永久機関の砂時計

※DDから夢主への性的暴行を示唆する表現があります。未遂です。


 エドは私にとって、初恋の男の子だった。
 幼い頃、I2社へと務めるカードデザイナーだった父に連れられて出会った、父の友人の子供、私と同い年の男の子。
 それが、私にとってのエド・フェニックスであり、私たちは互いに父の影響で幼い頃からデュエルモンスターズが好きだったから、彼とはよくデュエルで対戦したりカードや父たちのことを話したりと、何度も遊び相手になって貰っていた。
 子供の頃からエドはとてもデュエルが強くて、私では彼の対戦相手としてはきっと実力不足だったんじゃないかと、今にして思えばそう考えたりもするけれど、当時からエドはそれについても私に不満を漏らしたりすることは一度も無くて、「今のデュエルは、このカードを使っていればが勝っていたかもしれないな」──なんて言って、私の拙い戦術を馬鹿にすることもなく、エドはいつでも優しく、私にデュエルを教えてくれたっけ。
 
 そんな彼は、彼自身が使っているデッキの影響もあってか、私の中ではずっと、ヒーローのような存在だった。
 父たちの他界から暫く経った頃、やがてプロ決闘者としての頭角を現した彼は、デュエルフィールドの上で正しくヒーローのよう燦然と輝いていて──同い年、似た境遇で育ったものの、DDのマネージャーと言う裏方に甘んじていた私では、きっと彼のヒロインになることは出来ないのだろうということだってちゃんと分かっていたし、……私だってその程度は、弁えているつもりだったけれど。
 それでも、──ずっとずっと、私の目には彼だけが、まるで王子様か何かのように映ってしまっている。
 初恋の頃などとうに過ぎ去っても、私は彼のように変わることが出来ずに、エドのことを好きなだけで、只の子供のままだった。

 ──そして、そんなエドは、やっぱり今回もDDの支配下から私を救い出してくれた。
 数年に渡り、DDに暴力支配を受け続けていたことを、私は終ぞエドに相談できなかったから、発見が遅れたことをエドは自分の責任のように思い込んでしまったらしいものの、──本当に、彼は何も悪くないのだ。
 元はと言えば、DDの狂気を目の当たりにしても尚、彼が父たちを殺した犯人だと気付けなかったのは私の落ち度だし、愚鈍な私は、世界チャンプとしての苦悩がDDをそうさせるのだとばかり思って、私に手を挙げることでDDの気が収まるのなら、それで、──などと楽観的に構えて、彼の暴行を受け入れていたのだって結局は私の判断なのだから、全ては私が悪かったのだろう。……それに、寧ろエドは一度ならず二度までも、私の窮地を救ってくれたことがあるくらいで。

「──、服を脱いで其処に座れ」
「……え……あ、あの……DD、それはどうして……」
「んなもん、言われなくても、もうお前にもそのくらいは分かるだろうが!? ──早くしろ、愚図が!」
「!? やだっ……や、やめてください、──いや! 助けて……!」

 ──あれは、DDが炎に飲まれる一年ほど前のこと。私が十六歳になるよりも少し前に、DDの屋敷でいつも通り業務に順じていたところ、──突然、DDから服を脱ぐようにと命じられたことがあった。
 服を脱いでソファに上がり、其処で足を開け、と。──そう命じられた言葉の意味が、理由が、多少は理解出来る歳の頃になった私は、……どうやらDDにとって、単純な暴力の捌け口だけではなくなってしまったようで、──でも、殴られるだけなら必死で我慢できたけれど、それだけはどうしても嫌で、どうにか抵抗を試みたものの、大人の男性であるDDには力で勝てる訳もなく、……第一、今までだってそうだったからこそ私は諦めていたのだし、──結局は今回も、諦めて心を殺し、DDに従うしかないのだろうかとそう思って泣き喚いていたそのとき、──突然、張り詰めた空間を裂くように、訪問者を知らせるインターホンが鳴り響いたのだった。

「──DD! お久しぶりです!」
「エド……? ……急にどうしたんだ?」
「偶然、近くを通りかかったんです。この後はもうオフなので、DDとの顔を見ていきたいと思って……もしかして、取り込み中でしたか?」
「いや……そんなことはないとも。もエドに会いたがっていたところだ、……なあ、?」
「は、はい……」
「それなら良かった! 、ケーキを買ってきたんだ。君の好きなパティスリーのものだから、三人で食べよう」
「……うん、ありがとう……エド……」

 ──あのとき、エドが屋敷を訪ねてきたのは、本当に只の偶然だったのだろう。
 けれど、彼の来訪はどうやらDDの気分に水を差したようで、そのときは結局未遂に終わり、──その後も、興を削がれたらしいDDは、結局それ以来、私に性的な暴行を加えてくることは、二度となかった。
 ──あの日、もしもエドが尋ねてきてくれなければどうなっていたことか、今でも考えるだけで手の震えが止まらなくなって、吐きそうになる。
 DDの手で乱暴に組み敷かれながら私は、──助けて、と思わずエドの名前を呼びそうになって、──けれど、エドの名前を出したらDDの矛先が今度は彼の方を向くかもしれない、……そうなれば、DDを恩人だと信じているエドの希望を砕くことに繋がってしまうかもしれない、エドを傷付けてしまうかも、彼に迷惑を掛けてしまうかもしれないとそう思ったから、「助けて、エド」と彼を呼ぶ声だって必死で飲み込んだのに、──それでも、エドはあのとき、私の元に来てくれたんだもの。
 如何にそれが只の偶然に過ぎないのだと理解できていたとしても、──それでも、私はあの出来事を運命だと、どうしたってそう思いたくなってしまうし、故にこそエドは、今でも変わらずに私のヒーローなのだ。
 
 ──でも、エドにはあの日、私が彼に助けられていたことだけは、……やっぱり、今でも言い出せずにいる。
 もしかすると、私がこのことを彼に打ち明けたなら、私を救えなかったと思っているエドの心の痛みを少しは取り除けるのかもしれないとそう思いはするけれど、──でも、言えないよ。……こんなこと、片想い相手の彼には絶対に、言えない。
 ……彼の知らない場所で、私が誰かに、──DDに、強姦されそうになったことがあっただなんて、……殴られていたと言うその事実だけでも、痣だらけの手足はこんなにも気味が悪いのに、……もしも、それを打ち明けることでエドに軽蔑されてしまったらと思うと、怖いの。
 未遂に終わったのだと信じて貰えなかったなら、──私はDDに穢された後なのだと、そうエドが思い込んでしまったなら、……彼に、嫌われてしまうかもしれないって、──そんなことばかり考えては、今日もまた真相を打ち明けられずに居る私は酷く利己的で醜いから、──やっぱり、彼のようなヒーローには相応しくないし、彼のヒロインにはなれないのだろう。


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