絶え間なく抱えきれない花束は

 作戦会議、なんて言っても、もう、ここからどうすりゃいいんだよ。

 ヨコハマから、電車でシンジュクまで、そして最寄りから自宅まで、恐らく、徒歩かタクシーで。一二三に連れられて、どうにか戻ってきたのだとは思うが、まるで、全然、何処をどう通って、どうやって帰ってきたのかの、記憶がない。あのとき、あの瞬間、───ヨコハマ・ディビジョン、ランドマークタワー前で、と入間さんが笑い合っているのを、見たところから、ぷっつりと、今に至るまで、───記憶がぐちゃぐちゃで、完全に、何もかもが不確かだと言うのに。あの瞬間、あの場面だけが、まるで写真の枠で切り取ったように、記憶がやたらと鮮明で。ああ、もう、こんなの、飲まなきゃやってられるかよ、いや、飲んだところで全然、酔えないし、只々具合悪くなってきただけだし、う、おえ……。

「おーい、どっぽー、あんま飲みすぎんなよ?」
「別に、全然酔ってないし……」
「飲んだって解決しないしさ、ほら、オムライス作ったから食べな? 落ち着いて考えよーぜ?」
「……おむらいす……」

 いつの間にか、リビングのテーブルの上に並んでいた、ビールの空き缶を片付けてから、ことり、と。黄色いオムライスの乗った皿を、一二三が俺の目の前に置いて。ふわり、と香るやさしいにおいに、なんか、もう、色々思い出してしまって、本当に泣きそうだった。

「……う゛〜〜……」
「ど、独歩? どした?」
「……おれ、さあ、オムライス、好きじゃん?」
「お、おう。知ってるけど」
「……、オムライス、得意で……」
「あーそういや、前に俺っちもそれ、ちゃんに聞いたかも」
「何回かさ、弁当に持ってきてるの、ちょっと分けてもらったりさ、……俺の分も、弁当作ってきてくれたこと、あったんだよな……」
「うん、よかったじゃん」
「うん……新人の頃とか、だし、今はもう、外回り多くて、もあんまり弁当持ってこないから、昔の話なんだけど……」
「うんうん」
「……いつか、さあ」
「うん」
「できたてのやつ、俺んちとかで、作って貰える仲になれるかなあ、って、……俺、頭の何処かでずっと、そう思ってたんだよ……」
「うんうん、そうなるといいよな」
「……でもさぁ!? もう、入間さんは作って貰ったのかなぁ!? 貰ってるよなぁ!? あ゛〜〜! 俺はもうだめだ!!」

 ───どうして、こんなにだらだらと、まだ大丈夫、なんて、思い続けて。ずるずる、引き伸ばして、きてしまったのだろう。そりゃ、もっと早く、行動を起こしていたら、結果は何か違っていたのか? なんて、そんなたらればの話は、誰にも分からないし、分かるはずもないんだけど、さあ。ちゃんと伝えていたところで、バッサリと振られていただけかも、って、そうも、思うけど。

「……ックソ」
「ど、どっぽ……」
「このまま、あの汚職野郎なんかに持ってかれんのかよ? 俺は……」

 男としてとか、将来性とか、そういうものでは絶対に負けてるし、俺は、あの人みたいに器用じゃないし、スマートでもないし、ぶっちゃけ正直、ルックスとかも、並んでる姿も、お似合いだと、思ったけど、───そういうさ、好条件、高物件、みたいな人が相手でも、全然、何も、全く。納得なんか出来ないし、じゃあいいや、諦めます、なんて、ぜんっぜん、言えないじゃねーか、結局、俺は。滅茶苦茶に諦め悪いし、ほんと、マジで洒落にならんよな、こんな状況になって、しみじみ痛感するの、ほんとに、やめてほしいんだけど、さあ。

「……絶対、俺が一番好きだよぉ……」
「……どっぽ」
「どんなに頑張っても、俺なんかじゃ、を幸せにとかさあ、出来ないかも、あげられるものだって、俺にはそんなに色々ないけど、さあ、でも、俺に出来ることならなんでも、出来ないことでも、ちゃんと、頑張るし、……のこと、一番好きなの、絶対俺だって……マジで、本当に大好きだもん、それだけは、断言できるからさぁ……」

 頑張って、ちゃんと、隣に立つ理由が欲しいよ、手に入れたいんだよ。同期だから、会社に行けば会えるから、じゃなくて。只、俺が俺だから、と一緒に居るんだって、そう、言えるようになりたい、って。そう、思ってから、考えてたんだ。最近は仕事も、頑張ってさ、少しずつ業績とかも上がってきて、仕事面でもさ、矢面に立って、エースとして奔走するの負担、少しでも減らせるようになってるかな、って。そう思って、頑張ってさ。
 でも、色々頑張っても、俺が直接、に何かしてやれることって、何かあるのかな、俺にできることなんて、そんなに色々あるのかな、って考えて、さ。やっぱり、そんなに沢山は、思い浮かばなくて。
 ――でも、俺は、が別に、俺に何をしてくれなくても、何を言ってくれなくとも、彼女が隣に居て、笑ってくれていたら、それだけで嬉しくて、満たされて、頑張ろう、って思えたから、――だから、俺も、にとって、そういう存在になりたいって、思ってさ。そのために、できることを、また考えてたら、俺が自信を持って、言えるのってさ、───を、好きだって事実。それ自体、でしかないんだよな、結局。

 だからなんだ、それがなんだ、って話なんだけどさ。

 俺は、さ。のことを、他の誰よりも一番、彼女を好きな自信だけは確かに在る、って、そう思えたときに、───本当に、嬉しくて、誇らしかったんだ。を思い続けた六年間の、この気持ち自体が、俺をギリギリの所で支えてくれていたのだと、そう、今更ようやく、気付けたから。
 ───だから、好きでいること自体が、俺の宝物だと言えるなら、もう、それだけでも、いいのかな、って、そうも思ったけどさ、───やっぱり全然、そんなことはなくてさ。

「───絶対、を一番好きなのは俺だぞ!? それなのに、はいそうですかお幸せに、なんて言えるかよ!」
「……うん」
「……言えねーよ、全然、笑えないし……ほんと、マジで、意味わからん、だって、俺のほうが、前からずっと、好きだったし、一緒に居たし、のことも、好きなものとか、知ってるし、だから、ひふみに店教わったりさ、俺さ……」
「……うん、そうだよな、そうだよ、知ってるよ、独歩、ちゃんのこと、ちゃんと大切にしたかったんだよな? 頑張ろうと思ってんだよな?」
「うん……」
「じゃあ、やっぱここからっしょ! だいじょぶだって! ちゃん、独歩のいいとこちゃんと知ってっし、全然イケる!」

 ───大丈夫、という一二三の言葉には、結局、頷けるほどの自信を、持てなくて、───只、それでも。その日のオムライスは甘くて、いつもより少し、しょっぱかった気がした。



 ───翌朝、会社でと顔を合わせて、昨日の今日で、どう接するべきかと、あれこれ悩みはしたものの、昨夜、あの場に俺が居たことを知られては、本当にストーカーだと思われてしまうかもしれない、から。───何事もなかったように、振る舞わないと、だよな……。大丈夫だ、俺が触れなければ、だって何も言わない、何も問題なく、話せるはず、だし。

「お、おはよう、……」
「おはよ、観音坂くん」

 朝礼開始より大分早めに出社して、外回りの支度やら、朝の雑務を、上席や後輩が出社してくる前に、終わらせる。毎朝の俺のルーチンワークだが、も同じサイクルで仕事をしているから、いつも大体、早朝のフロアには、俺との二人きりになる。デスクもすぐ隣だから、朝のこの時間は、挨拶を交わしてから、と雑談を交えつつ、というのがよく在る流れで、今朝もいつも通りに、俺より5分ほど後に出社してきたに、声を掛けたの、だが。

「───あれ、」
「? どうかした?」
「……、なんか、顔色悪くないか……?」
「え?」
「いつもより、少し……なんか、目元のとことかも……」
「え、やだ、く、隈ある? 隠れてない?」
「い、いや、そんなに目立たないけど、」
「うわー……ちゃんと化粧したのに……見苦しいよね……ご、ごめん……」
「え!? いや、違う、そんなことないだろ! いつも通りだし、いや、いつも通りじゃないって言ったのは、俺だけど、───ちゃんと、はいつも通り可愛いから!」

 顔色悪いな、寝不足なのかな、───もしかして、昨夜、遅かったのか? なんて、酷い邪推だよな。そんなの、考えたところでどうしようもないし、───自分が苦しいだけだし、に失礼だし、そもそも、俺が想っていいようなことじゃない。───そんな風に、ぐるぐると頭を巡らせながらの会話で、咄嗟に口を突いた弁明は、俺自身も無意識で、───予想だにしない、ものだった。

「……えっ?」

 それは、も一緒だったらしく。

「───あ、いや、ちが、い、今のは、そういうことじゃなくて!」
「あ、そ、そうだよね!? だ、大丈夫。ごめん、冗談だよね、なんか、変な反応しちゃって、私、何考えてんだろ……」

 ボロが出ないようにって、必死で考えていたら、他のところでボロが出る、なんて。───本当に、俺、なんでこんなに不器用なんだろうな……。あー、でも、違う。確かに、こんなこと言うつもりじゃなかったし、こういうの、職場内でまずいよな、セクハラになるんだろうな、いや分かってる、撤回するべきだよな、今までなら、撤回してたもんな。の気分を害さないようにって、に、嫌われないように、って。

「……違うよ」

 ───でも、さあ。必死で弁解して、それで、がちょっと悲しそうに、眉を下げて笑ってるのに、それで良い、これで良かったんだって言うのは、───なんか、それは、違うよな?

「……は、いつも、可愛いよ……きょ、今日だって、その、可愛いし……」
「……え、あ、え? あ、あー! あの、冗談、かな?」
「いや、冗談じゃないです……あの、本心だし、本気で言ってるから。……あ、いや、俺にこんなこと言われて、その、気を悪くしたなら、謝るん、だ、が……」
「ち、違うよ。び、びっくりしただけ、だから……」
「そ、そっか。それなら、ヨカッタデス……」
「う、うん……」
「……あ、でも、顔色悪いのも本当だから。体調、平気か……? 疲れてないか? 風邪とか? 熱はないのか?」
「あ、うん。だいじょぶだよ、ごめんね、心配してくれたん、だよね」
「あ、ああ。平気なら、良いんだけど……あんまり、無理するなよ? 俺に言われても、説得力、ないだろうけど……心配、するからさ」
「……うん、ありがと。大丈夫だよ、観音坂くん。私、本当に全然、平気だから」

 ───多分、そのときは、の言葉を鵜呑みにして、見落としてしまったのだ。ここ最近では考えられないくらいに、その朝は、穏やかな時間が、流れているような気がしてしまったから。───昨夜のことも、青白い横顔も、震える睫毛も。何もかも、目の前で起きていることで、どれひとつ、夢なんかじゃないって、分かっていたはずなのにな。 inserted by FC2 system


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