思い出に必要な夜の支配権

 平等と公平を尊ぶ、それこそが私の哲学である。──しかしながら、何も私とて自身の哲学に反する者を廃そうなどと、そのようなことを考えている訳では無いのだ。無論、私の考える“平等”には彼らにも加わってもらうことになるが、……それでも、“特別と言う不平等”を隣人に抱くその気持ちを、私は否定しないとも。──それは例えば、友人に抱く情。例えば、デジフレに抱く信頼。例えば、デッキの切り札に抱く願い。──そして、例えば。

「──ウルフラムさま、おつかれさまでした」
「……ああ、この程度のことは造作もないよ」

 ──例えば、恋しい異性に抱く愛情も、そういった類のものだろうね。
 私に仕える秘書、は、私に対して特別な感情を抱いている。改まって言葉にされずとも、彼女が私を見つめるひとみにきらきらしい瞬きが乗せられていることには、私とて気付いていたし、そもそも、スカウトに出向いた彼女が本人の意志で私に服従することを望んでいるのは、恐らくそういうことなのだろうと、はじめから分かっていた。

 は、数少なくなったグランドマスタークラスに名を連ねるシャドバプレイヤーだ。プロ選手として名を馳せる彼女は、雷滅卿アルベールをフィニッシャーに据えた、制圧力と打点が非常に高い進化ロイヤルのデッキを用いる。ロイヤル使いとして世界二位の実力を持つ彼女に、世界中のシャドバプレイヤーが羨望の眼差しを向けた。高貴なるロイヤルクラスを遣う彼女は、麗しい女王だと皆がそう思っている。──だが、本当のは、決してそのような人物像ではない。破壊の限りを尽くすデッキを用いる彼女が、淑やかで揺らぎやすい華などである筈がないだろうに。──は、星だ。それも、光輝いてすべてを焼き焦がすシリウス、天狼の青星。──彼女の本質とは、そういうものだった。彼女は強者であり、私に、世界に選ばれた存在である。さて、選ばれた者であるからには、公平に機会を与えられなければならない。ナプキンを取る側には、相応の平等と公平というものがあり、騎士道精神を体現するロイヤルクラスを手に取った以上は、彼女に逃げは許されない。ノブレスオブリージュを体現する義務が、ロイヤル使いたる我々にはあるのだ。

 強者だからこそ、彼女は特別であり、特別な彼女が私に特別な感情を抱く衝動を、私には責められない。大前提として彼女を私の決めた舞台へと引きずり出したのは、他でもない私だからである。事実、は私にこの上なく尽くしてくれていて、私の計画の上で彼女は既に欠かせないピースと成っていた。──その献身には相応の対価が与えられてこその公平であると、私はそのように考える。故にには“ウルフラム・ゼルガの恋人”という特別な対価を与えたのだと、──もしも、その事実を知ったのなら、きみのデジフレは一体、どのような顔を見せてくれるのだろうね、

「わざわざウルフラムさまが出向かずとも、私で十分だったのでは?」
「はは、確かにそうかもしれないね。は強いから」
「そ、そのようなことは……私は、ウルフラムさまの足元には、とても……」
「そのようなことはないさ、……きみは強いよ、

 リョウガくんとのバトルを終えた私を讃えながらも、要約すれば「時間の無駄」だと冷徹に告げる彼女の言葉は、きっと間違いではない。
 ──尤も、私が思うのは、この程度ならが相手で十分なのではなく、が相手ならば誰も彼女に勝てはしない、といった意味合いだが。

 ──そう、きみは強者なのだ、。もしも私がいなければ、セブン・シャドウズの一席はきみの玉座だったと断言できるほどに、きみは酷く強い。
 ──だからこそ、だ。私は現状のが、私の秘書官と言う席に収まっていることを、あまり好ましく思ってはいない。側仕えなどよりも、彼女には相応しい役目があるというのに。プロプレイヤーとしての活動を縮小してまで私に忠義を尽くす彼女は、何も現在でもシャドバの腕が衰えたなんてことはないし、今でも研鑽は続けられており、彼女のシャドバは進化を続けている。……だからこそ、このままではいけないのだ。導く側の存在として、プロプレイヤーとして、私が望む世界の為に、彼女には皆を率いてもらわなければならない。皆を引き上げるために、強者は先頭に立たなければならない。私は、彼女にはその役目こそが相応しいと考える。──は決して、私の右腕で収まっているべき人間ではない。シャドバの実力に加えて、「彼女に決定権がある、と言ったのはそもそも私なのだから従属するのも彼女の権利だ」と言葉巧みに主張してくるその口の上手さ、力だけではなく彼女には頭脳もある。──だから、隷属は正しい関係性ではないと、私はそう考えた。私とは、この関係性をいずれは脱しなくてはならない。きみはロイヤルクラスのNo.2プレイヤーとして、私に次ぐ者として、雲の上に座する雷滅の女王として、天狼の番犬などではなく、正統なる私の協力者と言う立ち位置に収まるべきなのだと、私が決めた。限りなく対等に近い存在に彼女を引き上げるためには、──きっと、恋人と言う枷を掛けるのが最短ルートなのだろうと、そう思わないか?

 ──しかしながら、何も私はきみの献身を受け取らない等と言うつもりではないとも。きみが私へと傾けるその特別も、貴ばれるべき感情であることには何ら変わりがない。私がきみから受け取ったのと同じ分だけの特別を与えられるかは、誰も知り様がないけれど、それでも。──手元に置いて、私が見出した幾つもの特別の中で、最も手に取りやすい場所にきみを収めて。毎日、丹念に磨いて、ガラスのケースに収めたきみという宝石を眺めていたいと思う程度の情緒は、私にもあるのだ。

「──きみは美しく、この上なく輝かしい存在だよ、

 きみが、私にとっての特別である理由。まず第一には、私に次ぐロイヤル使いであること。有事には、私の代わりになる次席としての価値を持つこと。人類の隣人たるデジフレと良好な関係性を築く彼女たちのそれは、私にとっても好ましいものであるということ。──それから、──デジフレとの言語を用いた会話を可能とするシャドバプレイヤーという、唯一無二の存在であること。──世界を変えるほどの眩さが、きみには備わっていること。平等と公平とで成るべき世界の中で、きみこそが私にとって何よりも特別だと私は感じており、その唯一性を認可したいと考えている。そうして、私が君に傾けているこの眩い感情が、──もしもきみの特別と同じものだったのならば、それもまた、喜ばしいことなのではないだろうかと、私はそう思うよ。 inserted by FC2 system


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