野に晒された雨と傷

※暴力を示唆する表現があります。エドは何もしていません。



 僕とは幼い頃からの幼馴染で、元々は互いの父親同士が友人関係だったことで始まった付き合いだった。
 父たちは共に、I2社へと勤めるカードデザイナーで、幼い頃はよくと二人でI2社まで父たちに着いて行き、仕事の様子を見学させて貰ったりしていたっけ。
 ──あの頃、まだ子供だった僕らには、父たちが何をしているのかもよく分かっていなかったのだろうけれど、一枚の紙に命を吹き込んでデュエルモンスターズを作り出す父たちの仕事を、僕らなりに誇らしく思っていたし、二人が仕事をしている様子を眺めながら、とふたりでひそひそと話をするのが僕は大好きだったのだ。

「──おとうさんたち、たのしそうだね」
「うん。……は? たのしい?」
「うん! エドとおはなしするの、だいすき!」
「……そっか! ぼくもだよ!」

 と僕とは別段に気が合った訳では無かったかもしれないけれど、それでも、自分の父とその仕事を誇りに思っていると言う一点が僕と彼女は同じだったから、──いや、それだけじゃない。……いつしか僕は、彼女に対してきっと特別な情を抱いてもいたからこそ、僕はと話すのが楽しかったんだ。
 ──あの事件が起きた折には、の父も僕の父と同様に、“あのときの犯人”に殺されてしまったけれど、──だからこそ、共に突然大切なひとを失った僕たちは、それからずっと、寄り添い合って生きてきた。
 やがて、僕たちはDDと出会い彼に導かれて、僕はプロデュエリストとなり、はDDのマネージャーになったけれど、歩む道が多少違ったとしても、僕は変わらずにのことを気にかけていたし、なるべく小まめに連絡を取ったり、彼女の元に顔を出すようにと心がけていた。

 ──きっと、は僕にとって、初恋の相手だったのだろう。
 僕は彼女のことが心から大切で、父たちの分まで僕が彼女を守ってあげようと、──僕が、彼女にとってのヒーローになりたいと、独りよがりな考えかもしれないが、僕はずっとそんな風に考えて、僕なりに手を尽くしてきた、──そのつもり、だった。
 ──どうして、気付かなかったんだろう。
 僕と彼女の些細な日常を壊す“犯人”が、誰よりも一番近くに居るとは考えもせずに、──何故、僕は、DDのことを信じ切って、これっぽっちも疑いさえしなかったのだろう。
 きっと、目を凝らして見つめてみれば、兆候が何処かに転がっていたはずなのだ、……でも、僕はそれに気付けなかった。

 ──破滅の光を制御しきれなくなったDDは、数年前から僕の知らない場所ではずっと、に暴力を振るっていて、──彼女は、DDに救われて彼のマネージャーという立場に置かれているが故に、それを誰にも言い出せずに、ひとりで必死に耐えていたのだということを、僕は知らなかった、──僕は、気付いて、あげられなかった。
 ──きっと、真相に気付いてを救い上げられるヒーローが現れるとしたら、それは僕しか居なかった筈なのに。
 ……彼女だって、それを願ってくれていたかも、しれないのに。

「──、その……傷は痛むか……?」
「ううん、平気……」
「…………」
「……エド?」
「……僕の前でまで、気丈で居ようとしなくて良い……尤も、気付いてあげられなかった僕に言われても、嬉しくはないだろうけどね……」
「ううん……そんなことないよ」
「……本当に?」
「うん……あのね、本当はね……」
「……ああ」
「……やっぱり、まだ痛い、なあ……あのひと、私のこと、たくさん叩いたから……」
「……そう、か……」
「うん……ごめんね、エドに教えられなかったのはね、隠したかったわけじゃないの……」
「……分かっている、分かっているさ、……」

 DDの船からを助け出したあの夜、彼女を連れてデュエルアカデミアへと向かった先で、破滅の光の件でまた色々とあった訳だけれど、──あれから暫く経った現在、DDから解放されたは、尚もアカデミアで静養の日々を送っている。
 今までずっと、DDはに手を挙げながらも、あいつは服の下に隠れるような箇所ばかりを殴っていたらしく、僕は今までに一度だっての傷など見たことはなかったと言うのに、──入院用の薄手な部屋着に身を纏うは、手足に幾つも痣を残しているのが良く見えるようになったものだから、……つくづく、僕の目は節穴だったのだとそう思い知っている。
 水の膜が揺れる瞳で必死に堪えながら、は今まで僕へと言えずに居たことを少しずつ漏らすように、「エドにね、相談しようと思ったことはあったの、でも、迷惑を掛けたくなくて……」「DDも、憧れの世界チャンプがそんなことをしてるって知ったら、みんな悲しむと思ったから……」「だからね、私が我慢、しようと思ったの……」──そう零す合間にも、腹を、手足を、思い出したように擦ったり庇ったりする所作のひとつひとつに、の心身に残った傷の大きさを痛感する。
 ──僕は、君のことを守ってあげられなかった。
 そんな僕に、一体これから何が出来るのだろう。──何をしてあげれば、君は昔みたいに笑ってくれるように、なるのだろうか。


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