あの星に届く前にお逃げなさい

※51話時点での執筆。


 ──かつて、魔王は私に言いました。

「──では、、きみが世界を救いなさい。伝説のカードを手に入れて、災いの樹に対抗する力を得る役目を、──ロイヤル使いの代表として、きみが務めるんだよ」

 しかし私は、彼から渡された聖剣の担い手と言う役目を放棄したのだ。──あの頃、私は決して彼が魔王だと見抜いていた訳では無かった。彼の企みも、大望も、或いは世界の行く末さえも、当時の私にはどうだっていいことだったと言う、これは、只それだけの話だった。

「仕方がない……では、、きみはオペレーションシャドウナイツへと加わり、彼らを育て上げなさい」
「……何故ですか? レオンさん」
「何故? ……きみは誇り高いロイヤルクラスの担い手だろう? ノブレスオブリージュ……高貴なるものには己の使命を果たす義務というものがあるのだよ、

 ──なるほど、魔王のその言葉は、確かに説得力があるように思えた、──しかし。彼は同時に、私に向かってこう言ったのだ。

「理解できたのならば、──きみは今日からこのデッキを使いなさい。アーティファクト──ネメシス、災いの樹にもっとも近い八番目に連なるクラスだよ」

 であれば、私が彼の決定に快く頷けなかった理由とは、一体何だったのかと言うと、結局のところはその一点に尽きるのだった。
 魔王──レオン・オーランシュは、私にアルベールを捨てろと、──私から彼を奪うと彼がそう言ったからこそ、私はレオンから離れることにして、勇者の役目も、ロイヤルクラスの責務も、そのすべてを放棄することにしたのだ。

 あの頃からずっと、私は世界のことなんてどうだって良かった。伝説のカードの担い手になることを拒絶して、シャドウナイツとして協力することも断って姿をくらまして、──そうして、結果だけを見れば、私は、レオン・オーランシュの片棒を担ぐことなく世界を護ったと、そう言えなくもないかもしれないけれど、実際のところ、私にはまるでそのような意図などはなく、私は只々、それらに関心がないだけだったのだ。
 彼の共犯にならなかったことへの安堵も、世界の危機に立ち向かわなかった後悔も、私の胸には何ひとつ存在しなかったから、私は何も思わなかったという只のそれだけの理由しか、私には存在していなかった。

 三年前、──まだデジフレと言う概念が存在していなかった当時、幼少よりシャドバの端末の向こう側から響くカードの声が聞こえていた私の傍には、姿は見えなくともずっと、雷迅卿アルベールが寄り添ってくれていた。

「──すごいな、きみの傍に居ると俺はどうやら言葉が話せるらしい。……、きみはきっと特別な人間なんだな」

 デジフレと言うシステムによって、彼が私の傍に姿を現せるようになり、私が彼と初めて会話をした日、アルベールはそれらの現象に目を丸くして驚きながらも、やがてゆっくりと穏やかに目を細めて微笑んで、──あのとき、一体私がどれほど、アルベールに救われたのかだなんて、彼はきっと、知らないのだ。

 幼い頃から私は、シャドバをしているときいつも、頭の中でカードの世界の住人たちの声が鳴り響いていた。彼らはバトルの際に私を鼓舞し、デッキを組む際には助言をくれて、幼い私は彼らに囲まれて楽しい日々を送ることで、めきめきとシャドバの腕を上げていったのだった。
 しかし、上達すればするほど、シャドバにのめり込めばその分だけ、私はいつからか、周囲に好奇のまなざしを向けられるようにもなっていった。シャドバがeスポーツとして普及しきっていなかったあの頃は尚更に、端末を抱きしめて虚空に向かって笑いかける私の姿は、皆にとって、きっと薄気味の悪いものに映っていたのだろうと、大人になった今ならば私にもよく分かる。けれど、幼い私には彼らの眼差しの理由が分からずに、厳しい目で私を射抜く周囲のことが次第に怖くなり、逃げるように私はどんどんとシャドバに傾倒していったのだった。
 その有様では当然ながら、学校には友達などおらず、家族ですらも私を気味悪がって、中学に上がる頃には私は全寮制の学校に入れられたものの、家族の視線がない生活は私にとってむしろ快適で、そうして、私を取り巻く環境は悪化の一途を辿り続けた。

「──きみが、だね」
「……? あなたは、確か……ジェネシスカンパニーの……」
「レオン・オーランシュだ。、どうやらきみは随分とシャドバの腕が立つようだね、噂に聞いている」
「はあ……それはどうも」
「どうだろう、。──きみは、プロプレイヤーの世界に興味はないか?」

 そんな状況を変えたきっかけは、確かに魔王──レオン・オーランシュとの邂逅に他ならなかった。
 当時の私は高校生で、ランクはマスタークラスに到達した頃の出来事である。正直なところ、──私は当時、プロと言う響きにあまり興味をそそられた訳では無い。……確かに、プロになって今よりも賞金を得られるようになれば、寮を出て一人で生活できるようになるかもしれない。寮内で向けられている好奇の眼差しについても煩わしく思うところではあったし、プロとして軌道に乗れば、卒業後は進学や就職を選ばずに、シャドバに没頭できるかもしれないというそれも、魅力的ではある。──何しろ私は、シャドバ以外に何も持たない人間だったから。
 しかし、私は自分でも自覚出来る程度には、──人前に立つために必要なすべてが欠け落ちた人間だった。迫害されて生きているうちに、世界と断絶して過ごすうちに、何時しか私は本当に、シャドバ以外の何にも心動かせない人間になってしまっていたのだ。プロプレイヤーというものは、きっとシャドバプレイヤーにとって模範的な存在でなければならないのだろう。皆が憧れ目標とする、星導となるだけの資質が自身に眠っているとは、私には到底思えなかった。──だから、レオンからのスカウトも、私は一度断ろうとしたのだ。

「では、もしも、──プロとなれば、きみの大切なフォロワーに会えるとしたら、きみはどうする?」

 ──しかし、レオンはそう言った。当時、ジェネシスカンパニーではデジタルフレンドのシステム開発が始まっており、──もしも私がレオンの元でプロとしてデビューすることを承諾するならば、デジフレのテストプレイヤーとしての資格を私に与えると、彼はそう言ったのだ。
 ──デジフレと言うその機構が成立した暁には、すべてのシャドバプレイヤーはデッキに宿るフォロワーを相棒とすることになり、彼らは人類の友人として私たちの傍に立つようになるのだと、レオンは言った。
 ──つまるところ、この世界にデジフレが存在するようになれば、私は異端ではなくなると、その提案にはそれだけの重みが詰まっており、──同時に、レオンに協力さえすれば、私はアルベールに会えるのだと、……その提案は、要するにそれだけの意味を持っていたのだ。

 デジフレが存在する世界、──私がアルベールと並び立ち、それを皆に肯定される世界。皆が友人としてフォロワーと歩む世界は、私にとっての理想的な新世界だと、──私は、はっきりとそう思った。

 だから私は、レオンのプロデュースにより、プロプレイヤーとしてデビューしたのだ。
 ──そうだ、あの頃の私には、本当にそれだけだった。プロとして皆の模範となろうなどと言う意識はまるでなく、只どうしてもアルベールに会いたかったというそれだけの動機で私はプロになり、ジェネシスカンパニーにてデジフレの開発に協力した。
 ──今思えば、レオンは当時、私がフォロワーの声を聞いていることに気付いていて、だからこそ私を実験体に選んだのかもしれない。
 けれど私には、そのような彼の目論みさえもどうだって良くて、“デジフレはゴールドレアのフォロワーのみ”という基準を提示してきたレオンに向かって、どうしてもアルベールじゃなければ嫌だと言って譲らずに、特別にゴールドレアのアルベールを作ってもらい、そうしてアルベールは無事に私のデジフレとしてこの世界に顕現したのだった。

 ──そうだ、アルベールは、私だけのデジフレ。ゴールドレアであってもレジェンドレアであっても、雷迅卿であっても雷滅卿であっても、それは決して変わることがない。私にとって大切な家族で、大切な友達だ。

 私にとって大切なものは、アルベールやデッキのフォロワーたちと、シャドバそのものという、只のそれだけだった。──だから、シャドバの真の力を用いて世界を救うという計画も、自身のデッキを手放してシャドウナイツに加わると言うその要請も、私にとっては何の価値もないものだったのだ。
 ──もちろん、正義感の強いアルベールは、私が英雄とならない選択を取ったことに対して、思うところもあったのだろうけれど、それでも、彼はフレーバーテキストにある通り、“英雄”の役目を押し付けられて背負わされてしまったひとでもあるらしいから、決して私を責めることはなく、今でも私の傍に居てくれている。

 ──こうして、私は今まで、自分の為だけに生きてきた。アルベール以外の何者も、私に手を差し伸べてくれたことなどは無かったから、私も彼らに手を貸す必要はないと、そう考えていたのかもしれない。
 かつて、私にとって、ロイヤルクラスの担い手であると言う事実は、心の武装であった。孤高であることの理由付けになるからと言う只のそれだけで、私は女王の席に座っていたのだろう。私には、矜持が無かった。ロイヤルクラスに相応しい騎士道精神も、王の威光も、ノブレスオブリージュという眩い光の中に立つ人間で在る意味も持ち合わせていなかった私を叩き潰して、──ロイヤル使い同士として、あなたに背は向けられないという私の中に眠る確かなプライドを揺り起こし、──そうして、必要だったそのすべてを私に教えてくれたのは、ウルフラム・ゼルガ──あなた、だったんです。

 最初は、彼にレオンを重ねていたこともあったのかもしれない。でも、今は違う。私は、他でもないウルフラム様という光のことだけを、愛しているのだ。私は彼の眩さが、好きなのだ。世界の為に動いているという彼の言葉を額面通りに受け取ってもいいものか、かつて、魔王の野望を見抜くことが出来なかった私には、……正直なところ、お傍に仕えるようになって暫く経った現在でも、その是非はまるで分からない。
 それでも、今や彼こそが、私にとっての光だった。ウルフラム様が歩いていく方向に向かっていけば、私も星に手が届くような気がしたのだ。──私は、彼の成すことが見たい。ウルフラム様が手を伸ばす星の光を、特等席で共に見ていたい。──あなたの剣には、私こそが相応しいとそう言えるだけの存在に、私は成りたかった。──ああ、そうだ。私にとって、あなたは、──私に生きていていい理由をくれた、……この世界で初めて、私に手を差し伸べて必要だと言ってくれた、私の北極星だったのだ。 inserted by FC2 system


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