オーロラピンクの従順さを思い知れ

 最近、観音坂くんの様子がおかしい。いつもぼーっとしている……のは、前からだけれど、私と話してるとき、目が泳ぐことが多くなった。なんだなんだどうした、まあ、確かに観音坂くんはいつもそんな感じだけれど、それでも、私の前ではそんな風にならなかったはずなんだけど、なあ。

「あ、観音坂くん。あのさ、」
「あ、……え、ああ、……! あ、あの、えーっと……」
「? なに? どうしたの? 何かあったの?」
「いや……何もない、……そうだ、何かあった訳じゃないんだ、きっとなんでもないことで、ただ俺が、勝手に浮かれてるだけで……そうだ、俺なんか相手にされる訳がないんだからな……ハハ……」
「観音坂くん? ……ねえ、観音坂くーん? 聞こえてる?」

 それはまあ、元々このひと、こういうひとだよ。でも、私の前ではもう少し自然体というか、普通、だったのに、と。そう思って、なんだか最近、妙に観音坂くんとの間に距離を感じて、すこし、ううん、けっこう、さみしい。
 観音坂くんはいつもこんな風に、ブツブツと独り言を言っては、自分を責めて塞ぎ込んでみたり、かと思えば、殺すだとか殴るだとか、物騒な暴言を、呪詛みたいに唱えてみたりだとか、常日頃から、そんな言動がとても多いから、彼にとっては無意識の内、なのだろうけれど、そのせいで職場でも、何処か浮いた存在、というか。少なくとも、女性社員の間では、気持ち悪い、と思われているか、怖い、と思われているかのどちらかだった。だから尚更、私が観音坂くんと仲がいいことに、同僚達は首を傾げているのだ。───只、私だけはその例外で、観音坂くんに、そういうところが多々あるのは、分かっているけれど、私に対してそうなることは、少なかったから。気を許されている、友人と思われているのだと、そう思っていたし、私は、それが嬉しかったの、だけれど、なあ。

 ───勘違い、だったのだろうか、なんて。
 私、らしくないな。そんなの、考えたって仕方がないし。十分に、勘違いだったのだという事実は、既に突きつけられている、というのに。

 ……でも、少なくとも、良い友人だった、とは思う。観音坂くんはきっと、私のことを、喧しくて、女らしくない女だと、思っているんじゃないかと思う。だから、友人以上、として見ているのは、私だけじゃないのかなあ、という自覚はずっとあって、まあ、だからこそ、そうじゃなかったのかも、と、一瞬思いあがってしまった訳なのだけれど。───やっぱり、私は男友達と変わらない枠、だったらしい。一二三くんとの交流が始まってから、尚のこと、そう実感した。なんとなくだけれど、私と一二三くんは似ていると、そう、思ったから。だから、観音坂くんは、私といるのが楽だったのかなあ、なんて、……あーあ、観音坂くんのネガティブ、私にも伝染っちゃったのかな。私、前向きなことだけが取り柄なのに、一体どうしてくれるんだ。

「ねーえ、観音坂くん?」
「……な、なんだ……?」

 おお、やっと目を合わせてくれた。最近、目が合っても逸らされることが多くて、地味に凹んでるんだよね……。というか、観音坂くん、心なしがまだ、顔が赤い気がするけど、やっぱり具合、悪いのかなあ。普段は普段で、血色悪すぎるくらいに悪いし、どうにも、ままならないものだなあ。

「あのさ、一二三くんが」
「……う、ん」
「今度の休みに、一二三くんと観音坂くんのおうちに、遊びにこない? って言ってくれてるんだけどね、」
「……は!? 一二三が!?」
「う、うん……あの、私は、嬉しいけど、……迷惑じゃないかな? だって一二三くん、女の子苦手なんだよね?」
「……あー、多分それは、一二三がその……まあ、が気にすることではない、と思うぞ、何も一二三だって考えなしに言ってる訳ではないだろうし……」
「そう……?」
「……それより、はその、……一二三が心配なのか?」
「え? それはそうでしょ……?」
「……心配だけど、来たいんだ?」
「だってそれは……何かだめ? だった?」
「いや、そうじゃないんだけど……」

 観音坂くんの言いたいことが、いまいちよくわからなかった。だって、それはそうでしょ、私は観音坂くんのおうちに、また呼んでもらえるなら、そんなの断る理由がないし、終電逃したからとかじゃなくて、お互い貴重な休日に、わざわざ観音坂くんのおうちに遊びに行く、と言うのはもう一大イベントな訳で。断る理由がどこにもない、でも、それで一二三くんへの配慮が欠けてしまうのは、絶対に嫌なのだ。観音坂くんの親友で同居人、という立ち位置の彼と、気まずくなったら困るのだ。まあ、そういう打算的な理由だけじゃなくて、一二三くんとも結構仲良くなってきて、彼とは結構気が合うなと感じていたから、普通に顔を合わせて話してみたいな、という思いもあり、でも同時に、本当に大丈夫なのかな? という懸念もある。流石に今の親密度で、対面で拒絶されたら、私も結構、凹むもの。

「……一二三のやつさ、ジャケット着ると性格が変わって、ホストの時の一二三になるんだが」
「うん、一二三くんに聞いたよ」
「ああ、……そうなんだ」
「? うん」
「……普段なら、メッセージとかのやり取りでも、ホストの一二三にならないと、女性とは上手く話せないんだけど、……とは、普通に話せてるらしくて」
「え? そうだったの?」
「ああ、……だから、が心配することはないと思う。まあ、対面では普通に、とは行かないと思うけどな……でも、これが一二三の克服のきっかけになるかもしれないし、が迷惑じゃないようなら、その、今度の休み、だっけ? 来てやってくれないか?」

 なんかその言い方だと、一二三くんに会う為だけに、私が二人の家に行くみたいに聞こえるんだけど。そうじゃない、のだけれどなあ。まあ、毎日会社で顔を合わせて、終業後までつるんで、観音坂くんにとっては、休日に私と会うのも、別に大したことじゃないだろうしなあ。でも、それより何より、そう語る観音坂くんが、何故か今度は少し顔色が悪い、というかいつも通りに戻ってしまっていて、うーん、ほんと、最近どうしたんだろう、何かあったのかな……。取引先で何かやらかしたとか、酷く叱られるようなことはなかった気がするんだけど、なあ。今まではそういうとき、何かあったら、真っ先に私に相談……というか、泣き付いてくれたから、観音坂くんのことなら、私が一番詳しいし、私が誰よりも把握してます! と自負していたけれど、今回は、何があったのか全然分からないし、なんとなく、聞けない雰囲気があった。

「……うん、わかった。じゃあ、お邪魔させてもらっていい?」
「ああ。一二三には、俺から伝えておくから」
「はい! かしこまりました!」

 一二三くんが何を思って私を招いてくれたのかは、分からない。せっかく仲良くなったんだから、というだけのこと……かもしれないけれど、何となく、私の為なんじゃないかな、と私は思っている。はっきりとそう聞かれた訳じゃないし、私も打ち明けた訳じゃないけれど、多分、一二三くん、私が観音坂くんを好きなの、気付いてるんじゃないかと思う。
 親友で幼馴染で同居人、というポジションにいる彼は、当然だけれど、私よりも観音坂くんのことに詳しくて、観音坂くんについて、些細なことを色々と教えてくれたり、私が観音坂くんの話をすると、自分のことのように喜んでくれたりとか、今回だけじゃなくて、ずっと気になっていた、麻天狼のバトルを見る機会も、作ってくれたりしていて。一二三君がわざわざ私と連絡を取り合って、そんなことを逐一教えてくれる理由って、もうそれは、私の恋心が彼に見抜かれているから、以外に理由、ないものね。一二三くん、ホストやってるって聞いたし、女性の気持ちとかに機敏なほう、だったりするのだろうか。どうあれ、それは私にとっては、頼れる味方が出来たことに、代わりが無いのだけれど。でも、まあ、一二三くんが、私の気持ちに、気付いてるのだとしたら、知り合って間もない彼にも、あっさり見破られてる私の気持ちに、どうして観音坂くんは、気付かないのだろう……とも、思ってしまう訳で。

 ───まあ、確かにはっきりと言葉にして伝えたことは、ない。それで今の関係が、壊れてしまうのは嫌だったし。でも、普通考えたら分かるよね? いくらなんでも、何とも思ってないひとと、ホテルになんて行かないし。ましてや、ラブホなんてあり得ないでしょ。何かあったら、嫌だもん。例えば他の同僚とか、男友達とか、そういう、観音坂くん以外の誰か、が相手だったら、会社の前で別れてるし、そもそも、観音坂くんとばっかり連んでるから、私には観音坂くん以外に、親しい男のひとなんていないし! 職場でも! ほんっとに、全然いないからね! 業績のせいで、私ってそれなりに目立つから、人気がある、なんて言われたりするけど! それ以前にみんな、私のことは観音坂くんの彼女だと思ってるから! モーションかけられたりとか皆無だからね! あーあ!

 ───それほど、周囲の目には、私と観音坂くんは、親しげに見えているのだと思うし、実際、親しい間柄、だと思う。毎晩のように一緒に、飲みやらご飯やらに行って、なんて、普通しないでしょ。観音坂くん、だからだよ。───観音坂くんだから、観音坂くんとなら、もしも、そういうことになっても、良いかな、って。そう思って、私はあの日、一緒のホテルに入ったんだよ。───まあ、私の思い上がり、一方通行、だったのかな、と。そう、思ったけれど、それで諦められるほど、柔な女じゃないから、押して駄目ならもう一押しだ、と思って、この間もまた、ホテルに誘ったの。ほんと、打算的な女だと思うよ、自分でも。観音坂くんの反応を伺う為に、終電なくなっちゃった、なんて嘘吐いてさ。観音坂くんってば、あんな嘘、信じちゃうんだものね。駄目だよ、営業トークなんて、ギリギリ詐欺寸前トークみたいなものなんだし、つまり私は、日頃から息をするように嘘を吐いてるの、知ってるはずでしょ、同業者だもん。

『……な、なあ、が嫌じゃ、無ければ……俺の家、泊まるか? 此処から近いし……』

 躊躇いがちに紡がれたその提案は、どう言うつもりで絞り出したもの、だったのだろうか。二人でホテルに入ったら、二の舞になると言うことが、彼にも分かっていた、から一度、拒否されたの、だろうか。───それを回避しようとした癖に、家に呼んだのは、どういうことなの? 結局、下心はある、ということなの? それとも、同期として心配だったっていう、それだけのことなの?
 一緒のベッドで寝ようよ、という提案を、あそこまで必死に拒否されてさ、私だって流石に傷付いたよ。一二三くんにも迷惑かけちゃったし、断ればよかったなあ、と思っちゃった。結局は観音坂くんが折れて、一緒に眠ったけれど、ホテルの広いベッドと違って、シングルサイズの、それも普段彼が眠っている寝具で、観音坂くんの熱と香りに包まれて、彼と密着して眠るのは、酷く心臓に悪くて、ああ、私、こんな様でよくホテルに誘ったりできたなあ、なんて思って。それは、他意はないよって顔で提案しただけだし、誘ってどうするか、なんて正直、考えられていなかった。別に私は、そういうこと、に自信があるわけでもないし。───前回だって、完全に観音坂くんのペースで無理矢理、って感じだったし、相当、手荒に抱き潰されたから、またあれと同じことを、と考えたら正直、恐怖が勝る、その程度だ、私は。……それでも、相手は観音坂くんだし。まあ、嫌じゃなかった、し。意外な一面を見たなあ、なんて、どきどきしてしまったりもして。結局、無理矢理、というのは形だけの話なの、だけれど。
 まあ、要するに、前回のことがあったから、今回も、同居人が居るとは知ってたけれど、そういうことになるかもしれない、と思ってた。何かあっても構わない、と思って、着いて行った訳だし。でも、あまりにも何もなくて、拍子抜けすらしてしまっていた、のに。

『……はは、かわい、……』

 ───でもさ、それなら尚更、なんであんなこと、言ったの。そんなにお酒も飲んでいなかったし、店を出て歩いて、家に着いてシャワーも浴びて、とっくに酔いなんて醒めてた、でしょ。寝ぼけていたから、なの? あんなに噛み締めるみたいに、私が寝てるときに、どうしてあんな風に、優しく触って、しあわせそうな、こえで、わたしの、なまえをよんだの?

「……観音坂くんのばか」
「え!? お、俺、に何かしたか……?」
「そうよ! 観音坂くんのせいだからね!」
「お、俺のせい……? ……そっか、俺のせいで、を怒らせるようなことを、俺……」
「もー! そういうところ! そういうところだから!」
「な、なんだよ……?」

 万が一にでも、本当に、いや寝ぼけてただけだろうって、分かってるけどさあ! 私のこと、可愛いと思ってるなら、責任持ってちゃんと可愛がってよね! 観音坂くんのばか! 期待ばっかりさせるなんて、さいてー! inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system