喪失に宿る青

 ──これは、後に彼女本人から聞いた真相であり、当時の私は知る由もなかったことだが、は元々暮らしていた時代で、実家から里子に出された先で育てられたのだそうだ。
 当時、まだ幼かった彼女は、何故に自身が養子に出されたのかについては記憶さえ持たなかったが、──それでも、何度も家を変えてたらい回しにされてきたという事実での心は傷付きっていて、──そうだ、思えば彼女にはずっとずっと、"家族”と言う存在への並々ならぬ情念があり、──私には、彼女のそれを完全には理解出来ていなかったのだろう。

 元の時代で彼女を引き取ったの養父は、デュエル開発に携わる人間だった。養父と彼女には血縁関係こそはなかったものの、は父の仕事を見るのが好きで、幼い頃は度々、父の務める会社まで着いて行っていたのをよく覚えていると、彼女はそう言っていた。
 当時は今よりもずっと子供だったから、には父の仕事の詳細については教えられていなかったものの、恐らくはカードデザインが父の管轄だったのではないかと彼女は言う。──しかし、それとは別にの父は、あの"遺跡”の研究を独自に行っていた。
 当時、まだ幼かったには、父が遺跡を研究して何を解き明かそうとしていたのかは分からないし、父の大望も、結局は分からずじまいだそうだ。
 ──なぜならば、彼女は。
 父に着いて向かった遺跡で、──あの水晶体の光に飲み込まれて、──気が付いたときには、は、フィールド魔法の張り巡らされた不思議な空間で、猫の姿になっていたからだ。

 ──そう、私の愛する彼女は、は、元来この時代の人間ではないのだ。元の時代の彼女は今もカードに封じられたまま、きっと養父の研究室に眠っているのだろう。
 恐らくは、王道遊我と同じように未来から来た、この時代における異邦人というのが、彼女の正体なのだ。

 だが、私にとってそのような些事は、取るに足らないことだった。
 がこの時代の人間ではなく、彼女は私の傍に居るべきではないのだとしても、そのような道理は私が変えてやろうと、そう心に決めていたのだ、私は。
 そうだ、私は一目見た瞬間から、──必ずや彼女を己の伴侶とするのだと、自らに誓っていた。

 私がと言う少女を初めて見たのは、とある大雨の日のことだ。
 六葉町に拠点を構えたMIKの支部から所用で外に出て、迎えの車を回している間、近所で開催していたデュエル大会の様子をぼんやりと眺めていたところ、──その最中に、偶然にも彼女はいた。

「──青眼の白龍でプレイヤーを攻撃! 滅びの爆裂疾風弾!」

 ──華奢な指先で伝説の白龍を操るその少女の目は、清らかな深海の如き美しさを湛えており、──宇宙ドラゴンである己にとって、ドラゴン使いと言う概念は、ある種では天敵として認識したとて何ら可笑しくはなかったのに、──私はその日、彼女のデュエルにまるで釘付けになってしまったのだった。
 小規模な大会とは言えども、あっという間にデュエルを制した彼女はその大会に優勝し、主催者からの優勝賞品を受け取る。賞品を受け取る少女は何処かホッとしたような表情に安堵を浮かべ、表彰台を降りると、──数名の宇宙人グループの元へと、小走りで駆け寄っていった。

「──さん! あの、優勝しました、これ、賞品……!」
「……馬鹿だな、金にもならない賞品など、何の価値がある?」
「せめて二位の賞品なら、まだ値が付いたでしょうに……」
「この大会の優勝賞品は、只のカードだろう。それも、希少価値の低い……」
「……あの、わたし、言われた通り、ちゃんと、勝って……」
「勝てばいいと言うものではない、お前には賞金稼ぎをしろと言ったんだ」
「全く使えない……そのカードはデッキの強化に使え、精々、次の大会では挽回しろ」
「デュエルしか能のないお前を、誰が食わせてやってると思ってるの?」
「……はい、そうですよね……次は、ちゃんと、お役に立ちます……ごめんなさい……」

 宇宙人どもの傍まで駆け寄るや否や、先ほどまでは嬉しそうにしていたの表情は一気に曇っていき、──私は宇宙ドラゴンの血を引くがゆえに常人よりも幾らか耳がいいもので、その際の彼らの会話もすべて聞こえてしまっていた。
 身体的な特徴から見れば、地球人の少女にしか見えないが、見るからに宇宙人と言った様相の連中へと駆け寄っていった事実がそもそも不自然ではあったが、──案の定、彼らはの肉親ではなかったらしいと、その会話で私は気付いた。
 
 カードの世界で数年間もの間を猫として過ごした後に、どうやら彼女は偶発的にカードの世界から転がり出て、にとっては過去に当たるこの六葉町へと迷い込んだらしい。

 その際に、彼女の猫化自体は解けたものの、猫の姿で過ごしていた数年間で、は元の記憶が緩んでしまったのか、すっかり明瞭さの欠けてしまった脳では、自分が何処から来て、今何処にいるのかをしっかりと考えることもままならなかった。
 その後、やがて、子供一人では生きるに困ったはそのまま現地の宇宙人に保護されて、彼らのもとで、──は、彼らに利用されながら暮らしていたのだった。──この時点で、宇宙人の手から市民を守る立場にある私に落ち度があったのは間違いない。……私は、MIKは、が宇宙人の被害に遭っているのを見過ごしていたのだ。……故に私は、お前に敬愛されるような立場には居ないのだと、本当は分かっているとも。

 カード開発に携わる父に持たされていた、レジェンドカード──青眼の白龍を主軸にしたのデッキは非常に物珍しく、その事実は、この時代でも変わることがなかった。
 だからこそ、青眼を持っている限りはときに危険に晒され、厄介ごとに巻き込まれもしたが、この世界で唯一を元の時代と結び付けるよすがは、最早そのデッキひとつだけだったから、彼女にはそのカードを手放すこともまた、決して出来なかったのだろう。
 それに、あのカード──青眼の白龍のことが、幼い頃からはは一等に大好きだったのだと、そう言っていた。「ずっとドラゴンが憧れで、カードを買ってあげるってショップに連れて行かれて、この子が良い! って思ったんです、……なんて、子供っぽい、ですよね……」そう言って気恥ずかしげに目を伏せて龍を胸に抱いていた彼女の憧憬が、養父への情に基づいたものであるのか、或いは生粋の竜使いの才と加護を持って生まれたが故か、──その真相は、決して彼女にしか分からないのだろうが、私はずっと、後者で在れと言う幻想を抱き続けている。

 は必死でデッキを守り続けたものの、ひとりぼっちの彼女には、誰かに利用されることを完全に避け続けるのは難しかった。
 この時代で彼女を拾った奴らもまた、そんなのデッキ──青眼とのことを利用していた。
 をデュエルの大会に駆り出しては賞金稼ぎをさせて、同時に、地球人の孤児を保護しているという名目で、彼らは確認済宇宙人地球居住許可証を持たない身でありながら、MIKの目を欺き地球人と同等の手厚い待遇を受けている。……そんな彼らのこと恐ろしく思いながらも、逃げ出すことも彼女には叶わずに、最低限の衣食住の見返りとしてはデュエルの大会に出場しては、連中の元で賞金稼ぎのようなことをさせられていたらしい。

 ──ざあざあと降りしきる雨の中、の“家族”の肩書きを持つはずの宇宙人どもは、自分達だけが傘を使い、彼女が雨に濡れることなどはまるで気にも留めない。
 まるでそこにが存在しないかのような態度で振舞って、背丈も彼らより小さな彼女がばしゃばしゃと跳ねる水飛沫と滑る地面に歩きづらそうにしながらも小走りで彼らを追う間、連中はを気に掛けずに、それどころか彼女が転んでしまっても振り返りもしない。大粒の雨で私とて視界は散々だったが、それでも、が泣いているのは分かっていたし、雨の音に遮られて誰にも届かない嗚咽を聞きながら、──私は、傘を握る自身の震える手を押さえつけるので精一杯だった。

 ──今すぐにでも、あの少女に駆け寄って、傘を差してやりたい。
 あの宇宙人どもに背後から銃口を突き付けて、殺してやりたい。

 今すぐに此処で、彼女を救ってやりたかった。傘を握っているのと反対の手で、コートの下に忍ばせた銃を握りながら、高ぶる呼吸を必死で押し付けて、脳に酸素を送り込む。──落ち着け、今ここで私が単独の物理行使に出ても、根本的な問題解決には至らないと知れ。何の為に私はMIKを立ち上げた? 何のための組織だ、単独で動くよりも徹底的に隙のない手段で、──宇宙人どもを駆逐するための機関が、私の作り上げたMIKという組織だろう?
 今ここで連中を殺すな、市民が見ている、──それに何より、彼女が見ているだろう。私が今ここで彼女の身内を殺したのなら、私は彼女にとって間違いなく呪わしい相手になる、──救い出すだけならそれでも構わないかもしれないが、しかし、……それでは、彼女は救われない。──あの子は間違いなく、無償に注がれる愛を求めていて、私ならばそれを与えてあげられる。

 あの子に、手を差し伸べてやりたかった。
 ──お前に、居場所を作ってやりたいと、私はあの日、確かにそう思ったのだ。

 MIKの総帥と言う自らの立場を考えれば、その場で強硬手段に訴えるのも、決して有り得ない選択ではなかったことだろう。目撃者はどうしたって出るが、宇宙人を断罪する行為を糾弾するならば、市民にも然るべき処分を受けさせればいいだけのこと。──しかし、必死で殺意を堪えて彼らを見逃したのは、……私があの日、お前に目を奪われてしまったからだ。と言う少女を、私の傍に置きたいと願ってしまったからだ。……我ながら、酷い打算だな。

 私があの日、お前を見つけたのは、ほんの偶然の巡り合わせに過ぎなかったのだろう。
 或いは、私が手を伸ばさずともお前は深淵より掬い上げられる日が来るのかもしれないし、私に目を付けられた事実の方が余程彼女にとっては不幸な出来事なのかもしれない。しかし、それでも、──私は、お前が欲しかった。
 という少女は、穏やかに笑って誰も疑うことを知らずにまっさらで、きらきらしく輝く宝石のような人間で。……地球と言うこの惑星に産まれた、選ばれし一握りの存在と言うだけではなく、──私の目を惹くほどの輝きが、彼女には備わっていたのだ。故に私は、──ああ、彼女が欲しい、と。……一目見たその際に、そう強く願っていたのだった。

 苦渋の決断でその場は彼女を見送り、MIKの支部へと戻った私は、すぐさま彼女の素性について調べ上げた。
 そうして、一刻も早く、あの宇宙人どもから救い出してやらねばと、彼女の身元を調べていくうちに、──やがて、私はひとつの真実に辿り着いたのだった。
 彼女の後見人を務めていた宇宙人どもは案の定、とは何の関わりもない連中で、彼女を利用して美味い汁を啜っているに過ぎなかった。それ自体が、異星人を忌み嫌う私にとって耐え難い事実であるにも関わらず、恐らくは親から贈られたのであろうあのカード──青眼の白龍が生む莫大な利益の為だけに、育ての親はを引き取ったのだろうということも、先ほどの態度で分かり切っている。大会の後に冷たい言葉を浴びせかけられていた彼女は恐らくは、青眼の白龍を取り上げて売り飛ばすよりも、自分に賞金稼ぎをさせた方が長期的に利益が出ると証明するために、震えながらも必死に戦っていたらしかったから。

 それは、竜を連れたあの少女への、この上ない冒涜であった。

 私が少女と出会ったその日、既に彼女は竜使いと言う生き物だった。
 青眼の白龍──伝説にさえ刻まれたそのカードは稀少価値が非常に高く、そのドラゴンの担い手である彼女は、何度も危険に晒されてきたのだろう、──何度も何度も、その竜の為、彼女自身が食い物とされてきたのだろう。
 ──ならば、そのように災いを呼ぶ竜などは、手放してしまえば、いっそ楽だったはずだ。自身を災禍に巻き込む龍と言う異なる生命体を、……彼女は、手放せばよかったのに。それでも、は決してそんなことはせずに、カードを手放さなかった。傷付きながらも、傷付けられながらも、龍と共に歩む。──そんな少女、は確かに、一族郎党を異星人どもに害されて、傷付き切っていた私の心を救ったのだった。

 竜宮家は、創世の銀河に君臨したと伝えられる宇宙ドラゴンの血を引く家系であり、私とトレモロはその末裔、私は現当主という立場にある。しかしながら、竜の血脈などは長き時を掛けてとっくに薄まっており、当然ながら私もトレモロも純粋な龍種という訳ではない。しかしそれでも、血は決して消えない。
 故に宇宙人に怯える弟を庇いながら、地球で生まれ育ってきた私である。私の自認は人の側に近く、只々“竜の血を引いているだけであり、自らは宇宙ドラゴンなどではない、地球にルーツを持つ人間だ”と、そのように私は自己を認識していたと言えるだろう。──その認識は後に崩されることとなるのだが、当時の私は未だその現実を知らずに、──しかしながら、己を地球人側の守護者と定義しつつも、自身が竜の因子を持つ存在であると言う自覚は、既に私にも伴っていた。

 創世の銀河にて、地球ではない星に産まれた、宇宙ドラゴンと言う生命体──その生き残りである私とトレモロは、我々を食料として狙うドラゴンバスターの一族や、ゴラドニウム──燃料として宇宙ドラゴンを狙う者ども、それから、宇宙ドラゴンの皮や爪を希少品として狙う宇宙人どもによって、一族を皆殺しにされた。
 かつて、皆が生きていた頃には賑わっていた竜の渓谷は、蹂躙の果てに静まり返り、夕陽の中、最早生き残りなどは私とトレモロの只ふたりきりになってしまったあの日、──私は、何に代えてもトレモロだけは守ると決めたのだ。
 私にとって、たったひとりの家族となったトレモロを、何に代えたとて必ず守るために。私はMIKを組織して、この星を害獣どもから守ることこそが自らの使命であると定義した。……地球人と言う生き物は、良い。水の星に産まれたこの星の生命は心が清らかで、我々を糧とせずに生きている。或いは、宇宙人に馴染みの薄い彼らは、宇宙ドラゴンの存在さえも知らないのだろう。

 それは、も例外ではない。
 彼女は私の正体などは知らないし、竜と竜使いであったからこそ我々が運命の出会いを果たしたなどという訳では全くないのだ。──だが、あの子は出会ったその日に、ボロボロに傷付いていた竜の心を救ってしまった。この宇宙の何処にも我々の安寧の地などはなく、せめて弟にだけは私がそれを作り上げて与えてやろうとそう心に決めて、己の身など顧みたことはなかったというのに、──どんなに傷つけられても、決して伝説の龍を手放さずに慈しむのあの横顔にこそ、私は救われたのだ。──ああ、こんなにも間接的に、意図もしていない形で、心を救われることもあるのだと、私はそれを許されたのだと、……そんな奇跡を、お前だけが私に教えてくれたのだった。

 ──そうして、彼女の事情を知り、お前への想いが愛と言う名前を得て膨れ上がっていった私は、手筈を整えるとすぐに異星人狩りへと出向き、彼女を救い出すことにした。
 部下が薬でを眠らせている間に、宇宙人どもは拘束を受けた上でMIKに収容され、更にはその後に彼らはカードへと封印されて、MIK本部にて現在も保管されている。──こうして、が、再び天涯孤独となったことで、私には彼女に付け入る理由が出来たからこそ、私はその後、彼女の義兄としての傍に居るのだった。

 伝説の龍の担い手であるお前ならば、……トレモロの正体を知っても、弟の家族で居てくれることだろうと、そう思った。
 トレモロには、私以外にも家族を作ってやりたかった。お前を義妹として迎え入れたのも全て、二度と家族を失うものかと言う私の覚悟ゆえだった。

 ──それが原因で、義兄への情のあまりに、私がにとっての恋愛対象から外れる可能性とて無論理解していたが、……それでも、お前が少し歳を重ねて、私がMIKという私の組織を盤石にするまでの繋ぎとして、お前には妻という肩書よりも先に、妹と言う肩書を与える必要があった。
 お前がそのデッキと寄り添って生きていくと言うのならば、これから先もお前は、何度も何度も、試練に晒されるのだろう。お前を傷付けて、危険に晒さんとする他者が、お前の前には何度でも立ちはだかることだろう。──だから、私がお前を護ってやる。……約束しよう、。お前に不自由な思いはさせない、二度と誰にも傷付けさせない、私の家族は私が護る。
 ──だから、もしもお前が、私の正体を知ったときに、私を恐ろしいと感じたとしても、……お前がトレモロを突き放さないでいてくれるのならば、私はそれで構わないのだ。──私は只、本当に、……お前を守りたい、だけだったから。

 お前はいつでも、私の心を守ってくれていた。母なる海よりも深い彼女の瞳こそが、私の救いだった。
 私は、そんなお前を愛しているから、お前を傍に置き家族で居続けるための肩書きが、私には必要だったのだ。

 ──それは、お前の意志を無視した考えかも知れないが。きっといつか、お前にも分かる筈だ、。私は、お前が他者の食い物になることを許せないのだ。──もう二度と、大切な者が食い殺されるのは、御免だった。何に代えてもお前を護る為には、自由を奪って縛り付けてでも、目の届く範囲に居てもらう必要があったのだよ、。──それで、その結果に、お前が私を恨んだとしても、……私は、お前を咎めはしないとも。……護る為にすべてを隠してきたのは、確かに、私の罪だったのだから。

 ──だが、もしも。お前が私の真実を知っても、それでも、……私の傍に居てくれると言うのならば。私の家族で居ることを、望んでくれたのなら。──それはきっと、私にとって、……この上ない救いであるのだろうな。
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