電子の林檎じゃ熟せはしない

「もしかしたら、アルベールは隣の世界の人間なのかもしれない、って、ときどきだけれど、そんな風に思うんだよね……」

 ──まあ、これは私の願望なのだけれど、とそう付け足して結ばれた言葉を、放った当人──我がリーダー・は、まるで子供じみた夢見がちな発言をしてしまったとでも、そう思っているのだろう。は俺の反応を横目でほんの少しだけ伺いつつも、「きみは何を言っているんだ、……」と、俺がいつものように呆れ半分に溜息を漏らすことを予見して、気恥ずかしさでその続きに耳を傾けることを躊躇っているのか、やがて俺から目を逸らす彼女だったが、──しかし、俺が一向に相槌のひとつも打たないことに気付いて、不思議そうな顔をして彼女は傍らの俺を再び見上げるのだった。

「……アルベール……?」

 ──対して、その言葉を向けられた俺は、呆然と口を開けたままで、何も言えなくなってしまっている。……本人が補足した通りに、それは彼女自身の願望に過ぎなくて、──何もこれは、が“隣の世界”の存在を感知しただとか、そんなにも俺にとって都合のいい話ではないのだ。
 ──俺は、俺を只のアルベールだと信じている彼女のことが、好きだ。俺にとって彼女は、世界の壁を越えたパートナーであり、彼女にとっては傍らに立つ“アルベール”がすべてで、俺から語られない事情などには大した関心も示さずに、深入りしてこない彼女であるからこそ、俺はを好ましいと思っていて、……しかし同時に、此処まで心を許した彼女に、俺の真実を知っていて欲しいという、そんな矛盾もこの電子で編まれた虚構の身体の何処かには、確かに存在しているのだ。

 全くもって度し難いことに、──俺は心の何処かで、を俺の事情に巻き込んでしまいたいとそう願っている。この世界から攫って、彼女をレヴィオン王国へと連れ去りたいと、……そうすれば、俺が失い踏みにじったすべてへの無聊の慰めになるかもしれないと。──甘やかな言葉で惑わせて、あの男は、我がリーダーを利用しているだけに決まっていると、──そう、ウルフラム・ゼルガを糾弾しておきながらも、俺は。その実では、あの男を責められやしない執着を、彼女へと向けてしまっていたからこそ、……やはり最早、俺には、迅雷は相応に在らず。雷滅卿アルベールという、悪人の名が似合いなのだろうと、そう思う。

「……ふ、もしもそうだったのなら、面白かったかもしれないな……」
「! やっぱり、アルベールもそう思う?」
「……ああ」
「……あのね、もしもそうだったなら、きっとデジフレは隣の世界と此方の世界を繋ぐ、架け橋みたいなものなのだと思うの」
「何……?」
「私とアルベールは、こうして会話が出来ているから……私たちが出会ったのは、きっとその中でも特別! ……あなたはきっと、この世界で、私と友達になるために此処に居るんだよ、って……」
「…………」
「……そ、そうだったらいいのにな、って……子供っぽい……?」
「……が子供っぽいのは、今に始まったことでもないだろう」
「な、……い、今の話、ウルフラム様には言わないでね!? 呆れられちゃう……」
「……心配しなくとも、俺はあの男とは話さない」
「……そうだね、でも、いつかは……」
「……?」
「……胸を張って、ウルフラム様にも、他にも、色んなひとたちに、あなたのことを紹介出来たら、いいなあ……」

 ──残念ながら、。そのような日は、きっと訪れはしないのだ。もしも俺が、虚構ではない特別な存在として、彼女以外の誰かに認められるようなことがあったのならば、……の夢が、現実なのだと彼女に気付かれてしまったのなら、……きっと、俺はもう。自身を偽ることが、出来なくなってしまう。……そのときには俺は恐らく、お前を、攫って行ってしまうのだろう。この世界からもあの男からも、、お前を引き離して、俺の傍に縫い留めて隠してしまう、そんな結末を、きっとお前は望まないのだろうが、……残念ながら、雷迅卿は既に此処に在らず。度し難いことに、お前が魂を分け与える隣人は、今や雷滅卿アルベールなのだ。 inserted by FC2 system


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