔を合わせていたし、この面子の中でオレが話していて楽なのは同じ能力を持つ清麿と、古い友人であるだったからこそ、何かと三人で居ることが多かったように思う。アンサートーカーの能力者ではないものの、は学校では清麿の次に成績が良いらしく、オレの話にもある程度までは付いてこられたので、作戦会議などの相談の場にもよく同席していた。クラスメイトの二人は学校も同じ時間に終わるので、放課後に二人で帰ってきた清麿とにオレが指導を施したり、花に頼まれた買出しのついでに学校まで二人を迎えに行ったことも、そのまま図書館や植物園で相談をしたこともあった。そうして、三人で過ごす時間が増えるようになってから、漠然と気付いたことがある。……清麿も、も。互いに接するときに時々恥じらいのような仕草を見せるときがある。何のタイミングなのかは不明だが、ときたびぎこちない素振りになることがあるのだ。オレにはそれがどうにも不可解で、二人は中学一年の頃から同じクラスだと言うし、今更畏まるほど遠慮する仲でも、不仲な訳でもないだろうに。

「……、何故お前は清麿にだけ妙な態度を取る? 何か意味があるのか?」

 一度、どうしてもその違和感が気になって、に直接聞いてみたことがある。清麿にも自宅に戻ってから同じことを聞いた試しがあるが、明確な答えが得られなかったため、から答えを得ようと考えたわけだったが。だが、オレの質問を受けたは、呆然と何を言われたのかが分からないというような顔をしてから、急に顔を赤らめて、開いていたノートで顔を覆うと、「なんでそんなこと聞くの……!?」「デュフォーのばか!」「へんなこといわないで!」などと、……不明瞭な言葉を重ねて黙り込んでしまい、同じくノートを開いていた清麿も顔を赤くして黙り込んでしまったのだ。

「……、先日の質問の続きだ」
「質問……? なんのこと?」
「何故、お前は清麿に妙な態度を取る? 気心の知れない仲でもないだろう」
「だ、だからもう……! どうしてそんなこと聞くの!? って言ったじゃない! もう、ほっといてよ!」

 どうやら、は清麿の前で件の質問を投げかけられたことに怒っていたらしいと考えたオレは、後日にとふたりで会っていた際に、再び同じ質問を問いかけてみる。しかし、はまた怒りだしてしまい、どうやらオレの質問の意図が理解できない、という様子だったので、オレは自分の真意をに打ち明けることにしたのだった。……それが、オレがこの質問をしつこく重ねている理由そのものだった。

「いや? オレがと接しているときの感覚に近いから気になっただけだ」
「は……」
「オレはお前のように顔や態度には出ないが。心拍数の上昇も一致している。それはどう言う感情だ? 未知の感情でサンプルもなく、答えが見えない」
「いや、あの……え? お、おなじ? ほんとうに?」
「ああ、間違いない。……オレは、お前に今更遠慮することなどないと考えている。唯一の旧知で古い友人だ」
「あ、ありがとう……?」
「だと言うのに。……お前を見ていると堪らない気持ちになることがある。これは、どういう感情なんだ? ……教えてくれ、
「……し、知らない! 私が聞きたいよ、そんなの……!」

 ならば答えを知っているだろうと思ったが、結局からは的確な返答を得られなかった。……知らない感情があると言うのは、それが己の内に渦巻いているというのは、どうにも収まりが悪いものだ。このぼんやりと光る雪を解かす熱の名に答えを得たとき、……オレは、お前との十年間の答え合わせをしようと思っている。 inserted by FC2 system


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