夜は永遠からいちばん遠い

「──きみ、意識はあるか」

 ──との再会を果たしたのは、静かな夜の出来事だった。私にとっては待ち詫びた再会で、彼女にとっては初対面だったその夜、私は彼女と共に暮らしていた宇宙人を全て拘束した後に、薬で深い眠りに落ちていたをまるでガラクタのような古びたパイプベッドから抱き上げると、MIKの管轄内にある病院まで運び、彼女にはしばらく個室で療養してもらうことにした。

「……だ、れ……? うちゅう、じん……?」
「……違う、私は地球人だ。……手を貸そう、起き上がれるか?」
「……っ、う……」
「……失礼する。……ともかく、病院まで運ぼう。……助けが遅れて、すまなかった」
「え……」

 朦朧とした意識の中でぽつりぽつりと呟く彼女に、真相を伝えることは決して叶わない。何しろ、私は彼女にとって、どんな形で在れ共に暮らしていた者たちを害して取り除いた存在に過ぎないのだ。私が彼女に寄せている激情を鑑みても、本当のことなど教えられるはずも無かった。
 そうしては、訳も分からないまま病院へと連れて行かれて、目を覚ました際に真っ白な病室の中で黒い衣服の見知らぬ男──私から、偽装された真実を聞かされるに至ったのだった。

「きみと暮らしていた宇宙人たちが、他の宇宙人と争った形跡があり、MIKがその現場に踏み込んだ。現在、彼らは取り調べを受けているが、きみは関係者ではないと私が判断した。もしも、何か困っているのであればMIKとしては、きみの力になりたいと思う。……どうだろうか? 私に、打ち明けてもらえるか?」

 白々しくもそのように言い放つ私は、教えて貰わずともの事情など既に知っている。だが、彼女の口から聞き出すことが重要なのだ。そうでなければ整合性が取れずに、私はいずれ彼女に疑われる恐れがある。それは極力避けたかったし、からの信頼を勝ち取るためにも、私は正義の味方の顔をして、の口から言葉を引き出したのだった。

 さて、の事情については、既に知っていたわけだが。
 ──育ての親と生みの親の手から離れて、この時代に転がり落ちた彼女の心の洞は私が思っていたよりも遥かに深く、彼女には、「また捨てられるのは怖い」という強い恐怖心が根付いているようだった。役に立つことで、彼らに家族として認められようと必死で、けれど、宇宙人どもは決してを認めずに、半ば使用人のように扱われながら彼女は暮らしていたのだと言う。

 ふわふわと曖昧な意識で語られたその言葉は、悲痛に満ちていて、今までずっとは己の置かれた境遇に耐えかねていたのだろう、──事実、暫くの入院生活を終える頃には、彼女の中から自身の過去に纏わる記憶はすっかり消えてしまっていた。何も私がそのように差し向けた訳ではなく、──それほどまでに、にとってこれまでの日々は耐え難かったのだと、恐らくはそういうことなのだ。
 彼らの元から解放されて、病院でMIKの保護の元暮らすようになってからようやく気が緩んだは、救いを求めるように今までのことを忘れた。私は彼女の生い立ちも未来からやってきた人間であることも知っていたが、彼女はそんなことも、既に覚えていない。
 ──そして私には、に真実を伝えるつもりなどは更々なかった。そんなことをしても彼女を再び傷付けるだけだと分かり切っていたし、何よりも、私はの居場所ならば此処にあるのだと、彼女にそう思って欲しかったのだろうな。……未来に帰りたいなどとは、万が一にも思わせたくはなかったのだ、……我ながら、本当に勝手な話だ。

「──、退院後の予定は決まっているのか? 親戚など、生活のあては?」
「あ……その、……多分、ひとりで暮らすことになると思います。頼れる相手は、もう……」
「……そうか。ならば、きみさえ嫌ではなければ、私と共に暮らさないか、
「……え? ふぇ、フェイザーさんと……?」
「ああ。……私には弟が居てな、も寂しくはないだろう。……どうだろうか、私を家族とは思えないか?」
「……良いん、ですか……? だって、わたし、フェイザーさんに助けてもらって、その上、何から何まで……」
「構わない。……私を兄と呼びなさい、。今日からお前は、私の家族だよ」

 保護された際にはやせ細って衰弱していたは、本当に碌な暮らしを与えられてはいなかったようで、彼女が無事に退院できる目途が立つまでには、かなりの時間を要してしまった。
 そんな彼女の少しずつ血色の良くなっていく頬を眺めるためにと、日々の激務の合間を縫って、の病室へと足繁く通い詰めた私を、どうやら彼女は唯一の味方として信用してくれたらしい。
 ──家族も記憶も失って、ある日、唐突に、何の前触れもなく、この時代にひとりきりになってしまって、濁流のような冷たい世界で、最早そのときの彼女に頼れるものは、目の前に差し出された、黒い革手袋に包まれた私の手を置いて他にはなかったことだろう、──それを利用して、彼女を甘い思惑へと付き落す形で、私はを自らの懐へとまんまと抱え込んだのだった。

 ──、お前は、自らを厄介者だなどと思わなくとも良い。竜を得難く思うお前の心に救われたからには、お前がそのままで生きられるように、私がきっと永遠にお前を守ろう。
 デッキも、デュエルも捨てなくていい。伝説のその龍は家族を奪った存在などとは思わずに、恨まず呪わず、その龍はお前に残った、掛け替えのないたったひとつだと、そう思っていてくれていいのだ。──まあ、その龍には幾らか妬けてしまうが、そんなお前の清らかなまごころこそが私を雪いでくれるのだから、お前はそのままでいいんだよ。
 青眼のカードごとお前を、この先もずっとずっと、私が護ろう。MIKと言う組織を率いる私にとって、レジェンドカードの一枚にそうも価値があるわけではないことは、彼女にも良く伝わっていたようだったから、青眼の使い手だからこそ私が彼女を必要としているとはとて考えなかったようで、誤解が生まれなかったのは良かった。
 ──そうだ、これは、青眼の使い手であるが故の忖度などではない。これは、お前への打算と下心と求愛でしかないんだよ、。私がお前を手元に置く意味は、──只々の身を案じて、これから先もお前を守り抜きたいからという、只のそれだけなのだと、どうか分かってくれ。──例え、それが潔白な手段ではなかったとしても、私のその心だけは真実だったと、お前にだけは必ずや誓おう。
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