いつか忘れてしまうくらい沢山の約束

 蒼月学人くんと言う男の子は、蒼月流という名門デュエル流派の跡取りであり、対する私はサイバー流という流派の正統後継者だった。
 同じようにデュエルの流派に生まれ、後継ぎとして育てられた私たちは、幼い頃に親同士が決めた許嫁の関係だ。次代の当主として、他の流派の戦術や広い視野を取り入れることで、更なる流派の発展を目指す──というのが大人たちの考えた建前である。……少なくとも、学人くんにはそう言った名目が両親たちから与えられていることを、私も知っている。

「──さん! こんにちは!」
「……こんにちは、学人くん」
「お久しぶりですね、お元気でしたか?」
「うん。学人くんも元気そうでよかった」
「はい! 今日、さんにお会いできるのが、とても楽しみでしたから……体調にも、しっかりと気を付けて過ごしていたんです!」

 ──そう言って、私を見つめながらも仄かに頬を赤らめるこの男の子のことを私は、……本当に、可哀想な子だと思っているのだった。
 確かに、蒼月流の側には、サイバー流の免許を皆伝した正統後継者としての資格も持つ私を流派に呼び込むことで、更なる進化を遂げる、というメリットは存在しているかもしれない。……けれど、正統後継者である私が蒼月家の嫁に出される理由は一体何かと問われたのならば、サイバー流の次代を継ぐのは私ではないと既に取り決められているから、という理由に他ならなかった。
 つまるところ私は、我が流派にとっては次席に過ぎないのだ。……只、女であると言う理由だけで、私は次の師範代候補から外されてしまった。そうして、役目を失った私は有効活用──リサイクルとして、蒼月流とサイバー流の橋渡し役を務めることになったのである。……全部、大人たちの身勝手で。
 ……けれど、私は別にそれでも構わないと、そう思っている。サイバー流の後継者争いに身を投じたときには既に、相応の覚悟は出来ていたからだ。──でも、学人くんは、私たちのそんな事情とは、何も関係が無いだろうに。

「学人くん、最近、学校はどう?」
「楽しいです! ……その、実は仲の良い友達も出来たんです」
「出来た、というと……蘭世ちゃんと凛之介くんではなくて?」
「そうなんです。……彼らといっしょだと、毎日が目まぐるしく変化して、楽しくて……いつもみんなでラッシュデュエルをしていて!」
「ラッシュデュエル……最近流行ってる、あの?」
「はい! 実はその友達がラッシュデュエルを発明したんです!」
「へえ……! すごいね、小学生が作ったって本当だったんだ……ラッシュデュエルって確か、速攻展開が売りなんだよね? サイバー流とも、結構相性良さそうかも」
「きっと良いと思いますよ! ……あの、よかったらやってみませんか?」
「……私が? ラッシュデュエルを?」
「はい。まずは私がルールを教えますから」
「……うん、そうだね。教えてくれる?」
「はい! それでは、まずは……」

 そう言って楽しそうに、机の上にプレイマットとカードを広げて、従来のゴーハデュエルとの違いを私へと懇切丁寧に解説してくれる彼は、年齢の割に非常に頭の切れる子で、しっかりとした口調には熱が籠もり、されど早口にはなりすぎずに、聞き取りやすいテンポではきはきと告げられるその説明は、私にラッシュデュエルを好きになってほしいが為のものなのだろうと、聞いている私にもそれはよく分かる。
 ──学人くんは、大切な友達の考案したラッシュデュエルを私にも好きになってほしい。だって、私といっしょにラッシュデュエルを楽しみたいと、そう思ってくれているから。──そう、学人くんは、私のことが好きなのだ。……但しそれは、今よりもさらに幼い年の頃に自身の“許嫁”として大人たちから与えられた私を慕う雛鳥のような情でしかなくて、そんなもの、大人にそのように刷り込まれた事で生じた、一過性の気の迷いに過ぎない。

 だから私は、学人くんのことが可哀想でならないのだ。現在、ゴーハ第7小学校に通っている彼に対して、ゴーハ第8中学校に通う私は彼よりも三歳年上で、どんなに学人くんが私を追って8中に進学してきたところで、同じ校舎で学園生活を送る機会など、小学校で過ぎ去ったかつての二年間を置いて他には、既に二度と無いも同然だった。……或いは、大学生であれば、一年間は同じキャンパスに通う機会もあるかもしれないけれど、──私は、流石にそれまでにはどうにかして、この婚約を解消しなければならないと、そう考えている。

「──それで、ゴーハデュエルとの大きな違いとしては、モンスターゾーンが三ヶ所まで、という点で……」
「へえ……結構、戦術が変わってきそうだね」
「そうなんです! ……でも、これがやってみると思わぬ発見があって! とても楽しいんですよ!」

 卓上に広げられたカードと耳障りの良い声で繰り広げられる彼の解説に私が相槌を打つ度に、学人くんはキラキラと瞳を輝かせて、本当に嬉しそうに笑うものだから、──私は、彼が私に向かって微笑みかけるのを見つめていると、いつも、……嗚呼、早く、彼が恋に恋しているだけだと気付いてしまう前に早く、学人くんのことを手放してあげなければならないと、強くそう思うのだった。

 同じ校舎で学園生活を送ることも出来ない私では、まだ幼い彼の相手役として、あまりにも不十分だ。私と言う枷が有るばかりに学人くんは、楽しげに語る学園生活で友達を作ることは出来ても、“好きな女の子”を作ることは許されない。
 ──きっと、これからいくらでも、学人くんには素敵な出会いがあって、彼もいつかは本物の恋をするはずだから。……そうして、私の存在は彼にとって只の枷なのだと、蒼月学人はに恋をしている等と言う彼の認識は、他人の手で植え付けられている錯覚でしかなくて、……彼にとって私は、時々会う近所の姉のような存在に過ぎなかったのだと、彼はいつか知ることになるのだろうから。
 ──私は、学人くんのことが好きだ。彼のことを可愛い弟分だと、そう思っているから。……本当に、それだけだから。そうであるべきだと、決めているから。……私は只、そのときになって彼から突き放されるのが嫌で、本当は私の為に、この婚約を破棄したいと、……そう、考えているに過ぎないのかもしれない。だって私は、学人くんに嫌われたくはないのだ。

「……では、卓上デュエルで一度対戦してみませんか? 分からなくなったらその都度、ルールを確認しながらで構いませんから」
「……うん、大体は理解できたとは思うけれど……私と対戦しても、面白くないかもよ? まだ、私のデッキとラッシュデュエルの相性も、未知数だし……」
「だからこそ、楽しいんじゃないですか! ……それに私、さんとデュエルするの好きなんです。……そ、それと」
「? どうしたの、学人くん?」
「……いずれは、友達にもさんを紹介したいんです。そのときに、彼らともラッシュデュエルが出来たら、さんも楽しいと思いますから……」
「……私を?」
「はい。……揶揄われるかもしれませんし、私も恥ずかしいんですが……さんは私の大切な人なので、彼らには紹介しておきたくて」
「……そっか。……そうだね、それなら、やってみようか」
「! ……はい! ありがとうございます、さん!」
「いいのいいの、可愛い学人くんからの頼みだもの」
「……はい。……そう、ですよね!」

 月にたった二回、隔週の土曜日に、場所は必ず蒼月家の彼の部屋、大人の目が届く範囲で。──幼い頃に大人が取り決めた枠組みのまま何ひとつ変わらない、こんな“デート”だけで私が彼を縛り付けておくのは、余りにも不憫でならなくて。……だからこそ、まるで、その習慣から一歩踏み出そうとでもいうかのような「友達に紹介したい」という彼の言葉に、思わず少しだけ心臓が跳ねたけれど、学人くんの前では頼りになるお姉さんで居たくて、必死で動揺を押し殺して私はデッキをセットする。
 ──だめだよ、学人くん。友達に紹介なんて、絶対にしちゃいけない。真面目で律儀な彼のことだからきっと私との関係も包み隠さずに、“将来の結婚相手”として紹介してしまうことだろう。……そんな風に、互いの屋敷を出た外の人間にまで、私たちの関係を知られてはいけないんだよ、学人くん。それは必ず、あなたを不幸にしてしまうだろうから、──だから私は、このデュエルに勝って、「友達に紹介するのは、学人くんが私に勝ってからね」と、不敵に余裕を湛えて微笑めばいい。きっとそれで、すべてが滞りなく上手く行くはずだ。──学人くんは私のことが好き、私は学人くんのことが好き、だからこそ。……他でもない私こそがあなたを不幸にするなんて、決してあってはならないの。 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system