どこかに行けるならもうここにはいないはず

※ゼオンが魔界の王になって、人間界がバッドエンドを迎えたif。後味悪い。



 ──無人で更地の地球と、暴れ回るファウード、止められたかもしれない魔物の子達はもう何処にもいなくて、既にかつての本の持ち主も、その何割が生き残っているというのだろう。

「……デュフォー、これ、どうしよう……」
「別に良いんじゃないか、もう誰も、地球が滅んでも困らないだろ」
「そ、っか……」
「ああ」
「……デュフォーは? 困ってない?」
「困らない」
「じゃあ、私もきっと困ってないね……」
「ああ」

 地面に飛び散ったたくさんの赤黒い染みは、ファウードに潰された人間たち、だったもの。──むかし、本気で世界平和を夢見ていた私は今や、その赤を見つめながらも、隣の銀が同じ色になってしまうことだけを必死に恐れているものだから、私はそんな自分を、……ああ、やっぱりもう私はわるいひとでしかないんだなあ、なんて、何処か残念に思った。


 ──デュフォーと再会してからすぐに、私とパートナーはゼオン・デュフォーのコンビとの共闘関係を結ぶ運びになった。……正直私は、その決断に思うところがいくつもあって、心から彼らに賛同できていた訳ではなかったけれど。……けれど、再会したデュフォー──私がかつて憧れて、ずっと目標にして生きてきた少年は、「人間の命なんて平等に無価値だ、オレは自分自身もいつ死んでも構わないと思って生きてる」……なんて、彼からだけは絶対に聞きたくなかったような言葉を、荒涼と吹くひとみでまっすぐに言い放つものだから、……わたし、それでもう、彼のことだけは絶対に放っておけなくなってしまった。只々、デュフォーがそんな考えでいることが悲しくて、怖くて、ほんとうは私、そんな心を改めて欲しかったから、傍に居ることにしたはずだったのに、なあ。デュフォーは私にとって、自分を助けてくれたひとだったから、大切なひと、だったから。デュフォーがそんな気持ちで日々を過ごしていることが私は悲しくて悲しくて、だったら私が彼を死なせないように守るだけだ、って。……私が行きついた結論が間違っていたことには、ファウードの内部、コンロトールルームから見える景色を前に、とっくに気付いていた。
 ──ファウード内部、そのモニタールームからは鮮明すぎるほどに、外の世界を見渡せてしまったから、──見たくないものまでもが、見えてしまったから。一面が赤く染まった青い星の知らない景色を見て、少しだけ楽しそうに口角を緩めるデュフォーの横顔を見てしまったときに、──やっぱり私が間違ってたと、……私はそう、思い知って。けれど、その頃にはもう、すべてがどうにもならなくなってしまっていた。どうしよう、と思いながらも、どうにかする手立てはなにもかも失われてしまっていたし、その手伝いを私がしていたのだから救えない。彼らがファウードで世界を壊すことに同意していたのは自分の意志、だった癖に。それなのに私、……高嶺くんと再会したときに、動揺してしまった。彼がファウードで死にかけたことを知って、全身の血の気が引いた。本当は誰も死なせたくなかったなんて、私が言えた言葉ではないから必死で飲み込んで、けれど、……高嶺くんを、かつての友人を、クラスメイトひとりを失うだけでこんなに心が痛くてたまらないのに、わたし、ほんとうに、これから、……この人間界のすべてを、彼と壊すの? 壊せるの? 正気で、やれるの? って、……そう、怖くなって、ぞっとして。「どうしてだ、!? 助けてって言ってくれよ! オレがきっと、お前のこと助けてやるから!」──赤い本が燃えた後になっても、喉が潰れそうなほどに強く、そう叫んで泣いていた高嶺くんを前に、──遂に、私の心は壊れてしまったらしい。

 最早、ゼオンが魔界の王になる事実は揺ぎ無い。……じゃあもう、私は此処で降りてもいいよね? と、ぽっきり折れた心は衝動を止められずに、私は自死を計り、──けれど、気付いたときにはファウードの培養液の中に沈んでいた。ぷは、と空気を吸い込んで起き上がると、傍らには泣き出してしまいそうな顔をしたデュフォーが立っていて。

「──どうして、命を絶とうとした?」
「……お願い、デュフォー……」
「…………」
「私を、死なせて……もう耐えられない、お願いだから殺して……」
「……駄目だ」
「なんで、どうして……! デュフォーは、人間なんていつ死んでも構わないって……!」
「……は死ななくていい。お前は取るに足らない人間とは違う」
「そんな、わけが……」
「ゆっくり休んでくれ。……もうふたりきりなんだ、が居ないと退屈で敵わないからな……」

 ファウードの体内で操作権を握ってさえいれば、無事で居られるから、と。ゼオンからコントロールキーを託されたデュフォーは、世界滅亡までの残り時間で、すべての権限をその手中に握っている。──そうだ、デュフォーは今や誰だって殺せるし、なんだって壊せる。ファウードの体内魔物や、ゼオンが彼のために残した使い魔もいるから、今のデュフォーが私を殺すことなんて、本当に造作もないはずなのだ。外に出られないと言うだけで、デュフォーには何だって出来る。……広い世界を見て回り、知らない景色を目にする、という。彼が一番したかったはずのことが二度と叶わなくなったことに今更気付いたら、デュフォーはどうするのだろう、だとか。自分で自分の本を焼くことは出来ないから、私の本は最後にゼオンとデュフォーの手で焼かれてしまったけれど、あの子、大丈夫かな、……私が心に傷を残してしまうことに、なっていないといいな、だとか。「……ザケル」と、私の本に向かってデュフォーが呪文を唱えた瞬間、分かっていたのに、覚悟していたのに、……最後に残っていた何かを失ってしまった感覚が、私にはあった。もう後戻りは本当にできないし、……此処から先は、バッドエンドに向かって精々延命するくらいしか抵抗は許されないのだと、そう気付いた瞬間、……もう、本当に耐えられなくなってしまったのだ、私。

 殺してほしい、と言って泣いて縋っても、デュフォーは私を殺してくれない。自殺を図ってはファウードの栄養液に放り込まれて、簡単に蘇生させられる。生きているのか死んでいるのかさえ、もう自分では分からなくなりながらも、もう生きていられないよと泣きじゃくっては、同じことを繰り返してしまうけれど。デュフォーもその度に「お前は死ぬな」と言って、執念深く私を叩き起こすのだった。……あなた、人間なんていつ死のうが同じだと、そう言っていたのに。どうして? ……どうして、あなたにも死なせたくない相手がいたことに、今気付いてしまったのだろうね、デュフォー。どうして、……それが私みたいに、悍ましい人間だったのだろうね? ……もしも、私がもっと、日向のようなひとだったなら、もっと早くに、……ちゃんと、あなたを掬い上げられたかもしれないのに、なあ。

『──お姉さん! ずうっと、魔界で待ってますから! だってお姉さんは家族だから! ぜったいに、デュフォーといっしょに魔界に来てください、それで、みんなでいっしょに暮らしましょうね!』
『……うん、デュフォーといっしょに、魔界に行く方法を探すね。……きっと、待っててね』

 ──わたし、あのこにも最後に、酷い嘘を吐いてしまった、なあ。ファウードの転送装置は既に破壊されてしまったし、そもそも、人間界を滅ぼすことに加担してしまった時点で、私にもとっくの昔から死ぬ覚悟くらいは出来ていた。自分が魔界に落ち延びる結末など、私には許せなくて、……だって、これは絶対に悪いことだと分かっていたのに、私はゼオンとデュフォーに逆らわずに、進言もせずに、彼らの考えに従ってしまったのに。それは、保身だなんて可愛いものじゃなくて、私には最早、パートナーのあの子とゼオンと、──それからデュフォーを護る為なら、なんだってしてしまえるだけの狂気が宿ってしまっていたという、只のそれだけだったのだ。この世界と彼らとを天秤にかけてしまった私には、ヒーローなど到底、荷が重かった。
 ──でも、そうして必死で守り切った後に残っていたのは、これだ。
 滅びた世界に自分達二人だけが残り、他のすべてが真っ赤に染まって荒れ果てた景色。ペンキをぶちまけたかのような、シンプルで残酷な只のそれだけだった。私もデュフォーも、もっとうつくしい、強く光を放つ雷鳴の赤を見たことがある。こんな色彩では、きっと彼の心は満ちないだろう。案の定、ファウードが世界を破滅へと導く時間を過ごす中で、デュフォーの表情には次第に楽しそうな笑みが浮かぶこともなくなっていた。只々終わりを待つ地獄の日々には、どうあれ、最早終末しか待ってないと分かってしまったからこそ、私は死のうとして。……けれど、それすらも何度か繰り返すうちに、気付いてしまった。……ああ、多分、きっと。私が死んだら、デュフォーも死んでしまうのだろうな、って。だって、今の彼は、私を生き返らせるためだけに生きているようなものだったから。私が二度と目を覚まさなかったのならその瞬間に、今度こそデュフォーの中で、生きることへの未練がなくなってしまうように思えて仕方がない。……それは、だめだ。けれど、駄目だと分かったところで、私に何が出来ると言うのだろう? 光も碌に知らない私では、デュフォーの中に広がる冷ややかな暗がりを直視したところで、そこから彼を引き上げようと試みたところで、私では彼に光指す方向を示すことは叶わない。結局私には、デュフォーと共に落ちるところまで落ちることしか、出来やしないのだ。

「……ヤエは魔界で待ってるって言ってくれた、家族だから、魔界で一緒に暮らそうって……」
は魔界に行きたいのか?」
「ううん、私にそんな資格はないから……」
「……オレからすれば、お前は十分すぎるほど苦しんだと思うが? 現に、お前は人間界を憎んでいたわけでも無い」
「それでも……こんなんじゃ、足りないくらいだよ」
「そうか」
「うん」
「まあ……魔界に行く手段など、現状の人間界の技術レベルでは不可能だ。文明も尽くが破壊されたしな……その答えは最初から出ていた。オレとは既に八方塞がりでしかない」
「……それ、ゼオンには言わなかったんだね」
「ゼオンもいずれ分かる、魔王になるゼオンに今告げる必要もないだろう」
「デュフォー、それは……」
「どうした、

 ──口に出そうとして、一瞬詰まって。だって、そんなこと、そんなにも大切なことに、今更気付いても、彼の苦しみが増すばかりじゃないかと、そう思って。……でも、ちゃんと知っていて欲しいと、思ってしまったの、私。本当に、ひどいね、私。あなたのこと、いつもいつも傷付けてばかりだった。あなたはこんなにも、私を助けてくれていたのにね。

「……あなたは、ゼオンの王道に悔いを残したくなかったから、ほんとうのことを教えなかったんじゃないのかな……」
「……そういうものか?」
「うん……私がそうだったらいいな、と思うだけかも、しれないけれど……」
「そうか……もしもそうなら、オレも死ぬ前に何かを得られたのかもな……」
「そ、だね……」
「……まあ、答え合わせは最早、叶わないが」

 ──結局、私はあなたの心に灯を点すことも、あなたを春へと導くことも出来ずに、諦めて世界を捨てることも、あなたのイヴになることも出来なかった。只々、此処は寒いね、と言って、あなたの隣にいただけで。ふたりぼっちの惑星とわたしと、先に燃え落ちるのは一体どちらなのだろうか。……ああ、そうか。僕らは、大人になれなかったんだね。



「──お姉さん、いつ魔界に来てくれるんでしょう? デュフォーがきっと、魔界に来る方法を見つけてくれますよね?」
「……さあな、オレは知らん」

 ──魔界の王に即位して、しばらくの時が流れてから、オレは気付いてしまったことがある。──どうやらオレは、デュフォーには生きていて欲しかったらしいのだ。自覚できなかった当時は、深く考えずにあいつの望む通りに人間界へと置いてきてしまったが、……今では、心の何処かでその事実への後悔を覚えていて、その想いは己の修羅で誤魔化そうとしている。……その後の結末に関しては、薄っすらと察していた。はっきりと理解していたわけではないが、それでも。……あの後、デュフォーとがどうなったのか、などと。多少考えればオレには理解できることだ。……尤も、こいつはその限りではないらしかったが。

『──ゼオン、お願いがあるの』
『なんだ、
『あなたが魔界に帰って、王になってから……もしも結末に思い至っても、あの子には何も話さないでほしいの』
『……? 何を言いたいのかは分からんが、オレが得た答えを奴に伝えなければ満足なのか?』
『そう』
『よかろう、その程度であれば、ここまでの報酬として叶えてやる』
『ありがとうゼオン……よかった、これで安心できる……」

 ──あのとき、に何を言われたのかを。数年が過ぎた今でも、魔界を訪ねて来ないデュフォーとに、……ああ、そうか、と。そう、気付いたときに、オレはようやくすべてを理解する。……あの女は、きっと端から死ぬまでデュフォーと共に在るつもりで。パートナーにだけは、自分が死ぬことを知られたくなかったのか、と。……ああ、そうだな。もしもオレにそれが分かっていたのなら、取り零してはいけなかったし、捨て置かなかったことだろう。この先の千年、魔界を収めるこのオレの王道に、……後悔が残るなどと、あってはいけないことだった。 inserted by FC2 system


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