青褪めてざらざらの眼差し

※アニメ版設定。全体的に注意。



 は、幼少期に誘拐されたことがある。家の長女・が誘拐された当時、家には何者かが押し入った痕跡があり、現場となった自宅では長女を除く一家全員が殺害されていた。他に窃盗などの痕跡は見つからず、犯人は長女・の身柄が目的で押し入ったと考えられているが、数ヶ月後に発見された際に長女は誘拐時のショックからか救出される以前の記憶を失っていた上、発見現場は何故か日本・モチノキ町の自宅から遥かに離れたアメリカの某所であった。当時、警察は救出されたに犯人の特徴などを尋ねたが、記憶を失った幼い少女には上手く答えられず、また女児が一人で脱出できたとは思えず、脱出の際には何者かの手引きがあったと考えられるが、現在になっても真実は判明しておらず、は現在でも×歳までの記憶を有していない。

 ──それが、世間で報道されていたという人間の生い立ちで、それが原因で私はある日突然、他人から向けられるそんな好奇のまなざしに晒されることになった。守ってくれる両親は既におらずに、両親が残してくれた遺産のお陰で生活だけは出来たけれど、それからの私は只生きていただけ、というのが正直なところだったと思う。以前の自分がどんな風に生きていたのかも、周囲に何を願われたのかも、私は何も覚えていなくて、思えば私の生は植物のようだったのだろう。
 そんな日々が様変わりしたのは、私が魔物の子と出会ったからだ。
 魔物の子──パートナーと出会って、この世界とは別の世界、魔界の存在を打ち明けられて、元々、今の生活にも未練の薄かった私は彼女を助けることにして、……もしかすると、過去への贖罪のつもりだったのかもしれないし、私の中にもいくらかは“変わりたい”という気持ちがあったのかもしれなくて、──ともかく、そうして飛び込んだこの戦いの日々で、私はパートナーから掛け替えのないものを貰った。無邪気に笑うあの子の願いを叶えてあげたい、と。心からそう思うようになった頃には、私はクラスメイトの高嶺くんと共闘関係を結び、彼とも親しい仲になっていて。

の直感は、本当にすごいな」
「そ、そうかな……子供の頃からずっと、みんなに気味悪いって言われてたけど……」
「そんなことないですよ、お姉さん! ね、清麿?」
「ああ、いつも助けられてるよ。それはの才能だとオレは思うぜ? 人を助ける、優しい力じゃないか」

 高嶺くんやパートナーが何度も褒めてくれた“直感”というのは、私に備わった不思議な力のことだった。なぜだか私は昔から、時折未来予知めいたビジョンを見ることがあったり、手で触れなくともモノを動かせることがあったりして、……それは、本当に些細な程度のものだったから、私はそれもすべて偶然だと思っているけれど、この勘の鋭さが原因で、昔から私は周りに馴染めないことが多かった。生い立ちもあって、「ちゃんってなんか変だよ……」「ちゃんと遊ぶと変なことがおきるから、いっしょに遊びたくない」だとか、……嫌なことを言われたりされたりする原因になりがちだったこの力は、魔物の子の戦いの中で生まれて初めて役に立ってくれた。自分やパートナーだけじゃなく高嶺くんやガッシュ、恵さん、ティオ、サンビームさん、ウマゴン、フォルゴレさん、キャンチョメ……皆がくれた、たくさんのありがとうが、私に前を向かせてくれた。この戦いを通して私は、普通に笑っていられる場所を得たのかもしれないって、そう思えたのだ。

 ──ファウード内部で、あなたと再会するまでは。

「──、お前はまたオレから逃げるのか?」
「え……あ、あの、……あなた、ゼオンのパートナーでしょ? どうして、私の名前……」
「……まさか、記憶がないのか? ……そうか、謝れば、まだ許してやったのにな……」
「あ、あの、どういう意味……?」
「覚えていないなら思い出させてやる、……無理矢理に開いてでもな」
「、っ、うあ……!?」

 ファウード内部のコントロールルーム、この巨人の操作権限を奪取したゼオンとそのパートナー──目の前の少年に、何故かこの部屋に呼び寄せられた私とパートナーは、単独で彼らと対峙している。どう考えても分が悪いこの状況で、ぎゅっと本を握りしめた両手の力が、──少年が手のひらをかざした瞬間に、突然、ずるり、と抜けていくのを全身で感じた。それから追って、強烈な頭痛に見舞われて、──気付けば私は、知らない場所に彼とふたりで立っていたのだ。知らない場所で、脳に直接知らない景色が流れ込んでくる。「これ、は……?」状況を飲み込めないまま辺りを見渡して、──私は、視界の中に幼い女の子と少年の姿を見つけた。

「──、この通気口から外に逃げるんだ。お前がちゃんと逃げられたかどうか、僕がここで見張っておく」
「やだ、ひとりはやだよ、なんで? どうしてデュフォーもいっしょじゃないの……?」
「……此処はギリギリお前しか通れない、僕には無理だ。他の経路を探していたんじゃ、の体がもたない」
「でも、でも……」
「良いから逃げろ。……それで、外に出たら、助けを呼んできてくれ。そうすれば僕も助かる」
「うん……わかった、まっててねデュフォー。ぜったいにたすけをよんでくるからね……!」

 ──少女は、幼い日の私だった。幼い私が呼びかけた少年の名はデュフォー──事前にアポロから聞き及んでいたゼオンのパートナー、目の前の少年と同じ名前。記憶にない景色で記憶にない彼と記憶にないやり取りをしている、……まさか、これは、

「……私が、失くした記憶、なの……?」
「そうだ。……お前は昔、オレが囚われていた研究施設に攫われてきて、拉致監禁されていると、オレは出会った……」
「研究施設、って……?」
「サイキッカー。要するに超能力の才能がある人間を集めて、人体実験を行っている施設だった。……何人も、何十人も、同じ境遇の子供が殺されていった。オレは結果として生き残ったが……お前は誘拐されてから数ヶ月後には、度重なる過酷な実験で、既に長く持ちそうにはなかった……」
「……じゃあ、あなたが、私を逃がしてくれたの……?」
「ああ。を死なせたくなかった、お前はオレを人間扱いしてくれた唯一の人間だったからな……お前も、似たようなことを言っていた。この能力のせいでずっと周りに迫害されてきた、と」
「あ……」
「……オレの元に戻ってくると言ったのにな、忘れていたのか、。……こんなことなら、お前を逃がさなければよかった」

 滑るように周囲を流れていく記憶の断片、そのすべての中に私と彼が居て、──私には、この記憶を嘘だと叫んで彼を糾弾することが出来なかった。だって、記憶が消えてなくなってしまっていても、確かに心が覚えている。──デュフォーが語る言の葉も、彼が見せる記憶も、本物だという確証があった。……彼の言うことは本当だ、だって、私、……昔、彼が私に優しくしてくれたことを、確かに覚えている。誰からも気味悪がられた私を、はじめて認めてくれたのは高嶺くんでも、ガッシュでも、他の誰でもない。目の前にいる彼だ、──デュフォーがかつて、「の能力は、皆が言うほど悪い物じゃないよ、僕と同じだ」って、そう、言ってくれたから私、生まれて初めてそう思えたのだ。……ああ、ああ。そうだ、……思い出してしまった。どうして、わすれていたのだろう。いちばんたいせつなひとのこと、助けに戻ると約束したのに、外に出て一緒におひさまのしたを歩きたいと思っていたはずなのに、他でもない自分が、彼を見捨ててしまっていた、なんて、そんなこと。──デュフォーのことを忘れて、わたしだけ。パートナーに、高嶺くんに、ガッシュに、恵さんに、ティオに、サンビームさんに、ウマゴンに、フォルゴレさんに、キャンチョメに、水野さん、山中くん、クラスのみんな、先生たち、華さん、──私ばかりが、あたたかなひとたちの中で、幸福に過ごしてしまっていた、だなんて。──そんなつもりじゃなかっただとか、私にそんなことを言えるわけがなかった。──救出された当時の私は、誘拐・監禁時のショックで記憶が欠落してしまっていたのだと警察のひとは言っていたけれど、……そんなの、彼に対する言い訳にはならない。私がデュフォーとの約束を破って彼を酷く傷つけたことには、変わりがないのだ。

「……ご、めんなさい、デュフォー、わたし、わたし、あなたに……なんてことを……」

 私を助けてくれたあなたを忘れてごめんなさい。助けに戻るって言ったのに、約束を破ってごめんなさい。あなたを傷付けてごめんなさい。あなたを歪めてしまってごめんなさい。私だけ楽しく過ごしていてごめんなさい。私は、私は──。

「……もう、オレから逃げられると思うなよ、。……まあ、逃げ場なんてもう何処にも残らないけどな……」

 ──今、此処で。目の前の彼を斃さないと、世界が無くなってしまうのに。──それなのに、私の足は動かなくて、身体から力が抜けて、ぺたん、とその場に崩れ落ちる私の腕を掴んで立ち上がらせるデュフォーを前にして、──私の本は。光のすべてを、失ってしまっていた。……だめだよ。だって私には、このひとを攻撃できる理由がひとつもないもの。どんなに心の力を籠めようとしても、全然本が反応してくれないし、……もはや私の中に心の形が残っているのかも、怪しいもの。彼の言葉に、世界滅亡の危機に対して覚えた恐怖を捻じ伏せようとしたところで、理性がそのすべてを押し留めてしまう。……私には、あなたを攻撃できない。……だって、悪いのはすべて、わたしだもの。 inserted by FC2 system


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