春が来るのはあなたのせいです

「──ねえデュフォー、今度の週末って雨なのかな? 私、お出かけしたかったんだけどな……」
「……この調子だと、土曜の夜までは雨だが日曜には持ち直すな」
「ほんとう? じゃあ、日曜日に出かけようかな、ふふ、デュフォーの予想、天気予報よりも当たるものね。楽しみだなあ……」

 ──例えば、それは本当に些細なことで。週末の天気だとか、の学校で出た課題の、少々回答が不安な問題についてだとか、「駅前にケーキ屋さん出来るみたいだけれど、いつオープンするんだろ?」なんて噂話についてだとか、最近よく遊びに来る猫は野良なのか、何処かの家猫なのかだとか。……オレがに教えてやった“答え”など、本当にそのすべては些細なもので。されどそんな風に何気ない答えを、「よかった、あの猫ちゃんと飼い主が居るんだね」と、──そう言って、自分のことでもないというのに、そんなことはまるで関係がないといった風で嬉しそうに聞いていた彼女はきっと、心底お人好しで、……施設育ちのオレにとって、酷く縁遠い人柄をしていた。
 オレがに与えた幾つかの答えが、彼女にとっての利になるのかと問われれば、例えばそれでが世紀の大発明に成功するだとか、彼女の兵器開発に役立つだとか、彼女が戦争に勝てるだとかそんなことはなくて、そもそも彼女はそんなことを望み願うような人間でもない。オレの“アンサートーカー”の能力でが得られる利益など、本当に微々たるもので、……けれど、そんな、あまりにも些細なひとつひとつに、花が咲いたように顔を明るく綻ばせて、「デュフォーすごい!」……と、そう、正直な賞賛を投げかけてくる彼女に、オレはきっと、……ずっと昔から、救われていたのだと思う。……それこそ、北極の研究施設に閉じ込められていた頃だって、オレはにもう一度会うことを願って、そればかりを励みに生きていた。

 思えばオレの人生は、持って生まれてしまった“答えを出す者”という素質によって、その全てが歪められてしまったのだろう。オレが本来得るはずだったものが何だったのか、今となってはその答えなどは能力を持ってしても導けるはずもないが、それでも。……この能力のせいで狂ってしまった人生を、オレは不思議とに救われたような気がした。──そうして、オレがそう自覚出来るようになったのも、ひとえにガッシュやゼオンのお陰で、……ゼオンが、オレの家族が与えてくれた、という存在への確かな執着、この感情への自覚には、適切な名前があるような気がして。──そうして可能性のすべてを考えて、自身に問いかけて、検証を重ねて、オレが得た答えは、……オレはずっと、自分で思っているよりも遥かに、に執着していた、ということだった。

「……それで、デュフォー、日曜は空いてる?」
「……? 空いているが、聞いてどうする? お前は出かけるんだろ?」
「え、だから、デュフォーと、あと高嶺くんと、ガッシュと、ヤエと! みんなでお出かけしない? って、話のつもり……だったの、だけれど……わたし……言葉が足りなかったかな、ごめんね……」
「……そうなのか」
「うん……、あの、だめかな……?」
「イヤ……別に構わない。偶にはガッシュやヤエにも休息、息抜きが必要だしな……日々の修行で疲弊してくる頃だろう。悪くない提案だ、
「ふふ、そっか。じゃあ、駅前のケーキ屋さん、行ってみようよ? 週末にオープンするのでしょ?」
「……ああ、そういうことなら、そうするか」

 ──こんなにも、何気ない話をしているものの、ほんの最近、……まだ、先週末のことだったか、オレがこの感情の答え合わせのために身勝手にに触れて、桜色の唇を塞いだのは、つい最近のことだと言うのに。はと言えば、既にオレに対して警戒心の欠片もなく、……というよりも、翌日の放課後、オレがを迎えに行った際には些かぎこちなかったものの、それすらもすぐに元に戻って、……否、元に戻ったわけではないのかもしれない、な。──は、オレに以前と変わらずに接しつつも、それでも今までのようにが下手な悪口で反論してきたりオレとが些細な口論に発展したり、ということが、少しずつなくなってきているのだ。彼女の態度の変化が何なのかはオレには未だ分からなかったし、自身の中で明確に答えが出た、オレがへ向けている執着めいた好意についても、それについて彼女から何らかの返答があったわけでも、“友人”という関係性に変化が出たわけでも無かったが、……現状、オレは今のままでも構わないとも感じている。──とて、今はクリア・ノートとの戦いに集中したいのであろうことも、ヤエに手を貸すという目的で彼女は精一杯なのだろうということも、同じく答えが出ていたし、ゼオンのために手を尽くしたいのはオレも同じで、こんなときに、こんな状態のを急かしてやろうと思うほど、オレも心に余裕がないわけではなければ、其処まで人の心の機微が読み取れないわけでも無い。……後者に関しては鋭くもない自覚はあるが、が今精一杯だということくらいは見ていれば分かる。……そんなことにも気付く程度には、自分が何かと彼女を目で追っているという自覚も、オレにはようやく追い付いたばかりなのだ。


 ──あっという間に当日の日曜日、日々が過ぎる時間の速度を早く感じるようになったのも、最近の変化のひとつで、オレにそんな変転を与えたはというと、快晴を見上げると満足げに目を細めてからオレにそっとアイコンタクトを送って、少しだけいたずらっぽく微笑んで。それから、はヤエと手を繋いで目的の店に向かって歩き出すのだった。

「……、荷物を寄越せ。オレが持つ」
「え、でも、毎回そんな」
「いいから寄越せ。オレが気になるだけだ」
「うん……ありがとう、デュフォー」

 オレはその隣を歩きながら、少し前を騒がしく歩く清麿とガッシュの後姿を眺めて、の鞄を持ち直して、──どうして、こんなことが気に掛かるようになったのか、少し前までは答えが見えなかったからこそ、荷物を寄越せ、というそのたった一言も言えなかったな、と。そんなことを、思い出していた。……なぜ、オレが。ほんの僅かでも、の荷物だとか彼女の負担だとかそういうものを、取り除いてやりたいなどと、そんな風に考えてしまうのか。──その意味を知った今では、考えるまでもなくオレの口から滑り落ちるようになった言葉にも、は少しだけ不思議そうに、しかし、彼女とてその答えくらいは既に知っている以上、反論する気にはなれないのか。少しだけ頬を赤らめて大人しく従うその仕草に胸が詰まるのは、どういうことなのか、……すでに十分すぎるほどに、オレにも理解できていたが。

「ガッシュ! ガッシュはお店に着いたらどのケーキを食べますか!?」
「ウヌウ……私はどうしようかのう……清麿と同じものにしようかのう!?」
「は? んなもん店に着くまで分かんねーだろ、自分で選べよガッシュ」
「ヌオーッ! ヤエ! ーっ! 清麿が意地悪を言うのだーっ!」
「言ってねーだろ別に! たちを困らせるんじゃねえ!」
「ふふ……デュフォーは? 何が食べたい?」
「……オレは、……よく分からないが」
「……うん」
「……オレは、もしもが二択で迷ったなら、お前が選ばなかった方を選ぶ。……そうすれば、両方食べられて効率がいいだろ」
「そっかあ、じゃあ私はデュフォーが気になっていそうなのにしようかな?」
「は……? お前、オレの話を聞いていたのか……?」
「聞いてたよ! デュフォーが選べないなら、私が見つけてあげるってこと! ……私、これでも結構、あなたのことよく見てるから、分かる自信あるよ!」
「……そうか」
「うん!」

 ──答えが出ているからと言って、結果を急こうとは思わない、……ということも、どうやら世の中にはあるようで、不思議だと思う。……オレはきっと、が欲しいのだ。投げやりにならずに生きるとゼオンに誓ったこの人生に、これから先、……が寄り添ってくれたならと、そんな願いこそはあれども。……どうやら不思議なことにオレは、だけではなく、清麿やガッシュやヤエ、こいつらと過ごしている奇妙なこの日々を悪くはないとも思っているようで、……この眩い時代に終止符が打たれるまでは、このままでもいいのかもしれないと。……冬の終わり、春風の日々に、オレは想うのだ。 inserted by FC2 system


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