星が落ちても大丈夫

※夢主が子供。恋愛ではない。疑似兄妹みたいな話。多分続きます。



 ──わたしがそのひとと出会ったのは、ずうっとむかしの、とある雪の日の出来事でした。

「……お前、こんなところで何をしている?」

 ──しんしんと降り積もる銀世界のなか、かじかむはだしのつまさきを慰めるように撫でながら、わたしは道路の隅に座り込んでいました。それ以上、いっぽも歩けなくなってしまっていたのかもしれません。でも、そのひとに声を掛けられたしゅんかんに、びくりと肩が震えてその場に縫い留められたみたいに、わたしはうごけなくなってしまったのをよく覚えています。そうして、「あう」とか「えっと」とか、もごもごと言い淀むわたしに首を傾げるそのひとの背中の向こう側で、「あのガキ、何処に逃げた!?」と怒声が聞こえたことで、──わたしはもうそれっきり、ひとことも言葉を話せなくなってしまいました。──あのころのわたしに、じぶんが“そういうもの”であるという自覚は、きっと、ぜんぜん無かったのだと思います。でも私は実際のところ、“戦争孤児”というもので、「──あんなに小さい子供、捕まえたところで流石に未だ娼館には売れないだろう?」「だが、最近は好色家も珍しくはないだろう」「それに、小間使いとしては値が付くかもしれない」「まあ最悪、臓器でも売れば金になるだろう」という大人の話し声が、きっとあなたには聞こえていたし、その言葉の指し示す意味だってあなたには理解できていたのでしょうね。──だから、あのとき、あなたは私のつめたい手を取って「──行くぞ」と手を引いてくれたのです。──それっぽっちのことが私の人生を変えてしまうなんて、あなたもわたしも、あのときには未だ知らなかったのかもしれない、けれど。確かに私の銀世界を、あなたが塗りかえたのです。

「──あの、おにいちゃん、どこにいくのですか?」
「……何処にも行きたくないなら、其処に居ればいい。もっとも……」
「……あのう、おにいちゃん?」
「そのまま座り込んでいたのでは、……お前は、俺と同じ目に遭うだろうな」
「おにいちゃんと、おなじ、ですか?」
「……死にたいなら、此処に残ればいい」
「わたしは、しぬんですか?」
「……そうだな、じきにお前は死ぬだろう」
「……そう、なのですか……」

 ──わたしのおとうさんもおかあさんも、戦争で居なくなってしまった。だから、わたしをまもってくれるおとなのひと、はもうだれもいなくて、しらないおとなのひと、に、おとうさんとおかあさんのかわり? みせしめ? として、追いかけられながらもわたしはまいにち、ひっしで走りまわって、どうにかその日をくらしていて。──そんなある日に、はじめてわたしの手を引いてくれた、ちゃいろくてみどりのおにいちゃんは、わたしをまもってくれるしっかりしたおとなのひと、には、ぜんぜん、見えなかったけれど。わたしよりおおきくて、でも、おとなのひとよりもちっちゃいおにいちゃん。──だけど、あのときに、わたしには。おにいちゃんの手が、他の誰よりも大きくて、あたたかいように感じられたの。おにいちゃんは、きっとこどもだった、でも、──わたしにとっては、おとなのひと、よりもずっとずっと、おにいちゃんのてのひらのほうが、信じられたの。……ふしぎだね。

「……わたし、おにいちゃんといっしょに、いてもいいのですか?」
「…………」
「わたしは、おにいちゃんのじゃまに、ならないのですか?」
「……邪魔じゃないから、好きにしろ。それと……」
「? なんでしょうか、おにいちゃん」
「……ヒイロだ」
「……?」
「……ヒイロと呼べ、それが俺の……まあ、一応は俺の名前だからな……」
「……ひーろ?」
「そうだ」
「ひーろー! おにいちゃん、ヒーローさんなのですか!」
「は? ……いや、違う、俺は……」
「うれしい、おにいちゃん、ヒーローさんなんだ! すごい! サンタさんよりずーっとすごいです! ヒーローって、ほんとうにいるのですね!」

 ──きっと、ヒイロ、あなただって。あのときの私の反応には、困り果てたことでしょう。年端も行かぬ子供を拾ったあなたは只でさえ、あの頃はまだ十五歳だったのです。お兄ちゃんの役割だって、重荷だったはずなのです。なのに、サンタクロースの真似事をしてみたら、ヒーローなんて呼ばれてしまって、それはもう、大変だったことでしょう、面倒だったことでしょう。でも、あなたは、そのままわたしを投げ出したりはしなかったものだから、──ほんとうに、あなたがわたしのヒーローになってしまったのです。

「……お前、名前は?」
「おなまえ? ないです、わたし、おとうさんもおかあさんも、ずっと前に……だから、えっと……よびかた、なんでもへいきです!」
「……何でも……?」
「みんな、ガキ、とか、チビ、とか、おい、とか、おまえ、とか! ゆってました! ひーろも、すきによんでいいですよ!」
「……なら、と呼ぶ」
「……?」
「ああ。……それが、お前の名前だ。……俺も昔、名前を貰ったことがあるから……お前には、俺が名前を付けてやる、
「わあ……! じゃあ、ひーろとおそろいだ! ふふ、ふふふ! うれしい! ありがとう、ひーろ!」
「……そうか、良かったな」

 ──あの雪の日、わたしを拾ったことはあなたにとってどの程度の価値があったのか、残念ながら私には分かりません。──でも、私の人生を変えたのは救ってくれたのは、間違いなく。──ヒイロ・ユイ。私にとっていちばんのヒーローの、あなたでしかなかったのですよね。 inserted by FC2 system


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