良いこのための選ばれたい講座

 クリスマスが今年もやってくる、───だからといって、それで、何かあるわけでもないんだけど、な。

 俺は、こんな風に、世の中が、特別な空気で満ちる、大切な日に、世界から取り残されることを、何年か前までは、心苦しく感じていた。お前はいま幸せか、お前は正しく生きているか、と。そう、人生の成果を、問われているようで、この一年間の、答え合わせをされているようで、ずっと嫌だったのだ。誕生日、クリスマス、バレンタインとか、そういう、特別な誰かと特別に過ごすものだ、と世界が決めた時間が、俺にはとにかくプレッシャーで、確かにずっと、苦手で仕方がなかったんだ、が。
 ───流石に、もういい歳で、そういう葛藤も吹っ切れてきた、のかもしれない。俺は今日も仕事だし、今年も誰にも祝福されてねーぞ! だからどうした!? ───と、そう開き直っているだけ、かもしれないし、俺にも、そういう幾許かを、少しくらいは、手に入れられたのだろうか、と。そう、思えるようになったのかも、しれないけれど。

「観音坂くん、これ、クリスマスプレゼント」
「え、いいのか?」
「うん。観音坂くんさ、多肉育ててたでしょ? これ、小さい鉢なんだけど、エケベリアのね、スカイローズって種類だって」
「へえ……可愛いな、花束みたいだ」
「でしょ! クリスマスっぽいかなって思って」
「ありがとう、大切に育てるよ……あ、俺からもにプレゼントあるんだ、気に入るか、分からないんだが……」

 クリスマスと言ったって、今年も仕事だし、きっと残業だし、何か、大切な約束があるわけでもないし、サンタなんか来ないし、サンタ役を任されている、なんてこともないし。───でも、出社さえすれば、今日という日は、に会える日になる。そんなの、別に今日に限ったことじゃないんだが、同期としての付き合いも長い俺達は、何年前からだったか、きっかけがどちらだったか、正確に覚えていないものの、いつからか、毎年こうして、クリスマスプレゼントを交換するようになったのだ。
 勿論、友人の域を出ない程度の、細やかなプレゼント、という暗黙の了解で、お互い送れるものは、ある程度限られているのだが。───いつだったか、俺が零した、仕事で使うもの贈られるのって、プレッシャーにならないか? という呟きを、は未だに覚えてくれているらしく、こうして、俺の好きなものだとか、家に帰ってからや、休日に使えるものを選んで、プレゼントしてくれるのが、なんだか、妙に嬉しくて、───我ながら、子供っぽいとは思っているのだが、毎年、彼女からの贈り物を、楽しみにしてしまっている自分が居て、───やっぱり、俺のクリスマスへの苦手意識が和らいだのは、一二三や、寂雷先生のお力添えもあるが、の存在が、一番大きいんじゃないだろうか、と、そう、思う。

 ───それに、この日は、堂々と、にプレゼントを贈っても良い日、でもあるから。

「一応、一二三の奴にも聞いたんだ、これ可笑しくないか? って……だから、センスとか、大丈夫だとは思うんだが……」
「え、大丈夫でしょ。だって私、観音坂くんが私に、って選んでくれたなら、私はそれだけで嬉しいよ?」

 本当に最初の頃、女性が好むプレゼントなんて、全然分からなくて、雑誌やネットの情報を鵜呑みにして買った、ジュエリーブランドのハートのネックレス。後から、一二三にそれは無い、と散々ダメ出しを食らって、よくよく調べたら、女が貰って困るプレゼントのベスト3に入る、なんて出てきて、そんなものをに押し付けたことを、死ぬほど後悔したが、はといえば、普通に喜ぶ素振りを見せてくれたし、未だに、あのネックレスを持っていてくれていることを、俺は知っている。今日だって、着けてくれている、しな。───まあ、義理かもしれない、俺に気を使っているだけ、かもしれないし、そもそも、───恋人でもないのに、アクセサリーは重い、と一二三に言われてからは、毎年、一二三に相談してプレゼントを選んでいるし、───ああ、そうか、適度なプレゼント、という暗黙のルールが出来たのって、元はと言えば、俺のせいか……。

「───観音坂くん?」
「……はっ、す、すまん。それで、えー、これなんだけどな」
「なになに? ……あ、これ、コフレ?」
「クリスマス限定、ってやつで……なんかブランド? のパレット? とか? で……あー、その、俺はよく知らないんだが、一二三が、人気のある奴だ、って言ってて……」
「ふうん、……じゃあ、一二三くんが選んだの?」
「え? いや、違うぞ?」
「!」
「確かに、店と品物を教えてくれたのは一二三だが、あいつ、デパートの化粧品売り場なんて、女性だらけで近付けないからな」

 まあ、俺だって、そんな場所には慣れていないし、こんなリーマンのおっさん、フロアから浮いてただろうし、スムーズに買えたか、と言えば、全然そんなことはなくて。───でも、店頭で、良いものを見つけたから、行った甲斐はあったし、俺にしては、結構良いプレゼントを、選べたんじゃないかと、思って、いるんだが、ああ、でもどうなんだろうな、結局、問題は、がこれを貰って、嬉しいかどうか、だもんな……。

「あ、……そう、だよね」
「一応、選んだのは俺で、……だから、その、もしかしたらが好きな物ではないかもしれないんだが、い、一応、似合いそうな色を選んだ、つもりだから……」
「……そっか」
「あ、でも気に入らなかったら使わなくていいからな!? こういうの、好みもあるだろうし、というか、事前に一二三に色も見立てて貰うべきだったよな、って、今更気付いたし、だから、」
「ううん、気に入ったから使うね! 観音坂くんが選んでくれたの、嬉しい! 私の好きな色だし!」
「……ほ、ほんとに?」
「ほんとだよー、ありがと!」

 ───ほんとにほんとに、本当か!? やっぱり、気を使わせたんじゃ、俺がろくなセンス発揮できる筈もないし、女性に化粧品なんて、初めて贈ったし、というかそもそも、化粧品なんて自分で選びたいだろうし、俺なんかに何が分かるって感じだし、友人の男からのプレゼントとしてはかなりギリギリ、いや、ギリギリアウト、じゃないのか!? ───と、ぐるぐる考えて。でも、は、───ちゃんと、嬉しい、って言ってくれたんだ、よな。
 もしもその言葉が気遣いでも、本心でも、───こうして、不安に取り乱す俺に、迷わず微笑みかけてくれるは、やっぱり、出来た女性、なのだと思う。あの不良警官、はともかく、に相応しいのは、寂雷先生みたいなお方だとか、一二三みたいな気の利く奴なんだろうなって、そう思う。───まあ、あの警官にも、男として俺が勝てるか、って言ったら、全然そうでもないんだけどな……。

 ───でもさ、やっぱり、好きなんだよな、俺。


 俺にとっては、入社以降、同期で、話す機会も多くて、話すのが苦にならなくて、仕事が出来て可愛い、あこがれのひと、のような存在だった。高嶺の花だ、と分かっていたから、ぼんやりと、そう、思っていて。

 ───そんな彼女を、明確に、好きだ、と感じたのは、多分、入社二年目の事、だったと思う。

『───待って、私もついてく』
『え、いやでも、先方に絶対文句言われるぞ……?』
『平気! 今日の講師、私の取引先のお偉いさんで、何度か接待してる人だし、連絡先知ってるから、私から言い訳しとく!』
『! そ、そうなのか?』
『うん、ちょっと電話してくるから、その子見ててくれる? 五分で絶対言いくるめてくるから! あ、あとこれ私のお昼! パウンドケーキ入ってるから、よかったらその子に食べさせて!』
『わ、……わかった、頼む、海野』
『まかせて!』

 研修で外に出ているときに、偶々、迷子の女の子を見つけて、俺が声を掛けて、交番に連れて行くくらいしか出来ないな、と思いながら、先に行っててくれ、と伝えた彼女は、迷う事もなく、そう言ってくれて。その後の対処なんて、何も考えられていなかった俺を他所に、てきぱきと判断して、弁当包を俺に渡して、そのまま高いヒールも気にせずに、走り去った彼女は、本当に5分後に、相手先を納得させて、丸く収めて帰ってきて。

『これ、さっきのお姉さんが君に、って。食べられるか?』
『……いいの?』
『うん、君が食べてくれたら、も喜ぶと思うぞ』
『……おねえちゃん、やさしくて、かっこいいね』
『……そう、だな』
『……これ、おいしい』
『そっか、よかった」

 さっきまで、わんわん泣いていた女の子が、の作ったケーキを頬張りながら、にこにこと笑っていて。女の子と二人で、を待っている間、なんだか無性に、胸が暖かくて。
戻ってきたの姿を見たときに、得意げに笑う表情が、昨日よりも眩しく見えて。───ああ、おれ、が好きだな、って。───俺はあの日、はっきりと、そう、思ったのだ。


「あーもー! 案の定これよ! 今年も皆帰った!」
「いや、ホント……まあ、そりゃ分かるよ? 家庭があるんだよな? 家で子供と奥さんが待ってんだよな? こんな日はさ、帰らないとだよな? ……でもさあ!?」
「家庭人ならね? まあね、仕方ないよ!? でもさあ!?」
「独身がその煽りを全部受けんの、絶対おかしくねーかな!?」
「それねー!?」
「そんなに帰りたきゃ、家で仕事したらどうだよ!? って言ってやりたたくなるよな!?」

 まあ、普段からそうなんだけどな……。世の中、というか社会では、大抵、独身がこういうとき、真っ先に犠牲になる。もう世帯持ちの社員は、上司も部下も全員帰ったし、そうじゃない後輩なんかも、流石に今日残業させるのは不憫で、適度な残業で家に帰した。そうなれば、もう、フロアに残っているのは俺とだけで、こんな光景ももう見慣れたものだし、クリスマスは毎年こうだし、……まあ、予想は出来てたけどな。

「わーやだー、向かいのビルもまだ電気点いてるよ、はは、きれいだね……」
「……イルミネーションってさあ、社畜の命で明るく燃えてるんだろうな……」
「やだー! 他人の娯楽で命消費されたくない!」

 そうして、次第に妙にハイで、様子のおかしい会話になってくる中、───突然、が高らかに宣言して。

「観音坂くん!」
「えっ、あ、ハイ」
「私ケーキ買ってくる!」
「え?」
「行ってきます!」
「ちょ、まっ、お、俺が行くぞ!? 外寒いしさあ!?」
「へいき! 行ってきます!」

 そう言って、コートを羽織って飛び出していった彼女に、ぽかん、と取り残されて。いや、やっぱり俺も付いていくべきだったんじゃないか、こんな時間に、ひとりで危ないだろ、財布しか持っていかなかったし、スマホまで置いていったし、何かあったらどうするんだ!? ───と、慌て始めた頃、あっさりとが戻ってきた。───片手に、茶色の紙袋を下げて。

「駄目だー! 外カップルばっかり! 心折れて戻ってきた!」
「お、お疲れ……あれ、じゃあ外には出なかったのか? それ、何処で買ってきたんだ?」
「ああ、これ? 下のフロアにさ、コーヒースタンド入ってるでしょ? ケーキ売ってたなって思って見てきたんだけど、皆同じこと考えてるみたいで、もういちごのとか、そういうの全部無くて?……」

 コーヒースタンドの袋から、紙コップに入った二人分のコーヒーと、それから、小さなケーキボックスを取り出して、───ぱか、と開かれた、其処には。

「……ミルクレープ、だ」
「クリスマスっぽくはないけど、観音坂くん好きでしょ? これ。私も久々に食べたくなって、買ってきちゃった!」
「……覚えてて、くれたのか?」
「うん? そうだよ? ね、甘いもの食べて休憩しよ。あとひといきだし!」
「……うん、そうだな、……ありがとう、
「? どういたしまして?」

 ───こうやってさ、俺の好みを、細かく覚えてくれてたり、疲れた顔してると、さっ、と気を切り替えられるようにしてくれたり、にこにこと、隣で笑って話してくれたり、だとか。そんな、きっとにとっては、何気ないことが、俺にとっては、本当に大切なんだよ。心が、握り潰されそうなほど、苦しくなるのに。じゅわじゅわと、体の内側であぶくが弾けて、くすぐったくて、堪らなくなる。あったかくて、さ、ずっと、此処に居たいって、思っちゃうんだよ。

「ねえねえ、駅の方ってイルミネーション深夜までやってるよね?」
「あー、確かやってたな……」
「じゃあさ、帰りにそれ見てこうよ! 一人じゃちょっと、近付きづらいけど……」
「……そうだな、二人なら目立たないだろ。まあ、こんな日に隣に居るのが俺で、には申し訳ないけどな……」
「なんで? 私は嬉しいけど」

 俺の気持ちも、俺の言葉も、絶対に否定しないんだよな、ってさ。俺と一緒で、嬉しいって、楽しいって、そう、言ってくれるんだよな。きっと、それは、今だけなんだ、って。そう、分かったんだよ、思い知ったんだ。───俺はただの同僚で、精々友人で、寧ろ、に迷惑とか、掛けてばっかりだし、───許されないことも、してるし、さ。は俺を、いつも許してくれるけどさ、俺は、俺を許してほしくないと思ってた。そうすれば、俺は確かに、どんな形であれ、の特別になれるんだって、そう、思ったから。
 ───でも、でもさ。

「……そういえば、来年のクリスマス、土日なんだな」
「あ、そうなの? 日曜なら、ワンチャン休みなのかな……そろそろ、会社以外で過ごしたいよね、クリスマス」
「はは、だな」

 来年のクリスマス、は誰と過ごすんだろう、って思ったらさ、───やっぱり、俺だったら良いのに、って。そう、思ったんだよ。反省とか後悔が出来てる奴の言い分とは、思えねーよな、でもさあ、やっぱり、最近、思うんだよ、俺。
……もうさあ、泣き寝入りで済ませられるほど、軽い気持ちじゃなくなってんだよなあ、って。 inserted by FC2 system


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