すきなきらきらを心臓にしてごらん

「あ、あの。こんにちは、グラディス様」
「う、うむ。息災か? 殿」
「は、はい」

 ……俺の視界の端で、そわそわと落ち着かない風にそんなやり取りをするグラディスとは、……どうやら、既に俺の姿など眼中外らしい。全く、誰のおかげで、お前らが知り合えたと思ってんだよ、……と、そう思わないでもないが、同時に、何故か不思議と、俺という接点がなかったとしても、遅かれ早かれこの二人は巡り合っていたのだろう、という奇妙な直感がある。この広いネポス・アンゲリスの、街中ですれ違うだとか、そんなありえないくらいの確率だったとしても、多分、こいつらは、いつかしらは出会っていたのだろう。

「その、だな、俺は未だ正式なエクェスではないから、そう畏まった呼び方などしなくとも……」
「そ、それなら、私のことも、どうか、と呼んでください……」
「そ、そうか?」

 ……多分、こういうのを運命、と呼ぶのだろう。

 俺の幼馴染であると、俺の同期のグラディスが出会ったのは、あるときに、がいつものおせっかいで、訓練場まで俺に弁当を届けに来たのが、きっかけだった。そうして、どうやら、お互いに一目惚れを果たしたらしい二人は、何かに付けて、俺からお互いの情報を聞き出そうと、互いの話題を振ってくるものだから、もう俺を挟むな直接聞け、と言いたくもなるの、だが。
 ……どうにもこうにも、馬鹿が付くほどの生真面目同士だからなのか、なかなかこれといった進展は起こらずに、未だにふたりは「ベントーザの幼馴染の殿」「ベントーザくんの同期のグラディス様」といった距離感で。……まあ、それでも当初に比べて、大分親しくなったようには思えるのだが、お互いに毎度馬鹿みたいに照れて、一歩踏み込んだ関係、には至っていないらしかった。

 ……その癖に、あれからはやたらと訓練所に顔を出して、ご丁寧に俺の分もオマケ、と、いうか俺を口実に使いやがって、二人分の差し入れを作ってきて、訓練を見学しては、グラディスの太刀捌きに見惚れて、目を輝かせているのだって丸見えで。……対するグラディスはと言えば、他の同期たちから、「ベントーザの幼馴染? ベントーザも隅に置けないな?!」なんてからかわれる度に、俺が訂正するよりも早く、「そういった間柄ではないようだが?」だとか何とか言って、不機嫌そうに指摘しやがるし、は「誤解されてなかった!」って、顔で露骨に喜びやがるし。かと言って、その程度の積極性はあるくせに、休憩時間だとかに、態と俺が席を外してふたりきりにしてやると、「また天気の話をしてしまった……つまらない男だと思われただろうか……?」だとか、「またグラディス様の前で噛んじゃった! ドジだと思って呆れられちゃったかな……」だとか、揃ってそんなことを抜かすものだから。
 ……お前らいい加減にしろよ、と流石に俺も、もうこれは匙を投げてやろうかと思うような有様だった。

 ……だが、それでもやはり、は俺にとって、たったひとりの幼馴染で。昔からベントーザくん、ベントーザくん、と俺の後ろを小鳥みてぇに着いて回っていたあいつのことが、正直俺は、今でも可愛くて仕方がねえ訳だ。それは、愛だの恋だのじゃなくて、妹みたいなもんだから。いつかこいつも他の誰かのものになるのだろうし、俺がその席に立候補する気は更々なくて、そもそも、も俺のことは兄貴分としか思っていない。だから、いつかそのときが来るのなら、いい加減な男だったら、が泣いても止めようが俺が追い返してやろうと思っていたし、……そう考えれば、尚更、グラディス以上の適任など居るはずもなく。
 エクェス候補生として、俺の同期の間柄に在るグラディスは、幼い頃から研鑽を積んできたという剣の腕が立ち、訓練所でもトップクラスの実力者だ。……まあ、俺と同じ程度に、だが。既に、議会の若手筆頭であるレボルト様からのスカウトが、俺とグラディスには来ていて、多分間違いなく、こいつは出世すると思うし、誠実な男だと言うことも俺が保証する。……そうだ、グラディスは絶対に、を泣かせないし、どんなことがあろうが、を護り切るだろう、という確信があった。

「……なあ、グラディス」
「どうした、ベントーザ」
「お前、とっととに告っちまえばいいんじゃねえのか」
「なっ……きゅ、急に何を言うのだベントーザ!?」
「何だよ、何も問題ねえだろ、お前はあいつが好きなんだから」
「そ、そういったことには、もっと、手順があるだろう……!」

 まあ、問題は、……いつになったらこいつら進展すんだよ? という一点に尽きるわけだがな。俺の指摘に慌てふためくグラディスは、戦士として鋭く獲物を射る際の目つきとは打って変わって、しどろもどろに目が泳いで、こんなの見たらいくらなんでもだって幻滅するんじゃねえ? と、すら俺は思うわけだが、毎回こんな姿を見ても、肝心の幼馴染は、帰り道で俺に向かって、「今日もグラディス様、素敵だった……」なんて抜かしやがるので、恋は盲目、というやつなのだろう。

「手順、ねえ……どんなだよ?」
「まあ、もう少し、親しくなってから、だとか……」
「んで? グラディスは、いつになったらとまともに話せるようになんだよ、言ってみろや」
「そ、れは、だな……」
「……そうだ。一度、二人で出かけてこいよ。まともに話せるようにくらいなるだろ」
「な……、いきなり二人でか……? それは、少々難易度が……」
「あー、分かった分かった。じゃあ俺も付き合ってやるから次の休み、な。出かけんぞ」
「そ、そういうことならば……うむ……分かった、ベントーザの采配に任せよう」
「おう。寝坊すんなよ」
「無論だ。……拙者も、もう少し殿と親しくなりたいところでは、あるからな……かたじけない、ベントーザ。貴殿の心遣いに感謝する」
「……そうかよ」

 まあ、俺すっぽかすんだけどな、当日。

 ……というよりも、端からそのつもりだった。
 俺も一緒だと言えば、グラディスもも、人を疑うってことが出来ない性分のあいつらは、喜んでホイホイ着いてくるだろうから、あとは当日に、俺が、突然急用ができた、と、待ち合わせの時間になってから連絡すれば、どう足掻こうが、グラディスとのふたりきりになる、というのが俺の算段だったわけだ。で、あとはもう、其処からは、二人に任せる。それ以上面倒見きれるか、というのもあるし、俺が居ないなら今日は解散しよう、なんてことにはきっとならないだろう、という確信もあったから、何も心配なんざしちゃいなかった。まあ、多分俺が居ないと、まともに会話も出来ないだろうが、それでも。……これが、千載一遇のチャンスだということくらいは、グラディスにも、にも分かるだろうし、あいつらがそんな機会を逃すとは思えなかったのだ。その程度には本気で、必死なくせに、お膳立てがなきゃどうにもならねえんだから、……ったく、本当に世話が焼けるな。

「……ベントーザ、話がある」
「おう、グラディス。なんだよ?」

 ……まあ、すっぽかして急に二人きりで放り出した事自体は、休み明けに両者から責められるだろう、とは思っていたが。その程度で多少、ふたりの仲が深まるなら、まあ、この程度の面倒は見てやってもいいか、と。……俺は、その程度に考えていた。

「実はだな、拙者、と結婚することになったのだ」
「……ハァ!?」

 ……文句を言われるのだろうと思って、耳を傾けた俺に飛び込んできたのは、予想を遥か上に行った展開、だったのだが。
 本当に、何を言われたのか、一瞬分からなかった。……今、結婚って言ったか? 本気で言ってんのかこいつ? 昨日まで、と気安く呼び捨てることすら出来なかったくせにか?

「だから、結婚をだな……」
「いや……待て、なんつった? 結婚? いやいやいや……お前ら、付き合ってすらいねえだろうがよ?」
「ああ、だから昨日決まったばかりだ」
「いや分かんねえ、何がどうしたらそんな話になるんだよ」
「すまん、ベントーザには早く報告するつもりだったのだがな。既に婚約者という間柄だ」
「……ハァ!? 飛び越えすぎだろ!? 交際の間違いじゃねえのか!? にちゃんと確認したのかよテメェ!?」
「まあ、交際ではあるが、結婚を前提にしているに決まっているだろう?」
「決まってねえよ……いや、本当にお前の勘違いじゃねえんだよな……?」
「ああ。昨日のうちにご両親への挨拶も済んでいる。結婚を前提にと交際したい旨を伝えると、婚約を快諾してくださったぞ」
「…………」

 ……俺の記憶が正しければ、はそれなりに、良いところのお嬢さんだ。だから今も、花嫁修業中、のような立場で過ごしていたはずだし、あまり本人は乗り気ではなかったらしいが、見合いの話なんかも聞いたことはある。そんな厳格な、あそこんちの親父さんが? お袋さんが? 初対面のグラディスを? 愛娘の交際相手どころか、結婚相手に認めたって?

「? どうしたのだ? ベントーザ、気分でも優れぬのか?」
「……いや、わかるわ……これは認めるわな……」
「何の話だ?」

 こいつは、グラディスは。剣を握っている時は、夜叉かなにかのような顔をする癖に、普段は馬鹿みたいに穏やかで、礼儀正しい好青年で、将来有望な戦士で、何より、交際の報告を相手の親に伝えに行くような馬鹿真面目で。……非の打ち所も、有る訳がねえよなあ、そりゃあ……。

「……グラディス」
「なんだ?」
「……あいつのこと頼むわ」
「ああ! 喜んで任されよう、……してベントーザ、式はだな、地球の神前式、という風習を真似たいと思うのだが……」
「シンゼンシキ? なんだそりゃ?」
「なんでも、神の前に誓うのだとか」
「……魔神の前にか?」
「うむ、そういうことなのではないだろうか?」
「変わってんなあ、地球人……」


「……と、いうのが、グラディスと嫁の馴れ初めなんですが、……信じていただけますかね、レボルト様……」
「……俄には信じがたいな」
「ですよね……」
「ベントーザ、それは何かのジョークではないのか?」
「違うんですよ、ソキウス様……」
「そうなのか……」

 ……あれから数年、エクェスになった俺は、度々、職場でグラディスの嫁の話になる度に、上司や同僚、後輩なんかに二人の馴れ初めを聞かれては、この話を聞かせているものの、一度聞いただけで、すんなり信じた人間は、一人も居ない。……当然だ。俺も御伽話の類じゃねえかと、自分で言っていて思えてくる。……まあ、あいつらの話だと前置きした上でなら、ある種、信憑性がありすぎる話だと思うのだが。それも、俺があの二人を知りすぎているから、入れ込んでいるから、信じられるだけに過ぎないのかもしれない。……そもそも、俺はある種の当事者なわけで、欲目も大いにあるんだろうがな。 inserted by FC2 system


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