芥に滲む花のいろ

※百合



 あたくしには、気になる相手が居る。気になる、というのは適切な表現じゃなくて、どちらかと言えば、気に入っている相手が居る、なのかしら。セキエイ高原の四天王として名を連ねるあたくしのマネジメントを担当し、補佐役をこなしているという子が、あたくしのお気に入り。

「カリンさん! おはようございます!」
「おはよう、。今日も忙しそうね」
「そうでもないですよ、皆さんと比べたら、忙しくもないですし……」
「そんな訳無いでしょ、あなたがいてこその、あたくし達四天王だもの」
「そ、そうですか……? ふふ、ありがとうございます、嬉しいです」
「……あなた、分かりやすいわねえ……」
「え?」
「大丈夫よ、あなたを重宝しているのは四天王だけじゃないわ」
「……? ええと……?」
「……チャンピオンも、同じだという意味よ」
「……えっ、あっ、な、なんで」
「分かり易すぎるのよ、そんなに不安そうな顔しないで頂戴。四天王だけじゃないわよ、あなたを重宝しているのは」

 あたくしのお気に入り、あたくしの秘書の。……彼女は、何もあたくしの専任秘書、という訳ではなくて、このセキエイリーグの四天王とチャンピオン、しめて五人のマネジメント業を取り持つ存在で。旧セキエイの時代から、四天王全員のマネージャーを務めていたため全く支障はない、と本人こそは言うものの、どう考えたって一人に仕事を押し付けすぎよね。せめてチャンピオンか四天王のどちらかに絞るべき、……と、そう思いながらも、あたくしが頑なに彼女の処遇について進言しないのは、そう言ったなら最後、大義名分を得たあの男が、彼女を独り占めにしてしまうのが、目に見えているからだった。

「……そうだと、いいなあ」

 セキエイリーグ・チャンピオンのワタル。旧体制時代は四天王の大将役を務め、その後新体制に移行する際に、改めて己を鍛え直した彼がチャンピオンに就任したのだと、そう聞いている。当時、まだセキエイに招集されていなかったあたくしが、その顛末を知っているのは、他でもないワタル、───ではなく、の口から語られたから、だ。二人は、旧体制時代からの付き合いで、当時から仕事上での必要最低限以上の交友関係があったそうで、新体制に移行し、目まぐるしく環境が変わる中で、当時ワタルを支え続けたのがで、油断するとオーバーワーク気味になりがち、ワーカーホリックの毛があるに毎回待ったを掛けて、彼女が倒れないように誰より気を配っているのがワタルで、はワタルに憧れていて、役に立ちたい、信用されたいと強く願っていて、ワタルはそんな彼女を別段に気に入っていて、……お気に入りなんて言葉じゃ済まされないくらいに、あの男の静かな眼はいつも、激情を揺らめかせて熱視線でを射るのだ。あんなの、お気に入りの部下を見る目じゃない。それは到底、一人の人間だけに注いで許される熱量ではない。

「……さっさと、手篭めにしてしまえばいいのに」
「……まあ、ワタルさん、そういうタイプじゃなさそうだしね」
「あら、そう? お似合いだと思うけれど? 案外、もう囲っていたりするのかしら?」
「……カリン、大丈夫?」
「何の話よ、イツキ」
「……自棄になっているように聞こえるけれど、……その、カリンはさ」
「……何よ?」
「……ワタルさんと、同じ気持ちなんじゃないの?」
「……あたくしが? まさか、冗談じゃないわ。あたくしはを気に入っているだけよ、彼女、可愛らしいんだもの。ワタルの話になると、そわそわしちゃって、誰の目にも明らかなのに、全然気付かないのが可笑しくって……」

 ───そう、冗談じゃないのよ。あたくしが、あなたのことを、なんて。あって言い訳がないの、───あなたは、は、あんなにも親愛と信用の篭もった目であたくしを見つめて、カリンさん、と柔らかい声で笑って、あんなにも全面の信頼を持って接してくれているのに。……だって、何度も何度も、からワタルの話を聞いたわ。ずっと尊敬していること、誰よりも忙しなく動き、いつも誰かのために戦っている人だから、どうにかして自分が力になりたいのだと、彼女がそう願っていることも。本当は恋だと自覚できているけれど、手の届かない人だと知っているからこそ、その想いはなかったことにしようと、憧れに留めてしまおうと必死に隠している、彼女の恋を、あたくしは知っている。そして、は必死に隠そうとしているけれど、本当はその想いは、とっくに叶っていて、遠くない未来に間違いなく彼女は報われるのだということさえも、あたくしは知っているから。……そんなもの、壊してしまえるはずがないでしょう。もしも、あたくしが、あの男には他に女がいるのよ、と嘯いて、彼女の心の傷に付け入れたとしても。そんなことで、は幸せにはならないし。あたくし、あくタイプだもの。正義感の塊みたいなあの人に、蹴散らされるのが関の山だわ、そんなの。

「恋じゃ、ないのよ。……少しだけあの子を好きなだけよ、あたくし」

 恋じゃないわ、これはそんな話じゃないの。只、すんなりと上手く行ったのでは面白くないから、ちょっかいをかけているだけよ。だってあたくし、あなたに恋なんてするはずがないもの。 inserted by FC2 system


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