花に埋れた孤独

 日曜日、をシンジュクの駅まで迎えに行って、そのまま、彼女が俺達の家に来て。何も、休日に会うのが初めてだったとか、そんな訳でも無いものの、スーツでもオフィスカジュアルでもなく、ラフな私服で現れた彼女に、動揺しなかったかと言えば、まあ、当然だが嘘になる。私服自体は、何度か見たことあるけど、休日に外で会ったときとも、また印象が違うものだから、こういう格好もするんだな、だとか、じゃあ、今まで外で会ってたときは、その、お洒落着というか、余所行きの服装、をしてきてくれていた、と言う風に解釈しても、いいものなのだろうか、───自惚れても、許されるのだろうか、なんてぐるぐると考えているうちに、家は目の前まで迫っていて。

 ───結論から言うと、特に問題なく、その日はまったりと、良い休日を過ごせた、と思う。一二三が小洒落た料理を作ってくれて、昼間から軽く一杯やりながら、映画を見たり、の手土産のケーキを食べたりと、多分、なんでもない日、だったのだろうけど、俺みたいな人間にとっては、───全然、特別な日だった。と休日に会っていることも、そもそも、俺達に揃ってまともな休日があることさえ奇跡だというのに、その上、が俺の家に来ている、なんて、本当に、夢みたいだったのだ。当日になるまで心配していた、一二三の女性恐怖症にしたって、まあ、俺と同じように、とまでは行かなかったものの、割と普通に、とは話せていて、一二三の事情を理解した上で、一定の距離を心がけてくれた、の対応が良かった、というのもあると思うが、その晩、を駅まで送り届けてからも、一二三はしきりに、楽しかった、と何度も繰り返していて。

「な! 独歩ちんも楽しかったっしょ! 絶対また来てもらおーな!」
「ま、まあそりゃ……でも一二三、お前本当に、平気だったのか?」
「ん? なんだろな、んー、多分なんだけど、俺っち、ちゃんのこと、独歩ちんが好きな子〜って、知ってたからかな」
「だ、だからなんだよ……?」
「なんか、平気だったんよなー、良い子だって分かってたし、この子は絶対大丈夫、ってーか」
「は? なんだよ、それ……」
「んー? なんなんだろうな? 俺っちにもよくわかんねーや!」

 そんな話があるのか? とも思ったが、実際、それからも一二三とは普通の友人同士のように、交流を続けており、一二三の職業柄、外でと会っては、に危害が及ぶ可能性もある、という訳で、と一二三が会うときは、いつも、俺達の家で、俺も交えて三人で、だった。それもこれも、一二三が俺を気遣ってのことだ、とも、理解出来ていたし、一二三は絶対に、を女性として好きになったりはしない、だって、他の女みたいに、俺を踏み台に一二三と御近づきに、なんて考えるような奴じゃないし、───二人は、俺とは違うから。俺みたいに、姑息なことは考えない、───嗚呼、でも。今はそうかも、しれない、今は俺が一番、の近くに居るかもしれない、けど。───その場所を、掻っ攫われる可能性なんて、いくらでもあるのだということ、7年間、それが俺の立ち位置だったという事実だけで、8年目も、それは俺のものだ、なんて、手放しに信じてはいられないのだ、と。そう、強く実感したのは、一二三とが友人になったことが、きっかけだったような気もする。

 ───その日、も俺も揃って、得意先に営業に出ていて。ちょうど、近くに居るから、と、直帰の許可が降りて、───というより、がハゲ課長からその許可を毟り取ってくれて、俺とは、ヨコハマの、互いの担当する得意先のビル近くで合流して、飲みに行こう、と言うことになって。
 まあ、あまり、ヨコハマをうろつくのもなあ、と言う気は、していたのだ、一応は。MTCの人達と鉢合わせ、なんてことにはならないだろう、とも思ったが。自分の不運ぶりを思えば、あまり自信を持って、そう断言も出来なかったし、シンジュクに戻って飲んだほうがいいんじゃないか、とは思っていた。

『───観音坂くん! ぜったいぜったい中華街いこ!』
『───は?』
『だから、帰りに! 一緒に中華街、いこ? 私それを楽しみに頑張るから! 御社担当をぶっ飛ばしてくるからさ!』
『え……いや、、そんなことでやる気出るのか?』
『出るよ! ね? 私がんばるからさ、それが観音坂くんからのご褒美、ってことでどう? だめ?』
『だめ、……じゃない、けど……。 ───わ、わかった、じゃあ行くか、中華街。俺とで、退屈じゃなければ……』
『は? 退屈なわけなくない? やったー! 今日も頑張ってお客様をぶっ飛ばしちゃお!』
『……あ、あのさ、だからその、、俺にも、その、』
『うん? なに? 観音坂くんも、ちゃんからのご褒美ほしい?』
『な、』
『いいよ! でも、だからって肩に力入れすぎないこと! ちゃんと今夜、待ち合わせ場所まで着てくれたらそれだけで、ご褒美あげるから、ね?』
『な、なんだそれ……甘すぎだろ……』
『そりゃ勿論、私は観音坂くんが生きててくれたら、それだけで誉めてあげたいからね? 自分に厳しくするのとは、また話が別!』

 そんな風に言われて、浮かれてしまったのも、あるし。ヨコハマへと向かう道中、朝から楽しげだったにはとても、ヨコハマはちょっと、とは言い出せなくて、───まあ、俺はこんなだけど、は世界に祝福されたような奴だし、きっと、悪いことにはならないだろう、なんて、思ってしまったのだ。


「───おや? 観音坂さんではありませんか?」
「……は? え、あ、い、入間さん?」
「ええ、お仕事ですか? ───ん? そちらは、もしかして、」
「え?」
「あ、この間の……」
「ああ! やはりさんでしたか! お久しぶりですね」
「あ、はい。その節はありがとうございました、入間さん」
「銃兎です。ご連絡を頂けなかったので、どうされているのかと心配していました。お仕事、お忙しいんですか?」
「ええ、まあ、そうだよね? 観音坂くん」
「へ!? え、あ、ああ……そ、ソウデスネ……?」
「なんでカタコトなの?」
「ははは、面白いですね、観音坂さん」

 ───いや、ははは、じゃねーよ、こんにゃろうが……。
 結局、向こうも一応は職務中だし、の前で、堂々と不良警官振りを発揮する訳にも、いかなかったのかも、しれない。その場はどうにか、会話もそこそこに切り上げて、俺とは中華街、お目当ての店に移動して、料理も運ばれてきた頃、───俺は、思い切って、先程の疑問を、に切り出した、

「……な、なあ、、入間さんと知り合い、なのか……?」
「え? ああ、うん、知り合いっていうか前にヨコハマに来たときに、職質? されて」
「は? いつ?」
「得意先に来たときじゃなかったかな……それで、なんかね、もし何かあったら、って」
「……うん」
「連絡先教えてくれてね。それから何回か、心配してくれてるのか連絡来たんだけど、親切なひとだよねえ、刑事さんってすごいなーと思って。私はオフはオフ! ってかんじだし、信じられないけどね。業務時間外まで仕事して、えらいよねえ」
「……は? え?」
「ん? なに?」
「いや……それ、職質じゃなくてさあ、」

 ナンパじゃないのか、いや、ナンパだろ、ナンパだよ。あんの不良警官が、そんな真面目に職務に励む訳ないだろ、───とは、さすがにには言えないし、というかそもそも、ナンパだろ、とか言える訳ねーだろ! 自分の好意だって、伝えられてないのに、他人の好意を、伝えてやる義理なんかねーよ! ───なんて、俺が一人で、葛藤している間にも、は、運ばれてきた小籠包を頬張って、熱さに口元を押さえて震えていて、───クッソ、クソ可愛いな!? なに? なんなの、なんでこんなに可愛いの? 国宝? 国宝なのかな? あああ本当に可愛いなくっそ、小籠包ぜったい食べたいって、今朝しきりに言ってたもんな、くそ、もう、ほんとかわいい……は? 無理……。

「? ん、にゃに、……んん、なに?」
「い、いや……なんでも、ない」
「そう? それより観音坂くんも食べなよ、冷めちゃうよ? はい、よそったからこれ食べて」
「わ、悪い……」
「ふふ、これもご褒美だから!」

 ───考えてみれば、当たり前だ。仕事も出来て、器量良しで、何しててもこんなに可愛くて、───俺みたいな奴に、こんな風に接してくれて。そりゃ、を好きな奴なんて、きっと、俺以外にも居るだろ。馬鹿だよな、俺。社内では、俺が居るから、牽制できてるから問題ない、なんて勝手に彼氏気取りで、───俺に、麻天狼が、ディビジョンバトルがあるように、にも、外の世界なんて、いくらでもある。彼女に手を差し伸べる相手なんて、いくらでも居るだろうに。───それ以上、何も考えたくなくて、泥のようなこの夜に沈んでしまいたくて。
 ───そんなことより、と笑った彼女の言葉に、心底、ほっ、としていた俺は、本当に、何処まで、彼女に相応しくない、人間なのだろう、な。 inserted by FC2 system


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