舞台の真ん中はきみにあげる

 は、歌舞伎町のNo.2ホストである。華のような美少年、と形容するに相応しい容姿をした彼は、少年、等という歳ではないが、されど成人男性としては、可憐すぎる美貌を持つことから、通称・王子、という呼び名で客の間では通っていた。が万年No.2で在ることを、彼目当てに通い詰める女性客達は、自分達の不甲斐なさである、と。そう、思っているが、他でもないは、そうではなく、正当な評価なのだと知っている。
 単純に、では、伊奘冉一二三に勝てない。───こうして、自分の口から、客観的な自己評価と見解を述べられる程度には、私にはそれがよく分かっていた。私はホストして一二三には勝てないし、まあ、悔しくないかと言われればそれも嘘になるが、とは言え、私はこの結果に納得しているのだ。寧ろ、よく頑張った方だとさえ思う。
 ───だって、は、女だから。

 ───私が一二三と出会ったのは、ホストの世界に足を踏み入れた、当初のこと、もう、十年も近く昔のことだ。高校を卒業してすぐ、私は素性を偽り、男としてこの業界に入った。単純に、稼げると思ったのもある。だが、何より、幼少期から患っていた男性恐怖症を克服したい、と。そう考えての、行動だった。ネオンぎらつき、欲望渦巻くこの世界を選んだのは、男社会で男として揉まれれば、何かが変わるかもしれない、と思ったからであるものの、まあ、ホステスという選択肢もあったの、だが。あまり自分は、女性らしい方ではないし、学生時代は、女子校で王子様扱いされてきたし。ホストの方が向いている、と。そう思って、実際今の地位に立っているわけだから、当時の直感も、間違いではなかったのだろう。だが、そんな具合だから、昔から男性から女性扱いされることが不得手で、男性自体も苦手だった。けれど、私の性自認は女性であるし、恋愛対象も男性である。このままでは、駄目なのではないだろうか、と一念発起しての行動だったの、だが。実際問題、そう甘い業界ではなくて、自分が如何に舐めていたのかを思い知らされて、───そして、その矢先に、私は一二三と出会った。

 女性の前で怯えて、不安気に震える、一二三を見ていると、私は鏡を見ている気分になった。彼が私の鏡の向こうに在る存在だったから、一二三のことだけは、不思議と、怖くなかったのだ。そうして、自分の痛みと同じように、彼の恐怖心が理解できたからこそ、私は、彼を女性から庇って仕事をするようになって。そんな私を、一二三も先輩たち、私が怖気付いて、上手く話せない男の人達から庇ってくれるようになって。それで、少しだけ、お互いに。この世界でも、息が出来るようになって。───そんな積み重ねがあって、今では、No.1とNo.2の間柄である。きっと、戦友、のようなもので、一二三に対して、ホストとしての負けを素直に認められるくらいには、彼に大きな借りがある。要するに、一二三を足がかりに、私はすっかり男性恐怖症を克服した、ということである。今では他の同僚達やマネージャーとも普通に話せるし、共に仕事をしているうちに、同性よりも却って、男性のほうが理解が及ぶと思えるまでになり、男性に対する恐怖心は無くなった。
 そんな訳で、今となっては、怖いものもないし、この仕事に愛着とプライドもあって、私は政権交代が起き、男が生きづらくなった現在も、男としてホストをやっている。まあ、戸籍上は女である訳だから、時世の流れによる男性への負担は、私には無関係のようなもの、なのだが。───まあ、道を歩いていればラップバトルを吹っかけられるようになったこのご時世、全くの無関係、とも言えないか。

 一緒に歩いてきたから、今日の栄光があるというのに。私ばかりが、克服してしまって申し訳ない、とは思っている。結局、一二三は、かつて私が男性恐怖症だったことは、知らず仕舞いだし。私は乗り越えられたのだ、と教えられたなら、少しは一二三の背を押すことが、勇気を与えることが、出来るのだろうか、と。そうは思っても、告げるには、一二三の背を押すには、私自身が女であると、彼に打ち明ける必要がある。だが、そのカミングアウトはリスキーに過ぎて、下手をすればこの仕事を辞めなければならない可能性だってあるのだと思えば、容易に踏み切れることでもなかった。
 ───それに、何より、打ち明けたなら、最後。きっと、一二三は二度と、私の目を見て話してはくれなくなる。

 伊奘冉一二三に、救われていた。
 彼の宝石の瞳が、私を真っ直ぐに見てくれる時間が、私は大好きだった。
 ───私は、伊奘冉一二三に恋をしている。彼に、女として見てもらいたい、だけど、それ以上に、その他大勢と同じように扱って欲しくなくて、何より、今の関係が壊れるのが嫌だった、のだ。

「───が、女の子だったらなぁ」

 ───それなのに、どうして。あなたは、そんなことを、言うんだろう。

「……一二三、何言ってるの?」
「いんや? 俺っちさ、女の子苦手じゃん?」
「うん」
「でも、が女の子だったらなあ、って思っちったんだわ」
「……なにそれ?」
「……あのさあ、笑わない?」
「笑わないけど」
「あと、引かないでくれる?」
「引かないよ」
「……俺っち、が好きなのかもなあ、って」

 なんだそれ、って。言葉が、出て来なかった。それは、嬉しいことなのかもしれない、だけど、決して手放しで喜べることでもなかったのだ。何故なら、愛の告白と呼ぶには、余りにも相応しくない程に。一二三が、困惑しきった顔で、私を見詰めていたから。

「……一応、聞くけど」
「ん? なに?」
「一二三、同性愛者だっけ」
「ちっげーし! ……いやまあ、女の子苦手だし? 上手く話せないけどさ……恋愛するなら、普通に、女の子が好きだよ?」
「じゃあ、なんで?」
「だからさ! それは、俺っちが知りたいし、気のせいだと思いたいんだけど……でも、やっぱ、お前に隠し事すんの、嫌だったんだわ」
「……ひふみ」
「……急にゴメンな、気分悪かったっしょ」
「いや、それは大丈夫だけど、だって私も、」
「? も?」
「……ううん、なんでもない」

 私も、一二三が好きだよ、と。そう、打ち明けたところで、一二三の肩の荷が下りるわけではないし、彼が安心できる訳でもない。私のことを、好きなのかもしれない、と、そう、思ってくれて、けれど、私が男だから、一二三はその気持ちに戸惑っていて。ならば、私が女で、私も一二三のことが好きなのだと、そう、打ち明けることが出来たならば、───そう簡単に、解決出来るほどに、事態の根は単純ではないのだ。もしも、此処で打ち明けたなら、───それで、どうなる?

「一二三は、大事な友達だし、仕事仲間だしさ、そりゃまあ、好きだよ?」
「……うん」
「だから、嫌だとは思わないけど、でもさ、私が女だったら、一二三は私と話せなくなるよ。それでも女の方がよかった?」
「えっ! そんなんヤダし! 絶対ヤダ!」
「でしょ。てかまあ、……現実問題、私ら、男同士じゃん」
「それな? そうなんだよな〜〜……やっぱ、なんか思い違いなんかなあ……?」
「そうそう、私があんまり美人だから、錯覚したんだよ」
「おま……、いや、確かにはスッゲー美人だけどな〜〜!? ったく、言うようになったじゃーん?」
「はは、お陰さまで?」

 ───そうだ、そういうことに、しておかないと。これはお互いを、護るためなんだから、なんて。そんなこと、言い訳だとも、分かっていたけれど。結局、そのときの私には、───どうすればいいのか、が。どうしても、分からなかったのだ。───好きだ、って。それだけの気持ちがあれば、それで済んだのなら、どれ程良かったことだろう。 inserted by FC2 system


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