金貨10枚から賭けてね

 白と黒に、金とオレンジを基調とした制服──という表現は適切ではないものの、ともかく私専用に誂えられた衣裳に袖を通し、本日のスケジュール確認を兼ねて、私はあの方──自身の主君たる方の私室へと足を運ぶ。長い廊下を抜けて、絢爛豪華な装飾の施されたドアを軽く叩くと、主君はどうやら既に目を覚ましていたらしい。

「──おはようございます、ウルフラム様。本日のスケジュール……の前に、朝の紅茶をお淹れしますね」
「ああ、頼むよ、…………」
「……ウルフラム様? どうかされましたか?」
「いや、……なに、未だにきみにそう呼ばれるのは慣れないな、と」
「……そろそろ慣れていただかないと困ります。第一、あなたはそのように呼ばれ慣れているのでは?」
「それは否定しないが、……きみとはフィールドで対峙する間柄だったからな。以前なら、ウルフラム・ゼルガ、と。……フルネームでしか呼んでくれなかったと言うのに」
「そ、……れは、お互い様かと……ウルフラム様も、私を、と。そう呼んでいたではありませんか……」
「はは、そうだったかな」

 ──朝の紅茶の好みは、少し熱めのダージリン。銘柄はロンネフェルトで、普段はストレートがお好みだけれど、少しお疲れの際にはキャンディスをふたつ入れて飲まれるのが、この方──ウルフラム様はお好きなのだと、──そういった彼の嗜好についてならば少しは把握が及ぶ程度の時間を、私はウルフラム様の傍で過ごしている。
 あの日、──私に賭けを持ち掛けてきたこのひとに、私はシャドバの勝負で負けた。ロイヤルクラス同士のミラーマッチで、進化ロイヤルを使う私の切り札は、場を一撃でひっくり返すだけの強力な効果と制圧力を持つ、雷滅卿アルベール。──理屈の上でならば、私にも勝ちの目は十分にあった。……そう、理論上だけの話なら、理想の上では、私もこのひとに勝ち得たかもしれないけれど、勝負の世界はいつだって結果だけが真実。彼との勝負に敗北を喫した私は、賭けの内容通りにウルフラム様の“協力者”として彼の手を取ることとなり、その際にどういった形で彼と手を取り合うかを取り決める上で、私は、──ウルフラム・ゼルガ、この金色の男の従者となることを自ら選んだのだった。彼の方では、そう言ったつもりはなかったのだと言って、「……只の同盟者では駄目なのだろうか? 私は何も、きみを従えて支配したかったわけではないんだ」とやんわりとした拒絶を一度は示されたものの、……しかしながら、私に決定権がある、と言ったのはそもそも目の前の彼なのだから、私にも引き下がる義理はない。……彼との勝負の中で、私は。彼の金色にどうしようもなく、惹かれてしまった。その眩さを見つめていると頬が熱くてまるで全身の血液がどくんどくんと力強く湧き上がるようで、──一体、私を負かして手繰り寄せてまで、彼が成さんとしていることとは何なのか。私は、彼が作るその未来を特等席で見てみたいと願ってしまったのだ。そのためならば、彼の前に身を差し出して服従を誓うことだって何ら惜しくはなく、寧ろ私がこの輝きに魅入られてしまった以上は、それが最も正しい形であると、私はそう考える。──まあ、そんな私の考えに対して彼が、ウルフラム様が何を想っているかなどは、私には知る由もないけれど。

「──では、本日のスケジュールですが。まずは午前中に、ジェネシスカンパニーとの打ち合わせ、午後には来月のエキシビションマッチの件でセブン・シャドウズとの打ち合わせ、それから──」
「……、ひとつ聞いても構わないか?」
「はい、何なりとどうぞ」
「今日は、きみとシャドバをする程度の空き時間くらいは、あるのだろうか?」
「……はい? 私と、ですか?」
「ああ、きみと」
「……せっかく、セブン・シャドウズの面々と顔を合わせるのです。そちらのみなさんと、シャドバをされるのがよろしいのでは……?」
「いや、私はきみがいいんだよ、
「……何故、でしょう?」
「きみのシャドバは、美しい。正しく、ロイヤルクラスの担い手に相応しい……だから時折、私はきみと堪らなく試合がしたくなるんだよ、
「……徹底的に叩き潰せて、気分がよろしいからですか?」
「ははは、まさか。……には私がそんな人間に見えるのかな?」
「……どうでしょうか、私はウルフラム様のことを、何も知りませんから……」

 ──私は、何も知らない。ロイヤルクラスの担い手というものはいずれも、高貴なる魂の持ち主であるか、或いは忠義を貫く騎士道精神に満ちているものだと、相場が決まっている。私は自身を前者だと長らく思い込んでいたものの、ウルフラム様の前にすべてを差し出し頭を垂れて傅いた今、自身の本質は忠騎士であったのだと強く実感した。……ならば、あなたは、そのどちらなのだろう。見たままの通り、あなたは王であるのか。……それとも、あなたの黄金はハリボテで、その騎士然とした立ち振る舞いと微笑みの下には、……純金ならざるタングステンこそが、眠っているのだろうか。

「……では、シャドバを通してきみに私を知ってもらうとしようか、
「……今日こそは、少しは教えていただきたいものです」
「……それは、きみ次第だな」

 ──それでも、あなたの真実が何処にあったとしても、私が何の為に“運命”とやらであなたに縛られているのだとしても、……私はきっと、あなたの成すことならばすべてを受け入れてしまうのだろう。差し出された手を取る己の指の熱さでは、あなたを熔かすにはまだ足りない。この身を焦がす強烈なこの熱情は、……きっと、愛と言うものなのだ。 inserted by FC2 system


close
inserted by FC2 system