コットンキャンディのすきまに落つ

 冬季休暇を迎えた年の瀬、杜王町の冬は酷く寒くて、この街で生まれ育ったおれは、もう、例年のこんな冷え込みにも慣れちゃあいるものの、ふと気にかかるひとがいる。
 今年、おれんちの隣に越してきた、さん。仕事の都合だとか、転勤だとかで春から杜王町に住み始めた彼女は、この雪景色を迎えるのも初めてのはずで、……さん、大丈夫なのだろうか、と。おれは嫌でも、心配になる。以前は暖かい街に住んでいたそうだから、雪掻きだとか、おれにとっては当たり前のそんなことにも不慣れなのだろうし、只雪を片付けるだけに見えても、案外、結構な重労働なのだ。何しろ、雪なんて水の塊なわけだからそりゃあ重いし、せっかく片付けても屋根からの落雪で振り出しに戻るだとか、あと、気温が下がるとエアコンの室外機が凍ったり、雪に埋もれたり、なんてこともある。そうなっちまうと暖も取れねえし、どのみち、仕事から帰ってきてからではどれも、キツいものがあるんだろうなァ。……おれは、学生だし、ピンと来ねェ?けど。

 年末で仕事が忙しいらしく、もう数日、さんの姿を見ていない。普段なら、毎朝学校に行く時間にちょうど鉢合わせることが多い……というか、普段からおれが時間を調整して、さんと顔を合わせる時間に家を出たりしているから、なんだけどよォ。まあ、とにかく、いつもの朝なら、さんに挨拶して、途中まで一緒に歩きながら雑談してみたりなんてことをしているの、だが。最近はおれも学校が冬休みに入ったのもあって、ここ数日はそんなことさえもなかった。……クリスマスも、勇気を持てずに、結局デートには誘えなかったし、なァ……。ああ?、クソッ、せっかくデートに誘うつもりで奮発してカッチョイイブランド物のスーツと、さんへのプレゼント、用意したのによォ……。

「……あれ、仗助くん?」
さん! ……ッス、今仕事終わりスか? 今日は早いんスね」
「うん、今日仕事納めだったから……」

 夕刻、既に薄暗い中で、お袋に押し付けられた庭の雪掻きをしていると、ざくざくと道路の方から雪を踏みしめる音が聞こえて、顔を上げてみると、頭に少し雪を被ったさんが立っていた。思いがけない偶然に、おれは思わず、スコップをその場に投げ出して彼女に向かって駆け寄る。うわ、ヤベ?、やっとさんと話せる! やっとさんに会えた! と、浮かれるおれを他所に、鼻の頭を真っ赤にした彼女は、少し疲れた様子で眉を下げるのだった。

さん、傘は?」
「あ、うん。傘いるほど降ると思わなくて、忘れちゃって……一回取りに来たの」
「え、また出るんスか?」
「うん、お買い物に。今年は実家に帰らないことにしたから、食品の買い出しとかしておかないと……」
「……実家、帰らないんスか?」
「そうなの。なんか、この分じゃあ新幹線も止まってそうだし、と思って……。仗助くんは雪掻き? 大変だね、こんなに降るなんて思わなくて、びっくりだよ……」
「そうっスよねェ……あ、そうだ、さん。一応聞くんスけどォ……さんって雪掻きしたこと、あります?」
「ううん、ない、かな……」
「やっぱりそうですよね? あの、良かったらおれ、手伝うッスよ」
「え? で、でも……」
「まあ、その、ご近所のよしみで……どうせ、おれんちの雪片付けなきゃいけねェ?しさ……あ、あと、買い物、荷物持ち必要じゃないスか? おれも行きますよ」
「え?」
「まあ、あの……おれもちょっと、見たいもんあるし」
「……いいの?」
「ハイ。今準備してくるんで」
「わかった! じゃあ、仗助くん、一緒に行こうか?」
「ッス」
「ふふ、仗助くんとデートだ。初めてだね」
「……は……!? いや、その……」
「あはは、なんてね、冗談……」
「……さん、さあ」

 もしもおれがデートって言ったら、あんたは頷いてくれんのかよ? おれと一緒に、出掛けてくれんのかよ? ……さんは、おれが高校生でも、ちゃんと、相手にしてくれんの、かなあ。……あんたが隣に引っ越してきてから、最初は本当にただのご近所さん、だったはずなのに。いつからか、ずっと目で追って、日中学校にいるときとか、部屋でボケッとしてるときとか、……康一と由花子の姿を眺めてるときとか、さァ。あんたのことばっかり、考えるようになっちまったんスよ、おれ。……だから最近、少し会えなかっただけでも、スッゲー落ち着かなくて。……ああ、やっぱりおれ、さんの彼氏に、なりてェ?なァ、って、……思って、さあ……。

「……じゃあよォ、買い物が終わったら、帰りに、トニオんとこ行かないスか? 飯食いにさ……」
「……え?」
「デート、なんスよね? 着替えてくるんで、さんも着替えてきてくださいよ」
「え、ちょ……仗助くん?」
「じゃ、30分後に! おれ、さんが来るまで待ってるんで!」

 バタバタと家の中に駆け込んで、ばくばく早鐘を打つ心臓を抑える。精一杯の誘い文句のつもりだったけど、よォ。……おれ、ちゃんと言えてたか? 平然を装うのに必死だったけどよォ?……ガキっぽいって思われてねーかなァ?……。……ほんの少しだけでも、その気になって、貰えたのだろうか。

「……これ、渡さねェーとなァ……」

 クリスマスプレゼントのつもりで用意していた、さんによく似合いそうなマフラー。寒そうな首元を曝け出していた彼女にはきっと、邪魔にはならないだろうから。……使って貰えると良いよなァ、それで、束の間の冬季休暇のうちに、彼女と少しでも共に過ごせると良い、と。そう思いながら、おれは勝負服へと身を包み、吹雪で乱れたリーゼントを鏡の前で必死に整えるのだった。


「……あのね、仗助くん。私が実家に帰らないの、なんでだと思う?」
「え? だから、新幹線が、って言ってたっスよね?」
「ううん、あれ嘘なの」
「へっ?」

 ……ほんとうは、最近なかなか仗助くんと会えなくて寂しかったから。いっしょに過ごせたら良いなあ、と思ったからだよ、って。そう、私が言ったなら、彼は一体、どんな顔をしてくれるのだろう。 inserted by FC2 system


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