誰かのてのひらで物語は変容する

「───なぁ、銃兎よぉ」
「あ? なんだよ、左馬刻」
「お前、なんであの女に、そこまで入れ込んでんだ」
「……ああ、それは小官も、いささか気になっていた」
「らしくねーじゃねぇか、お前ならもっと、手っ取り早い方法あるだろうがよ」

 静かな夜だった。馴染みのバーのカウンターに、三人並んで、特に何の話をするわけでもないが、からん、と氷の音が時折響き、ロックグラスを傾け、次第に、酒も回ってきた頃、───左馬刻が、不意に、そんな事を口にして。

 ───まぁ、いつかは聞かれるかも知れない、と思っていた。俺が入れ込んでいる、、と言う女の存在は、左馬刻と理鶯も、知るところではあって、別に、引き合わせるほどの理由も、今は未だ無くて、寧ろ、を萎縮させる可能性、怯えさせる可能性のほうが、どう考えたって、高いだろ、───と。そう思ったからこそ、こいつらとの間に、直接の接点は、持たせていなかった。───さて、どうしたものか、と思う。俺達に隠し事は、無しだ。ならば、聞かれたからには、話さなければならない。別に、隠しておきたいほどの事でもないので、それは構わないのだが、───只、ひとつ、懸念があるとすれば。

「───大した話では、無いんですよ? まあ、長くはなりますが、───」

 ───お前らに聞かせたら、俺の為だとか言って、暴挙に打って出るんじゃないか、と。そう、思うと、それが、少しだけ不安なのは事実、だな。



 ───六年前、俺が未だ、シンジュク交番勤務だった頃の、話だ。
 警察学校を出て、配属からも、そこまで経っていなかった頃、当時、俺は未だ、警察組織内部での、自分の身の振り方を、見定めている最中で、基本的には真っ当に、悪事など、本当に、些細な範囲に留めて。勤勉なおまわりの振りをして、至極真面目に、職務に当たっていた。

『あの、お忙しい所失礼いたします』
『……はい?』

 その日は確か、土曜日で、近くでガキの喧嘩があったとかで、俺以外の人間は、全て出払っていて、俺は、一人で交番に待機していた。待機、とは言っても、別に、土曜の真っ昼間から起きる騒動なんて、たかが知れていて、それこそ、喧嘩だの、後は精々、迷子だの、落とし物を届けに来ましただの、そんな、些細なことばかりだ。だから別に、真面目に待機している程の理由もなく、茶を飲みながら、とっくに終わっている書類仕事を片付けている振りをして、呆けて過ごしていた。

 ───そんな、なんでも無い時のこと、だったのだ、それは。

 交番に、同年代くらいの女が一人、駆け込んできて。ビシッとスーツを着込んだ風貌と、その口調に、ウチの関係者か何か? と、そう、一瞬思ったものの、それにしては、いささか雰囲気が違う。どう見ても、一般人の、───人の良さそうで、きれいな目をした女、だった。

『この近くで、迷子の女の子を見つけまして……』
『……ああ、そういうこと、ですか』
『はい、恐らく、幼稚園生くらいではなないかと思うのですが、……今、連れがその子を連れてきますので、保護をお願いできますか?』
『ええ、構いませんよ。そのための交番ですからね、失礼ですが、何点か確認したいので、あなたとそのお連れさんも、少々、ご同席願えますか?』
『はい、勿論です』

 畏まった口調で、告げられるにしては、その内容は何処か、可笑しくて。少し、笑ってしまいそうになったが、恐らくは、職業病、なのだろう。何か、客と対面で接するような業種、───スーツ姿から察するに、接客業、というよりは、会社員のようだから、何らかの、営業職、あたりか。

『───こちらの書類に、ご記入願えますか?』
『あ、はい。どの欄に記入すれば?』
『ここと、ここと、───それから、こちらの書類にも』
『はい、わかりました』

 別に、迷子を連れてきたくらいで、こんなに色々と、書く必要もない、のだが。───俺はそのとき、ほぼ無意識に、その女に、書類を数枚と、自分の万年筆を、手渡していた。さらさらと、綺麗な書き文字で記入されていく、名前、住所、生年月日、電話番号、───彼女の、個人情報。そんなものを書かせても、この後の、事務処理には不要だ。───だから、つまり、そのときの俺は、───自分が、その情報を欲したからこそ、そのように、行動した、と。只のその一言に、尽きるのだろう。

『───さん、ですね』
『? はい、あ、あの、おまわりさん、ここの欄って、』
『ああ、そこはですね、───』

 ───そもそも、首から下げた社員証で、名前と所属がバレバレなのは、───流石に、大丈夫か? この女の会社では、コンプラとか気にしてないのか? どんな会社だよ……なんて、少し、心配にもなったが、───まあ、そんなこと、個人情報を引っこ抜いた俺には、言われたくないだろうな、も。

 その後、迷子の手を引いて、後から交番にやってきた、連れの男、───観音坂さんからも、いくつか事情を聞いている間、迷子の子供の相手をしているを、ちら、と、横目で伺ったりして、俺は彼女を、見つめていた。

『───お姉ちゃん、あのね、』
『うん? なに? どうしたの?』
『さっきね、お兄ちゃんに、お姉ちゃんのおかし、もらったの』
『ああ、うん。食べられた?』
『うん、おいしかった』
『ああ、よかった。お腹、空いてたんだよね?』
『うん、お姉ちゃん、なんでわかったの?』
『ふふ、あのね、ただね、あなたが、お腹空いてるようにね、見えただけよ?』
『そうなの? お姉ちゃん、すごいんだねえ、ものしりだねえ』

 ───二人が見つけた当初は、わあわあと泣いて、どうしようもなかった、という話だったのに。迷子の子供はすっかり、二人に気を許したようで、しゃがみこんで目線を合わせる、に向かって、にこにこと笑って、嬉しそうに話していた。

『───子供の扱いに、慣れているんですねぇ……』
『え? どうなんですかね、でも、彼女は、その、』
『はい?』
『……面倒見の良い人、なんです。いつも周りを、よく見ていてくれて、僕もいつも、助けられている、ので、』
『……そうですか』

 ───その時に、感じたことは、きっと、色々と、あったのだろう。───只、今でも強い実感として、瞼の裏に、心臓の奥のほうに、焼き付いているのは。───美しいものを、見た、と。只々、そんな、感覚、だった。

 ───幼い頃、俺は、麻薬が原因で、両親を事故で亡くして、それからの日々は、とにもかくにも、復讐だけを原動力に、一人で歩いて生きてきた。天涯孤独となった俺には、導いてくれる相手も、導くべき相手も、ろくに存在していなくて、只、ひとつの目的の為だけに、手段も選ばず、使命を成し遂げる為なら、泥だって、毒だって飲み干して、汚い方法にも、幾らでも、手を染めて。───だからこそ、俺は、綺麗なものが、好きだった。アンティークだとか、美術品だとか、古くから其処に在り続けて、壊れず、歪まず、美しく在り続けるもの。それらは、俺にとって、決して、自分には分不相応で、無い物ねだりの象徴であり、───だからこそ、目を奪われて止まない、何よりも、心を濯いでくれる存在、だったのだ。

 よく澄みきった、硝子玉のような、あの目を。忘れられなかった。

 当初、その感情は、色恋と言うよりも、執着や執念の類、だったのだと思う。の個人情報なら、初対面のその際に、粗方掌握していたから、やろうと思えば、いつでも再会できた。その気になれば、偶然や運命を装うことなど、容易かった。───だが、俺は、どうしても。そんな気には、なれなくて。らしくもなく、偶然、出会えないだろうか、なんて、心の何処かで願いながら、そのまま、数年を過ごして、その間に、たまたま職質を掛けた相手が、観音坂さんだったりと。彼の方とは偶然再会して、何度か世間話をする間柄だった時期も、あったものの、───あの時、一度、交番に居合わせた警官の顔など、彼だって、覚えている筈もなくて。ああ、それなら、も、もう、俺のことなど、覚えては居ないのだろうな、と。それも、分かっていた。───あの時、別に俺は、彼女に対して、改めて名乗ったりしたわけではない。制服を着た警官など、生きている間に、意識の外で、一体、何度目にすることだろう。間違いなく、その大多数にしか、俺は数えられていない。───会いに行けば、良いのだろうか。そうすれば、手っ取り早いのは、分かり切っていた、───それでも。多分、俺は嫌だったのだ。下手な近付き方をして、乱暴に触れようとすることで、───あの、綺麗な目が、くすんでしまったら、歪んでしまったら、───なんて、思って。そんな想いを、心の片隅に泳がせている内に、俺はシンジュク交番勤務から、ヨコハマ署に異動になり、汚職を重ね、出世も重ねて、巡査部長、なんて肩書も手に入れて。

 ───そして、その日は、唐突に訪れた。

 部下を連れて、パトロールの最中。組対の仕事の一環で、ヤクザ共がうろちょろと出歩けば、俺達は、その監視で動かざるを得ないから、必然的にこうして、街を見回りして回ることが、多くなるの、だが。社用車だからと、部下に運転を任せ、助手席から、窓の外を眺めていた時、だった。

『───ストップ、此処で停めなさい』
『え? は、はい、どうかされましたか、入間部長』
『いえ、大したことではありません。私は少し急用が出来ましたので、近くで待機していてください』
『え? え?』
『すぐに戻ります。では』

 ───どうして、ヨコハマに? だとか、今もシンジュクの支社に、勤務しているはずなのに、だとか、あの頃に比べて、少し大人びたな、とか、───色々と、思うところはあったものの。

『───すみません、私、ヨコハマ署の者ですが』
『え? あ、はい。どうなさいました?』

 咄嗟に、畏まった口調が出る、その職業病じみた喋り方も、相変わらずで、───ああ、でも、前よりも、ずっと、───綺麗になったな、なんて。口にしたら、驚かせてしまうだろうから、言う気などあるはずもない、が。

『この近くで、少し、騒動がありましたので、念の為に……ああ、私、ヨコハマ署の入間銃兎、と申します』
『え、そうなんですか? あ、私、、と申します。シンジュクの方で会社員をしておりまして、今日は取引先がこの近くでしたので、そちらに……あの、これ名刺です』
『ああ、これはご丁寧に』

 ───幾ら、相手が警官だからって、警戒心がなさすぎるだろ。お前が平気な顔で、こんな個人情報の塊を渡して、初対面と思い込んでいる、その男は。この小さな長方形には収まりきらないほどの、お前の情報を、握ってんだぞ。お前が自分から、開示したものもあるし、まあ、そうではないものも、あるが。そんな相手に向かって、───やはり、彼女は。

『大変ですねぇ……警察の方は……。あの、お疲れとは思いますが、頑張ってくださいね。いつもありがとうございます』

 きらきらと、綺麗な目で、───なんでもないことのように、そう言ったのだ。


 ───再会するまでは、どうしたものかと、思案を巡らせていたものの。実際こうして、本当に偶然、再会できてしまったことに、俺は正直、かなり、舞い上がっていたと思う。連絡先を渡して、此方から積極的に連絡して、多少、困らせている自覚も、ままあったが、まあ、再会までは、行儀良く、優しく、努めた訳だからな? 此処からは、多少強引な手で進めても、攻めても、構わないだろう、と。そう、思っていたのだ。───そう、思ったからこそ、何度も偶然を装って、彼女に遭遇し、───会社勤めとは言えども、外回りと残業が多く、不規則な生活を送っている彼女と、本当に偶然で、そんなにも出くわす筈など、無いというのに。は、そんなことも、深く考えずに、顔を合わせる度に、いくら仕事でも、こんなに頻繁に、ヨコハマからシンジュクまで出てきたんじゃ大変ですね、だの、不思議とよく会いますね、だの、多少は妙に思って、ある程度、俺の思惑も理解していたのだろうが、それでも。警察官と言う立場からか、無条件に信用して、気軽に、俺の車にまで乗って、───そのまま、何処ぞやに連れて行かれても、文句言えねぇな、なんて思いながら、───実際に、連れ込むところまで、俺は成功したの、だが。

『……き、気分の良い、話じゃ、ないと思います……人に聞かせるような、ことじゃ……』
『構いませんよ、私は気にしませんから』
『……軽蔑、するかも』
『しません。話してください?』
『───実、は……』

 ───本当に、心底、気分の悪い話、だった。只々、綺麗だと思って、本当に、綺麗だったからこそ、ありのままで、居てほしくて、気安く触れられなくなるほど、焦がれていた、それが。───俺の知らない所で、穢されていたのだ、という話。ふざけんじゃねーぞ、以外の言葉も、感情もない。ブタ箱にぶち込んでやろうか? と、本気で思った。───だが、泣きじゃくりながら、必死に話す彼女に、───そんなことでは、この女の笑顔は戻らないのだろう、と。それも、察するに余りある、訳で。
 ───本当は、その夜。そろそろ、王手を掛けるつもりで、を待ち伏せていた。とはいえ、何度も断られても居たから、彼女が、素直に付いてくるかも分からない、五分五分の賭け、では、あったのだが。───その日、は何処か、肩を落としているような、落ち込んでいるような、雰囲気があって、───飲みに行きませんか、という俺の誘いにも、頷いたから。───今夜が、付け入る隙だと、そう思って、とっとと酔わせて、酒で潰して、用意していたホテルに連れ込んで、雰囲気に任せて、事実をでっち上げて、後はもう翌朝になってから、何処にも逃さない、と。圧を持って、関係を結べば、それで済む話、───の、筈だった。

 結果として、俺の計画は狂った。全部、駄目になって、───只、その時、俺は落胆よりも、何よりも、───頼られたことが、嬉しくて。彼女の硝子玉を、粉々に打ち砕かんとするその要因から、苦しみから、───を、引き上げてやりたい。支えになってやりたい、助けてやりたい、───護って、やりたい、と。そう、思ったのだ。

『……あのですね、さん。余り気軽に、他人に鍵なんて渡すものではありませんよ』
『……相手が銃兎さんでも、駄目なんですか?』
『駄目に決まっているでしょう?』
『でも、おまわりさんだし……』
『警官だから何だと? その鍵で私が合鍵を作らない保証がありますか? 私は、あなたに好意を寄せてるんです。知ってますよね?』
『そ、それはそうですけど……でも、銃兎さんなら平気かなあ、って……』
『……それは、何を根拠に?』
『うーん、なんでしょう。そりゃ私は多分、銃兎さんの何もかもをは、知らないですけど……でも、私にとっては、銃兎さんは、優しくて良いひと、だから』
『……例えば、』
『はい?』
『こんなもの渡されなくとも、私はとっくに、あなたの家の鍵くらい持ってますよ、と言っても?』
『え!? そ、そうなんですか!?』
『……例えば、ですよ』
『び、びっくりした……うーん、でも、やっぱり私の認識は、そのくらいでは変わらない、というか……まあ、仮にそれが本当だとしても、私が勝手に信じて、勝手に信用しているだけなので』
『……はぁ』
『結局、私が信じたいから信じてるだけ、なんですかね? でも、信じたいので信じます、銃兎さんがいなかったら、私、今頃どうなっていたか、分かりませんから。私にとっては、信頼に値するひとです』
『……そう、ですか。それは、光栄ですね』

 ───彼女が、俺の真意を知る日が、彼女の知らない俺の顔を知る日が来るのかは、未だ、分からない。───らしくない、と、俺が一番、そう思っている。惚れた女の為に、こんなにも必死になって。彼女が想いを寄せる男が、彼女の尽くを踏み躙り、傷付けるというのならば。俺は、絶対に、を傷付けない。何があっても、格好付け切ってやる。負担になんかならねえし、死んでも泣かさねえよ、───俺が、気を引けるとすれば、そうやって、にとっての良い男、であることを、アピールするのが一番手っ取り早いからな、なんて。───こんなに大切にして、護ろうとしていることが、あまりにも、ダセェし、俺らしくないしで、そんな風に嘯いて、自分さえ騙そうとしていた、けれど。───まあ、お前らには、嘘は吐けない、から。

「……銃兎よぉ、お前、それ、」
「はい? なんですか? 長話で、飽きてきました?」
「違ぇよ。……そんなん、俺らが知ってたところで意味ねえだろ」
「左馬刻の言う通りだと、小官も思う。……本人に言うべきでは無いのか? そうすれば、彼女も……」
「それは私の都合でしょう? ……それに、ずっと昔から好きでした、なんて理由で、靡く女じゃねえよ」

 ───そんなことで靡いたら、こんなに苦労、してねぇよ。

「……だから、お前らが知ってれば、それでいいよ」



「───と、そういう、訳で……」
「……ああ、そうですか。丸く収まったんですね」
「はい、おかげさまで……」

 ───全く、本当にこの女、どんな神経してんだろうな? 普通、自分に惚れてる男に、他の男との婚約報告なんざ、しようと思うか?

「以前のこともあるから、なんか、ちゃんと話を決めておかないと、またなあなあになるんじゃないか? って、多分、独歩くんも思ってたんだと思うんですけど……」
「なるほど、それで一気に話が進んだと」
「はい。独歩くん、可笑しいんですよ、帰るなり、一二三くんに、証人として立ち会ってくれー、なんて言って」
「ふふ、観音坂さんらしいですね、それ」
「ですよね? で、一二三くんも色々、私達の話、聞いてくれて……三人で、色々と取り決めたんです。結婚、とは言ったけれど、まあ、それは今日入籍して完了! って訳にも行かないので……、とりあえず、今は婚約者です」

 の左手の薬指に填まった、シルバーに小さな石の付いた、シンプルなデザインの、婚約指輪。俺なら、もっとグレードの高いものを贈ってやれる、というか、───そういうものを、用意していた訳、なのだが。そんなものをちらつかせたところでは、靡くはずもない、と。もう、それすらも、分かり切っていて。

「───あの、銃兎さん」
「はい、どうしました? さん」
「……今まで、お世話になりました。独歩くんと、婚約者、という関係に落ち着いたので、……あの、私、銃兎さんのこと、好きなんです、いやその、友人として、ですが……なので、今まで通りとか、銃兎さんのご要望通りとかは、無理ですけど、ええと、その……」
「ああ、ご心配なさらず。婚約したからこれっきりです、さようなら、なんてつもりは毛頭ありませんから。今後とも、友人としてお願いしますね」
「! は、はい! よかったぁ……、あの、改めて、これからも宜しくお願いします」
「ええ、勿論。私、諦める気は一切ありませんので」
「……えっ?」
「はい? どうしました?」
「え、いや、……だって、あの、私、」
「ええ、婚約されたんですよね? ……でも、別れない保証も、ありませんよね?」
「え、」
「乗り換えたくなったら、いつでもどうぞ? 私は大歓迎ですので、是非とも、引き続きの御検討を、お願いしますね」
「……もー! 銃兎さん! 意地悪いですよ!?」
「ふふ、生憎ですが本気です。早く、観音坂さんに愛想が尽きると良いですね」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ……!」

 ───きっと、俺なりに、真摯でありたいのだと思う。彼女のそんな部分に、惹かれたからこそ。他でもない俺自身が、踏み付けにするなんてことは、あってはならない。矜持と呼べるほどのものでもない、これは、只の意地、だ。こんなことに拘らずに、強引に切り込んでいれば、乱暴に、傷付けてでも、手篭めにしてしまえば、結果は、違ったのかも知れないが。───まあ、あなたの心を護れたのなら、今はそれで、良しとしようか。これは、警官としてではなく、俺として。一人の男としての、俺の、意地の話だ。

「すみません。私は、さんの前では、嘘は吐かない主義なんです」

 まあ、何もこれで終わり、って訳でもないだろう。人生、まだまだ長いし、俺は未だ、何も成し遂げちゃいない。俺の目的の為には、───傍らに、お前が必要だからさ。やっぱり、お前が居てくれたらな、と思うから。───諦めねぇよ。だから、まあ、恨むなら、俺に目を付けられた、自分の無防備さを、恨むんだな? inserted by FC2 system


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