ダイスを浮かべたら運命もなかったことに

※53話時点での執筆。


 彼女の側では決して知る由もないだろうが、私はずっと以前からという人物を知っていた。……それこそ、互いに今よりもずっと幼かった当時からである。
 はプロとしてデビューする以前より、シャドバプレイヤーの間ではある程度名が知れた存在だったし、何よりも彼女はジェネシスカンパニーをスポンサーとしてプロデビューしたのだから、私の傍になど居なくとも、彼女はずっと前から皆にとって輝かしい存在なのだ。……無論、私はがプロになるよりも前から、彼女のことを存じていたけれどね。

 はかつて、レオン・オーランシュを後ろ盾としていた。──それはつまり、彼女は魔王の尖兵だったと言う事実に他ならない。
 そんな彼女の境遇を、私は不憫に思ったし、己がノブレスオブリージュの矜持を掲げる以上は、虐げられる彼女を私が助けてあげたいと、そう思った。──しかし、実際にはは私の手など借りずに、あっさりと魔王の手を離れてしまったのだ。「ロイヤルクラス以外のデッキを使うつもりはない」という只の一言で彼を突っ撥ねて、何事もなかったかのようにはジェネシスカンパニーと手を切った。……その経緯もまた、ジェネシスカンパニーを後ろ盾とする我らセブンシャドウズに、彼女が加わらなかった理由の一旦だったのかもしれないね。

 かくして、騎士や王子の手などは借りずに、己の矜持の一振りのみで魔王の手を逃れたは、その後も平然とプロプレイヤーとしての活動を続けていたのだった。レオン・オーランシュが行方不明となった後にも、彼女は顔色の一つも変えずに、只々、玉座に佇み続けている。
 ──そんな彼女の魂の眩さと清らかさ、誇らしさに先に目を奪われたのは、──そうだ、私の方だったんだよ。、きみは知らないだろうけれどね。身勝手にも私が救ってあげたいと思っていたか弱い少女は、そんなものはとんだ見当違いで、私と同じように守るべき側に立つ人間なのだとそう知ったそのときに、私はにこそ、私の隣に立ってほしいとそう望んでしまった。きみのことが、どうしようもなく欲しくなってしまったんだ。……そう、最初から、この出会いは私が仕組んだ罠だったのだ。

 は、孤高の人だった。レオン・オーランシュですら彼女を繋ぎ止められずに、無欲な彼女はジェネシスカンパニーの後ろ盾さえも簡単に手放してしまう。聞くところによれば、学生時代の親しい友のひとりも彼女には居ないらしい。その上、家族との連絡も取り合わない程度には、血縁者との仲も宜しくない。
 そんなが唯一大切にしているのは、彼女のデッキであり、シャドバそのもので、──デジフレである雷滅卿アルベールと言うそのカードのみだった。
 無論、そのカードに嫉妬したところで何の意味もないのだと、そんなことは私にも分かっている。しかしながら、──雄々しくも麗しいかの雷滅女王と出会ったあの日から、私の方は彼女に目を奪われていると言うのに、公式試合で相対しようが決して私への興味を示さない彼女が、唯一情を注ぐその存在を、羨ましく思ったことなら私とてあるとも。……まあ、彼女がロイヤルクラスに掛けるその誇りこそを私は貴んでいたから、そのフォロワーを疎ましいと思ったことはなかったけれどね。
 彼女は人を愛さない。彼女が愛しているのは、ロイヤルクラスのカードたちのみだった。──そんな彼女の目を私へと向けるには、一体どうすればいい? どんな人間も、彼女の琴線の端に触れることすら叶わなかったという、そんなにも恐ろしいまでの高嶺の花を、──あの北極星を此方に振り向かせるためには、──凡俗な手段では意味を成さないことなどは、分かり切っていた。

 彼女にとって、世界が有象無象に過ぎないと言うのならば。──であれば、私こそがきみの一番星となろう、月となろう、太陽となろうと、私はそう決めた。

 隣人を愛さず、ロイヤルクラスを愛する孤高の人の視線を釘付けにするためには、心を奪うためには、──私が、彼女にとっての脅威になればいい。故に私は、きみを手に入れるために、きみを正面から叩き潰すことに決めたのだった。きみが信じるその唯一の剣を私が振り翳し、徹底的に打ちのめされたのなら、……或いは、きみは、──私の方を見るかもしれない、と。そのように策を弄したその結果は、……きっと、きみが一番知るところだろうね、

 ──全く、決して誰にも心を許さない、気高い彼女をこうも私に心酔させるまでは、本当に骨が折れたよ。
 しかしながら、きみがしっかりと自分の意志で私に恋をしてくれたことで、私は何も後ろめたいことはなくなった。無論、正攻法を選んだ以上は最初から、そのような感情は持ち合わせていなかったけれどね。
 何しろ私は、最初はしっかりときみに選択権を与えたのだ。きみの意志で、どのように私の手元に収まるかを決めていいと、私は確かにそう言ったとも。恋しい女性へのアプローチとして、きっと何の問題もなかっただろう? 実に紳士的な振る舞いであったと、そう自負しているとも。

 セブンシャドウズの皆からは、私がに注ぐこの好意を囲い込みだなどと評されているけれど、彼らの見当違いも甚だしい。正々堂々、正面から打ち負かして私に惚れさせたという、これはそれだけの話で、……まあ、きみにすべてを明かさずにいるのは、今よりも更に彼女が私に溺れ切って、二度と私から離れられなくなってから蜜を与えるのが最適解だと、そのように考えているからで。
 ──“恋”と言う可愛らしい言葉でこの情動を定義した場合には、決して私の選択は、褒められた話ではないかもしれないけれど。我々は互いに己を騎士と定義した人間同士なのだから、この駆け引きは厳粛な決闘でしかなかったのだと、きっと彼女と私にしか理解できないのだろうが、私はそれで構わなかった。この関係の是非など、私たちだけが知っていればそれで構わないからね。 inserted by FC2 system


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