願わくばを願わねば

 ──翌日、クラスのみんなには昨日のことをすぐに謝って、みんなも嫌なことを言ってしまったからと私に謝ってくれて、……それでもやっぱり、クラスメイトには酷いことをしてしまったなあ、なんて。なかなか後悔は拭い切れなかったものの、私こそごめん、と。重ねて何度もお互いに頭を下げる私と水野さんがよほどしょんぼりして見えたのか、見るに見かねた高嶺くんが「もうこの件はお互い恨みっこなしにしようぜ?」と、上手く場を納めてくれたおかげで、私はその後、今まで通りにみんなと過ごせているから、やっぱり高嶺くんはすごいなあ、なんて思った。……高嶺くんの周りにはいつも自然と人が集まって、彼の言葉には耳を傾けてみようと思える説得力がある。だから、彼はみんなから信頼されていて、私ももちろんそのひとりだった。この戦いの日々で、私が彼に助けられた回数は数えきれないほどで、けれど、それはお互い様だと言って、いつでも躊躇いなく手を差し伸べてくれる高嶺くんのことを、……尊敬、しているのだ、私。
 だから、私の初恋の相手が高嶺くんではなかったと判明した今でも、私にとって彼は、ずっとずっと、とくべつで憧れの存在だった。高嶺くんのように優しくもしっかりとした人間になれたのなら、……きっと、デュフォーのことだって。あんなにも拙くみんなに気持ちをぶつけるだけで済ませようとするんじゃなくて、双方にとってもっといい方法を、見つけられたのかもしれないのに、私はどうしようもなく幼かった。誤解を解く方法も、歩み寄る方法も、もしも、私にも“答え”が見通せたのなら、あるいは、──。

「──デュフォー、また迎えに来てくれたの?」
「ああ。……荷物を寄越せ、
「あの、気持ちは嬉しいけれど、デュフォー、その……けっこう、目立ってしまっているし……」
「? 別に構わない、物珍しいだけだろ? 誰に見られたところでオレは気にならないしな……」
「あー……デュフォー、はさ、お前がオレたちの為にみんなから誤解されるのが嫌なんだよ」
「高嶺くん……」
「? 誤解とは?」
「お前がのことを待ち伏せしてるとか、付き纏ってるだとか、そういう風に思う奴がいるかもしれないし……それでお前が通報されたりしたら困るだろ?」
「……そういうものか」
「ああ、海外と比べたら日本は平和だが、近頃は魔物のこともあってこの辺りも物騒だしな、警戒するヤツだっている。……オレ達とデュフォーに面識があることも、学内の全員が知ってるわけじゃないから、もオレも、お前が誤解されるのが嫌なんだよ」
「……そうか、そういうことか……理解した」
「……あの、迷惑とかじゃないんだよ? でもね……」

 その日の帰り道、やはり今日も今日とて校門の傍で待っていたデュフォーといっしょに、私と高嶺くんとの三人で、高嶺家までの帰路を歩きながらも、……これ以上に話が複雑化する前にどうにかデュフォーと話を付けようと、教室を出る前に事前に高嶺くんと相談していたから、私の代わりにと高嶺くんが説得を試みてくれていた。……高嶺くんが丁寧に理論立てた彼の説明は、私の言い分よりもよほどすんなりとデュフォーに受け入れられたようで、納得したような素振りを見せるデュフォーに、……もしかすると、これは話が上手く纏まるかもしれない? ……なんて、そんな風に考えたりもしてしまったものの。……高嶺くんの言葉に理解を示しつつも何かを逡巡する素振りを見せてから、デュフォーが続けて紡いだ言葉には、私も高嶺くんも、……思わず、その場に固まってしまうのだった。

「しかしな、……学校から一緒に帰ると、と清麿と同級生のような気分になれるだろ?」
「……エ?」
「ハ……?」
「オレにとってはそれが新鮮で……結構楽しい。こうしてお前達と歩きながらだと、ゆっくり話も出来るしな……が楽しそうに学校での話をしていると、オレもその場に居たような感覚が味わえる……」
「お、おお……お前、タチ悪ぃーな!?」
「そうだよ、ずるいよデュフォー! そんなこと言われたら、何も言い返せないよお……!」
「? どうした? 、清麿……?」

 ──それはもちろん、何も、言い返せるはずもなかった。寧ろ、校門で待っているのをやめて欲しい、なんて再三言っていた私達は、なんて酷い言葉を彼に投げかけてしまったのだろう、なんて。後悔さえもせり上がってくる始末だ。──私と出会い、別れたその後のデュフォーの生い立ちに関しては、私も高嶺くんも軽く聞き及んでいるところではあり、……彼が非常に優れた頭脳を持ちながらも、私達のように学校教育を受けた経験がないことも、既にデュフォー本人の口から聞かされていた。デュフォーは賢くて勉強も得意だけれど、その反面で、人に教える際には加減がよく分からないらしいと気付いたのは、クリア・ノート打倒に向けたこの日々で、皆に指導を施す彼の言葉が曲解されがちなのを、毎回私がフォローしていたからで、……多分それは、きっと、“優しく勉強を教えてくれる大人”と言う存在が彼の身近には居なかったからなのだろうな、と。……そう、思ってはいたけれど。……ああ、そうか。そういうことだけじゃなくて、私にとって当たり前な、クラスメイトと、……高嶺くんと共に登下校をする毎日のこんな何気ない時間だって、デュフォーにとっては知らないものなのだ、と。……私の当たり前を特別に得難く感じて、その時間を分かち合いたい考えてくれていた彼に、……私、なんてひどいことを言ってしまっていたのだろう、と。

「──デュフォー、あの、今度の土曜日さ……!」



「──と、言う訳で、土曜日にみんなで遊びに行く約束! デュフォーも連れて行ってもいいかな!?」

 今週末の土曜日は、クラスのみんなと街に遊びに行く約束をしていた。ボウリングとかバッティングセンターとかカラオケとか、それは、いつもと何ら変わり映えのない友人たちとの休日の過ごし方だったけれど、……きっと、デュフォーにとってはそういうことだって新鮮なのだろうと思ったら、深く考える前に、ぎゅっ、と彼の手を握って、「土曜日、クラスのみんなと遊ぶの! デュフォーもいっしょに行こう!?」なんて半ば叫ぶように言い放ってしまっていた私に、デュフォーも高嶺くんもぽかん、と口を開けて、じっと私を見て、……それから、不思議そうな顔をしながらもデュフォーは承諾してくれて、高嶺くんも、「まあ、何かあればオレがフォローするよ……」と私に協力の姿勢を見せてくれて。

「……その、事情を説明する……といっても、これはデュフォーにとってプライベートなことだし、オレもも勝手には言えないんだけどさ」

 ──またしても、私の代わりにみんなとの会話を繋いでくれた高嶺くんが、少し悩む素振りを見せながらも、クラスメイト達を上手く納得させられるように、……そして、デュフォーの気持ちを蔑ろにしないようにと、言葉を選んで、説明してくれた。

「あいつ、色々とワケ有りでさ……友達と登下校するとか、そういう経験がなかったらしいんだよな。それで、オレやといっしょに学校から帰るのが結構、楽しかったらしくてさ……」
「ええ!? ちゃん、あのひとって、そ、そんなに大変な境遇だったの……!?」
「う、うん……だからね、多分、みんなで遊ぶのとかもあんまり経験ないんだと思うの。私達といっしょに出掛けることはあるけれど、大人数でというか、学校の友達といっしょに、となると、多分、デュフォーは……」
「……じゃあ、と高嶺は、あのひとにそういう体験をさせてやりたいってことか?」
「そういうことだな。……まあ、オレたちのお節介で、本人が希望してきたわけじゃないんだが……デュフォーも嫌ではないと思うよ。あれであいつも、付き合いは悪くないヤツだし……」
「そうなの、……デュフォーね、冷たそうに見えるかもしれないのだけれどね、結構優しくていいひとだし、……あの、私が小さい頃に迷子になったのをデュフォーが助けてくれたことがあって、そのときからの縁なの。……だから、それを端折って幼馴染だ、なんて言って、そういう風に何かと誤解を招きやすいひと、なのだけれど……」
「ああ、あれ、そういう意味だったのか……?」
「……言葉が足りないだけでさ、悪い奴じゃないんだよ。……だから、みんなが思うような人間じゃなくて、そういうのは誤解なんだ、って。……オレもも、それをみんなに知って欲しくてさ……みんなにデュフォーを紹介するいい機会だし、それであいつが楽しめたら良いなと、そう思うんだが……どうだろう?」
「あのなあ高嶺、……、そんなもん、断る理由がねーだろ?」
「! 山中くん……!」
「いいぜ、土曜日は高嶺の兄貴もいっしょに遊ぶか!」
「イヤ、だからオレの兄貴ではなくてだな……」
「……フフフ、高嶺くんもちゃんも、デュフォーさんのことがとっても好きなのね!」
「エ……」
「素敵なひとなんだって、ふたりの話からそう伝わってくるもの! ねえ、マリ子ちゃん?」
「そうね、きっと仲良しの友達なんじゃない?」
「……そ、れは、まあ、間違いではないかな……? 改めて言われると、気恥ずかしいが……なあ? ?」
「う、うん……そ、そうだね……?」

 ──“アンサートーカー”の能力者は、魔界と人間界を合わせた上でも、広いこの世界にたったふたりしかいない、きっと高嶺くんとデュフォーは、その生涯で唯一無二の理解者として、この先も友人付き合いが続いていくのだと思う。彼らは同年代の男の子同士で、今はデュフォーが高嶺くんのおうちに居候していることもあって、共に過ごす時間も多いし、私から見ても、ふたりは兄弟のように仲の良い友達同士に、見えていた。……でも、そうだ。私はふたりにとっての“クラスメイト”で“幼馴染”なのかもしれないけれど、……それ以前に、私も彼らの友達で、……ああ、そうか、みんなから見たときに、私達は、ちゃんと。ふたりとひとり、なんかじゃなくて、……さんにんぐみ、に見えるんだなあ、って。……何故だかそれがたまらなく嬉しくて、もしかして、無意識のうちに能力のことで、私には彼らに対する引け目があったのだろうか。自分が劣っているとでも思っていたのかもしれないけれど、そんなものは、たった今何処かへと吹き飛んで行ってしまったような気がして。……それで、思ったのだ。愛とか恋とか、そう言うものを抜きにしても、私は、きっと。……彼らふたりと過ごす時間がとても大切で、……だいすきでたまらないのだということ。そんなにも簡単で当たり前の事実に、……今更ながら私は、その日、ようやく気付いたのだった。 inserted by FC2 system


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