契約は魔法みたいには効かないね

 さんと初めて出会った幼い日に、──私は、全身に電流が駆け巡るような感覚を、知った。
 ……それこそが、私の初恋だと気付いたのは、彼女と顔を合わせた何度目かのこと。蒼月流とサイバー流とは、同じくゴーハ市に本拠を構える歴史あるデュエルの流派同士であり、互いの関係性が非常に良好だったからこそ、度々互いの稽古に混ぜてもらう習慣があったのだ。
 ──そうして、さんに何度かデュエルの相手をして貰ったり、彼女に構ってもらっている間にも私はどうしてか、不思議なくらいに彼女に対してどきどきしてしまって、……それで、いつしかこの気持ちこそが恋なのだと気付いてから少し過ぎた頃に、──当主間での取り決めにより、私とさんは許嫁となったのだった。

 許嫁とは、将来は結婚しましょう、という約束のこと。──そんな言葉の意味さえも、周囲の大人がしっかりと噛み砕いた上で懇切丁寧に説明しなければ理解できなかった年の頃の私と違って、……さんにはきっと、言われなくとも突き付けられた意味が理解できていたのだと思う。
 ──将来は、蒼月家の嫁に、というその言葉には、彼女がサイバー流の免許皆伝者でありながらも、当主争いからは脱落させられたのだという事実をも含んでいたことにだって、敏いさんは気付いていたはずで、──それでも、彼女は金属のように冷淡な態度で当主たちからの言葉を受け入れると、「よろしくね、学人くん」と、……酷く申し訳なさげにまなじりを下げて、──当主たちより道場に呼び出されて、板の間の上で彼女の隣に正座していた私に向かって、悲しげにそう告げるものだから、……ああ、この婚約が嬉しいのは私だけなのだな、と。……あの頃から私も、ちゃんと気付いてはいたのだ。

 私の方が三歳年下という彼女との歳の差は、大人になればさほど気にならない程度の差に過ぎないのかもしれない。それでも、子供にとっての三歳差は酷く大きくて、小学校だって同じ学校に通えていたのは私が三年生の頃までの話だったし、私が中学に上がる頃には既にさんは高校へと進学した後で、高校に上がった頃には彼女は既に大学生になっていることだろう。……だから次に、私がさんと同じ学び舎に通えるようになるのは、大学生になってから。そう思うとやはり三歳の年の差は大きいし、……何よりも彼女にとって私は、子供に過ぎないのだろうと言うことが、痛いほどによく理解できていた。

 まだまだ発展途上の子供である、という事実は、彼女だって同じだけれど。私とさんとの間にあるそれは、どうしても酷く大きなものに思えてしまう。
 彼女が中学生になるよりも前には、同じ校舎で過ごしていたし、私も当時は生徒会長ではなく時間もあったから、時々、彼女に会いに行ってみようとしたことがあった。しかし、彼女のクラスまでさんに会いに行くと、自分よりもずっと背丈の高い上級生が彼女の周りに居る光景が、嫌でも視界に飛び込んできてしまうから、どうにも会いに行くのは気が引けてしまって。……けれど、やはり月に二回の“逢瀬”以外でもさんに会いたくて、コンプレックスを解消するべく沢山牛乳を飲んで、蒼月流の鍛錬などの運動にも積極的に励んだから、お陰で今の私は同級生と比べても結構背丈が高い部類だし、それだけなら、さんの隣に並んでも、其処まで不格好には見えなくなったと、そう思う。

 ──けれどきっと、そうしてがむしゃらに励むところが、彼女からすれば子供っぽいのだろうな。──「学人くん」という彼女からの呼び方には、「私はあなたよりも年上ですよ」という心の距離を感じて、どうしても苦手だ。
 いつも静かな眼をしている彼女が、サイバー流の後継者たれと、厳しく躾けられて育ったことも、だからこそ表情が表に出ないひとなのだと言うことも、ちゃんと分かっている。……そう、分かっているのだけれど、それでも。
 ──やっぱりさんは、私の前では特別に、“大人”を演じようとして、肩肘を張っているように思えてならないのは、……何も、私の幼さ故の思い込みばかりが理由ではないのだろうなと、そう思うのだ。

「──あれ。ガクト、そのカード初めて見るね。……パワーボンド?」
「……ああ、これは、さんのカードなんです」
「ああ。さんって、確か……」
「コンニャクだろ! ガクトのコンニャク!」
「違いますルークくん……さんは蒟蒻ではなく、婚約者……私の許嫁ですよ」
「良い名付け……? おう! 、っていい名前だな!」
「……ルークくん……」

 何も理解できていない顔をしながらも、そんな風に自信満々に言い放って胸を張るルークくんには思わずため息が漏れるものの、──小学生が許嫁を持つなどと言う、世間一般からは恐らくかけ離れている価値観も、同じくどこかしらが皆からずれている彼らだからこそ、普通に受け止めてくれているというところでもあるのだろうなと、近頃はそう思う。
 ──実は、遊我くんとルークくん、それからロミンくんは既に、さんの存在を知っているのだった。……さんには照れ臭くて隠しているけれど、私の許嫁で初恋の相手でもある彼女のことを、……正直なところ、自慢したいと言う程度の独占欲くらいは、私も持ち合わせている。さんは未だ私のことを、嫉妬などとは無縁の子供だと信じ込んでいるから、彼女にはこの気持ちも気づかれないように努力しているし、……そもそも、私と彼女とは恋仲であると胸を張れるほどの間柄でもない。……けれど、彼女が私の好きなひとで、いつかは結ばれる運命にあること、……だからこそ、その日までに彼女に相応しい人間になりたいと思って、私は蒼月流の跡取りとして日々に励んでいるのだと言うことを、……他でもない彼らには、ちゃんと話しておきたくて。とっくの前に遊我くんたちにはさんの存在を伝えてあるのだった。

さんのカード、ということは……」
「ええ、そうなんです! さん、ラッシュデュエルにご興味があるそうで!」
「おお! マジかよ!」
「やったね、ガクト! それじゃあ、そのカードを見ていたのは……」
「……ええ。ラッシュデュエルの楽しさを知ってもらうためにも、従来のルールとは違うラッシュデュエルでは、パワーボンドをどのタイミングでどのような使い方をするのが有効的なのか? と……そう、考えていたんです。……彼女にとって、とても大切なカードですから……」
「……そうだね。じゃあ僕達もいっしょに考えるよ! ルークもやるよね?」
「? おう! なんかよくわかんねーけど、楽しそうだしやるぜ!」
「え、……いいんですか?」
「もちろん。……だって、さんにも、ラッシュデュエルを好きになってほしいからね!」
「……ありがとうございます、お二人とも……!」

 ──パワーボンドは、サイバー流のキーパーソンとも呼べるキラーカード。だからこそ、このカードにもしも未だ知らぬ使い方があると分かったのなら、きっとさんもラッシュデュエルに夢中になってくれるはずだと、私がそう確信しているのは、……彼女がサイバー流のデッキのことを本当に好きなのだということを、私は知っているからだ。
 サイバー流の後継者候補でありながら、その席からは脱落を余儀なくされた、さん。そのデッキの担い手として、才能を持っていたからこそ、……私の許嫁などにされてしまった、さん。──それでも、彼女は決してデッキに八つ当たりしたりせずに、機械の龍たちをこよなく愛し続けているのだった。──研ぎ澄まされた鋭い眼光を、鈍色に輝かせながらカードの剣を引き抜く、あなたの。……その真剣な面持ちこそが、私は好きだと思う。
 ──さんは、きっと知らないだろうけれど。私が彼女に目を奪われたのは、あなたのそのデュエルが余りにも、力強い美しさを湛えていたからだったのだ。……それからというものの、稽古でいっしょになる度に私はあなたの戦術を目で追って、デュエルの最中に楽しげに笑う表情に心臓が跳ねて、あなたと話しているといつも胸がどきどきと煩くて、……私があなたに向ける感情は、本当に初恋だったんです。……だから、今は未だ、あなたには本当のことを教えられない。私がさんに相応しいだけの男になって、あなたが私の言葉を認めざるを得なくなるその日まで、──私はあなた相手であろうとこの愛を、安売りするわけにはいかないんです。 inserted by FC2 system


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