降りる幕を許すより もっと

 我がリーダー・は、グランドマスタークラスに名を連ねる優れたシャドバプレイヤーであり、俺にとっては異世界の隣人で、──対して雷滅卿アルベールは、にとって電子世界の虚構存在である。

 彼女は、──というよりも、彼女の世界の人々は、シャドバのカードに刻まれた俺達の戦いの日々は空想上の物語であると、そう思っている。“フォロワーとは、実在する異世界の隣人”であるということを知っているのは、彼女の世界でも一握りの人間のみで、──俺はと言うと、にその真実を告げることも可能ではあるのだが、未だに彼女の認識を改めることはしていないのだった。
 何故ならば、なにも俺とて、シャドバというゲームが繋いだ二つの世界の真実のすべてを、知るわけでもない。だからこそ、半端な情報を与えるのも憚られるし、……何よりも、下手に事実を知らせることで、を俺の世界での戦いに巻き込みたくはなかったし、彼女を傷付けたくもなかった。……何しろ、我が祖国レヴィオンは既に滅んでいる。彼女がその戦火に身を晒す必要も、悲劇に心を痛める必要も、何処にも在りはしないだろうと、俺はそのように考えている。
 彼女たちの世界にフォロワーというシステムに変換して召喚される俺たちとて、そのすべてが意識を持って顕現するわけでもない。俺はのデジフレとして存在しているために他のフォロワーよりは幾らか自由であり、同時に、彼女のパートナーとして選ばれたからこそ、俺にはこの世界で言語を介した会話が可能だったから、の傍に居るうちに、シャドバが世界の懸け橋になっているらしいということに気が付いたのだが、デジフレという括りの中であっても、どうやら俺の状態はイレギュラーであるようだ。

 と初めて出会ったのは、今から数年前で、まだ俺が雷迅卿と呼ばれていた頃だった。
 がデジフレとして俺を登録するよりも更に前から、俺は意識を持って彼女を見つめていたし、それが異常事態であるらしいということには気付いていた。
 それからまた暫く過ぎて、俺が彼女のデジフレとして登録されたことを機として、俺は彼女たちの現実世界においてはっきりと意識を覚醒させて、端末の外でも、自由に振舞うことが出来るようになったのだ。
 当初のは、俺が特別だからこそ、彼女と会話が可能なのだとそう思い込んでいたが、実際のところは、少し違った。──本当に特別なのは、彼女の方だったのだ。我がリーダーはどういう訳か、シャドバの端末の向こうに広がる異世界──レヴィオンへと幾らかの干渉が出来る。故に俺は彼女の手引きにより此方の世界で意識を覚醒させたのだと、……これは、それだけの話に過ぎなかった。
 フォロワーカードとして使役されている俺達は、この世界ではどうやら飽くまでもデータに過ぎないようで、今までに対戦したどの相手の持つフォロワーも、──セブンシャドウズが一角、夜那月ルシアが使用していたユリウスのカードですらも、俺と対話をすることなどは叶わなく、俺はきっとこの世界で孤独だったのだろうが、……それでも、俺にはが居た。俺の眼に光を与えてくれた彼女が、確かに傍に居てくれたのだ。

 という人間は、正直で、素直で、それでいて、その静かな瞳には何時でも力強い光が灯っていた。──それは、星のような、少女だった。眩いその光はあっという間に宙を駆け上がって、彼女は俺と出会って暫くした頃には、プロプレイヤーにまでなってしまったのである。──俺はそんな彼女のことを結構気に入っていたし、リーダーとデジフレとして、俺たちはなかなかに息の合ったペアだと、そう自負している。

 この世界に来臨する俺は、カードの向こうの隣の世界にて、レヴィオン王国、雷迅卿の騎士団で騎士団長を務める人間であり、此方の世界に顕現しながらも、元の世界に居る俺の意識と此方の俺のそれは常に同期されている。此方の世界における電子で編まれたこの身体こそが、きっと分霊に当たる存在なのだろう。──だからこそ、俺の意識の主導権を持つのは、飽くまでレヴィオン王国のアルベールだ。──それは、レヴィオンが滅んだ現在でも、変わることはない。

 我が祖国、レヴィオンは既に滅んだ。俺がこの手で、──滅ぼしたのである。
 国は、王は、俺からすべてを奪い、俺はその果てに、──ユリウスを手に掛けてしまった。その後悔はいつまでも消えることはなく、すべてを奪われた俺は修羅の道へと堕ちて、奪われた者たちから目を逸らすようにすべてを棄てて、雷滅卿アルベールとして此処に在る。──雷迅卿の騎士団などは既に無くなった今、俺は雷迅卿アルベールですらもなく、──俺は、一体誰なのだろうかと、そう考えないこともなかったが。況してや、此処に存在する俺は滅びた祖国から離れて、異世界での日々を過ごしているのだから、俺を俺として定義付けるものなど、──実際のところ、最早なにひとつありはしないのかも知れないと。

「──やっぱりアルベールは、アルベールのままだね」
「……何だと?」
「レジェンドフォロワーになってくれたときにさ、雷滅卿、って。……急にヒール路線に転向するから、正直に言うと結構びっくりしたのだけれどね」
「……ああ」
「やっぱりアルベールは、ちょっと悪くなっても変わらないなあ、って。面倒見が良くて、ちょっと天然で、頑固で、優しくて、あとは……」
「……待て、誰が天然だと?」
「ふふ、そういうところがね! ……それに、そういうのも、私があなたをデジフレにしてよかったなあ、と思ってる理由だよ、アルベール」
「……そうか」

 ──俺とが、デシフレとリーダーとしての絆を深めて、雷迅卿アルベールのフォロワーカードがレジェンドフォロワーへと進化した、丁度そのときに、──俺の世界で、レヴィオンは滅亡した。そうして、直ちにその情報が同期された結果、此方の俺も雷滅卿アルベールとしてカード情報が改められて、──当然ながら俺自身の人格も、祖国での悲劇により歪み果てて、──彼女に出会った頃の俺は、今よりもずっと直向きで、……きっと彼女は俺に何処か似ていたから、俺もという人間に好感を抱いたのだと、そう思う。
 だが、あの頃の俺はもう何処にもいない。彼女のデジタルフレンドは、彼女の知らない場所で起きた事件により、醜く歪んで悪鬼へと成り果てた。──だと言うのに、彼女は俺をデシフレから外さない。俺をフィニッシャーに据えたデッキを使い続けて、俺をパートナーの座に置き続けている。言語での会話が可能な俺たちは、俺が歪んだことで、以前のように円滑なコミュニケーションだって、取れなくなっただろうに。──それでも、彼女は「変わらないね、アルベールは」と、──只、それだけを。望まずして変わり果てた俺という修羅を、何故そうも変わってしまったのかなどと責めることもなく、肯定することもなく、彼女は俺を只のアルベールと、そう呼ぶのだった。

 にとって、レヴィオン王国と言う国は、フレーバーテキスト上の存在であり、レヴィオンの崩壊もまた、電子の向こう側における出来事に過ぎない。端末の前に存在する彼女には、レヴィオンの悲劇など何の関係もある筈もない。──だから、これは、それだけの話なのだろう。彼女のそれは決して、俺に向けられた優しさでも慈悲でもなく、けれどそれは憐憫でもなかったからこそ、俺はの隣が好きなのだ。
 彼女の傍に居るときだけ、俺は、雷迅卿でも雷滅卿もなく、騎士団長でも英雄でも修羅でも何者でもない、只のアルベールで居られた。
 俺たちには互いに、恨んだり妬んだり縋ったりする理由がない。雷滅卿アルベールは全てを奪われ、全てを捨てたが、は俺から何も奪わないし、何を捨てろとも言わない。──そうだ、俺たちは、本来ならば決して交わることのない別世界の隣人だからこそ。線と線が交わったこの奇跡の日々は、俺に光を与えるのだろう。

「──アルベール、このカードを入れ替えたいのだけれど、どう思う?」
「……戦略だとかは、きみのほうが専門じゃないのか?」
「それはそうだけれど、実際に戦うのはあなただから。ちゃんと相談しておきたいの」
「……まあ、話くらいなら聞いてやっても構わん」
「ほんと? ありがとう! あのね、このカードとこのカードで……」

 ──きみがこの期に及んで、俺に向かって“アルベール”と、そう呼び掛けてくるものだから。──こんなにも無防備な別世界の小娘に、何か悪さをしようなどと考えるほど、俺は小物でもないし、修羅に落ちようとも彼女への憧憬が焼き切れることは無かった。……故に俺はこの手だけは捨て去りたくはないと、今でもそう思ってしまうのだろう。……それこそ、不逞の輩などに触れさせたくはないと、そう思う程度にはな。 inserted by FC2 system


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