サテンのリボンで首くくり

 独歩くんとの婚約後も、銃兎さんとは、友人としての交流を続けている。───とは言っても、流石に、今までと同じように、という訳ではない。今までは、本当に、月に何度も、下手をすれば休みの度に、銃兎さんと会っていた時期もあったし、当然、二人きりでの外出で、───私だって、デート、と承知の上で、そういった交流を続けていたわけ、だけれど。流石に、そういう付き合い方は、もう、出来なくなった。

 私は銃兎さんのことを、私のよき理解者で、相談相手で、信頼に足る、信用できるひと、───と、認識しているけれど、それはそれとして、銃兎さんは、私を異性として好いてくれている。
 私もそれはもう、知っているし、銃兎さんからすれば、それこそ、私が彼を友人、と思っていることだって、どうだっていいこと、なのだろう。実際、はっきりと、婚約したからって諦めない、と言い切られているし。銃兎さんとの関係性が、特に以前と変わりない、というのは、本当にそのままの意味、なのだ。
 ───まあ、そうなってくると、今まで通りの交流、はどう考えても無理である。
 だって、私だって、私以外のおんなのひと、と、独歩くんがふたりで出掛けたりしたら、怒るし。それは当然のこと、当たり前、なのだ。

 ───それならば、どうなったかと、いえば。

「はーい!」
『ああ、さん。私です、銃兎です。オートロック、開けていただいても?』
「はい、銃兎さんお待ちしてました! 今開けますね!」

 シンジュク、某所、とあるマンション。今の私の自宅であり、独歩くんと、一二三くんの暮らす家。独歩くんと正式に婚約して、会社にも報告して、まだ、具体的な入籍や、挙式の日程は、調整している最中だけれど、私は現在、名実ともに、彼の婚約者、として、彼等ふたりと暮らしている。
 三人での暮らしは、慣れないことも多かったけれど、一二三くんと二人で家事を分担できている、というのが大きいし、今のところ、特に問題なく、順調に毎日を送れていた。会社で、毎日、顔を合わせるとはいっても、───本当に、ずっと会社に拘束されているわけだから、こうして、就業後の僅かな時間を、隣で過ごせる、同棲、という形を選んだのは、正しい選択だったように思う。今日みたいな休日も、わざわざ早起きして外に出なくても、朝起きたらもう、会えるわけだし。

 ───そんな、私達の自宅に、今日はひとり、来訪者がいた。

「ちちちーす! 入間っち! いらっしゃーい!」
「どうも、お邪魔します。あ、こちらつまらない物ですが、手土産です」
「お! モエシャンじゃん! もしかして、俺っちに!?」
「いえ、違います」
「分かってるって?! 独歩ちんにっしょ? おーい! どっぽー! 入間っちが、独歩ちんにシャンパン! 持ってきてくれたぜー!」
「え、ほ、本当ですか?」
「いえ、さんが以前バーで飲んだ際に、美味しいと言っていたので、さんに買ってきたんですよ」
「え!? わ、わたしにですか?」
「でしょうね! どうせそんなこったろうと思いましたよ!!」
「ええ。はい、どうぞさん」
「え、ちょ、いや独歩くんにですよね? だって今日、独歩くんが主役なのに……」
「ふふ、どうでしょう? まあ、冷やしていただけますか? 後で飲みましょう」
「は、はい……ありがとうございます」

 独歩くんは、基本的に優しいし、ひとの気持ちを蔑ろにしたり、無下には出来ないひとだから、───まあ、その結果、自分の首を締めてしまいがちなのは、これからは、私がバックアップするとして。
 ともかく、独歩くんはそういうひとだから、私に、銃兎さんとの交流をやめろ、とは決して言わなかった。それは、まあ、正直、いい気はしていないと思う。───でも、独歩くん自身が、多分、銃兎さんのことを、嫌い、なわけではないし。勿論、私は私で、独歩くんがそんな優しさから、私が銃兎さんと会うことを、あまり咎めないように、自制してくれているのだろうな、ということは、ちゃんと分かっているので。
 独歩くんと円満な関係でいるためにも、銃兎さんとは、決して、二人では会わない、というのが、私達の間でのルールになった。
 必ず、第三者を交えて、三人以上で会うこと。───と、言っても、共通の知人なんて、独歩くんくらいのもので、そうなると、必然的に三人で、という話に、なってくるのだけれど、この話を聞いた一二三くんが、だったら俺も! と名乗りを上げたことが、事の発端だった。

 当初は、四人で食事に行ったりだとか、そういった交流の仕方を、していて、───まあ、独歩くんと銃兎さんは、若干、不穏、というか、幾らか険悪だったりも、したのだけれど。何度か、そんな会合を重ねている内に、───実は、銃兎さんが、私達と同い年だったことが、判明したのだった。

 独歩くんはそもそも、同年に入社してるし、同い年なのもとっくに知っていたし、一二三くんも、独歩くんの幼馴染で、高校までずっと一緒だった、と聞いていたから、歳も知っていたけれど、───銃兎さんのことを、何故か私は、勝手に年上だと思いこんでいて、其処に何の疑問も抱かずに、訊ねることもなく、そのまま付き合っていたのだった。
 ……だって銃兎さん、部長さんだよ? エリートだし、しっかりしてるし、落ち着いてるし、───年上だと思っていたからこそ、滅茶苦茶に甘えてしまっていた節があったので、発覚したときは、……恥ずかしさと情けなさで、ちょっぴり、死にたくもなったけれど。
 でも、この四人が同い年、それも、同学年だと発覚してから、私は銃兎さんと、前より仲良くなったし、それは、私以外の三人も同じだと思う。銃兎さんのほうは、とっくにそんなこと、知っていたみたいだけれど。それを機に、三人は一気に打ち解けて、一二三くんなんていつのまにか、入間っち、なんていう風に、銃兎さんを呼んでいるし。

 私の友達だから、という理由で集まっていた会合は、いつの間にか、四人で集まるのが楽しいから、という理由を帯び始めて、まあ、なんとなく、食事にでも行くのが妥当かな、という雰囲気だった当初から、一変して、四人でカラオケとか、ボウリングとか、銃兎さんの車で少しだけ遠出して、遊びに行ったりとか、そういう集まりに、変化していったの、だが。

 ───まあ、難点を上げるとすれば、四人とも業種がバラバラ、という点だった。

 私と独歩くんは、サラリーマン、基本的に、土日祝が便宜上の休みだけれど、銃兎さんは平日休みだし、一二三くんに至っては、基本夜型で、休日に昼から連れ出すのが、そもそも忍びなくて。それなら、どうやって集まるのが、一番全員の負担にならないのか? と考えたところで、一二三くんが提案したのが、きっかけだったと思う。

『───てか、もう入間っちが俺らんちに来たほうが早くね? 四人中三人、同じ家に住んでっしさ?』

 ───確かに、それもそうだな? と、あっさり、その意見は通り、最近では、銃兎さんが遊びに来て、四人で、ちょっとしたホームパーティーのようなことをするのが、定番になっていた。おもてなしをすることに関しては、私も一二三くんも、料理好きだし、何も苦にならなかったし。───そして、今日もそんな休日、なのだけれど、今回は、ちょっと特別な、趣向があって。

「───はい、じゃあ、独歩くん、蝋燭消してね」
「え、蝋燭立てたのか!? そんな大袈裟な……」

 ───今日は、独歩くんのお誕生日のパーティー、という理由で、四人で集まっている。

「独歩ぉー、せっかくちゃんが用意したんだぜ? ありがたく思えよな??」
「そ、そんなことは分かってるよ! ただ、俺は、がせっかく作ってくれたのに、蝋燭刺して、穴開けたら勿体ないと思って……」
「え? このケーキ、さんが作ったんですか?」
「そうですよ、結構綺麗に出来たでしょ」
「へぇ……お上手ですねえ、流石です」

 皆でわいわい言いながら、独歩くんの歳の数の形をした、蝋燭を吹き消して、みんなに拍手されて、へにゃ、と照れくさそうに、独歩くんが笑う。ホール型のケーキは、今朝、早起きして用意した、私の手作りだった。───どうしても、私が作りたかったから。お店のものでは、嫌だったのだ。

「じゃあ、ケーキ切り分けるね。独歩くん、どのくらい食べられる? 多めにとって良い?」
「ああ、頼む。が作ってくれたんだもんな、食べられるよ」
「……さん、私も多めに」
「いや入間さん、これ俺のケーキなんですけど……」
「銃兎さんはちょっと待ってね」
「へへ、ちゃんどぽぜってーびっくりすっかんなー」
「は? 何がだよ?」
「いーから、ケーキの断面! よく見てみろって!」
「は……?」
「はい、独歩くんの分」
「ああ、ありが……え、これ、中……ミルクレープだ!?」
「へぇ……大分凝っているんですね、メロンも入っていますし」
「ふふ、そうなの! クレープ焼いて、カスタードとホイップとメロンの薄切りとで層にしてね、上からクリーム塗って、デコレーションしてあるの!」
「うわ……これ、滅茶苦茶手間、かかってるんじゃないのか……?」
「それは、そうだけど。普通のケーキより、独歩くん嬉しいかなって」
……」
「お店のミルクレープって、大体シンプルなんだもん。だから作ったほうが早い! と思って。一二三くんも手伝ってくれたんだよ?」
「うんにゃ、俺っちはカスタード作ったりしただけだし、殆どはちゃんだぜ? よかったな独歩ぉ?!」
「あ、ああ……うわ、滅茶苦茶嬉しい……ありがとな、……」
「ふふ、どういたしまして!」

 独歩くんの誕生日を、一緒に過ごすのは、何も初めてのことでは、ないけれど。只、その日が仕事だったから、とか、成り行きで、とか、そんな理由ばかりだったところに、───今年は、堂々と祝う口実があったから、特別なこと、手の込んだことを、どうしても、してあげたかった。どんなケーキにするか、大分前から計画してて、一二三くんと二人で、試作したりだとか。今朝も、早くから、二人でごちそうを仕込んだり、して。大分、豪勢な食卓、になったんじゃないかな、と思う。銃兎さんが持ってきてくれた、シャンパンもあるし!

「ケーキも、料理も、美味い……ポテサラもあるし、鮭のやつも、オムライスもあるし……」
「へっへー、こうして大皿に盛ってぇ、デミグラ掛けると、オムライスもごちそう感出るっしょ?」
「そうそう、ポテサラも今日はね、厚切りのベーコン入っててね」
「鮭も、カルパッチョにしてみたんだよなー!」
「よくわからんが、美味いよ、ありがとな、二人とも……」
「確かに、どれも美味しいです。本当に料理上手ですね、さん」
「入間っちー、俺っちも作ってっかんね?」
「ええ。承知の上ですよ?」

 わいわいと食卓を囲んでから、小休止して、どうやら、男性陣は、ゲームの対戦をしよう、という話になったらしい。私はあんまり、そういうの詳しくないけれど、やっぱり男のひとって、いくつになってもそういうの、好きなんだなあ……なんて、思いながら。キッチンで後片付けをしつつ、遠目から、その光景を見守る。三人とも、なんだか子供みたいで、見ているだけで微笑ましくて、楽しかった。



「───観音坂さん、本当によかったんですか?」
「え? 何がですか?」
「今日、この後は神宮寺先生も、いらっしゃるんでしたよね?」
「ああ、はい。そうですね、先生はまだ仕事なので、終わり次第こちらに来てくれるそうで……」
「……麻天狼の皆さんとさんとで、水入らずのほうがよろしかったのでは?」
「え……」
「私は、MTCのメンバーで、……そういう意味では、敵ですし。さんのこと、奪い取ろうとしている男、なんですよ?」

 ───購入以来、大してやり込んでもいない、やり込めてもいない、格ゲーの対戦画面を眺めて、指を動かしていると、───隣で、同じ動作をしていた入間さんが、ふと、そんなことを口にする。

「……そうですね、そうかも、しれません」

 ───多分、実際、その通りなのだ。今日、入間さんを招く必要は、別に無かったはず、なのだが。

「……あの、確かに俺、入間さんのこと、恋敵だと思ってますし、マジで冗談にならんし、やめてくんねぇかな、と思ってますけど」
「はは、正直ですね、観音坂さん」
「……俺、不器用だし、嘘、吐けないので」
「……なるほど、そういうところ、なんでしょうね」
「は?」
「いえ、こちらの話です」
「はぁ……まあ、概ね入間さんのいう通り、なんでしょうけど」

 ガチャガチャとレバーを回す音、ボタンを叩く音、を手伝うと言って、スリッパでぱたぱたと駆けていった、一二三の足音と、キッチンから聞こえる、水の音と、食器がカチャカチャと鳴る音。───彼女の居る、俺の日常の音。───だから、ほんとに、その通りだよ、その通りだと、俺も分かってるんだけど、さあ。

「……俺は結構、楽しいですよ」
「はい?」
「入間さんと話してるのも、こうして、ゲームやってるのも」
「……足元、掬われますよ?」
「ご忠告どう……もっ!」
「ッ、あっ、クソ!」
「ハァ……俺の勝ちですけど、もう一戦やります?」
「……望むところです」

 ゲームの結果が、現実に反映されるわけじゃない。ゲームの中では、俺のほうが強かったとしても、このひと、多分、滅茶苦茶な努力型、だし。俺なんか、次は負ける可能性だってあって、───それは、現実だって、同じだけど。

「……取り上げたくないんですよ、から」
「…………」
「一二三と三人で暮らすことを提案してくれた彼女から、あなたを遠ざけることは、俺には出来ません」
「……なるほど、前回優勝者は随分と強気で」
「え!? いやあの、そういうつもりじゃ、」
「はいはいはい! 足元がお留守ですよ!」
「ハァ!? ちょ、今の卑怯だろ!」
「卑怯!? 馬鹿ですねぇ、勝てば良いんですよ勝てば!」
「こんにゃろ……!」

 彼女の大切なもの、大切な世界、───それごと、全部守れるような男になりたいし、ならないといけないんだ、と。───そう、思うから。ちゃんと、ひとつひとつ、───ひとりひとりと、向き合っていきたい、のだ。

「───独歩くん、銃兎さん、どっちが勝ったの?」
「ああ、さん! 無論、私が勝ちましたよ!」
「いや、ちょ、その前は俺が勝ってるから!」
「そうでしたっけ? ああ、さん、勝ったのでひとつお願いを聞いていただけませんか?」
「? はい? なんですか?」
「私、来月が誕生日ですので、祝ってください」
「あ、そうなんですか! わかりました、じゃあまたパーティーしましょうか!」
「いえ、私の誕生日は、さんが祝ってくだされば後は結構ですよ」
「なんでだよ! 許すわけねぇだろ!!」
「えー、なになに、入間っちも来月誕生日なん? じゃあさ、俺っちと合同で誕生日会しよーぜー!」
「おや、伊奘冉さんも来月、なんですか?」
「そっそ! だったらー、先生とー、あとマットリのふたりも呼んで盛大にやろーぜー!」
「いや、あいつらは来ないと思いますし、来なくていいです……」
「ええー?」

 ───そう、思っているん、だが。この選択が正しいのかどうかは、まだ、正直分からない、な……。 inserted by FC2 system


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