火のないところでも煙を立たせて

 私も高嶺くんも、まだ携帯電話を持っていない、……ということについては、デュフォーから散々不便だとか緊急時の為の連絡手段を持つべきだとかの文句は言われていて、けれど私たちはまだ中学生だし、天涯孤独の私はともかく高嶺くんに関しては、まだそういうのは早いだとかお家の方針もあるだろうしで、結局揃って購入には至っていない。有事の連絡手段は必要、というデュフォーの言い分は尤もではあるけれど、中学生一人では契約が難かしいというのも、現実問題では無視できないところで。だったらオレが買ってやる、ともデュフォーには言われたけれど流石にそういうのはよくないよ! ……という理屈が、何処までデュフォーに通じたのかは定かではないものの、ともかく現状、日中の連絡手段が足りていない分は、何か用事があれば放課後にデュフォーが直接学校まで訪ねてきて、校門で私と高嶺くんを待っている、という方法で解決するのが恒例化しているのだった。私と高嶺くんにとっては、それも既に見慣れた光景で、放課後にデュフォーを加えた三人だったり、ヤエとガッシュも含めて五人で高嶺家まで帰ることも多いのだけれど。……そう、私と高嶺くんにとっては、デュフォーが迎えに来ているのもそろそろ見慣れた光景ではあるのだけれど、……それが、他の生徒たちにとっても同じかと問われると、それはまた、事情が変わってくる。

「──ねえ! あの外国人、また来てる!」
「制服着てないし……うちの生徒でも、他校の生徒でもないでしょ?」
「オレ、前にあの人がと話してるの見たぞ!」
「っていうか、あの人、さんの迎えに来てるって聞いたけど」
「エ!? じゃあ、あの人ってさんの彼氏なの!?」
「エ!? さんって高嶺くんと付き合ってるんじゃないの!?」
「待って! そういえばあの人、高嶺くんとも、待ち合わせてるのも見たことあるよ!?」
「ちょっと、本当にどういう関係……!?」

 ──一度や二度までならば、私と高嶺くんとで辻褄を合わせて、どうとでもフォローできたのだけれど。頻繁にデュフォーが校門で私と高嶺くんを待っているようになって、最初は警戒していた先生たちも、デュフォーが私や高嶺くんと話しているのを何度か見かけたからか、寧ろ最近ではデュフォーに会釈をして通り過ぎるようになってしまっていた、今日この頃。……中学校として、それでいいのかなあ!? とも思うし、校門に佇むデュフォーが生徒たちにとっても見慣れた光景になってくると、やはりというか、あの外国人は一体何者なのか? という点に皆の興味は絞られて、必然的に私と高嶺くんへと関心の矛先は向く。……デュフォーは、友人や初恋といった贔屓目を抜きにしても整った顔立ちをしていて人目を引くし、独特の雰囲気のあるひとでもあるので、どうしたって注目を集めやすい。そんな彼がこの学校の校門で時々ぼんやりと待ちぼうけている相手が、私と高嶺くんらしい、ということまで既に生徒たちは気付いていて、そうなってくるとデュフォーを直接質問攻めするよりも、私や高嶺くんに聞いた方が早いし手軽だ、という結論に、彼らは至ったのだろうと、そう思う。

「おい! また高嶺とに謎の外人が会いにきてるぞー!」
「オイ高嶺! あの外人本当に誰なんだよ!?」
「そうよー! あのイケメンを紹介しなさいよー!」
「あー……デュフォーはその、ガッシュの兄の兄、というか……?」
「ガッシュくんって高嶺くんの弟でしょ? じゃあ高嶺くんのお兄さん?」
「は? 高嶺の兄貴がなんでの所に来るんだよ……?」
「エ!? そ、それはその、それはヤエがガッシュとお兄さんの友達だから……!?」
「イヤ……? 普通、弟の友達の姉ちゃんにわざわざ会いに来るか……!?」
「あ、あの、ええと、そのう……!」
「……おい、、清麿……お前ら何してる?」
「デュ、デュフォー……!」

 ──その日も、余計な詮索を受ける前に、さっさとデュフォーを回収して帰路に着いてしまおうと高嶺くんとアイコンタクトを交わし、放課後のチャイムが鳴るや否や早々に教室を飛び出した訳だったのだけれど、……デュフォーの元まで辿り着く前に、クラスメイトの妨害により、私と高嶺くんは道を塞がれてしまったのだった。そうして校門から数メートルというところで、しどろもどろでクラスメイトの質問を掻い潜る私と高嶺くんを遠目に見て妙に思ったのか、いつの間にかデュフォーが近付いてきていて、……これ、面倒な話にならない? と私が内心慌てるよりも先に、山中くんたちがここぞとばかりにデュフォーの周囲へと質問を携えて群がっていったのである。

「なあなあ! アンタ、高嶺の兄貴らしいけどとは友達なのか!?」
「は……? 兄貴、だと……? イヤ、オレは清麿の兄ではないが……?」
「兄貴じゃねーの!?」
「高嶺との周りの人間関係、マジで謎すぎねえ……?」
「え? じゃあとは……一体、どういう関係なんだ……?」
との関係、だと……?」
「や、あの、デュフォーとは、その……」
「……そうだな、幼馴染、ということになるのか……?」
「い、一回会っただけでは幼馴染とは言わないかなあ!?」
「幼馴染!? えっじゃあ高嶺とも!?」
「待って! 高嶺くんのお兄さんではないって言ってたわ!」
「イヤ、じゃあマジでどういう関係なんだよ!?」

 わあわあと盛り上がる周囲に対してデュフォーは不思議そうな顔をしていて、その反対に私と高嶺くんは、どうやってこの状況を納めるかを必死で考えて合図を送り合っている。──魔本の戦いについては、周囲を必要以上に巻き込まないためにも、クラスメイトや友人であっても一般人には決して事情を開示しないと、高嶺くんも私もそう心に決めていて、……かといって魔本に纏わる事情を省いたとき、デュフォーとの関係性を説明するのは、非常に困難だった。海外の友人、とだけ言って誤魔化せればいいのだけれど、デュフォーは多分、この会話の何がまずいのかを理解していない気がするし、「あ、もしかして、高嶺の兄貴じゃないならの兄貴なのか?」という、金山くんの質問に便乗して、だったらもう、そういうことにしてしまおう! とクラスメイトの詮索がそろそろ面倒になってきた私は、「そうそう! ねえ? デュフォーお兄ちゃん?」なんて、それらしい反応をして必死にデュフォーにアイコンタクトを試みたけれど、「は……? 何を言っている、。クラスメイトに向かってくだらない嘘を吐くな。友人を失くすぞ。お前の為にならない」……なんて、私を心配してくれているのは分かるのだけれど、大真面目な返答で話を全然合わせてくれないものだから、……そうだ、デュフォーってこういうひとだった……と、余計に話が拗れた惨状を前に頭を抱えたくなってしまったのだった。

「……そもそも、オレが兄だったら今頃、を口説いたりして無いだろ……」
「……エ!?」
「……は!?」
「兄妹では結婚できないからな。の望みであっても、それは却下だ」
「え、あの……」
「ちょ、おま……」
「……えーっ!? ちょ、さん、その人と、そういう……!?」
「エ!? イヤ、あの! ちが、そうじゃなくて……!」
「そうだろ? 何も違わない、もう帰るぞ、。些か待ちくたびれた、……ほら、鞄を貸せ」
「や、ま、待って、……ちょっと、デュフォー!」
「お、おお……じゃあ、そういうことだから……!?」
「あっ、おい待て高嶺! ……高嶺ー!」

 自分の言いたいことだけ言って、大勢に囲まれるのが面倒になったのか、デュフォーは私の学生鞄を取り上げるとそのまま私の手首をも掴んで、すたすたと高嶺家までの道を歩き始めてしまう。去り際にとんでもないことを言い残したデュフォーのせいで、クラスメイト達の視線は依然こちらに集中していたけれど、……私とデュフォーの後を追った高嶺くんが代わりに皆から追及されていたけれど! ……でも、もうこんなのって収拾が付かないし、何を言ったところで納得してもらえっこないじゃない! と逃げるように私は、デュフォーに従い、もうその日はそれ以上考えない! 考えたって絶対に私には“答え”なんて出せっこないんだから! と、高嶺家での放課後の訓練も、晩御飯に御呼ばれしている間も、デュフォーと高嶺くん、ガッシュとで帰路を送ってくれてヤエと共に自宅に着いてからお風呂に入っている間も、眠りに就く時間になっても、……朝、学校に向かう時間になっても。考えたくないし、考えたところで答えなんて分かりっこないし、面倒な話になるのが目に見えているし! と、……ともかく、それについては考えまいとしていたわけ、だったのだけれども。

「ねえねえ、さん、本当にあの外国人と付き合ってるの……!?」
「私はてっきり、高嶺くんと付き合ってるんだとばかり……」
「イヤ、あの人が勝手に言ってるだけじゃないの!?」
「ウワーッ! はオレたちのマドンナだったのにーっ!」
「うるせーっ!!」

 ……どうやら、このまま曖昧な答えで受け流したのでは、彼らは納得してくれないらしい、ということには、翌朝に教室で質問攻めにされる頃には、流石に私だっていくらなんでも気付いていた。……でも、本当に、聞かれても答えられないのだ。今の私には、ヤエの戦いが最優先なのだと固く心に決めているから、デュフォーの好意を受け取ることも退けることもしないと決めたその気持ちは、確かに、彼への信頼と好意に基づいたもの、だったから。彼が本心から私を好いていてくれるのだと理解できた今、デュフォーが聞いていない場所で、第三者からの追及を逃れるためであってとしても、彼に対して不誠実な言葉を口にしたくはない、という、私なりの葛藤があったから。……だから、言葉を濁して、言い淀んでいる私を見て、隣の席に座っていた高嶺くんは、何か意を決した表情で、「……なあ!」と声を張り上げたのだろう。一瞬で彼に向いた皆の注目の中、一体彼は、何を言うのかと思えば、

「えーと……デュフォーは……あの、みんなが言ってる外国人、っていうのはさ、俺の家に居候してる、俺との、海外の友達で、」
「高嶺くんの……?」
「あ、ああ。それで、偶然なんだけど、とはオレよりも先に面識があってさ、なんていうか……」
「あの人、デュフォーさん? は、さんのこと、好き、みたいな表現、してたけど……?」
「う、あ……あ、あのう……そ、それは、私も、デュフォーに、ちゃんと言われていて、でも……」
「……ホラ! まあ! 受験とかあるだろ!? だから、は、デュフォーには……」
「……あー、もしかして、そういうこと?」
「……? そういう、って……?」
さんは、迷惑してるとか、そういう……?」

 ──多分、その問いかけに。私は、「そうだよ」という、只のそれだけ、シンプルな肯定を返せばよかったのだろう。そうなの、あのひと、ちょっと困っちゃうよね、って。──少なくとも、三年間掛けて私が作り上げた“”という人物像に沿った答えは、それだったのだと思う。──教師の言うことをよく聞いて、クラスメイトに手を差し伸べる良心の塊──皆が望むというひとは、そういうひとだと、……私だって、ちゃんと分かっていて、分かっていたはずなのに、私は、……は、学内では優等生で、いつもにこにこと笑いながら皆の為に尽くしている、信頼のおける人物で、という偶像を自分で作り上げていた、癖に、それなのに、なぜか……、その受け答えを、どうしたって受け入れられなかった、本人が聞いていないとしても、私にデュフォーを悪く言うことなんて出来なかったのだ。

「──デュフォーのこと、悪く言わないでよ! 私が誰と仲良くしていても、誰にも迷惑かけてないでしょ!?」

 ──そうして、どうしてか、私は。──大切なクラスメイトたちに向かって、あろうことか、あんなことを、言ってしまったのだった。


「……、何もそんなに気にしなくても……」
「う、うう……イヤ、あれは流石になかったと思う……! わ、わたし、なんか、変にムキになってたよね……!? みんな、びっくりしてたし……」
「……イヤ……」
「高嶺くん、本心は!?」
「……デュフォーのこと、悪く言われたくなかったんだよ、な……? と、そう思う、が……」
「……うー! そうだよ! そうだよね!? だってさあ!?」

 ──言い過ぎたって、ちゃんと分かってる。クラスのみんなは、私のことを心配してくれたんだって、……“もしかしたら、私が変なひとに捕まっているのでは?” “危険な目に遭っているのでは?” という可能性を危惧した上で、彼らがデュフォーを警戒していたのだということは、ちゃんと分かっているつもりなのだけれど。……それでも、私は。皆にそんな風に言われなくたって私はデュフォーの素敵なところを知っているのに、って。……どうしようもなく幼い独占欲のような何かを抱いて、ちゃんとその考えを否定すればいいだけなのに、妙にむきになって、……結局、デュフォーにとってもクラスのみんなにとってもよくない答えで、みんなの厚意を突っ撥ねてしまって。──ムッ、として善意を退けた私に、周りはみんな、びっくりした顔をしていたよ、私が普段はそんな表情をしないひとだったから、余計に。あの反論は、私としてはデュフォーの生い立ちを知っているからこそ、彼を偏見の目で見られたくないという一心によるものだったけれど、……皆にとっては、只デュフォーのことを知らないだけで、あれは悪意なんかじゃなくて、私を心配しての言葉だったのだということだって、私もちゃんと分かっているからこそ、……私としては、やってしまった、と思うところでも、あって。

「──でも、高嶺くんだって、ありえないと思うよね!? あんな言い方しなくても……」
「──まあ、あいつらもを心配したんだと思うぞ?」
「……そ、れは分かってるけれど、……でも、デュフォーは悪いひとじゃないのに……あんな言い方って……ひどいよ……」
「じゃあ、それをオレ達で教えてやろうぜ? そうだ。今度さ、クラスの連中と遊ぶときに、ガッシュやヤエだけじゃなくて、デュフォーも誘ってみないか?」
「で、でもデュフォーって、口悪いし、もっと誤解されたら……みんなに……なんて……」
「大丈夫だって。口が悪いやつとか、オレで慣れてるだろあいつら。……だからさ、今日、が怒ったことだって、どうこう思ったりもしてないと思うぜ、心配しただけだよ」
「……ほんとうに?」
「……ああ、ほんとうだ」

 ──そう告げる、高嶺くんのひとみはまっすぐで、……いつだってあなたは、私がどうしようもなくなったときに、光へと連れ出してくれる、手を、差し伸べてくれるから。私も、……きっとデュフォーも、ガッシュも、ヤエも、……あなたの言葉だけは無条件で信じられるのだと思ったら、……どうしてか、あなたの言葉はいつも眩しく、私の心の奥深くに、すとん、と難なく収まってしまう。

「……高嶺くん、わたし……」
「ん? どうした、?」
「……明日、みんなに謝りたいな……、だって、みんな、私のことを心配してくれたのに……」
「……そうだな。オレも一緒に説明するよ」
「……ありがとう、高嶺くん……」 inserted by FC2 system


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