きみのいない夜が聞こえない

が電話に出ない」
「……はぁ?」

 電話をかけたのはオレの方なのに、着信を受けるなり軽い挨拶もすっ飛ばしてそう言葉を放ってきたデュフォーに対して、オレはと言うと思わず間の抜けた声を上げてしまっていた。
 オレがデュフォーに電話を掛けたのはこいつの言う話とは別件で、……いやまあ、のことではあるから別件とも言えないのかもしれないが。それにしたって久しぶりだとか、元気にしてたかだとか、オレに対してもそのくらいあってもいいだろうがよ。

「……急になんの話だ?」
「急に電話を掛けてきたのはお前だろ、清麿」
「そりゃ用があるからな? でもまあ、先にそっちか、がどうしたって?」
「……何度か電話しているが、一向に出ない。電源を切っているらしい。メールも返ってこない」
「うーん、まあ、寝てるだけじゃないか? もう良い時間だし……」
「意図的に電源を落としてか?」
「意図的なのか? 充電が切れたんじゃないのか?」
「清麿、お前……」
「な、なんだよ……」
「相変わらず頭が悪いな……その程度の答えも出ないのか?」
「じゃかーしー! ……で? オレにどうしろって?」
「ハ? ……お前は心配じゃないのか、清麿」
「いやまあ、心配ではあるが……まさか、今から見に行くわけにもいかないだろ? 寝てるだけだったら、流石に悪いしなあ……?」

 の住む家は比較的オレの家からは近所で、一人暮らしをしている彼女はまあ確かに、もしも何かあったとしても助けてくれる相手が同じ家に住んでいるわけでもないから、デュフォーが心配になる気持ちは、そりゃオレにも分かる。
 だが今日は火曜日で、明日だって学校だというのに、もしも大事が無いようなら只夜遅くに叩き起こしただけになってしまうし、……ああ、そうか、明日は水曜日なんだった。

「それなら、明日、と会う予定だから直接確認してみるよ」
「……明日?」
「おう。毎週水曜に図書館で会う約束なんだよ、毎回特に連絡は取り合っていないから、何もなければ明日もは図書館に来ると思う」
「図書館、か……」
「ああ。逆に図書館に来ないようなら何かあったのかもしれないから、家まで行ってみるよ。で、お前にもその結果を連絡してやる。それで良いか?」
「……図書館に何時だ?」
「授業が終わってからだから……15時半頃かな?」
「分かった、15時半にモチノキ町の図書館だな」
「……ん? イヤ待て、お前まさか、その口振りだと、こっちに来るつもりなのか?」
「そうだが。……こちらはまだ昼間だからな、直行便に乗れば間に合うだろ」
「昼間って……要するに海外だよな? デュフォー、お前今どこにいるんだ?」
「マドリードだ。……清麿もオレに用があって電話を寄越したんだろうが、急ぐので切るぞ。要件は明日直接聞く」
「おい待て、マドリードってお前、……おい!? デュフォー!」

 ──結局、オレが要件を告げる間もなく切られた電話は恐らくだが、掛け直したところでもう繋がらないのだろう。──マドリードから成田までの直行便って、確か14時間強掛かるんじゃなかったか? 飛行機に14時間揺られっぱなしってかなりキツイだろうに、しかもこんな即断即決で、……こういうのを見せつけられると改めて、如何にデュフォーがのことを大切に思っているのかを、思い知らされるようだった。
 まあ、15時間後にギリギリ着く場所からすっ飛んでくるデュフォーに対して、歩いて15分も掛からない距離に住んでいる癖に、今から会いに行こうとはしていなかったオレは、デュフォーのそれは過保護すぎやしないかと、些かそんな風に思うところでもある。
 確かにのことは心配だが、オレは彼女を信頼しているし、そうも危なっかしい奴だとは思っていない。寧ろしっかり者で、頭も切れる彼女を必要以上に庇護しようと思えなかったのは、それがに対して失礼な振る舞いであるような気がしてならなかったからで、彼女の自主性を尊重したいと考えているからだ。
 無論、デュフォーにはオレの考え方なんて関係がないし、そもそも、デュフォーはそんな風に思っていないのだろう。──それでも、クラスから浮いていたあの頃のオレに居場所を作ろうとしてくれたのはだったから、オレは何よりも彼女の意志を尊重したいと一等に思っているのだ。

 ……しかし、せっかくデュフォーに電話を掛けたと言うのに、肝心の要件を伝えられなかったのは、参ったな。
 オレがデュフォーに電話したのは、イギリスへの留学が決まった報告と、……それから、進学後はとシェアハウスをしたいと考えているというその旨を、まずはオレの口からデュフォーに伝える必要があると考えていたからだ。
 オレもデュフォーも、お互いにのことを好いていることを知っていて、その上で現在は未だ彼女の“答え”を急かさないことを決めている。
 だから、抜け駆けは良くないと思ったし、それに放っておけば恐らくはの口からデュフォーはオレとのシェアハウスの報告を聞くことになるだろうし、……それは、些かマズイ。能力のお陰で妙な誤解をされるようなことは起きないだろうが、それでもどう感じるだろうかというと、……まあ、あまり気分の良いものではないだろうということは想像に容易いからだ。
 ──イヤ、まあ、デュフォーの方は実際にオレを度々出し抜いている訳だし、オレだけが義理を尽くす必要もないのかもしれんが、……それで結果的にが傷つくようなことになるのは、やっぱりイヤだからさ。

 オレもまだ中学生だった頃は、照れ臭い気持ちが勝ってへの好意をハッキリと認めることも出来なかったけれど、能力をある程度御せるようになった現在では、気恥ずかしいだとか言うそんな口実も通用しなくなってしまった。
 愛とか恋とかそういうことはオレにはまだ分からない、……なんてことも、今のオレにとっては到底あり得ない。
 アンサートーカーの能力は、全ての問いへの答えを導く。つまり、明確な解さえ存在したのならオレにとって理解が及ばない事象などは存在しなくて、それはデュフォーも同じで、──あいつがどのようにしてその答えを出したのかは定かではないが、要するにオレたちには「のことが好き」であるというその“答え”を否定する材料が、一切無いのだ。
 ──そして、恐らくはも似たようなものであるはずだと、そう思う。
 何しろ彼女は、中学時代はオレとテストの点数を競い合っていた仲で、現在では通っている高校の学年主席らしい。の通う学校はうち以外だとこの辺りでも有数の進学校だ。それに、口の悪すぎるデュフォーさえも素直に聡いと称するほどに彼女は聡明で、……だったら、にだって愛や恋の意味くらい、とっくに分かっていなければ、おかしいだろ。オレたちに着いて来られるのなんて、彼女くらいなんだから。分からないなんてことがあるわけはないのだ、本当は。
 それでも、やっぱり分からないと彼女が信じ続けているのは、オレ達への不誠実ゆえなどではなく、……きっと、彼女にとってそれほどまでにオレとデュフォーが大切だからなのだろう。
 オレとデュフォーは男同士だし、同じ女の子を巡る恋敵ではあれども、それ以前に友人だから、……たとえこの先にどちらかがと結ばれるようなことがあっても、オレとデュフォーが仲違いをすることは無いような気がしている。
 ──だが、はきっとその可能性だって考えている。そして、にとってそれは耐え難いことであるはずなのだ。……彼女はオレとデュフォーを、本当に大切に想ってくれているから。

「──ふたりは、人間界にたったふたりのアンサートーカーだもんね、……きっと、ずっと友達でいてあげてね」
 
 何時だったか、オレに向かってそう微笑んでいたのその言葉と一言一句違わぬ恩情をあいつも掛けられたことがあるとデュフォーからそう聞いて以来というものの、……オレもデュフォーも、能力など用いずとも、の気持ちが理解できてしまった。
 オレたちは共に、立場や生い立ちは違えども、人の輪の中から爪弾きにされて誰もいない部屋の中で孤独に過ごしていた時期がある。
 他者を愚鈍と嘲ることで、自分の心を保っていた頃が、怒りと反発しか持ち合わせていなかった時分がある。
 それらが解消された今でも、オレにとってもデュフォーにとっても、自分と同レベルの会話が望める相手というのは珍しく、そういう意味でも互いは貴重な相手で、この先に代えが効くものではないのだと重々理解している。
 ……だから、はきっと、オレがデュフォーと、デュフォーがオレと、道を違えずに友達になれたことを、この世界の誰よりも喜んでくれているのだ。
 ──だって、それぞれの苦悩を、彼女は誰よりも知っているから。

 そんな彼女が、自分の存在が原因で三人で過ごす時間が砕けて無くなってしまう可能性を恐れていると言うのは、……まあ、順当に考えれば無理もないし、そんなことにはならないと言葉を尽くしてみたところで、不安というものはなかなか取り除けないだろうと、そう思う。
 だからオレもデュフォーも、時間を掛けて納得して貰えるように手を尽くして、行動で示すことに決めたのだった。……かつてガッシュも、も、何度も何度も諦めずにオレに歩み寄ってくれたもんな。だからこそ今度はオレがにそうしてやりたいと、オレもそう思う。
 ──だからきっと、は自分を誤解している。
 彼女は、この関係が壊れてしまえば三人でいられなくなるとそう思っているようだが、……本当の彼女は、自分の前からオレたちがいなくなることよりも、オレとデュフォーが仲違いをする方が余程、つらいのだ。

 ……其処まで“答え”が出た上で、強引にの結論を急かそうと思うほど、オレだって鬼じゃない。
 それに、これはちょっと狡い話だが、オレとデュフォーがの“答え”を求め続けている以上、彼女が言葉にしなかったとしても、の中で“答え”さえ成立したのなら、オレたちにはそれを知る術がある。……きっとはそのロジックにまでは気付いていないだろうし、流石に狡いだろうとオレも思うけどな。……でも、の口からオレたちに引導を渡すことで、傷付けてしまったと思わせずに済むのは、利点だとそう思う。
 だからが自然と“答え”に辿り着くまでは、オレは現状に甘んじていようとそう決めていた。
 シェアハウスの相談をしているのだって、何もデュフォーがいない間に距離を詰めようだとか、両親の手で外堀を埋めさせようだとか、そんな理由ではない。
 単純にお互い海外暮らしの経験が薄いというものもあったし、イギリスで暮らしている親父の元に住まわせてもらう選択肢もオレにはあって、親父の家には部屋が二つ空いている関係で、親父からはとふたりで親父の家に住んではどうかという打診も受けていた。
 ……でも、部屋が二つだけじゃ足りないだろ? オレとの新生活には、当然のようにデュフォーの姿もあるだろうからさ。
 だからふたりでのシェアハウスを選んで、デュフォーがいつでも帰ってこられるようにしてやろう、……というのが、事前にと話していた相談内容で、万が一にも誤解が生じないようにオレの口からデュフォーにちゃんと説明したいとそう思っていたんだが、……この分だと、三人で同席しているときに、報告することになりそうだな……?

「……なんか、妙に不安だな……」

 と連絡が付かないという話もやっぱり心配だし、夜分遅くに迷惑かとは思ったけれど、一応オレからもの番号に電話を掛けてみる。だが、案の定は電話に出てはくれなくて、……まあ、そんなことはないだろうと思っていたが、デュフォーからの連絡だけを態と受けていないという訳でもないらしい。
 デュフォーにも話したが、オレとの水曜日の待ち合わせは既に恒例化していたから、都合が悪い場合以外は、特に事前の連絡もなく、顔を合わせている。
 だから、「明日、都合大丈夫そうか?」なんで普段は送らないような内容のメールも一応送ってみたが、電話をかけてみた際に電源が入っていないというアナウンスが流れていたし、少なくとも朝までは返信もないだろう。
 ──デュフォーはが故意で電源を落としているとそう言っていたが、一体どうしたのだろうか。大事無いと良いんだがとそう思いながら床に就いたその夜、オレはどうにもなかなか眠れずに、……なんだかんだと言ったところで結局は、オレもかなりの心配性なのだと思って、情けない笑いが漏れたのだった。 inserted by FC2 system


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